第53話 航海先に立たず


 「あははははっ!!早い早ーい!!」


「うわわわわっ!!死ぬっ…!!死んでしまう…!!」


船の手摺にしがみ付きながらはしゃぐシャルロットと引きつりながら悲鳴を上げるハインツ…風圧により頬の肉が波打っている。

耳長族の魔法の竜巻に押し出された『プリンセス・シャルロット号』は、いとも簡単に陸を駆け抜け洋上に躍り出た。

それからも速度は衰えずグングン海の上を突き進む。

右手には四日前まで滞在していたポートフェリアの街並みが遠くに見える。


「ハインツったら意外と臆病だよね、これくらい楽しめなくてどうするんだい」


「うるさいな!!俺はこういう自分ではどうすることも出来ない状況は苦手なんだよ!!」


徐々に船は減速を始める、手摺りから手を放しても大丈夫なほどに。


「サファイア、帆を張って!!」


『了解しました』


二本あるマストに一斉に帆が展開する、ここからは自然の風に任せての航海だ。

空は快晴、船出には絶好の天気だ、潮の香りが鼻腔をくすぐる。

これが観光目的の船旅だったらどんなに楽しい事だろう。

見渡す限りに拡がる青い海に船は『プリンセス・シャルロット号』一隻のみ…

この状況が示す意味をシャルロット達は当然忘れていない。


「洋上の船舶の行方不明事件って結局何が原因だったんだろう?今の所何も無さそうだけど…」


「あの後も情報収集を耳長族の方々にお願いしていたのですが、被害に遭った船の生存者や遺体はおろか、残骸一つ打ち上がっていないとの事です…とても危険ですが実際に行って確かめるしかないかと…」


「そう、ありがとうイオ…まあ僕たちの旅はいつも行き当たりばったりだったし、いつも通りって事だね」


「それじゃ駄目なんだぜ本来は…」


能天気に胸を張るシャルロットに対してハインツが毒ずく。


「本当に何か起こるんでしょうか?海はこんなに穏やかなのに…」


手摺りから乗り出し、下の水面を見つめるグロリア。

船体が進む事で出来る白い泡が船尾に向かって流れていく。


「気持ちは分かるわ…でもね、山や海の天候はまるで猫に目の様に目まぐるしく変わったりするのよ?その行方不明事件が自然災害かは分からないけどね…」


遠くの水平線を見つめながらツィッギーが答える。

かく言う彼女も船に乗って海に出るのは長い人生において初めてなのである。


「それじゃあ、行方不明事件については分からない事が多すぎるから取り敢えず置いておくとして、マウイマウイに着いてからの事を考えようか…操舵はサファイアお願いね」


『了解しました』


「じゃあ私は周囲の警戒を、サファイアちゃんだけでは大変でしょう?…あとで会議の内容を教えてくださいね」


「ああ、そうだねごめん、任せたよツィッギー」


操縦と監視のためにサファイアとツィッギーを甲板に残し、騎士団員は船内に入った。

船内には立席で作戦会議を行うのに適した長机が設置してあり、それを全員で取り囲む。

そしてイオが筒状に丸まっていた世界地図を机の上に広げた。


「今ボクたちはポートフェリアの脇から出向して定期航路に乗って南方に位置するマウイマウイへ向かっています…順調に進めば二日で到着するはずです」


イオの指が地図上の航路をなぞる。


「うん、マウイマウイにはエターニアを発つ時にそちらに向かう旨の書簡を送ってあるのでいきなり到着しても問題はないと思う…事情を話せば分かってくれるよ」


「…だと良いけどな…」


「何か言いたげだねハインツ…?」


「色々と引っかかるんだよ…考えても見ろ、これから自国の王子とお見合いをする国賓であるお前に何故マウイマウイは迎えを寄越さない?

ポートフェリアは中立港だ、海洋国家であるマウイマウイが業務提携して無い訳が無い、普通に考えてあちらが船で迎えに来るのが筋ってもんだろう…」


事あるごとにシャルロットの突拍子もない作戦立案に物申すことの多いハインツではあるが、今回はそういう訳ではない様だ。


「おや、ハインツ殿からそんな言葉が聞けるとは…根っからの脳筋ではないらしいですね」


「てめえイオ!!俺に喧嘩売ってるのか!?」


「いえいえ、むしろ褒めているんですよ!!」


胸ぐらを捕まえてくるハインツに対して両手を振って弁解するイオ。


「まあまあ、ハインツの言う事はご尤も、罠かも知れないのは重々承知さ」


「ならどうして…」


イオを跳ね除けつつシャルロットに向き直る。


「マウイマウイは『現在の盾』が自国にあると言って来た…

君も知っての通り『三種の神器』はエターニア王家の女にしか扱えないものだ、

仮に外見をにせ、重い素材で作っていたとしても僕が直接出向いて持ち上げれば判別が付く…僕らが大手を振ってにマウイマウイに入国するのにこれ以上うってつけのタイミングは無いんだよ、

なにせ情報が乏しい以上は例え疑わしい情報であっても確認する必要はあるだろう?」


「確かにそうだが…今更だが危険すぎる」


「その為の虹色騎士団レインボーナイツだよ!!

なるべく話し合いで盾を譲渡してもらうつもりだけど、そうもいかない事態は出て来るかも知れない…でも僕が選んだ君達精鋭が揃っているんだ、大丈夫、きっと上手くいく!!僕は信じてるよ!!」


「お前…」


「シャル様…」


両手を広げ満面の笑みを湛えるシャルロットに全員が魅入っていた。




 翌日…航海二日目の朝。


「う~~~~ん…!!海の上、船の中で朝を迎えるなんて初めての経過だよ!!」


グイッと伸びをして甲板に現れたシャルロット。

吹き付ける潮風が頬に心地良い。


「朝から元気だなお前は…」


その後をハインツがついて来たがどこか様子がおかしい…顔が青ざめフラフラしている。


「どうしたのハインツ?」


「…いや、朝起きてから軽く頭痛と目まいがするんだよ…」


「船酔いかな?」


心配そうにハインツの顔を覗き込む。


「奇遇ですね…ボクもなんですよ…」


「私も…」


次々船室から出て来たイオとツィッギーもハインツ同様顔色が良くない。


「不覚…船酔いなどした事の無い私までこの体たらくとは…」


マストの先端にある見張り台から甲板に飛び降りた後、足元がふら付くシオン。


「シオンも!?大変…グロリア!!船酔いに効く薬を持って来て頂戴!!」


「はい只今!!」


船室から救急箱を持ってグロリアが駆けてきた…彼女は特に何ともない様だ。

取り敢えず症状のある四人は薬を飲み船内の寝室で休む事になった。


「どうですか?少しは楽になりましたか?」


「ごめんなさい…あまり変わらないかも…」


グロリアの問いかけに弱々しく答えるツィッギー…どちらかというと服用前より悪くなっている気さえする。


「しかし不可解だ…」


「何?どうかしたのシオン?」


「姫様、いえ…実は私は早朝から見張り台から周囲を警戒していたのですが…その時までは全く問題は無かったのです…ですが今朝、急に症状が現れた…それも唐突に…」


「俺もだ…おれは甲板上を見回っていた時に急に気分が悪くなった…」


「ボクもです…起きて着替えるまでは何ともなかったんですが…」


「私も…」


「それは不可解だね…まさかみんなの症状は船酔いではない…?」


聞けば四人がこの症状になったのがほぼ同時だったらしい…確かに不可思議なことではある…しかしこの時点ではシャルロット達に原因を特定する術はない。


「しかし困った事になったね…まあこのまま何事も無ければ今日の午後にはマウイマウイに着くけど…」


すると突然部屋にある伝声管からサファイアの声が響く。


『シャルロット様、緊急事態です…至急甲板まで来てください』


「サファイア、どうしたの!?」


『敵襲です』


「敵襲!?」


まさかの事態に大きく動揺するシャルロット…洋上での敵襲をまったく予想していなかった訳ではない…しかし最悪のタイミングでその事態が起こってしまった。


「敵襲だって…?すぐに行かなければ…」


「駄目だよハインツ!!そんな身体で!!」


必死にベッドから上体を起こすハインツをシャルロットが制止する。


「そんな訳にいくか…敵が来ているんだぞ…」


「駄目だね!!そんな状態で出て来られちゃ却って足手まといだよ!!ここは僕とグロリアに任せて!!行くよグロリア!!」


「はい!!シャル様!!」


二人は剣を携えると急いで部屋を出て行った。


「くそっ!!」


実際今も見上げる天井がグニャグニャに歪み吐き気をもよおすほどの目まいに見舞われている四人…ハインツが自分の情けなさに悔し気な声を上げる。


「サファイア、お待たせ!!状況は!?」


『前方を見てください』


「あっ…あれは!?」


「何…あれ…」


二人は驚愕した…船の前方には数本の太くて長い触手をうねらす巨大な生物…

『プリンセス・シャルロット号』より巨大な化け物が視界を埋め尽くしていたのだった。

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