第45話 シャルロットの決断
「どうだった? ベガ…」
ホテルのロビーで心配そうな顔をしたシャルロットがベガとイオを出迎える。
現在、シャルロット一行は港にほど近いホテルに滞在していた。
いや正確には滞在を余儀なくされていたというのが正しいか。
先程の酒場の一件で
ポートフェリアはこの世界の中でも珍しく剣や槍で武装した兵士ではなく比較的軽装な警察官が国の治安を守っている。
これは独自の治外法権により国内の治安が良いためだ。
このホテルはポートフェリアの中でも高級な部類で、シャルロット達が容疑者だとしてもいきなり警察署へと任意同行はされず、ここに軟禁されているのだ。
これはポートフェリア側の他国の王族への心遣いであろう。
ただ勿論、見張りの警官は館内の至る所に立ってはいるが。
そして事情聴取を求められたのだが、ベガが役目を買って出て、イオを連れて警察署へと出向いていて今は丁度戻って来たところだ。
「もうバッチリ!! 心配はいらないわ、これで晴れて私たちは自由の身よ!!」
右手の親指を立て満面の笑みのベガ…それを見てシャルロットも安堵のため息を吐く。
「さあお巡りさん、これがアタシ達の無実を証明する署長直筆の書類よ!! ご退去願いましょうか!!」
ベガに書類を突きつけられた警官たちは文面を確認すると敬礼の後、次々とロビーから出て行った。
勝ち誇った表情のベガ。
イオがベガに小声で話し掛ける…シャルロットには聞こえない程の音量だ。
(その書類を貰う為の警察署での署長とのやり取り…あれで良かったんですか…? ボクにはあんなやり方は納得できません…)
実はベガと警察署長の交渉は上手くいっていなかった。
いくらこちらが犯人は別にいる、無実だと証明しようにも証拠がないの一点張りで認めてもらえなかったのだ。
確かに犯人であるグリムは姿を消してしまい、警察側の人間に目撃した者はいない…真実を述べてもそれだけでは相手を納得させることが出来ないのだ。
そこでベガは有事の際にと予め軍資金を多めに持参しており、それを署長に『寄付』という形で渡していたのだった。
(イオちゃん…清廉潔白もいいけど、何でも正論で解決できるとは限らないのよ? 時にはからめ手や多少卑怯な手段を使わないといけない場合も出てくるものなの… そういう汚れ役はシャルちゃんではなくアタシ達が受け持つのよ…あなたもよく覚えておくことね…)
「さっきから二人で何を話しているのかな?」
「いいえ…何でもありません事よ? オホホホ…」
「そう…それならいいのだけれど」
シャルロットに対して引きつった笑いを見せる。
何とか誤魔化したベガはイオに抱き着き口を塞ぎ
(この話はシャルちゃんには内緒よ…?)
耳元でそう言ってイオから離れた。
改めてこのホテルにチェックインしたシャルロット達はとある一室に集まっていた…長い木製のテーブルを囲ってソファが配置されており、皆が腰掛けている。
シオンの報告を受け、これからの動向を決めるための話し合いをする為だ。
「あのドミネイト皇帝が行方不明とはね…それでどこへ行ったかの予想は付いているのかいシオン?」
「いえ、それが皆目見当も付いておりません…当時、皇帝のいた部屋の前で監視にあたっていた衛兵に聞いた所、扉からの人の出入りはなかったとの事です…まさに密室から忽然と姿を消したと…」
「そう…」
「そんなのシェイドの奴の仕業に決まってる!! また何かとんでもない事を企んでいるんだろう!!」
ハインツが拳でテーブルを叩く。
「そうね、ハインツの坊やの言う通りだとアタシも思うわ…ただ気になるのは何でこのタイミングなのかって事ね」
柄の長い
「ベガ様はそこに意味があると思うです?」
「それはそうよ、だってシャルちゃんが国を離れてからすぐなんて…狙いすましたとしか思えないでしょう?」
「ベガ様、シャルロット様の御前です、おタバコはご遠慮ください」
「分かってるわよ…ちょっと口さみしかったのよ」
「タバコ吸いたいなら吸ってもいいよ? 僕は気にしないから」
「いいえ、さすがに未成年ばかりのこの場では吸いませんわよ…それくらいは弁えてますもの」
咥えたまま喋ったので
「ではシェイドはエターニアに姫様や我々が居ない内に何か事を起こそうとしているというのですか?」
「少なくともアタシはそう思っているわ…だってシャルちゃんはシェイドとやらにとって最大の障害ですもの…」
ツィッギーの質問にそう答えるとベガは深くため息を吐いた。
煙草を吸っても居ないのに煙が出るのではと錯覚させる。
「これは一度、エターニアに戻った方が良くないか? 奇遇にも船は原因不明の事件で出航しないし、引き返すには良いタイミングだと思わないか?」
「あ、うん…」
「何を悩む必要がある? 国へ戻って何も起こらなければそれはそれでいいじゃないか…マウイマウイには日を改めて出直せばいい」
ハインツの提案に珍しくハッキリしないシャルロット。
彼女は何とも言葉に出来ないモヤモヤしたものを胸の辺りに感じていたのだ。
「本当に戻った方が良いのかな?」
「おう、少なくとも俺はそう考える」
部屋を沈黙が支配する…シャルロットがあまりに考え込んでいるので皆も迂闊に発言が出来ないでいた。
「じゃあアタシは進む方に一票かな…」
「ベガ様? 何故俺の意見に反対するんです?」
十中八九帰還になるだろうと思っていたハインツは思わず声を荒げてしまった。
「シャルちゃんが物凄い~く悩んでいる様だからこの際反対意見も出して徹底的に議論をした方が良いと思ってね」
ベガ以外のその場にいた団員が一斉に困惑の表情を浮かべる。
「言ってる意味がよく分からないのですが…」
「まあ聞きなさい坊や、前進派としてのアタシの意見はこうよ…シェイドが何か企んでいたとして、我々が引き返すと
「それの何がいけないのです? 何も起こらないに越した事は無いと思うのですが…」
実に不満そうなハインツの顔。
「シェイドがシャルちゃんをマウイマウイに誘い出すにあたって奴らの行動は主に三つ考えられるわ…一つはシャルちゃんが居ない隙にエターニアを襲撃する事…坊やはこれを恐れているのよね?」
「そうです」
襲撃に関してはシャルロットの叔母であるフランソワがシェイドと繋がっていて、クーデターを企てているかもしれない事をベガは敢えてハインツには言わなかった。
酒場でアルタイルとはこの意見で同意してはいたが、確たる証拠は掴んでいない…憶測の域をでていないからだ。
「二つ目はマウイマウイに罠を張ってシャルちゃんを拘束及び殺害する事…」
「なっ…!! それはどう言う事です!? この婚礼の件はマウイマウイ王家からの直々の申し出な上に書簡も紛れもなく本物だと聞いてますが!?」
「そうね、あれは本物だけどそれこそが落とし穴なのよ…坊や、この婚礼の話、タイミングが良すぎるとは思はなかった? まるで
「うっ…そう言われれば…しかしそれではまるでマウイマウイがシェイドと繋がっているかのような言い方ですが」
「アタシはそう睨んでいるわ…これはエターニアに残ったアルタイルも同意見よ」
「お師様が!?」
イオが驚きの声を上げる…そんな事は彼はアルタイルから全く聞かされてなかったのだから。
「そして三つめは今言った両方を同時に行うかもしれないと言う事…それに関連してもう一つ悪い仮説があるの…
(えっ…? そんな…まさかこれが?)
グロリアの顔が青ざめる…無意識に左手薬指の指輪を右手で隠してしまった。
その仕草を見逃さなかった人物がこの中に居たのだが、今のグロリアには知る由も無かった。
「そんな…」
ベガの言葉に動揺を隠せないハインツ…彼だけではない、他の皆も同様だ。
「しかしそれでは先程の我々がエターニアに戻る事でシェイドが行動を起こさなくなるのがいけないと言うのはどう言う事です?」
ハインツの疑問はもっともだ、ここまで予測しているのなら尚更エターニアに戻った方が良いのではと彼は思う。
「今の予測はアルタイルを介して王や王妃、グラハムや王国騎士団に伝わっているわ…だからアタシたちはシェイドの作戦に乗ったふりをして敢えて彼に行動を起こさせこれを叩くのよ」
ベガがギュッと拳を握りしめる。
「それではみすみすエターニアを危機にさらすのでは!? 尚更我々が加勢に行くべきだ!!」
だがまだハインツは納得がいかない。
「坊や…あなたは自国エターニアの国力を過小評価している様ね…まあ無理もないか、王と王妃、それにグラハムの本気の戦闘を見た事無いんでしょう?」
「ええ、まあそうですが…」
「何故長年あの帝国がエターニアに侵攻できなかったか考えて見なさいな、つまりはそう言う事よ?」
そう言われるとハインツにも僅かだが心当たりがあった…幼少期、ハインツとシャルロットが闘技場で決闘した時にエリザベート王妃の腹への一撃でシャルル王が高々と突き飛ばされた事を。
ハインツは想像してみた…あれでもきっと王妃は手加減している筈、本気を出したらどれだけの戦闘力を発揮する事か。
「…わかった、わかりましたよ…何だよ、これじゃ俺の意見なんて始めから却下じゃないか…」
一気に肩を落とし脱力するハインツ。
「まあまあそう腐らないの…坊やの意見は決して間違ってはいなかったんだから…それに最終判断を下すのはシャルちゃんよ?」
気落ちするハインツの肩を叩き慰めの言葉を掛けるベガ。
「あとはシャルちゃんをおびき寄せるエサが『現在の盾』な訳だけど、こうなるとこれも本物かどうかは怪しいわね…ただ本物である可能性も皆無って訳じゃないのが悩ましいのよ」
「…それはどう言う事だい?」
今迄ハインツとベガのやり取りを静観していたシャルロットが口を開いた。
「文献では『現在の盾』は二千年前の最終決戦場…要するに現在のエターニアから魔王の攻撃により遥か南に飛ばされたとあるわ…方角的にはマウイマウイも当てはまるの…しかも三種の神器は女勇者の末裔以外には装備する事はおろか、持ち上げることも出来ないそうなの」
「あっ…あれはそういうものなの?」
彼女は二度、三種の神器を身に付けているがまるで何も身に付けていない程軽く感じていたのだった。
それはシャルロットが紛れもなく女勇者の末裔であることを雄弁に物語っている。
「だから当時の人間がその場から動かせない『現在の盾』を守るためにそこに国を建国した可能性があるのよ…しかもそれを魔王の手の者に知れない様に秘匿していたとしたら盾の在処がエターニアにも伝わって無かったってのは十分にあり得る話ね…」
「そう…」
それを聞きまたしても考え込むシャルロット。
ここに来てあまりに情報量が多く混乱するばかりだ。
しかし暫くして彼女が顔を上げる…その顔にはもう迷いは無かった。
「よし!! 僕たちはマウイマウイに向かおう!! 例えシェイドが攻め入ろうとも、お父様とお母様はきっと大丈夫!! それに『現在の盾』の所在と真偽は確かめなければならないしね!!」
力強く宣言するシャルロット…騎士団の皆も異議はない様だ。
「行くと決まったからには俺も騎士だ、素直に従うよ…それにはまず船をどうにかしなきゃならないな」
「でもどうするんですハインツ殿…? 例の船の行方不明事件を解決しないと船は出してもらえませんですよ?」
「いや、それを今から考えるんだが…」
『私に考えがあります…』
「えっ?」
後ろから声を掛けられハインツとイオが振り向くとそこにはサファイアが居た。
「サファイア…今のは君か?」
『はい、私です…船の件、私に任せてもらえませんか?』
サファイアの方からシャルロット以外に話しかけるのはとても珍しい事なので二人は驚いてしまった。
しかも彼女が自分から積極的に意見を述べるなど今迄殆ど無かったのだから。
サファイアの考えとは一体どの様なものなのか…。
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