第55話 失意の姫君と影武者作戦
「シェイド様、報告がございます…」
シェイドの部屋にリサが入って来て膝ま付く。
古びた椅子に腰かけ、肘掛けに頬杖をついたシェイドと、側にはハイドが立っている。
部屋には他にアークライトとグリムも居合わせている。
『聞こうか…』
「はっ…シャルロット達
『出航までに随分間が空いたな…何かあったのか?』
「はい、ポートフェリアの南の海に船舶の行方不明事件が多発しておりまして奴らは船を調達する事が出来なかった様です」
『ほう…それで?』
「奴らは一旦グリッターツリーまで引き返しそこの樹木を材料に一から船を建造した模様です」
『それでこの短期間とは、奴らはどんな魔法を使ったのだ?』
「それが『
『何と!! それは凄い!!』
始めはつまらなそうに報告を聞いていたシェイドが色めき立つ。
敵のとった行動なのに妙に嬉しそうだった。
『なあルビー!! お前もその気になれば船や城を造る事は可能か!?』
その呼びかけに部屋の薄暗い角から一人の少女が現れた。
見かけは十歳程度、真っ赤なおかっぱ頭で真っ赤なワンピースを着ていた。
ただ異質なのは面を被った様に無表情でどこか人形の様な感じがする所だろう。
『私達『
実はこのルビーと呼ばれた幼い少女は、帝国でサファイアと死闘を繰り広げた紅い『
彼女もサファイア同様少女の姿に変形する事が出来ていた。
これはシェイドがグロリアから聞き出した情報を元に試行錯誤した結果であった。
『ははっ…そうかそうか!! それでは今度何か造ってもらおうかな!!』
『はっ…御意のままに』
楽し気に笑うシェイド…傍らのハイドは多少困惑していた。
ハイドはシェイドに仕えるようになってからかなり長い…しかしシャルロット達との戦闘状態になってからシェイドが心の底から楽しそうに笑う所を見た事が無かったのだ。
「シェイド様、ですから奴らは三日と経たずマウイマウイに到着する事でしょう…それで…」
『うむ、そうか…ではそろそろ我らも動くとしよう…ヴェルザークにはグリムとリサとルビー、ティーに行ってもらう、そしてマウイマウイには私とハイド、アークライトで出向く』
マントをはためかせ腕を振り上げるシェイド…しかしどこか落ち着かない挙動のリサに気付く。
『どうかしたのかリサ?』
『…はい…まことに申し上げ辛いのですが…悪い知らせがございます…』
『何だ? 今宵の私は機嫌が良い…申してみよ』
『実は…ティーが討ち死にしました…』
一瞬にして凍り付く場の空気…シェイドもハイドも一瞬であるがリサの報告が頭に入ってこなかった程だ。
『リサ!! 貴様…何故それを真っ先に報告しない!!』
『もっ…申し訳ございません…!! 順序立てて申し上げようと思いましたので…』
震えながら頭を下げるリサを見て自分が妙に盛り上がり過ぎて彼女の報告を遮ってしまった事に思い至る。
『まあよい…しかしそうなると次の戦はティーの弔い合戦と言う事だな…総員心して掛かれ!!』
『はっ…!!』
『ティー…貴様の無念は俺が晴らす…』
握りしめられたシェイドの拳が唸る。
ティーの、仲間の死によってシェイドと彼の手下たちは思いを新たにするのであった。
巨大イカの襲撃を撃退後、
いや…どちらかというと漂着したと言った方が正しい。
巨大イカの太い腕に巻き付かれたせいで『プリンセス・シャルロット号』のマストと舵を破壊されてしまった。
そのせいで本来到着するはずであったマウイマウイ島の北側の港ではなく、少し外れた砂浜に流されてしまったのだ。
「姫様~そろそろ出て来てくださいませんか~?」
『プリンセス・シャルロット号』の甲板、イオが船室の中に居るシャルロットに声を掛ける。
彼女は薄暗い船室でベッドの上で膝を抱え顔を埋め返答してこない。
『壁を取り払いますか?』
「やめてやれ…暫く一人にしてやった方がいい…」
指を握ったり閉じたりしているサファイアをハインツが制止する。
そしてシャルロットだが…。
巨大イカの脅威が去った海上の『プリンセス・シャルロット号』。
舵が効かない、風も受けられない状況の中、行き先は波任せにするしかないのだ。
「済まない!! グロリアがまさかシェイドの奴と繋がっていたなんて…
兄として監督不行き届きだった…!!
謝って許される事では無い事は分かっているがこの通りだ!!」
甲板に額を擦り付け土下座をするハインツ…しかし謝られているシャルロットは立ち尽くし俯いたまま一言も発しない。
ハインツ以下、騎士団の面々は先程の体調不良が嘘のように回復していた。
グロリアは巨大イカと共に海に消えた…その直後の事である。
これは彼女が発していた『負の波動』が原因であったことを物語っていた。
シャルロットはハインツの謝罪が全く耳に入っていない様子で、ふらつきながら船室に入り、扉に鍵をかけてしまった…それきり船が島に漂着しても外に出て来ない状況が続いているのだ。
「まさかグロリアが死ぬなんて…この事を父上にどう言えばいいんだよ…
グロリアが戦っている時、俺は具合が悪くて寝ていましたなんて申し開き…
妹も守れない俺が姫を守る騎士団員だって…?笑わせるな!!」
ハインツが四つん這いのまま甲板を力いっぱい殴り続ける。
「ハインツ殿…自分を責めてはいけませんです…こんな事態、誰も予想できなかったんですから…」
イオがハインツの肩に優しく手を置く…しかしハインツはその手を自らの手で激しく跳ねのけた。
「ベガにグロリア…二人だぞ!? この旅に出てから失った仲間だ!!
俺を憐れむな!! 慰めるな!! こんなんじゃ二人に顔向けできない!!」
そんな自らを蔑む発言を続けるハインツにツィッギーが歩みよって来た。
「何だ!? アンタも俺を憐れむつもりか!?」
しかしツィッギーがハインツにした事は言葉をかける事では無かった。
バチィーーーーーーン…!!!
ツィッギーの平手がハインツの左の頬に打ち付けられる。
ハインツは派手に横方向に吹っ飛ばされた。
「なななっ…何をするんだ!?」
尻もちを付いた状態でツィッギーに向き直る。
一瞬自分に何が起きたのか分からなかったが、頬の痛みに段々我を取り戻していった。
「目は冷めた…? あなた、自分が不幸の主人公って顔をしてるけど、自分の事ばかり考えてるでしょう、周りが全く見えていない…落ち込んでいるのはあなただけではないのよ?
それが分からないんじゃ本当にシャルちゃんの騎士たり得ないわね」
「それは…」
まったく反論できない。
「シャルちゃんには時間が必要よ…その間あなたが
「騎士団長…? この俺が!?」
周りに居るツィッギー、イオ、シオンが一様に頷く。
「いいのか? 俺みたいな不甲斐ない奴が騎士団長なんて…」
「ほらほら、言ってる側から発言が後ろ向きよ? 自分を不甲斐ないと思うのなら…弱いと思うならシャルちゃんの役に立つことで挽回しなさい」
殴られた頬を押さえながら考える…今自分は何をすべきか…。
そ れは少なくともここで蹲って泣き言を吐く事では無いと…。
「分かった…俺はあいつの槍となろう…これ以上何者もシャルロットを傷付けさせない…」
「その意気よ…それでこそ『
ゆっくりと立ち上がり拳を握りしめる。
その自信に満ちた顔を見届けたツィッギーは満面の笑みをハインツへと向けた。
「ところで俺たちはこれからどう動くべきだと思う? イオ」
「流石にマウイマウイ王家も我々が島についていう事は気付いている筈です…
このままここに留まっていては怪しまれるでしょう」
「だがシャルロットがあの状態では王宮に出向く事は出来ないぞ?」
「そこはボクに考えがありますよ」
イオはサファイアを連れ立って船内の倉庫からある箱を二つ運び出して来た。
「それは? 見たところ生地や糸や装飾品の類が入っている様だが…
こっちはシャルロットのドレスか?」
「そうですよ、今からちょっとこれらを加工します」
ゴソゴソと箱から中身を取り出すイオ…中にはシャルロットの下着も入っており、ハインツは思わず目を背けた。
「ちょっ…!! イオお前っ…何やってるんだよ!!」
「姫様は立ち直るまで部屋から出て来る事は無いでしょう…だから影武者を立てます」
「影武者って一体誰が…っ!! お前何服を脱ぎだしてるんだ!?」
「何って…ボクがやるんですよ、影武者…幸い背格好はボクが近いですし」
しれっと言い放ったイオはハインツの目の前で次々と服を脱いでいく…そしてとうとう一糸まとわぬ姿になった。
そして今度はシャルロットの下着を身に付け始める。
「ちょっと待て!! 何勝手にあいつのししし…下着を履いてるんだ!!」
「そりゃあ変装に完璧を期すためでしょう…急にスカートがめくれ上がった時、男物の下着だったらおかしいでしょう?」
ピンクのドレスを着たイオは元々女顔なのもあってそれはそれで可愛らしかった。
ここまでやった所でハインツももう突っ込むのを止めた…イオの本気度が分かったからだ。
しかしこれではただの女装だ…シャルロットとは似ても似つかない。
「髪はどうするんだ? アイツの髪は特徴的だからな…」
「それもちゃんと考えてますよ」
生地や糸、装飾品が入っている箱から中身を取り出す。
そしてイオはそれらの上に手をかざした。
「『
布の生地と糸が空中に浮かぶ…そしてそれらは次の瞬間、寄り集まり段々ある物の形になっていく…暫くするとシャルロットの髪型、髪色そっくりなウィッグが出来上がっていた。
軽くメイクをしてからそのウィッグをイオが被りティアラを付ける。
「どうです? 中々でしょう?」
「あっ…ああ…」
ハインツは目を疑った…目の前にはシャルロットと瓜二つの美しい少女が立っていた。
ドレス姿のシャルロットを久し振りに見た気がして彼の胸は高鳴った。
「さあ仕上げですよ」
「…お前、それ、持って来てたのか…」
イオの手にはあのパイチの実が握られていた。
男子が食べると胸が大きくなってしまうという女性の乳房に似た姿の木の実だ。
イオは躊躇いも無くパイチの実にかぶり付いた。
「ふっ…あああっ…んっ」
艶めかしい声を上げ胸を抱える…すると彼の胸にはたわわに実った二つの膨らみが出来上がっていた。
「これで完璧」
「お前…前はその実を嫌がっていたよな…どういう心境の変化だ?」
「ベガ様、いえ先生に言われたんですよ…ボクは騎士団の障害を取り除く役割をしなければならないってね…いずれ姫様が王位を継承なさったらボクは国王の相談役になる運命にあるんですからこの程度の事、我慢できなくてどうしますか」
ニッコリ微笑むシャルロット風のイオ。
「おいおい、あいつは国王じゃなくて女王だろう?いくら男勝りだからってな」
「あっ…」
慌てて口に手を当てるイオ…シャルロットが男というのをハインツはまだ知らなかったのだから。
「そうでした、ボク間違えちゃいました、ははっ!!」
「へへっ、頼むぜ?」
わざとらしく笑ってごまかす…どうやらハインツには感づかれずに済んだ様だ。
「よし、っと…あとは女性の方々にはメイド服に着替えてもらって、それからマウイマウイの王宮へ向かいましょう!!」
「ああ分かった」
こうして一見無謀と思われる影武者作戦が幕を開けた。
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