第47話 成長の時

 「あの…それはどう言う事でしょうベガ様?」


普段、常にふざけた様な態度をとっているベガからの突然の厳しい指摘に困惑を隠せないイオ。


「今言った通りよ…もしかして逐一言ってあげないと分からない程あなたには自覚がないのかしら?」


「そんな…」


「いい?パーティにおける魔導士の役割というのは危機を未然に回避したり、戦闘において仲間が戦いやすいように障害を取り除くことにあるの…あの敵に襲われた酒場であなたにそれが出来ていたかしら?」


「…そっ…それは」


反論できないイオ…ベガに言われた件も含め、ここ数年のシャルロット達との冒険を振り返ってみたが自分にそれが出来ていたかと言うと疑問が残る。

落ち込んで俯いてしまったイオにベガが三冊の魔導書を差し出した。


「アタシの見立てではサファイアちゃん達が船を完成させるまでには三日は掛かるわ…その間アタシ達に手伝える事は無いでしょう…?だからその三日間にあなたはその魔導書に記されている三つの魔法を全てマスターしなさい」


「そんな…無理ですよぅ…」


「無理でも何でもやるのよ…一日に一つ憶えればいいんだから楽勝でしょう?」


ベガが言う程魔法の習得は簡単ではない…しかし彼は心を鬼にして敢えてイオに難題を押し付けたのだ。


「アタシはちょっと用事があるから席を外すけど、あなたはしっかり修練を積むのよ?いつまでもアタシやアルタイルがあなたに付いていられるわけじゃないんだから…」


「分かりましたよぅ…」


気の無い返事をするイオをよそに、ベガは既にこの場を後にしていた。




 「随分形になって来たじゃない、この中心に使われている太い木材は頑丈そうだ」


船の建造を初めて半日…まだ骨組みを組んだだけではあるが船の外観がおぼろげながら見えてきていた。


『はい、竜骨と言って船の最も重要な骨組みの一つです…竜骨の良しあしで船の性能が決まると言っても過言ではありません』


「へぇ、言うじゃないかサファイア…まるでいっぱしの船大工だね」


『恐れ入ります…』


巨人状態のサファイアが後頭部に手を当てる。

彼女も随分と会話とそれに関する仕草が板に付いてきた…シャルロットももう普通に人と話す様にサファイアと会話している。


「では我々は水と食料の調達をしてきますね」


「頼むよ」


ツィッギーとレズリーが村に向かう…こればかりは現地民である彼女たちに任せるのが適任だ。

二人を見送ったシャルロットの後ろから掛け声が聞こえる。


「はっ!!やーっ!!」


ハインツが一人、槍を振り回している…どうやら暇を持て余して武芸の稽古をしているらしい。


「ハインツ、鍛錬もいいけど程々にね…」


「分かってるって…だがいつ何時昨日の様な奇襲があるか分からないからな…備えておかないと」


「頼りにしてるよ…ところでグロリアを知らないかい?」


シャルロットが辺りを見回す。


「確かそっちの茂みの方へ行くのを見たな…大方、用でも足してるんだろうさ」


「もう…これだからハインツはデリカシーが無いっていうの…女の子に対してはそこは『お花摘みに行った』って言って欲しいね…」


「へいへい、どうせ俺はデリカシーが無いですよ…それはそうとグロリアに何の用だ?」


「…いや大した用じゃないんだけどね…」


俯きがちに頬を赤らめるシャルロット…胸の前で落ち着きなく指を絡ませているがハインツには全く分からない。


「じゃあ僕もこっちの方へ行ってみるよ、じゃあ」


「いきなりグロリアのお花摘みに出くわしても知らないぞ?」


「バカ!!」


他愛のないやり取りの後、シャルロットも茂みに入っていった。




 グロリアは騎士団の皆から離れた茂みの中で先の酒場での戦闘を振り返っていた。

皆が見えなかった死神の様な敵を何故自分だけが見る事が出来たのか…心当たりがあるとすれば以前シェイドから渡された自分の左手薬指に嵌っている漆黒の指輪だ。

その指輪を凝視したり触ったりしていると突然指輪から声がした。


『やあ、元気だったかい?グロリア…』


「きゃっ!?」


声の主はシェイドであった。


『そんなに驚く事は無いじゃないか…前もこうして指輪越しに話した事があったろう?』


「それはそうだけど…あっ丁度良かったわ、あなたに聞きたい事があるの…死神みたいな男についてだけど…」


『ああ、グリムの事か…済まない、彼が迷惑を掛けた様だね…私は命令していないのに先走った様だ』


「それを信じろって言うの!?危うく私達は殺されかけたのよ!?」


『勘違いしないでもらいたいんだが、我々と君たちは別にお友達じゃない…いつでも君たちの命を狙っていると言う事を忘れないで欲しいね…今回の件も俺はグリムを咎めるつもりは無い、尤も彼が君に手を出していたのならその限りではないがね…』


シェイドは物騒な会話の内容に反して実に淡々と語りかけてくる。

その事にグロリアは背筋が冷たくなるような感覚を味わっていた。


「ねえ、もう一つ聞きたいんだけど…そのグリムって人の事、シャル様や兄上は見えなかったようなのに私だけには見えた…それってこの指輪が関係ある?」


『ほう…そうか、君にもその指輪が使える様になってきているのだね、良い傾向だ…そうとも、その指輪は我ら闇の眷属の力を封じ込めた物…長く身に着けている事で同調出来れば闇の力の耐性が付く…だから君にはグリムの姿が見えた…ただそれは誰にでもできる事では無い…君には素質があったって事だな』


「えっ!?私に闇の力の素質が!?そんな馬鹿な!!」


グロリアは慌てて指輪を指から外そうとしたが、まるで指輪が指の一部になってしまったかのように外す事が出来ない。


『外れないだろう?つまりはそう言う事さ…ところでそろそろ俺のラブコールに対しての返事を聞きたいのだが…考えはまとまったかな?』


「…それは…」


彼の言うラブコールとはグロリアを自分達の仲間に誘った事を指す…グロリアとて忘れていた訳では無い…実際誘われた直後にはシャルロットやハインツと顔を合わせる度、後ろめたいと思っていたのだ。


『決断を後押しする意味で一つ言っておこう…このまま君が闇の力に目覚めて行けば魔法に長けた者は元より、そうで無い者にもその力は察知される事だろう…そうなればどちらが自分の居る場所に相応しいか分かるよね?』


「そんな…」


衝撃の事実を突きつけられガクリと膝から崩れ落ちるグロリア。

こんな事になると知っていたら敵であるシェイドから指輪なんて受け取らなかったのに…そう思うも既に時は遅し、後の祭りであった。


『あまり急き立てたくは無いんだが、そう時間は無いと思ってくれ…俺は君だけでも助かってほしいと願っているのでね…おっと、長々とおしゃべりが過ぎたな…良い返事を待っているよ…それじゃあ』


「えっ!?それってどういうこと!?」


シェイドはそう言い残し、それっきり指輪から声は聞えなくなってしまった。

彼が立っていた場所に手を伸ばしたグロリアの眼前に樹上から誰かが飛び降りてきた。


「シオンさん!?」


グロリアの心臓がこれ以上無い程早く脈打つ。


「なるほどね…裏切り者って言うのはあなただったの…」


そう言いながらゆっくりと立ち上がり彼女を睨みつけるシオン。


「裏切り者…私が?」


「そう…私の情報筋から騎士団に裏切り者が居ると聞かされていてね…団員全員をそれとなく見張っていたのよ…まさか姫様ともっとも近しいあなたがそうだったなんて…残念だわ」


シオンの手が背中の忍者刀の柄に伸びる。


「違うの!!私はシャル様を裏切ってなんかいない!!」


「私は今のやり取りを一部始終見ていたのよ?それでも申し開きする気?」


後ずさるグロリアに対してゆっくりとシオンが間合いを詰めてくる。


「グロリア…グロリアいる?」


(えっ!?何故シャル様が…!?)


微かだが間違いなくシャルロットの声だ。


「チッ…今は見逃してあげる」


シオンは瞬く間に樹上に跳び上がり、枝伝いに移動し消えていった。

シャルロットの自分を呼ぶ声が段々近付いてくる…しかし何故彼女がわざわざ自分を探しに藪に入って来たのだろう?グロリアには皆目見当が付かなかった。

恐らくシオンとのやり取りをシャルロットには聞かれていないだろうが顔を合わせた時に動揺が現れない様に深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、膝に付いた土を掃う。


「あっ…ここにいたんだね、探したよグロリア」


「シャル様?どうしてわざわざここに?」


「ああ…ひとこと君に言っておきたい事があってね…」


グロリアの胸の鼓動が早まる…もしかしてシェイドとの会話を聞かれてしまったのか?もしくは挙動におかしな所があったのか?そんな考えが彼女の脳内を駆け巡る。


「何でしょう…?」


冷や汗を掻きながらシャルロットの次の言葉を待つ…それ如何によってはグロリアの今後の立ち位置はガラリと変わってしまう事だろう。


「酒場での事…助けてくれた事にお礼を言いたくてね…」


「…はい?」


シャルロットの言葉はグロリアが予想していないものだった…一気に緊張が解ける。


「どうしたの?そんな気の抜けた顔をして…」


「いえ、何でもありません…ですが何故私なんかに礼を?」


「何故って、あの姿が見えない敵をやり過ごす事が出来たのは全て君のお蔭じゃないか!!あの不可視の魔法を看破できるなんて、一体どんな鍛錬を積んだんだい!?」


「いえ、それは…」


シェイドから貰った指輪のお蔭とは口が裂けても言えない…再びグロリアの胸が早鐘を打つ。


「本当にありがとうね…幼馴染みの君がここまで強くなってくれて僕も鼻が高いよ」


「そんな…勿体ないお言葉…」


グロリアの頬を涙が伝う…恋焦がれるシャルロットからのねぎらいの言葉…うれし涙なのは間違いないが、自分が闇に飲まれかけている不安と、不本意ながらシャルロットを裏切ってしまった自分の情けなさに対しての憤りの涙でもあった。


「もう…僕らの仲でそんな畏まった言葉はいらないんだよ…これからも宜しくねグロリア…」


「うっ…ううっ…!!シャル様…うわああっ…!!」


突然号泣を始めたグロリアに始めは面を喰らったシャルロットであったが、泣き崩れる彼女をそっと引き寄せ、泣きやむまでずっと抱きしめるのであった。


「はぁ…私も甘いわね…」


その様子を近くの木の上から見下ろしていたシオンがため息混じりにつぶやくのであった。

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