第48話 炎の奇襲
「レズリーさん、ちょっといいかしら?」
村に戻り、耳長族の若者に指示を出して船に積み込む物資の調達をしていたレズリーにベガが声を掛けてきた。
「あなたは確かベガ様でしたね…私に何か御用でしょうか?」
「え~と…出会って間もないあなたにぶしつけなんだけどお願いしたい事があって…」
「まあ、そんな事お気になさらずに何なりと申して下さいな」
優し気な笑顔を向けてくるレズリー…さすが双子だ、雰囲気が姉のツィッギーによく似ている。
「ではこれを…」
ベガが懐から何かを取り出した…それは一通の洋封筒であった。
それをレズリーに手渡す。
「お手紙ですか?」
「ええ…もしもアタシが船の完成までにここに戻って来なかった時にイオちゃんにこの手紙を渡して欲しいのよ…お願いできるかしら?」
「えっ? それは構いませんが、一体どういう事なのでしょう? ベガ様もシャルロット様たちとマウイマウイに渡航するのではないのですか?」
レズリーは驚いた…てっきりベガも完成した船に乗るものとばかり思っていたからだ。
「勿論そのつもりよ…これはもしもの為の備えの様なものね…アタシが戻って来た時は破り捨ててくれて結構よ」
「でもこんな重要な物…私なんかに託してよろしいのですか? 同じ騎士団の姉の方が確実なような気がするのですが…」
「だからよ…ツィッギーはなまじアタシ達と付き合いが長い分、何かを察してこの手紙をすぐにシャルちゃんやイオちゃんに見せてしまうかもしれないからね…これはむしろあなたにしか託せないのよ…」
「分かりました…そう言う事なら確かにお預かりしましたわ」
「ありがとう…愛してるわ」
そう言って微笑んだベガの表情から決意の様なものを感じ取ったレズリーはそれ以上何も聞かず、封筒を懐にしまうのだった。
「う~ん…どうしましょうか」
イオは切り株を椅子代わりにしてベガから渡された魔導書とにらめっこしていた。
彼の魔法適正はアルタイルも認めるものであるが、彼のその臆病な性格故か身を守る防御魔法は積極的に覚えるのだが、代わりに一切の攻撃魔法を修得していない…いやそれは正しくない、使えはするのだが研鑽を怠っていて実用レベルに達していないのである。
そして手元にある魔導書は全部で三冊…
一冊目は『
一度行った事のある場所に自分、或いは他人を瞬時に移動させることができる。
敵陣営であるシェイドの部下の魔導士アークライトがよく使っている魔法だ。
二冊目は『
これは予め自分にかける事によって後に使う魔法の効力を文字通り増幅させる魔法だ。
そして三冊目…『
これは術者が習得している技術…例えば料理や手芸、工作などの身体的特技…これらを瞬時に行う魔法だ。
先の2冊は実践で使えればかなりの戦力増強に繋がりそうだが、最後の1冊…『技巧』だけは何故今必要なのかイオには全く分からなかった。
「この中で比較的簡単そうなのは…」
三冊の中から一冊だけ手に取ったのは『
自分には修得の意味合いが不明と思われる魔法ではあるが、ベガがわざわざ選んで持って来たものだ…きっと何か考えがあるのだろうと割り切りイオは魔導書に目を通す。
イオの特技を彼自身が思い浮かべると掃除や料理などの家事全般、洋服の仕立て
裁縫など、アルタイルの世話を長年続けてきた事で修得したものばかりだ。
そこで『
「よ~し!! 『
裁縫をイメージし魔導書を片手に地面に並べられた材料に向かってもう一方の手をかざす。
するとそれらは空中に浮き始めた。
細かな小枝に蔓が絡みつき、重なった二枚の木の葉をスイスイと波打つように縫っていく…小枝は針、蔓は糸の役割をしていた。
間もなくお人形に着せる程の小さなシャツが出来上がる…所要時間は僅か数秒だ。
「なんだ、出来るじゃない…流石ボクですね」
フフンと鼻を鳴らし完成した葉っぱ製のシャツを手に取る。
「よ~し…この調子で残りの魔法もマスターしてベガ師匠に前言撤回させてやるんだから!!」
珍しくやる気を出し、拳を握りしめるイオであった。
巨人姿のサファイアは黙々と船の建造作業を進めていた。
彼女の高速で精密な動作は見る見る船を形にしていく。
「頑張ってるねサファイア、その調子だよ」
何処から持って来たのかビーチで使われるリクライニングチェアに寝そべりストローでカラフルなサイーダを飲みながら寛いでいるシャルロットの姿があった。
「おい、なにサファイアにだけ働かせてサボってるんだお前は?」
リクライニングチェアを横から足で押し、横転させるハインツ。
当然シャルロットは地面に転がり落ちてしまった。
「いったいな~!! 何するんだよハインツ!!」
「まったく…お前もサファイアの手伝いでもしたらどうなんだ?」
顔を突き合わせいがみ合う二人。
『いいのですよハインツ…私はシャルロット様の
そう言いながらもサファイアの手が止まる事は無い。
「ほらサファイアもこう言ってるんだし、それに造船において僕に何ができるって言うんだい?」
「調子に乗んな…ん?」
いつもの二人のやり取りだがハインツはある気配を感じた…何かが物凄い速さでこちらに向かってくる。
「危ない!! シャルロット!!」
「キャッ…!?」
ハインツがシャルロットに飛び付き、覆い被さりながらゴロゴロと地面を転がる。
「もう…ハインツったらこんなに日が高い内から…でもいいよ?」
目を瞑り唇を突き出す。
「馬鹿!! 勘違いするな!! これを見ろ!!」
ハインツが指差す今迄シャルロットがいた所に視線を移すと、一本の矢が地面に突き立っていた。
「なっ…何なの!?」
シャルロットの顔色が一気に青ざめる。
「シャル様ご無事で!? 何があったんですか!?」
離れた所にいたグロリアとシオンが駆けつけてきた。
「奇襲だな…お前達も警戒を…」
ハインツは緊張した表情で辺りを見回す。
「そんな!? ここグリッターツリーには邪な者は入れない様に結界を張ったと聞いたけど…」
グロリアはグリッターツリーに一行が向かうにあたって手紙を預かったシオンが先行する時にツィッギーが話していた事を思い出す。
結界が正常に機能していればこの村の耳長族が外敵の侵入に気付かないはずが無いのだ。
「忘れたの? いるでしょう? 結界に引っかからずにこの森に侵入できる敵が…」
「えっ…ああっ!!」
この場に居る全員がシオンの言葉に思い当たる事があった。
確かに居るのだ、結界に引っかからずにこの森に入り自由に出入り出来る者が。
『黒耳長族の女!!』
矢で攻撃して来た時点で皆、同じ結論に達していた。
シェイドの傍らにいた褐色の肌の耳長族の女性ティー…彼女に間違いないと。
「もしや僕たちの船の建造を妨害しようって魂胆かい?」
「間違いないだろうな…だがさせるかよ!!」
シャルロットとハインツ、シオンは武器を構え、サファイアも作業を止めて矢が放たれた方を警戒する…暫しの静寂…突如森の木々から野鳥が一斉に飛び立つ。
「何だろう…?」
とても悪い予感がする…。
「おい!! あれを見ろ!!」
空を見上げると空中に無数の火の玉が浮いている。
いや正確には浮いているのではなく上昇しており、やがて高度が落ちどんどん大きくなっている…こちらに向かっているのだ。
「あれは火矢です!! 皆さん気を付けて!!」
「ツィッギー!! レズリーさん!!」
駆けつけたツィッギーとレズリーが現れるなり矢をつがえ無数の火矢を迎撃する。
次々と矢を放ってはつがえ放ってはつがえ…常人には真似できない連射能力だ。
しかし火矢の数は尋常ではなく打ちもらした火矢が雨の様に降り注ぐ…それらは木々に燃え移り、次第に広がっていった。
「ああっ…森が…!!」
ツィッギーの悲痛な声。
今すぐ火を消したい所だが、未だ放たれ続ける火矢もあり矢を射るのを止める事が出来ない、どうすることも出来ないのだ。
やがてその内の一本が建造中の船の側面に突き刺ささり一気に燃え上がる。
「船まで…!! 何でこんな事をするんだ!!」
どこかに潜んでいるであろう賊に対してシャルロットが叫んだ。
『何でこんな事をする…だと? それはこちらの台詞だ!!』
すると思いがけず返事が返って来るではないか。
「君は黒耳長族のティーだね?」
『そうだ…偽りの姫君よ…』
シャルロット達の眼前の一際高い木の頂上にティーが現れた。
地面の炎に煽られ彼女の黒い仮面が不気味に浮かび上がる。
(偽りの姫君ですって? この私が?)
シャルロットは以前シェイドにも操り人形と揶揄された事があった。
一体彼らは何をもって自分の事をそう呼ぶのか皆目見当もつかなかった。
『そこの耳長族!! 貴様らはよもや森を守るという天命を忘れたのではあるまいな…!! そんなよそ者の船の建造の為に森の木々を切らせるとは…恥を知れ!!』
ティーは今迄見せた事が無いほど感情を昂らせツィッギー達を罵倒し始めた。
「これは受けた恩を返しているだけよ!! それより『無色の疫病神』を使って『輝きの大樹』を枯らそうとしたあなたの主人がした事の方がよっぽど恥知らずだとは思わないのかしら!?」
『黙れーーーーー!! 貴様にあのお方の何が分かるというのだーーーー!!』
これ以上ない怒鳴り声を上げるティー。
広げた掌から大きなつむじ風が立ち昇る。
「あれは風の魔法…!! いけない!!」
『貴様ら全員焼け死んでしまえーーー!!!』
ティーが両手を前へ突き出し風魔法を森に向かって放つ。
すると既に木々に燃え移っていた炎が風の煽りを受け一気に燃え広がっていくではないか。
「何て事!! あいつ言ってる事とやってる事が滅茶苦茶よ!!」
レズリーが悲痛な声を上げる。
周りを炎の海に囲まれ絶体絶命の
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