第52話 出発(旅立ち)


 『おい…待てよアークライト』


『何だグリム、お前も戻っていたか』


 アジトの石造りの廊下を歩くアークライトにグリムが声を掛けてきた。


『貴様…何か良からぬ事を企んではいないだろうな?』


『何の話だ?』


 グリムの猜疑心の籠った問いかけに特に動揺する素振りを見せないアークライト。


『お前、本当にベガを殺したのだろうな?』


『当然だ…お前もあの場所に居たのだから見ていたはずだ』


『いや、とどめの瞬間は見ていない…そもそもお前、ベガに斬りかかった俺諸共ファイアボールで攻撃して来たな…』


『ああ、あの時は済まなかった…絶好の攻撃のチャンスだったからつい』


『この際あの時の事はいい…だがそのせいでその後お前とベガがもつれて崖下に落下していく所までしか見ていなかった…次の瞬間には既にベガの姿は無かったからな』


『それはそうだ、私がこの手で奴を海に沈めたのだから…』


『信じていいんだな?』


『ああ勿論』


 アークライトの受け答えに特に怪しげな所は無かった。

 グリムはそれ以上の追及をするのを止めた。


『この際だから言わせてもらうが、シェイド様以下お前たちは常にの配下だと言う事を忘れるなよ? 何かおかしな素振りを見せたら俺が貴様らをこの鎌で狩る…俺はに遣わされた監視役でもあるのだからな』


『分かっている…肝に銘じておく』


『それでいい…』


 そう言い残してグリムは闇に消えた。


『只今戻りました…』


 廊下の突き当り、アークライトはシェイドの居る部屋へと入り跪く。

 そこには椅子に腰かけたシェイド、傍らに立つ槍騎士ハイドがいた。


『うむ、して首尾は…?』


『これを…』


 アークライトが差し出した手の平には翡翠で出来た棒状のアクセサリーが乗っていた。


『これは…?』


『ベガが着けていた耳飾りに御座います…奴を葬った証拠に持ち帰りました…』


『そうか…ご苦労だったなアークライト、ゆっくり休め』


『勿体なきお言葉…失礼します』


 一礼の後去っていくアークライトをしり目にハイドが静かに口を開いた。


『シェイド様…本当にアークライトはベガを葬ったと思われますか?』


『何だ、お前はアークライトを疑っているのか?』


『アークライトとベガの関係を考えるに素直にシェイド様の命に従って奴の命を奪ったとは考えにくいのです…』


 ハイドの考察を聞き、顎に手を当て少し考え込むシェイドであったが何事も無かったように答える。


『ベガの生死は実はそこまで問題ではないのだよハイド…仮に殺して来なくともベガを無力化してくれればそれで良かったのだ』


『何故です? それなら何故わざわざこの任務に不向きなアークライトに任せたのですか?』


『俺はアークライトの忠誠心と決意を確かめたかったのだよ…自分の意に反する命令を俺がした時にアークライトがどう動くかのね…』


『何故そんな回りくどい事を…』


『これからの作戦にはアークライトの働きが不可欠だ…それを敵陣に居るベガを見て動揺されては支障があるからな、だからアークライトには自らの手で禍根を断ち切ってもらった訳だ…これは極めて重要な懸案事項だったのだよ』


『…そこまでお考えだったのですね…私などが出過ぎた口を叩きました…』


『よい…お前は実に実直な男よな…これからも俺の側に居て俺を支えてくれよ』


『はっ…ありがたきお言葉』


 二人共黒ずくめの装備で身体を固め、顔も兜で表情が窺い知れないが、この二人には他者が入り込めない様な何か特別な信頼関係があるだろうことは明らかだった。




 グリッターツリー…ティーの襲撃、山火事から二日後…。


『完成しました…』


 巨人サファイアの作業の手が止まるとそこに一隻の美しい船が姿を現す。

 虹色騎士団レインボーナイツ以外にも多数の耳長族が集い、拍手で祝福してくれた。


「ありがとう!! やったねサファイア!! お疲れ様!!」


『お褒め戴いてありがとうございます』


 サファイアの身体の装甲が一斉に展開し見る見る身体が縮んでいく…実に四日ぶりの少女の姿だ。

 火矢により工期が一日遅れたがサファイアは見事、船の建造をやり遂げた。


「大した物だ…これでやっとマウイマウイに渡れるな」


 ハインツも感慨深げに完成した船を見上げる。


「ところでシャルちゃん、この船に名前は付けないんですか?」


「あ~そっか…そうだね~どうしようかこのコの名前…」


 ツィッギーに言われて初めて気付く…実際この数日の騒動でそれどころでは無かったのだ。


「『プリンセス・シャルロット』はどうですか? 折角のシャル様専用の船ですし…」


「グロリアお前ね…そんな安直なネーミングがあるか…」


「うん、イイね!! それで行こう!! このコは今から『プリンセス・シャルロット』だ!!」


「えっ!! いいのか!?」


「船の名前には女性名を付けるのが習わしだって言うし丁度いいじゃない!!」


 シャルロットがビシィとサムズアップする…唖然とするハインツ。

 なんと一瞬にして船の名前が決まってしまったのだ。


「そうと決まれば船に物資を積み込むよっ!! これから忙しくなるからみんな覚悟してね!!」


 周りからオー!!と声が上がる。

 それを皮切りに次々と耳長族の若者たちが船に荷物を積み込み始めるのであった。

 しかしその盛り上がりとは別にキョロキョロしながら歩き回る人物が居た…イオだ。


「ベガ様~ベガ様どこですか~?」


「イオ様…」


「これはレズリー様、丁度よかった、ベガ様を知りませんか? 三日後には戻ると言っていたのですが何処にも見当たらなくて…」


「そのことでお話があります…どうぞこちらへ…」


「えっ…?」


 イオはどこか違和感を感じながらも招かれるままレズリーに付いて行くことにした。

 着いた先は村長邸…イオもよく知っている、以前はツィッギーの屋敷だった建物だ。


「どうぞこちらへ」


 促されるまま屋敷の居間に入る…ここもよく知っている部屋だ。


「座っていてください、今お茶をお持ちしますから…」


「えっ、いえ、ボクはベガ様の居場所が知りたいだけなんですけど…レズリー様は知ってるんですよね?」


「…ええ」


「なら教えてくださいベガ様は何処にいるのですか?」


 一瞬、困惑と悲しみが混在したような表情をしたレズリーだったが、やがて意を決したように戸棚からを取り出しイオに手渡した。


「では…これをお読みください…」


「これは?」


「四日前にベガ様から預かったお手紙です…」


「えっ…!?」


 それを聞いた途端、急いで洋封筒の封を切る…その中には四つ折りにされた便箋が数枚入っていた。




 親愛なるイオちゃんへ


この手紙をあなたが読んでいるという事はアタシはもうこの世に居なくなっているのかな? それとも何らかの事情で今の今までそちらに戻れないのか…。

 いずれにせよそこにアタシが居ないのは間違いないわね。


 それはそうと、そろそろ船は出来上がっている頃よね、準備が出来たのならアタシの帰還を待たずにマウイマウイへ旅立ちなさい。

 本当は同行してカロン王をとっちめたかったのだけど、それはあなた達にお任せするわ。

 大丈夫、あなた達ならきっと良い結果を導き出せると信じてる。


 最後にあなた達と旅が出来た事はアタシの人生において最高の刺激になったわ、ありがとう。

 それとイオちゃん…弟子を持たない主義のアタシだけどまるで本当に弟子が出来たみたいで楽しかったわよ。

 アルタイルから本気で奪ってしまいたいくらいにね。


 愛してるわ。


 あなたの二人目の師匠 ベガ。




「うっ…うううっ…ベガ…先生…そんなのって無いですよ…ズルいですよ…」


 イオの顔が涙と鼻水でグシャグシャになる…見かねたレズリーがハンカチを渡すと鼻をかんで返してよこした。


 彼が泣きやむのに数分を要した。


「少しは落ち着きましたか? このハーブティーには心を落ち着かせる作用があるので、良かったら…」


「ありがとうございます…」


 ゆっくりとティーカップを口に運ぶ…泣き腫らして赤くなった目元が痛々しい。


「ごめんなさいね、ベガ様が旅立つ時に自分が戻らなかった時にこの手紙をあなたに渡す様に言付かっていたのです」


「いえ、もしレズリー様がこの手紙をすぐにボクに見せていたら間違いなくボクはベガ先生を引き止めたでしょうから…約束を守ってくださってありがとうございます…きっと先生は帰って来れないのを分かっていてボクに課題を課していったのですね、ボクが先生の変わりが出来る様に…」


「ベガ様は幸せですね…」


「えっ…?」


「直に語らなくても思いを理解してくれる人がいる…意志を継いでくれる人がいる…これを幸せと言わずに何と言いますか…私たち耳長族はなまじ寿命が長い事もあり後の世代に何かを託すことにはあまり積極的では無いのです…だからこそ憧れます」


「そう…ですか…うん!! そうですよね!! 先生が幸せと思ってくれるように頑張りますよボクは!!」


 勢いよく立ち上がり拳を握りしめる。


「その意気ですよイオ様!!」


 レズリーは満面の笑みでその決意を見守った。




 「なるほどね、事情は理解したよ…」


 イオは造船所に戻りベガの手紙に纏わる経緯いきさつを全てシャルロット達に話した。


「おいおい大丈夫なのか? ベガの随伴があるから安心してマウイマウイへ行けたはずなのに…」


「相変わらず心配性だなハインツは…元々僕はベガが居なくてもこの計画を実行しようと思っていたよ…それに僕らにはイオが居るじゃないか、そうだろう?」


「はい!! お師様と先生の代理はこのボクが務めさせてもらいます!!」


 いつに無くしっかりとした口調で返事をする。


「ん? 先生? ベガの事かい?」


「はい!! ボクのお師様はアルタイル様だけです、だからベガ様は先生なんです!!」


「そうかい」


 シャルロットの問いにイオはニッコリと微笑んだ。


 数時間後…『プリンセス・シャルロット号』の準備は全て整った…

 ただ最後に最大の懸案事項が残っていた。


「ねえ、敢えて聞かない様にしてたんだけど…『プリンセス・シャルロット号』はここからどうやって海に出るんだい?」


 シャルロットの疑問はもっともだ。

 ここは森の奥深く…周りは鬱蒼とした樹々に囲まれ、仮に馬車などで引っ張るにしても海まで続く幅の広い道が無い。


「それはアレだろう…? サファイアが巨人化して船を持ち上げて、海まで放り投げるんだろう?」


「馬鹿だな兄上は…そんな事をしたら着水の衝撃で船がバラバラになるだろう」


「お前!! 実の兄貴に向かって馬鹿とは何だ!!」


「ほらほらケンカしないの!! 今からしっかり説明しますから!!」


 ハインツとグロリアが言い争いをしている所にツィッギーが割って入る。


「その前に騎士団のみんなは『プリンセス・シャルロット号』に乗って頂戴、説明はそれからよ」


 ツィッギーに言われるまま全員が船に乗り込んだ。


「レズリー!! 準備を!!」


「はい!! お姉様!!」


 ツィッギーが船上から地面に居るレズリーに向かって指示を出している。


「一体何が始まるんです?」


「これから『プリンセス・シャルロット号』を耳長族全員の風の魔法を結集して海まで押し出します」


「ええっ!? そんなことが可能なのですか!?」


 ツィッギーの説明にイオも、周りで聞いていた誰もが驚愕した…イオの魔術師歴は数十年とそこまで長い方ではないが、その彼ですらこんな大型の物を魔法で移動させるなど聞いた事が無かったのだから。

 騎士団員たちの不安をよそに、船の先端が向いている海側の森の木々が地鳴りを伴い揺れているではないか。


「おい見ろ!! 木が…動いているぞ!!」


 ハインツが指差す先の樹々が一斉に左右に向かって倒れていく…程なくして地鳴りは収まり、眼前には大きく開けた通路が出来上がっていた。


「凄い……」


 あまりの現実離れした光景に息を呑むシャルロット。

 唖然とし、溜息しか出ない。


「いきますよ!! 皆さん船に捕まってください!!」


 船の後方からレズリーの叫び声が聞こえる。


「みんなしっかり捕まっててね、振り落とされたらただでは済まないのだから」


「おっ、脅かすなよツィッギー…」


「なぁにハインツ、怖いの?」


 すかさずシャルロットがハインツをいじり出す。


「ばっ、馬鹿言え、こんなの大した事ねぇよ」


「シャルちゃん、ハインツ君、おしゃべりはそこまでね…でないと舌噛むから」


「「はい…済みません」」


 ツィッギーにたしなめられ口をつむぐ二人。


「『風の軍勢エアリーフォース』!!!」


 船尾の後方でレズリー他大勢の耳長族が一斉に魔法を唱える。

 個人個人に灯った淡い魔法力の輝きはやがてレズリーに集中し一つの巨大な空気の渦へと変わる…まるで竜巻を横に寝かせた様だ。


「解放!!」


 レズリーの掛け声で竜巻は解き放たれ一気に『プリンセス・シャルロット号』を押し出す。


「うわぁあああああ!!!」


「きゃあああああ!!!」


 船上の皆が悲鳴を上げる。

 その衝撃波は凄まじく、周りの大木すら容赦なく折れそうな程激しく揺らす…『プリンセス・シャルロット号』はあっという間に見えなくなっていった。


「お姉様、虹色騎士団レインボーナイツの皆さん…ご武運を…」


 レズリーは寂しそうな眼差しで離れていく『プリンセス・シャルロット号』を見送った。

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