第44話 虹色騎士団、南へ(後編)

 (早くシャルロット様と合流しなければ…)


忍び装束のシオンがポートフェリアの街道をひた走る。

彼女の右手にはコンパクトの様に蓋の付いた大き目のコンパスの様な物が握られている…これはシャルロットの居場所を感知する魔導器マジックアイテムで、この遠征にあたり、以前イオが『輝きの大樹グリッターツリー』の森でシャルロットを探すために使った『ロイヤルサーチ』の魔法を応用してアルタイルが作り上げた一品だ。

これがあれば役割り上別行動の多いシオンが容易に騎士団に合流できる。


「何だ?針が…」


今迄正常に動いていたコンパスの針が急にグルグルと高速回転を始めたではないか。

これではシャルロットの居場所が特定できない。


「故障か?」


一度立ち止まりコンパスを見るが、魔導器に詳しくないシオンが見た所で全く要領を得ない。

仕方なく先程まで針が指していたであろう方向へとゆっくりと歩み出す。


(ん?あれに見えるはサファイアか?)


暫く通りを進んでいると飲食店と思しき店先に直立不動で立ち尽くすサファイアが居るではないか…彼女の着る真っ青なドレスが酷く悪目立ちしている。


「やあサファイア、姫様は何処におられる?」


『これはシオン、お疲れ様です…シャルロット様ならこの店の中で皆さんと食事中です』


「そうか」


それを聞き表情にこそ出さなかったが内心ほっとしたシオン…旅先であてどなく人を探すというのは一部の魔導士を除き、連絡手段のないこの世界において物凄く大変な事なのだ。

偶然とはいえサファイアが店先に立っていたことは幸いだった。

もしかすると彼女はそれも考慮して店に入らなかったのではないか…しかし生命と心を待たない筈の魔導兵器である彼女がそこまで考慮していたかは定かではない。


「ぬっ?この扉、開かないぞ?」


シオンが何度も押し引きするも、ドアノブはまるで壁から直に生えているのではないかと思えるくらいビクともしない。


『どいて下さい、私がやってみます』


今度はサファイアがドアノブを引っ張る…しかし扉が開く気配は無かった。

サファイアがいくら少女の姿をしているとはいえ、彼女は人間ではなく魔導兵器だ…この状態でも馬車一台くらいは軽く片手で持ち上げられるほどの力が出せる。

その彼女が開けられないのだ、その時点でこのドアが普通の状態ではないと言う事は明白だ。


「これは…魔法?まさか姫様たちの身に何かが起きている?」


魔力探知マジカルスキャン開始…』


サファイアの瞳の中の瞳孔が機械的に回転したり開閉を繰り返し目の前のドアを見つめ続けている…数秒後、分析結果が出たのか彼女が言葉を発した。


『この飲食店の建物を包み込むように結界が張られています…』


「何ですって?」


『しかしこの私が発動を探知出来なかったなんて…この結界を張った人物は余程の熟練者と推測できます…』


「何とかならないものか…こんな事ならアルタイル様に結界破りの方法を聞いておくなりすべきだった」


ガックリとうな垂れるシオン…こうして手をこまねいている間も中でシャルロット達が危機に面している居るかも知れないのだ。


『手が無い事もありません…』


「本当か?それはどんな方法で?」


『私が巨人の状態に戻るのです…それなら力業にはなりますがこの結界を破壊する事が出来る筈です』


「はっ?ちょっと待ちなさい…こんな街中で巨大化しようって言うの!?冗談でしょう!?」


サファイアの突拍子の無い提案に滅多に動揺しないシオンが声を荒げてしまった。

無理もない、サファイアはもっとも効果的で効率の良い方法を提案しているのであろうが、人間社会ではそれが最適解ではない…

ただでさえ伝説では魔王の手先として語られている絶望の巨人デスペアジャイアントが街中に現れるだけで大混乱になるのは目に見えているし、それがエターニアの姫であるシャルロットの仲間であると言う事が他国に知れれば想像も付かない程の国家間の軋轢を生むである事はシオンにとって想像に難くない。


「ダメよ!!絶対にダメ!!それだけはやめてちょうだい!!」


シオンはサファイアの両肩に手を置く…サファイアは相変わらずの無表情であったが、シオンの言う事を聞いてくれた。


「何とか大事おおごとにせずにこの結界を破りたいのよ、どうにかできない?」


『それは無理です…現状では手の打ちようがありません』


「百歩譲って武力行使は目を瞑るわ…何か無い?」


ここポートフェリアには治外法権がある…迂闊に他国が国内で武力を行使してはならない…しかしこれはエターニア国家としての危機なのだ。

本来ならば王国に戻って国王に許可を取るのが筋であるが、そんな時間は無い。


『それなら一つ有効な手段があります…』


「本当か!?」


果たしてサファイアが実行しようとしている打開策とは…。




「うわっ!!」


突如として無秩序に空中から襲ってくる斬撃に虹色騎士団レインボーナイツの一行は苦戦を強いられていた。

防御に徹してはいるが敵の姿が見えない以上防ぎきるのは不可能であった。

実際、皆少しずつではあるが手傷を負っていたが、何とか致命傷は免れていた。


「ねえツィッギー…君、あの透明人間の気配は感じられる?」


「それが…相手の気配が全くしないのです…まるでそこには存在していないんじゃないかという程で、私達耳長族にも感知できないなんて…」


「そう…それは残念…はっ!!」


シャルロットが斬撃をレイピアで弾く…どういう原理かは分からないが、鎌の切っ先だけは襲ってくる瞬間にだけ目視できる…視界にさえ入っていれば辛うじて防ぐことは可能だ。


「とてももどかしいです…私は弓以外の武器はあまり得意ではないので」


ツィッギーは右手に短剣ダガーを握って応戦している。

当然だが目視出来ない敵に対して彼女自慢の弓は使えないからだ。

この状況が続くのは彼らにとっては好ましくない。

通常より注意力と集中力を要するこの戦闘が長引けばいずれどこかで疲労による緊張の途切れた瞬間をつけ込まれ敵に討ち取られてしまう事だろう。


「いっその事ボクの『プロテクションウォール』でみんなを覆いますですか?」


「それはダメよイオ、今の状況で使ってもただの時間稼ぎにしかならないわ…」


イオの防御魔法『プロテクションウォール』は魔法障壁で前方を平面的に防御する他にドーム状に全方位の防御を行う事が出来る。

そして前方より全方位の方が範囲が広い事もありより魔法力を消耗する。

まして現状のように結界で封じられた閉鎖空間で、尚且つ援軍が見込めない状態で防御魔法を張り続けても魔法力をいたずらに消耗するだけだ。

魔法力が尽きたと同時に今と同じ状況に逆戻りしてしまう事だろう。


(しかし困ったわね…私の全方位攻撃魔法『エクスプロージョン』なら奴を攻撃できるだろうけど…)


『エクスプロージョン』は術者を中心に放射状に大爆発を起こす攻撃魔法だ。

これなら相手が見えていようが見えていなかろうがお構いなしに攻撃できるだろう。

しかしそれの使用をベガが躊躇うのは理由があった。

まず仲間が一カ所に集まっていない事…ハインツとグロリアが厨房にいるため『エクスプロージョン』を放つと彼らを攻撃してしまう。

そしてここが建物の中である事…『エクスプロージョン』を発動し一階を吹き飛ばすと宿泊施設がある二階より上の構造物が落下してしまい、彼らは下敷きになってしまうだろう。

最後に本当に今の敵に効果があるのかどうか…姿を見えなくするにはいくつか方法がある。

不可視化及び透明化の魔法を使用する事…これは相手に姿が視認されていないだけでその場に術者が居る…しかし空間の狭間に潜り込むタイプの魔法を使用している場合はそこに術者は存在していないのだ。

ただ、今迄の敵の攻撃はその瞬間に刃が目視出来ている事から後者の可能性が非常に高い。

魔法の性質上、攻撃の一瞬だけその場に姿を現す事になるが、その一瞬を狙って

発動にやや時間の掛かる『エクスプロージョン』を放つのは至難の業だ。


「ああっ…あのままではシャル様が…!!」


「待てグロリア!!敵はこちらが不用意に動くのを待って攻撃を仕掛けている…奴の姿が見えない以上、今動くのはこちらも危険だ!!」


厨房からシャルロット達の居るフロアへ行こうとするグロリアの肩を掴んでハインツが制止する。


「いや、見えるじゃないか!!ほらあそこに!!」


「はっ!?何もいないじゃないか!!しっかりしろ!!」


指差した方向を二人で見たのだがハインツの反応がおかしい事に気付く。


(何を言ってるんだ兄者は!?いや、みんなにはあの死神の様な敵が見えていないのか!?)


グロリアは先程から皆の戦闘の挙動にキレがなく、もたついて見えるのはそのせいかと思い至る。


「ああっ!!」


ツィッギーが悲鳴を上げる、遂に攻撃を捌ききれず右大腿部に鎌が掠ってしまったのだ。


「大丈夫!?」


床に倒れ込むツィッギーを介抱しようとシャルロットが膝ま付いた背後で鎌が空間から顔を出し不気味に光る。

そしてそれはそにままシャルロットの背中目がけて振り下ろされた。


「危ないシャル様!!」


そこへ割って入ったのはグロリアだ、鎌を受け止めたレイピアが火花を放つ。


「グロリア!!」


「シャル様は下がってて!!」


グロリアは鎌を跳ね上げた後、連続突きで死神グリムを怯ませる。


『貴様!!まさか俺の姿が見えているのか!?』


「はっ?何を言っている、この死神め!!」


グロリアの猛攻に防戦一方のグリム、接近してしまうと彼の得意武器である鎌はその構造上、反撃がままならないのだ。


「これはどうなっているんだ…」


ハインツは目を疑った、彼にはグロリアが何もない空間に向かってレイピアを振るい、誰もいない空間に向かって怒鳴り付けている様にしか見えなかったからだ。

もちろん他の団員にも同様に見えていた。


『くそっ!!調子に乗るな!!』


グリムが鎌の刃が付いていない方の柄を振るってレイピアを払い、体勢を立て直した。

そしてグロリアの左手薬指にある物を見付けた。


(あの指輪は…!!そうか…通りで俺の姿が見える訳だ…ならば…)


グリムが自身が纏っているローブを胸元から両側に開く…するとそこには彼の身体は無く、暗黒の空間が広がっていた…それはどこまでも深く、見ていると吸い込まれてしまいそうな錯覚を起こしてしまう程だ。


「何だ!?こいつ…人間ではないのか!?」


その姿に一瞬たじろぐグロリア…しかしすぐに気を取り直し構えを取る。


『貴様らを精神的に追い詰めた上でみじめになぶり殺してやろうと思っていたが気が変わった…ここで一気にカタを着けてやる!!』


グリムのローブ内の暗黒空間から不気味な顔が次々と現れた…それは死霊や悪霊の類である事はその方面の知識のないグロリアにも一目瞭然であった。


『さあこの生命力に溢れた人間どもを喰らいつくすがいい!!』


グリムの号令で一斉に夥しい数の悪霊たちがグロリアに向かって襲い掛かる。

彼女の後ろにはシャルロット達が居る、避ける事は出来ない。


(どうやら今まともに戦えるのは私だけ…シャル様は私が守る!!)


グロリアがレイピアを切っ先が正面を向く状態で顔の横で構える。

すると刀身を見る見る炎が伝っていき、炎の剣と化していった。


「グロリア…君は…」


目を見張り息を呑むシャルロット…彼女は『無色の疫病神カラミティ・オブ・ノーカラー』戦でグロリアの刀身から炎が上がった事を思い出していた。

グロリアは遂に自分の意思で刀身に炎を纏う事を会得したのだった。


「『灼熱の暴風ブレイジングストーム』!!」


グロリアが炎の剣を横薙ぎに一振りするとレイピアに宿っていた炎は一気に燃え広がり、次々と悪霊たちを猛火に巻き込み消滅させていった。


『何っ!?これは聖なる炎だとでもいうのか!?悪霊どもを焼き払うなど…有り得ない…』


グリムは動揺し、一瞬であるが動きを止めてしまった…しかしその油断が明暗を分けた…突然店の扉を破って巨大な拳が店内に着き込まれたではないか。


『グハアッ…!!』


その巨大な拳は動きを止めていたグリムを直撃…グリムは派手に突き飛ばされ反対側の壁に背中から激突する…その拍子に彼の姿が衆人環視の元に現れる。


「賊めっ…覚悟!!」


更に開いた拳からシオンが飛び出し苦無を投げつけると、それはグリムの眉間に深々と突き刺さった。

そのままグリムの頭は壁に縫い付けられてしまったのだ。


『シャルロット様…ご無事ですか?』


壁に空いた大穴の外からサファイアが声を掛けてくるが、彼女の姿は異様なものだった…身体は少女の姿であったが右腕だけが元の巨人のサイズだったのだ。

これには理由がある、全身の巨大化をシオンに否定されたサファイアが選んだ選択は右腕だけを巨大化させ結界を張られた扉を殴り付けて破壊するというものだったからだ。

本来は結界を破壊するだけのつもりであったが、結果的にグリムを撃破するという偶然がついて来たという次第だ。


「シオン、サファイア、ありがとう!!」


「姫様、ご無事で何よりです」


シオンがシャルロットに対して膝ま付く。


『まさか貴様らがここまでやるとは…正直舐めていたよ…』


頭に苦無が貫通した状態でグリムが語り出す。


「何!?貴様、まだ生きていたのか!?」


『さすがにこれは分が悪い…今日のところは引き下がるとしよう…さらばだ虹色騎士団レインボーナイツ


グロリアが駆け寄るも壁に突き刺さった苦無を残し、グリムは煙の様に姿を消した。


「逃がしたか…」


グロリアはレイピアを鞘に納める。


「ふ~~~っ…助かったです~~~」


イオが情けない声を上げながら床に座り込む。

皆も一様に疲弊している様だ。


「これは厄介な事になりそうだね…」


滅茶苦茶になった店を見回しため息を吐くシャルロット…じきにポートフェリアの警察がここに現れるだろう…そこから先はどうなってしまうか全く予想が付かない。

彼女には深刻な国際問題にならなければいいなと願う事しか出来なかった。


「姫様…こんな時にまことに申し上げにくいのですが報告事項がございます…」


「何だいシオン?」


「ドミネイト皇帝皇帝が城から姿を消しました…それも忽然と…」


「何だって!?」


他の騎士団員も一様に驚きを隠せない。

次々と起こる世界を揺るがす出来事…シャルロットの前途は多難であった。

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