第54話 裏切りの末路


 「何て大きいの…!!」


シャルロットにとって初めて見る巨大生物。

甲板から見える光景はおおよそこの世の物とは信じがたい不気味さを見せ付けていた。

海面から十本の太く長い腕がそそり立ち、そしてその内の二本の腕はより長く、先端が平べったく広がって吸盤が集中していた。

そのウネウネとのたうつ様は見る者すべてに嫌悪感を与えてくる。

やがて水面に顔を出したのは特徴的な大きなヒレが付いた胴体部分だ。


「あれは…イカなのか!?」


あまりの巨大さにあっけに取られるグロリア。

化け物は横一文字の黒い線が入った何の表情も感じ取れない大きく丸い目でギョロリとこちらを見つめてくる。

並の人間なら恐怖に身体が縮みあがってしまう事だろう。

そして腕は着実に『プリンセス・シャルロット号』に近付いて来ていた。


「どうしますシャル様!?このままじゃ…!!」


「これは困った事になったね…」


敵は海の中にいて近接戦闘型のシャルロットやグロリアでは船から直接本体を攻撃する事が出来ない。

遠隔攻撃が可能な仲間であるイオとツィッギーは謎の体調不良によって現在戦う事が出来ないのだ。

とうとう巨大イカの腕が『プリンセス・シャルロット号』に巻き付きてきた。

やがて全体を締め付けられ、ミシミシと音を立て軋む船体。


「このっ…!!その気色の悪い腕を船から離せ!!」


グロリアがレイピアをイカの腕に向かって振り下ろす…しかし腕のあまりの太さに切断まで至らなかった。

切り裂かれた所から青い体液が激しく吹き出し彼女の赤いメイド服を汚していく。


「おのれっ~!!このっ!!このっ!!死ね!!死ね~~~!!」


激昂したグロリアは何度も何度もその腕を突き刺し続ける。

怒りの我を忘れ半狂乱にレイピアを振り回す。

するとやがて彼女の身体から黒い霧の様なものが滲み出て立ち昇り始めた。


「…!!グロリア…君、どうしたんだい…!?」


その様子が只事で無いと直感したシャルロット。

どう見てもその黒い霧…負のオーラは普通の人間が発していい代物ではないのだ。

目の前の腕だけに固執していたグロリアは脇から襲って来た別の腕に薙ぎ払われ、背中から船の壁に叩き付けられた。


「くっ…!!こいつ…!!」


「ちょっと待って!!少し冷静になろう!?」


「離せ!!って…シャル様!?」


直ぐにまた巨大イカに戦いを挑もうとしたグロリアを制止するシャルロット。

しかしグロリアはシャルロットの判別が付かない程頭に血が上っていたようで、その様子にお互い驚きを隠せない。

その隙を突き触腕が二人を襲う…しかし横から飛び込んで来た何かがそれを弾き飛ばした。


『大丈夫ですか…二人共』


「サファイア!!」


目の前には拳を握りしめて仁王立ちのサファイアがいた。


「船の操縦は大丈夫なの!?」


『巨大イカが船の抑え込んでいるので操舵が意味を成しません…私も戦闘に参加します』


サファイアの繰り出す拳に破裂する様に弾け飛ぶ触腕。

物凄い勢いで巻き上げられ腕が海中に引っ込んでいく。

巨人状態の彼女ならいざ知らず、少女状態のサファイアにこれ程の力があるとは…

シャルロットは感嘆の声を上げた。


「凄い…」


『『負の波動』によって私の能力が一時的に向上しています…』


「『負の波動』って?」


『『負の波動』とは私達魔導兵器を動かす力の源です、これは多かれ少なかれ世界中のどこにでもあるのですが、濃度の濃い場所での能力向上はそれ以外の場所の比ではありません』


「この海上が『負の波動』の濃い所だと言う事かい?」


『いえ、そう言う訳ではありません…先程まではここまで濃くはありませんでした…濃くなったのはまさに今しがたです』


サファイアの視線がある方向を見つめる…その先にはグロリアが居た。

彼女の身体からはいまだに黒いオーラの様なものが溢れ出していた。


「まさか…私から出ているこれがそうだというのか!?」


『そうです、それは紛れもなく『負の波動』です…それもかなり高濃度で高品質な純度の…』


「そんな………」


グロリアはグリッターツリーで指輪越しにシェイドに言われた事を思い出していた。


(このまま君が闇の力に目覚めて行けば魔法に長けた者は元より、そうで無い者にもその力は察知される事だろう…そうなればどちらが自分の居る場所に相応しいか分かるよね?)


「それじゃあ、まさかみんなの体調不良は…」


『はい、『負の波動』のよる魔力あたりだと思われます…高濃度の『負の波動』は普通の人間にとっては毒でしかありませんから…』


「何てこと…」


サファイアによって明確にされた事実…その衝撃にガクリと甲板に膝を着くグロリア。

その彼女の背後から巨大イカの腕が迫る。


「やーーーーーっ!!」


腕がグロリアに当たる寸での所でシャルロットがレイピア片手に飛び掛かり斬り付けた。


「シャル様…私…」


「グロリア、君に聞きたい事がいっぱいあるけど後にするよ…今はこのでっかいイカを何とかする事に集中して!!」


「は…い…」


覇気のない返事をし、おもむろに立ち上がる。

グロリアの不調をよそに一人順調に立ち回るサファイアは次々と襲い来るイカの腕を撃退していた。

しかし腕は吹き飛んだり千切れたりしても海中に引き戻され、やや暫くすると再生して再び襲い掛かって来るのだ…これではいたちごっこ、まったく埒が明かない。


『かくなる上は…』


サファイアが身体の各所を開き始める…これは巨人化の開始動作だ。

彼女は巨人化して一気にカタを着けようというのだ。

しかしその途端、船が急激に傾き始める。


「駄目だよサファイア!!巨人になっちゃ駄目だ!!船が沈んでしまう!!」


『了解しました』


シャルロットの命令に変形を止める。

少女形態から巨人形態への移行はどういった原理なのかその大きさに見合った重量へと変化するらしい。

そしてもう一つの問題は、巨人状態で深い海に沈んでしまっては海上に戻って来られないかもしれないのだ。


「このままじゃ…私に…私にできる事は…」


先程の動揺から未だ立ち直れず膝がガクガク震えるグロリアはそれでも考えを巡らす。

シャルロットもサファイアも防戦一方、加えて自分に指示をくれる兄ハインツはこの場に居ない…自分が何とかしなければ虹色騎士団レインボーナイツ全滅してしまう。


(そうだ、いくら大きくても相手は海洋生物…もしかしたら…!!)


彼女目がけて振り下ろされた触腕を後方に飛び退き避ける。

そして何を思ったのかその伸び切った触腕の上をスロープ代わりに駆け上っていくではないか。


「はああああああっ!!」


そして近くにある別の腕を次々に飛び移り、離れた海上に顔を出していた巨大イカ本体の所まで迫ったのだ。


「グロリア!!何してるの!?危険だ!!戻りなさい!!」


シャルロットの命令を無視し、グロリアはレイピアを前方に突き出す。


「『火炎突破フレイムチャージ』!!」


レイピアの先端に業火が宿る…駆けた勢いをそのままに胴体にレイピアを突き立てる。

しかし触腕の一本がグロリアの身体に巻き付いてしまった。


「海洋生物なら炎に弱い筈…燃え尽きろ!!はああっ!!」


それに構わずグロリアが声を張り上げるとレイピアを刺し込んだ内側で炎が炸裂、巨大イカの身体が次々と焼け爛れていく…辺りに充満する異臭。

さすがの巨大イカもこれは堪らない、腕を全て『プリンセス・シャルロット号』から放し、徐々に海中に沈み始めた。


「グロリアもういいよ!!戻っておいで!!」


グロリアに向かって船の手摺りに捕まり身を乗り出し腕を伸ばすシャルロット。

しかしそれでも巨大イカに捉えられている彼女までには程遠い。


「…ご免なさいシャル様…私、シェイドと繋がってました…」


「えっ…?」


沈みゆく巨大イカの上、グロリアが静かに語り出した。


「エターニアの遺跡でシェイドに助けられた時に彼に指輪を貰いました…

そして私に仲間にならないかと持ち掛けて来たのです…

勿論その申し出には応えていませんが、揺らいだのは事実です…」


「グロリア…」


もう膝まで海中に浸っている。


「今思えば見つからない筈のタイミングで敵に遭遇したりこちらの作戦が筒抜けだったりしたのはこの指輪が原因だったんですね…私は虹色騎士団レインボーナイツ失格です…シャル様のお側に居る資格もありません…」


腰まで沈んでしまった。


「そんな指輪…捨ててしまえばいいじゃない!!それで許してあげるから!!」


「そう言う訳にはまいりません…この指輪は外れないのです…このままではきっと私は人間ではなくなってしまう…」


「諦めないで!!きっとイオやツィッギーが知恵を貸してくれるよ!!だから…!!」


グロリアは力無く首を振る…身体は遂に胸まで沈んでいた。


「私の旅はここまでです…どうか兄ハインツをお願いしますね…」


「グロリア~~~~~!!!」


海に落ちそうな勢いで身を乗り出すシャルロットをサファイアが制止する。


「離して!!このままではグロリアが…グロリアが~~~~!!!」


『いけません、あなた様まで死んでしまったらこの世界はどうなりますか』


小さな身体に見合わず物凄い力で掴みかかるサファイアを振り切れず半狂乱のシャルロット。

既にグロリアの姿は海上に無く…そして再び彼女も巨大イカも一行の前に姿を現す事は無かった。

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