第49話 魔導士たちの情事


 「…来たわよ…そろそろ姿を現わしたらどう?」


 グリッターツリーの森の外、遥か南東へ向かった所にある『嘆きの断崖』と呼ばれる崖がある…ベガはそこに一人で来ていた。


 何故その崖がそんな曰くありげな名で呼ばれているのか…


 その昔、恋に落ちた人間の青年と耳長族の少女が居た。

やがて二人は将来結婚を約束するまでに愛を育んだのだ。

 しかしその当時の人間と耳長族の仲は険悪なものであり、二人は結ばれることが許されなかった。

 その事に絶望し悲しんだ二人は周囲の目を盗み駆け落ちをする。

 それに気付いた人間と耳長族は各々で追っ手を出し二人を探し出し、遂にはこの崖まで二人を追い詰める事となる。

 だが崖の前で鉢合わせた二つの種族は争いを始めてしまった。

 それは多数の怪我人と死者と出す事となる。

 その争いを目の当たりにした二人は自分達が駆け落ちしたばかりに争いが起きてしまった事を嘆きこの崖から身を投げた。

 二人の自害に気付いた両種族は争いを止め激しく後悔し後に和解、この地に共同で二人の墓標を築く事となった。

 しかし時折この崖では人が嘆き悲しみむせび泣く様な風音が鳴るため、いつの頃かこの崖は『嘆きの断崖』と呼ばれるようになったのだ。


 ベガの呼びかけに応じたのか彼の目前の景色がグニャリと渦巻く様に歪み、そこから一人の人物が現れた。

 深々と漆黒のローブを纏った男…シェイドの仲間の魔導士アークライトだ。


『良く来てくれましたベガ様…あなたの事だ、てっきりすっぽかされるかと思いましたよ』


 彼の声は魔法で加工されているのでくぐもった感じではあるが、その話し方からはどこか親し気な感じがした。


「あなたがこの手紙をくれたアークライトさん…で間違いないのよね?」


『ああ、そうですよ…それとそんなに畏まった呼び方などせず呼び捨てで構いませんよ』


 ベガが懐から出した紙切れは数日前、虹色騎士団にじいろきしだんがマウイマウイへ向かう為エターニアからポートフェリアへ向かう道中の途中で突風が吹いた際にベガの足元に落ちていた物だ。

 要するにその突風はアークライトが魔法で起こしたものと言う事になる。


「あら、ラブレターならもっとロマンチックな渡し方があるのではなくて?

 それに返事を聞く前から馴れ馴れしいなんて…そんなんじゃ女の子にモテないわよ?」


『あなたは女の子ではないでしょうに…』


「アハハハッ…面白いわねあなた!!」


 ベガがわざとらしく腹を抱えて笑う仕草をするとアークライトは呆れたようにため息を吐く。


「それはそうとあなた…アタシに何の用かしら? まあ聞かなくても大方の予想は付いているのだけれど…」


『………』


 アークライトの沈黙…それはベガの予想が当たっている事への肯定を意味する。

 そう…ベガの抹殺だ。


「じゃあ早速始めましょうか? アタシも早く帰りたいのよ、そうじゃ無いとシャル様達が心配するからね」


『いえ、待って下さい…私はあなたを殺したくない…信じてもらえないかもしれませんが私はあなたを殺しに来たのではないです…』


「はぁ!? 何を言ってるのあなたは!? わざわざ手紙でアタシを呼び出しておいて何を今更!!」


 ベガは困惑していた…自分を殺しに来たんじゃないとすると目の前に居るこのアークライトは一体何をしに来たというのか。


『話を聞いて下さい!! 私の…いえ、ボクの話を…!!』


 アークライトは突然自分の頭を覆うフードを下ろし始めた。

 そして現れた素顔は…。


「あっ…アークライト…あなたは…!!」


『…何だアークライト、面白そうな事をしているじゃないか…俺も混ぜろよ…』


 不意に不気味な声がした…さっきまで、いや今でさえも気配がしていない…。

 アークライトは慌ててフードを被り直す。

 ベガとアークライト、二人が声の方へ視線を移すとそこには髑髏の仮面の額に大きな亀裂が入ったままの死神グリムが宙に佇んでいた。


『よう、この間は世話になったなオネエさんよ…』


「あなた…酒場で襲い掛かって来た死神…!?」


『そうさ、俺は死神グリム…覚えておいてくれ』


「やっぱり…死んでなかったのね…」


『驚いたか? 伊達に死神を二つ名にしてないぜ?』


 流石のベガも予想外の遭遇に僅かに身体が震えた。


『グリム…何故お前がこんな所に居る?』


『少しままごと騎士団を舐めてしまってな…ダメージが回復するまでこの崖に潜んでいたのだ』


『………』


 一見、至って普通の敵同士の情報のやり取りであったが、アークライトが動揺を隠しきれていない事をベガは察していた…先程、僅かだが剥ぐったフードから見えた顔の人物が彼の正体なら尚更だ。


『これは私が直接シェイド様から受けた命令だ…お前の手出しは無用だ』


『まあそう言うなよ…こいつを殺すのなら二人でヤッた方が効率がいいだろう?

 それとも俺がここに居ると何か不都合でも?』


『………』


『じゃあ決まりだな…こんなオカマ野郎、とっとと片付けちまおうぜ』


 グリムが空間の裂け目から大鎌を取り出すと勢いよく回転させ肩越しに構えた。

 そして一気にベガへと詰め寄り今朝切りに大鎌を振り下ろした。


「これはマズいわね…絶体絶命って奴?」


 ベガも長杖を取り出し臨戦態勢を取った。




 「はぁ………」


「おや、どうなされましたアルタイル殿、溜息などついて…」


「これはグラハム殿、みっともない所をお見せしましたね」


 シャルロット達虹色騎士団にじいろきしだんがエターニア王国を旅立ってから約一週間が経っていた。


「不詳の我が弟子が姫様の足を引っ張っていないか心配でしてね…」


「便りのないのが無事な証拠と申しますからね…きっと大丈夫ですよ」


「そう…ですね、お気遣い感謝します」


 力無く微笑むアルタイルの肩を優しく叩くグラハム。


(お師様~)


「はぁ…いよいよ私もヤキが回ったな…イオの声が聞こえるとは…」


「お師様~~」


「声が更に大きく…」


「お師様~~~!!」


「ぐえっ…!!?」


 誰かがアルタイルの背後から飛び付いてくる…不意を突かれ彼は床に倒れ込み、背骨がグキリと悲鳴を上げた。


「お師様!! ああっ…会いたかった!!」


「お前…イオか!?」


「そうです!! あなたの愛しのイオです!! チュッ…チュッ!!」


 仰向けに向き直ったアルタイルに馬乗りになりキスの雨あられを降らせるイオ。


「ちょっと!! 待て待て!! 何でお前がここに居る!?」


 キスにより血が寄り、顔中赤い跡だらけになったアルタイルがイオの顔を手で押し除け諫める。


「実はベガ様から『空間転移』の魔法を修得する様に仰せつかってまして、今はその魔法の練習中なのです!!」


「そうなのか?」


「折角瞬時に移動が出来るのならと、お師様の居る場所をイメージしたらここへ来る事が出来ました~!!」


 今度は激しくハグをする。


「オホン…!! そういう事は寝室で二人っきりでおやりなさい…」


「あっ!! これはグラハム様!! そこにおられた事に気付かず済みません!! お師様しか視界に入っていなかったものですから!!」


 やれやれとグラハムが肩をすくめる。


「本来ならば私がお前にその魔法を教えておかなければならなかったのに…ベガには面倒を押し付けてしまったな」


「はい、ボクもベガ様にはお世話になりっぱなしで…まるで二人目のお師様が出来たみたいです」


「そうか…なら帰ったら本人にそう言ってやれ…きっと喜ぶ」


「はい!!」


 アルタイルがそっとイオの頭を撫でる。


「それではボクはこれにて失礼します…まだ修得しなければならない課題が残ってますので」


「あっと、ちょっと待ちなさい…予定外とは言え折角戻って来たんだ、お前に渡しておきたいものがある、ついて来なさい」


「何でしょうか?」


 キョトンとするイオをよそにアルタイルはスタスタと歩いて行ってしまう。

慌ててその後を追いかけた。


「これだ、持って行きなさい」


 魔導工房でアルタイルが差し出したのはガラス瓶に入ったピンク色の液体であった。


「これは? あっ…まさか…完成されたのですか!?」


「うむ」


 そう…これこそがアルタイルが研究していた二種類の薬の一つ…女体化薬だ。


「通りでお師様の身体の感触が前より柔らかくなっていると思いましたよ」


「はっ…恥ずかしい事を言うな!!」


 耳まで真っ赤になるアルタイル。

 実はアルタイルの身体は完全に女性のそれになっていた…それは自身の身体を実験台に女体化薬を研究していたからに他ならない。

 その気になれば子を身籠る事も可能なのだ。


「実はな…もしかしたらこの薬は不要になるかも知れないのだ…」


「えっ!? それはどう言う事です!?」


「姫様が魔王の呪いで男として生まれてきたのはお前も知っていたな?」


「はい…グリッターツリーで女神様が説明してくださいましたよね」


「うむ、それで以前ベガと話し合った事があるんだが、何故女神はその力で姫様を女に変えなかったのか…女神ともなればそんな事は造作もない筈と…」


「確かにそうですね…」


「ベガは女神には姫様を女に戻せない理由があるのではないかと推理していたんだよ」


「それはどうしてでしょう?」


「いや分からない…あいつもその事に関しては最後まで話してくれなかったからな…本人も推論の域を出ないと言っていたよ…」


「そうですか…」


「だが今のままでは姫様に『三種の神器』の真の力を使いこなす事が出来ないのは事実…どうにもならない事が起きたら迷わずこの薬を姫様に飲ませなさい」


「…分かりました」


 イオはアルタイルからガラス瓶を受け取り、肩掛けの鞄にしまった。


「ところでお師様!!」


「なっ…何だ?」


 自分に向けられるイオの真剣な眼差しに一瞬胸が高鳴るアルタイル。


「この一連の仕事が終わったらお師様に聞いて欲しい事があります…」


「どうした改まって…今言えない事なのか?」


「はい…今は言えません」


「そうか、分かった…なら必ず無事に帰って来て私にその言葉を伝えに来い!! 私の代わりに使命を果たして来るのだ!!」


「はい!! 必ず!!」


 元気よく返事をしてイオは魔導工房を出て行った。

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