第57話 開戦の狼煙


 「シャルロットは無事マウイマウイに着いただろうか…」


エターニア城内の王家の居室でシャルル王はウロウロ行ったり来たりを繰り返す。


「大丈夫ですよあの子達なら」


「そう言うがお前、シャルロットが国を旅立ってから二週間だぞ?手紙の一つも寄越さないなんて…心配にもなる!!」


「便りのないのが無事な証拠とよく言うじゃないですか」


「それはそうだが…!!」


狼狽えるシャルル王とは対照的にエリザベートは普段通り落ち着いていた。

手際よく二人分のティーカップに紅茶を注いでいる。


「本当にあなたは心配性ですわね、私達の若い頃だって相当な無茶をしてきたでしょう?」


「確かにそうだが、シェイドとか言う賊は魔王の手の者だと言う話ではないか…そんな相手と渡り合わねばならぬとは…私は心配で心配で…」


シャルル王は頭を抱えて身体をのけ反らす。


「だからですよ、その手下に手こずっている様ではこれから復活するであろう魔王には到底かないませんもの」


「おまえは厳しいな~」


「あなたが少し過保護すぎるのですわ…私は信じていますものあの子の事」


エリザベートは澄ました顔でティーカップを持ち、一口紅茶を含んだ。




 「どこ行ったかな~あの本…」


アルタイルは書庫を引っくり返しまるで発掘作業でもしているかのように奥から次々に本を取り出している。


「このままでは私は何も出来ないままだ…急がなくては」


彼の目線の先、木製の机の上には一枚の手紙が載っていた。

届いたのは、いや見つけたと言った方が正しいのか三日前、机の上に置いてあったのだ。

そして内容はこう書かれていた。


『シャルロット姫は無事マウイマウイに到着したがベガとグロリアが行方不明』


ただし差出人は記入されておらず、おまけに書面は新聞や雑誌の切り抜きを張って文章にされており、筆跡から差出人を特定することも出来ない。

この文面がもし真実だとしたら…アルタイルの背筋が凍り付く。

内容が内容だけにグラハムは元より王や王妃にすら報告出来ずにいたのだ。

それにアルタイルに落胆している時間はない…シャルロットがマウイマウイに着いたと言う事はシェイドに動きが…ここエターニアに何か危機が訪れるかもしれないからだ。

結果としてベガとグロリアが行方不明になった事がベガが旅立つ前に唱えた仮説に信憑性を持たせてしまったのだから。

恐らくこちらの作戦は筒抜け、グロリアの挙動不審にもアルタイルは疑問を持っていた。

シェイドにとってこの二人の存在は作戦遂行上邪魔だったのではないか…確証はないが…。


それでアルタイルが何の本を探していたかというと…。


「あった!!二千年前の女勇者の伝承!!」


 三日かけてなりふり構わず本の山を乱雑に崩し書庫の奥へと進みやっと見つけた一冊の分厚い本…本来のアルタイルは本や資料を乱暴に扱う事は無いのだが、とにかく緊急事態なのだ。

 語り継がれている伝承には女勇者が三人の女神モイライと協力して魔王を打ち倒したとある…しかしそれは最終局面での話であり、そこまでに至る冒険のあらましは不思議な事に一切語られていないのだ…それはもう不自然なほどに。

彼はそれには何か意図的な理由があったのではないかと推測していた。


「絶対居たはずなんだ…女勇者パーティを支えた魔導士が…その人物の伝承が分かれば何か私にも出来るかも知れないんだ」


 遠征中、一度イオが城に戻って来た時の彼の顔を見た時に思った、見違えるほどに成長し自信に満ちていたのだ…弟子が頑張っているのに師匠である自分が負ける訳にはいかない。 

 忙しなくページをめくる…アルタイルがこの本に目を通すのは初めてでは無い…しかし何故か読み進めている内に寝入ってしまい結果、最後まで読破出来ていなかったのだ。


「今思うにこの本には『睡眠スリープ』の魔法が掛かっていたんだ…この本に隠された秘密を守るために…しかも魔導士に事前に察知されない程巧妙にね…

もしそうならこの本に『睡眠スリープ』を施した者は相当な力を有していた事になる…しかしそこまでするならこの本自体を処分すればいい事なのにそれをしていない…きっとこの本には何か重要な秘密が隠されている筈…」


更に本を読み進めるとやがて頭が朦朧とし睡魔が彼を襲う。


「…思った通り、やっぱり眠気が来たね…でも以前ほどじゃない…」


 これは賭けだった…以前のアルタイルは国の三大魔導士に名を連ねる膨大な魔力の持ち主だった。

その当時、彼はこの本をめくるや否やすぐに眠りに落ちていたのだ。

もしこの『睡眠スリープ』の発動条件が魔力によるものならば、魔力の大きい者への効果がより強いのではと。

幸か不幸か今の彼は『無色の疫病神』に身体を子供に変えられたことにより魔力を喪失している…今ならば本を読み進めるのではないかと考えたのだ。

その予想は見事当たった訳だが、威力が弱まっているとは言え『睡眠スリープ』の効果は発揮されている…アルタイルは必死に抗いつつページをめくり文章を読み進める。


「女勇者ダイアナの側には常に仲間たちがいた…一騎当千の聖騎士リチャード、鉄壁の盾チャールズ、必殺必中の弓使いブルック…」


今迄読み進められていなかった領域に初めて進んだ…しかし睡魔は更に激しくなる。


「…くっ、負けるか…あと少しなんだ…あと少し…」


 目蓋が錘に引っ張られたかのように重い…腕も動かなくなって来た。

しかし次が最終ページだ…アルタイルは最後の力を振り絞り一つ前のページに指を掛けた…その時。


何かが爆発したような大きな音と書庫を襲う激震…。


「うわっ!!何だ!?」


左右に激しく揺られ、アルタイルはページを掴んだまま椅子から滑り落ちた。

勿論、本も一緒に床に落ちたのだが、その拍子に偶然最終ページが開いてしまったのだった。




 「ビンゴッ…!!と言いたい所だけどやっぱり駄目ね…聞いていた通り国全体に張り巡らされた防御結界に阻まれたわ…」


 リサは特に動揺するでも悔しがるでもなく状況を見つめていた。

災厄の日ドゥームズ・デイ』が放った渾身の一撃はエターニア王国に届きこそしたがリサが言った通りエターニアの国土の全周を囲う虹色に輝くドーム状の魔力結界に当たり、掻き消された。

しかしその魔法結界も今の一撃を防いだことで明滅を繰り返し、消滅する一歩手前といった所だ。


「ウフフ…『災厄の日ドゥームズ・デイ』に起動前から充填してあった魔力は今の発射でほぼ枯渇してしまったから二射目はすぐに撃てないけどそれは織り込み済みなのよね、開戦の狼煙にしては上出来よ」


彼女はそう言うが、それは狼煙と呼ぶには破格の威力であった。

すぐさまリサが制御装置である石に念を込め『災厄の日ドゥームズ・デイ』に命じる。


「さあた~んとお食べ…土地から魔力を吸収するのよ」


災厄の日ドゥームズ・デイ』の胴体部から生えている足先がどす黒い闇を放つ…すると周りにある樹々は瞬時に枯れ始め、土は水分を失いカサカサと痩せていった。

一度起動してしまった『災厄の日ドゥームズ・デイ』はこうやって攻撃をしては土地から魔力吸収を延々と繰り返し、その場から魔力が枯渇するまで攻撃を続けることが可能である。

二千年前はそのせいで大陸全体の魔力が枯渇寸前まで減少してしまったのだ。


「さて最大充填まではまだまだだけど、今はこれくらいでいいわ」


何を思ったかリサは一度魔力の吸収を止めた。


「ルビー、準備は良いかしら?」


『いつでもOKよ』


リサが砲身を見上げると、先端にはルビーが取り付いていた…そして彼女はその砲身の中へと身体を滑り込ませる。

これではまるでサーカスの人間砲弾の様ではないか。


「3、2、1、発射!!」


何とリサはルビーを『災厄の日ドゥームズ・デイ』の大砲で撃ち出してしまったのだ。

第一射と同じ軌道を描きルビーが放物線を描き飛んでいく…気を付けの姿勢のまま宙を突き進む。


『そろそろいいかしらね…』


 ルビーは眼下にエターニアが見えた頃合いで体制を変え、身体を大の字に開いた…飛んだまま巨人への変形を始めたのだ。

見る見る巨大化していくルビー…そのまま抱き付く様にエターニアの結界に衝突した。

再び明滅を繰り返す硝子状の結界にはひびが入り、一気に拡がっていった。

この衝撃を以てしてもエターニアの結界を完全破壊する所まではいかなかった。


『さすがに頑丈ね…万全の状態なら私でも破壊するのに骨が折れただろうけど、ここまでダメージを与えた後なら造作もないわ』


 巨人ルビーが次々とその大きな拳を結界に生じたひびへと叩き込む。

新たに傷ができ、軋む結界はとうとう耐えきれなくなり割れて砕け散ってしまった。


『やったわシェイド様!!私、ルビーが今こそあなた様の悲願を成就して差し上げます!!』


腕で結界に空いた穴を広げながら土足でエターニア王国内へ踏み込む。


『邪魔よ!!』


足元に群がる兵隊に向かって脚を踏み込むと、彼らは蜘蛛の子を散らす様に退散していった。

一般の兵士如きでは『絶望の巨人』に傷一つ付けられないのだ。


『この城壁が邪魔よね…』


ルビーが目の前にある城壁に手を掛けた…彼女に掛かればこの程度の城壁は砂の城を崩すも同然、すぐに破壊出来る筈であった。


『えっ…?きゃあああああっ…!!!』


ルビーは胸に強烈な衝撃を受け後方に転倒する…砂埃が舞う中、彼女自身何が起こったか分からなかった。


『誰!?この私を吹き飛ばすなんて!!』


首だけをもたげ衝撃波が飛んで来た方を見る…すると正面に見える教会の三角屋根の上に一人の少女が立っているのが見えた。


「平和に仇為す悪い子ちゃんは…この『魔法少女ポーラスター』が許さない!!」


キメポーズでひらひらフリルにリボン盛り盛りの派手なロリータ衣装を着て星をあしらったステッキを持った少女が口上を述べる。

その少女こそ、先程まで眠気と戦って本をめくっていたアルタイルその人であった。

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