第51話 耳長族と黒歴史(後編)
「さあ、身体中、矢でびっしりと串刺しにしてあげる!!」
ティーが腕を振りかざしたのを合図に空中に並んでいた矢が一斉に発射される。
視界を埋め尽くすほどの矢の大群を前にシオンは忍者刀、ツィッギーは弓を手に迎え撃つ。
「ふっ!! はっ!!」
シオンは忍者刀を巧みに操り自分目がけて放たれた矢を全て叩き落していった。
「やーーーーっ!!」
ツィッギーも負けていない……弓を水平に構え、一度に数本の矢をつがえ発射、ティーの矢を正面から相殺していった。
おおよそ人間業とは思えない正確な射撃であった。
視覚や聴覚が敏感な耳長族の面目躍如である。
だがこのままの状態が長く続くと二人の方が圧倒的に不利だ。
体力が消耗していった場合、今の様に完璧に矢を防ぎ切るのは無理な話だろう。
不幸にもここはグリッターツリーにしては珍しく開けた岩場だ、身を隠す障害物が殆ど無い。
だが意外な事にここでティーの一斉攻撃が止むことになる。
「なんだ、もう矢が尽きたのか? その程度では私達を屠る事は出来ないぞ」
シオンがティーを煽るようにわざと挑発的な言葉を投げかける。
『はっ、何か勘違いしている様ね……今のはあなた達がどれほどの実力があるか見極めるための小手調べよ』
ヤレヤレと頭を振るティー。
『まぁある程度はやるという事は認めましょう……でも次の私の攻撃はかわせるかしら?』
再び彼女が両手を広げると先程と同じく宙に大量の矢が現れた。
「馬鹿の一つ覚えか…もうその手は通用しないぞ」
(さっきと同じ攻撃なら矢を弾きながら奴との距離を縮める事が出来る…)
シオンは自分の体術に自信と確信があった。
「シオンさん気を付けて!! あれはさっきまでの攻撃とは違います!! よく見てください!!」
「何……?」
ツィッギーの指摘を受けシオンは矢を注意深く観察する。
すると矢一本一本に何かが渦巻くように纏わり付いているのが確認できた。
「あれは…?」
「『
『あら、解説ありがとう、説明の手間が省けたわ…さあ喰らいなさい!!』
ティーの合図で待機していた矢が一斉に放たれた…やはりツィッギーの言った通り先程の攻撃とは比べ物にならない程速度が速い。
シオンは既に忍者刀を持つ右手に加え左手にも苦無を構え二刀流になった。
瞬時にこの攻撃の危険さを察知し、一刀では対処しきれないと判断したからだ。
「くっ…!!」
刀が矢を弾く度にシオンの手にビリビリと衝撃が走る…速度が増していると言う事は威力も増しているという事…次第に矢が身体をかすり始める。
「『
ツィッギーは矢の相殺を諦め腕を前に突き出し魔法を唱え、手の平の前に空気の渦を出現させティーの矢を弾き飛ばすのだった。
だが矢の数が数だ、その渦も少しづつ削り取られていった。
しかしまたしてもここで攻撃が止む。
「ハァハァハァ……貴様、何のつもりだ?」
痺れた両腕をだらりと下げ、肩で大きく息をするシオンを見て薄ら笑いを浮かべたティーがその問いに答える。
『フフッ……こんなに簡単に終わってしまったら面白くないでしょう?
私が受けた苦しみに比べたらこの程度、何て事ないわ
あなた達にはもっと苦しみ抜いて死んでもらわないとね』
そう言い終えたティーの仮面から覗く狂気に満ちた目にシオンは戦慄を覚えた。
「……こいつ、歪んでいる……」
「どうして? どうしてそこまで他人を恨むのですか?」
『分からないか? 過去から目を背け、偽りの平和を謳歌している今のお前達には分からないのね……』
先程とは違いツィッギーの問いに寂しそうな素振りを見せた…だがそれも一瞬の出来事。
『だからこそ許せないのよ!! だから私はこの森を焦土にしてでもお前達に報いを受けさせる!!』
三度、矢の群れが空中に現れる…今度は炎の渦が矢を取り巻いている。
「まさか!? 『
「ツィッギー、何が起きているんだ?」
「通常、風の加護を受けている私達耳長族は『
「奴も命懸けって事か…同族嫌悪でそこまでやるとはな…」
恐らくティーはこの攻撃で勝負を決めるつもりなのだろう…矢に取り付いている炎が一層激しく燃え盛る。
「奴のこの攻撃こそが我々にも最大の反撃の好機だ……ツィッギー、手を貸してくれないか?」
「はい、私は何をすればいいかしら?」
『無駄なあがきを……お前たちに私の次の攻撃をどうにかできるの?』
「こんな所で終われない……お前にも信念があるように私達にも信念があるんだよ」
『そう……なら見せてみなさい!! その信念とやらを!!』
炎を纏った大量の高速の矢が二人に襲い掛かる。
「それっ!! ツィッギー、耳を塞げ!!」
シオンが懐から手の平大の球を取り出し地面に向かって叩き付け、ツィッギーは言われた通り耳を塞いだ。
割れた球からは黙々と煙が立ち上り、同時にけたたましい炸裂音を辺りに響かせた。
『きゃあっ!! 何だこれは!?』
堪らず耳を手で覆うティー……しかし既に手遅れ、彼女の耳からは血が流れだし音を感じる事が出来なくなってしまった。
人間に比べて聴力が極めて高い耳長族だ、突然の轟音は彼ら、彼女らにとっては堪ったものではないだろう。
それにより集中を乱され矢の制御までもが出来なくなり、次々と矢からは炎が消え失せ地に落下していった。
(しまった……このままではやられる……)
矢の大群を操る術を失ったティーは背中に背負っていた弓を手に取る。
こうなったら頼れるもの自身の弓の腕前だけだ。
煙幕が辺りを覆ってしまっているせいでどちらの陣営も互いの姿を捉える事が出来ず暫しの沈黙…しかし上空が少し晴れて来た時に動きがあった。
「覚悟……!!」
高だかと跳び上がり、シオンが忍者刀片手にティーに向かって落下して来た。
『馬鹿め!! 返り討ちだ!!』
素早く弓に矢をつがえ放つ…その矢は見事シオンの胸を貫いた…かに見えた。
射貫かれた瞬間、シオンの姿は掻き消え、代わりに細身の丸太が現れたのだ。
丸太にはしっかりと矢が刺さっていた。
『何っ!? これは……身代わり!?』
「貰った!!」
『あっ……!!』
丸太に気を取られた一瞬にシオンが懐にまで接近していたのだ…慌てて矢を手に取ろうとしたが時すでに遅し。
すれ違いざまにシオンの忍者刀がティーの脇腹を深々と斬り裂いていた。
ばたりと前のめりに倒れ込むティー。
「助かったよツィッギー、あの短時間でよく私の言いたい事をくみ取ってくれた」
「丸太を渡された時はどうしようと思いましたが何とかなりましたね」
上空に飛び上がったシオンはツィッギーの風属性魔法『
それを更に彼女の風魔法で空へと打ち上げただけの代物。
視界と聴力を封じられて焦ったティーにはさぞ本物に見えた事だろう。
彼女が冷静さを欠いていなかったら決着がどうなっていたか分からない。
『ぐっ……あっ……』
ティーの斬られた脇腹からはおびただしい量の血液が流れだしている。
目も虚ろ……どうみてもこれは助からない。
「耳をやられているからな……声もかけてやれないが許せ……」
「うっ……ううっ……何でこんな事に……」
ティーの傍らに跪き涙にくれるツィッギー。
「ツィッギー…」
「分かっていますシオンさん……こうしなければ私達はおろかシャルロット様や皆の命が危険に晒されていたかもしれない事は……でも悲しすぎます、人々を恨んだまま一人で死んでいくなんて……」
シオンは彼女の肩を軽く叩いてやる事しか出来なかった。
『あうぁ……』
「ティーさん? 何? 何が言いたいの?」
既に虫の息のティーが何か言葉を発しようとしている……ツィッギーは必死にそれを聞き取ろうと彼女の口元に耳を近づける。
『この世で結ばれないのなら……せめてあの世で……これで……私も……やっと……あの人の……元へ……』
そう言い残すとティーは息を引き取ったのだった。
そっと手で目蓋を閉じさせる。
「まさか……そんな? いえ、そんな筈は……」
それを聞いたツィッギーはある事を思い出すのだった。
「どうかしたのか?」
「グリッターツリーの東に『嘆きの断崖』という崖があります……
そこは耳長族の少女と人間の青年が二人手を取り合って投身した伝説のある場所……」
「何故今その話を?」
「その伝説に出てくる耳長族の少女の名が『ティーナ』……」
「………」
「二人はお互いの種族の猛反対を受け、結ばれる事を許されなかった……
数百年前は耳長族と人間は今ほど友好的ではなかったそうよ……だから二人は駆け落ちした……でもその逃げた先まで両種族の憎悪は追いかけて来たのよ、崖にまで……を引き離す為に……」
「種族間、民族間のいざこざは昔からあった事だな…今もそう変わらない」
「そうねあなたの言う通り……二人の駆け落ちは両種族の関係を更に悪化させたの……
まさに二人の目の前で命の奪い合いという形で……
それを悲観した二人が崖から身投げしたのだけれど、それが切っ掛けで両種族の関係はお互いに干渉しない形で収束していった……
彼女からしてみたら今の耳長族と人間が一緒に居る光景は羨ましくも妬ましいものに移ったんじゃないかしら?
何故自分の時代はそうじゃ無かったんだって……
彼女が私を偽善者呼ばわりしたのはそういう事なんじゃないかって……」
「ではあなたはティーはティーナ本人であると言いたいのか? その伝説はいつの話だ?」
「千年くらい前ですね」
「耳長族はそんなに生きていられるものなのか?」
「闇の力に飲まれた耳長族……黒耳長族は耳長族より更に長寿だと言われています……
投身時に何らかの要因で生き残ったのなら今も生きていても不思議ではありません」
「そうか……」
「彼女を弔いたいのですが手伝っていただけませんか? シオン」
「分かったよ、私とて死んでしまった者を無碍にはしたくない」
シオンとツィッギーはティーの亡骸を森の中に丁重に弔った。
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