第43話 虹色騎士団、南へ(中編)

 

 ここはシェイドのアジト、古戦場跡の本陣。

 そこから少し離れた森の中に死神グリムと暗黒槍騎士あんこくそうきしハイド、そして暗黒魔導士アークライトが居た。


『どうしたんだ、こんな所に俺達を呼び出して…話ならアジトの中でいいだろう?』


 ハイドの問いかけにグリムが振り向き様にこう言った。


『…シェイド様の事で話がある…あのお方のやり方、少し手ぬるいとは思はないか?』


『手ぬるいとは?』


虹色騎士団レインボーナイツがマウイマウイに渡るという事はルートが特定される、待ち伏せが容易だというのに何故シェイド様はそうしないのか…』


『それはマウイマウイにて迎え撃つ準備があるからではないのか?』


『それが手ぬるいと言っている!! 奴らがマウイマウイに到着するまで悠長に待っていられるか!! 以前だってそうだ、エターニア遺跡での一件だってあの時戦っていればハインツとグロリアは討ち取れていた!! そもそもあんな女子供ばかりのひよっこ騎士団など我らなら恐るるにたりぬだろうが!!』


 ハイドの言い分を遮る様に詰め寄るグリム。


『シェイド様にはシェイド様のお考えがあるのだろう…』


 今迄黙っていたアークライトが口を開いた。


『アークライトお前もか…!? シェイド様至上主義の古参のお前たちには失望したよ…』


 呆れたといった仕草で頭を振る。


『ここからは俺は俺のやり方でやらせてもらう…奴らを倒すという結果さえ同じならそれでよいのだからな!!』


『待てグリム!!』


 ハイドの制止を聞かず、そう言い残しグリムの姿は空気に溶け込むように消えていった。


『…あんな奴、放っておけばいいのよ』


『リサ…聞いていたのか?』


 ハイドたちの頭上の木の枝からリサが降り立った。


『グリム…あいつは私達とは立場が違うからね』


『闇に飲まれた俺たちだってそう変わらないだろう…』


『そうね、失言だったわ…ハイド、もしかしてあなた今の状況に後悔してる?』


『俺の感情などどうでもいい、シェイド様が選んだ道を進むだけだ…それが例え間違った道だとしてもな…』


『そう…よね、私たちはもう引き返せないのよね…』


『………』


 無言でうなずき合い、ハイドたち三人は暫くその場で佇んでいた。




「さーて、着いたわよ!! ここで船をチャーターして向う岸の大陸へ渡るの!!」


 虹色騎士団レインボーナイツがベガの案内で着いたここは、エターニア王国やドミネイト帝国などがある大陸の南端に位置する自由貿易都市ポートフェリア…世界中の大富豪や商人たちが投資し合って形成された海洋貿易の要の経済特区だ。

 世界各国の港という港はポートフェリアによって統括されており、現在使われている貿易航路も殆ど全てポートフェリアが確立したといっていい。

 それ故、例え王国や帝国などの大国家であろうとポートフェリアを介さずには渡航も貿易もままならないのだ。

 あの侵略行為を繰り返していたドミネイト帝国ですら手を出せずにいた程である。

 ポートフェリアの機嫌を損ねると言う事は貿易面で世界から孤立すると言っても過言ではない。

 そんな事もあり、この貿易都市には治外法権が認められており、この港町に滞在する他国民の全ての戦闘行為や侵略行為は一切禁止、代わりにポートフェリアがどこか一国に加担する事も無い…完全中立の立場を貫いていた。


「へ~ここがポートフェリアか、話には聞いていたけど風光明媚で近代的な街並みだね、今度来る時は是非観光で訪れたいものだよ」


 シャルロットは瞳を爛々と輝かせて辺りを見回す。

 統一感のある白壁の建物がぎっしりと並び立っている…そのお陰で路地が入り組みさながら迷路の様になっており、気を抜くと迷子になってしまいそうだった。


「俺たちは遊びに来たんじゃないんだぞ、浮かれるな」


「何だよハインツはつまらないな~だから今度来た時にって言ってるじゃないか」


 腕を組んでむくれるシャルロット。

 この遠征に参加した虹色騎士団レインボーナイツの団員はアルタイルを除き、代わりにベガを加えた八人だ。

 そしてくのいちであるシオンは別行動中で今は同行していない…よって現在は七人で移動中である。


「すぐに港へ行って船を押さえましょう、休憩や食事はその後よ」


「え~…? ボク、もう疲れて身体がヘロヘロです~」


 情けない声で左右にフラフラしているのはイオだ。

 魔法の杖を文字通り杖代わりに使って寄りかかりながら歩いていた。


「何を情けない事を言ってるの? モタモタしてると乗れる船が無くなってしまうのよ、ほら歩いた歩いた!!」


「ひゃん!!」


 喝を入れる意味で少し強めにお尻を引っぱたくベガ。

 堪らずイオはお尻を押さえて駆け出す。

 少しして港の船着き場に出る一行…しかし何やら様子がおかしい。

 港は怒声が飛び交い、活気が良いというより殺伐としていたのだ。


「変ね…」


「どうかしたのかいベガ?」


「姫様…いえね、食事よりも船の確保を優先したのはさっき言った通り他の旅行者や冒険者に船を借りられる前に押さえたかったって言うのはそうなんですけど、こんなに人が居るのは珍しいのですよ」


 確かに言われてみれば乗船の契約にしては人が多い気がする…遠巻きからでもそこにいる人達はどこか殺気立っていて誰かに詰め寄っている様子なのだ。


「僕、様子を窺ってくるよ!!」


「あっ、私もお供します!!」


「おいおい勝手に行動するな…ってもういねぇ…」


 ハインツが止める間もなくシャルロットとグロリアは人込みに向かって駆け出していった。


「…ちょっとごめんなさい…ちょっと通して…」


 二人は人の間を縫い、前に出てみた。


「船が出せないとはどういう事だね!?」


「こちとら急いでるんだ!! 何とかしろ!!」


 パリッとしたスーツを着た上流階級風の紳士、商人風の恰幅のよい髭面の男などが次々と乗船を取り仕切る係員に詰め寄る。


「ですから何度も申し上げている通りここ最近多発している海上での船舶消滅事件の原因が解明されるまでは船を出港する事が出来ません!!」


 尚も興奮し声を荒げる乗船希望の人々…収拾がつかなくなりそうだったのでシャルロット達は一度その人垣から退散した。


「どうシャルちゃん、何か分かった?」


「何だか海に出た船が行方不明になる事件があったみたいなんだよ…この混乱じゃ船を出してもらうのは難しそうだね…」


「そう…困ったわね」


 腕を組み考え込むベガ。


「あの…ここで立ち話もなんですからどこかで休みながら話しませんですか?」


「そうですよ、イオ殿の言う通りどこかで食事にしましょう? 少し落ち着けば何か良いアイデアが浮かぶかもしれませんよ?」


 イオは室内に籠りがちな魔導士というのもあり体力がある方ではない、他の武闘派の団員と一律に扱うのは酷であろう、実際、船が出ないのであれば急いだところでどうなるものでもないのだ。

 ここはイオへの助け舟を出したツィッギーの言う通り一度立ち落ち着くのが良いかも知れない。


「そうだね…分かった、それじゃあのお店に入ろうか」


 虹色騎士団レインボーナイツの一行は目の前にあった一軒の酒場に入ることにした。

 しかし、サファイアが店の前で立ち止まる。


『私はここで待っています』


「えっ…どうしてだい?」


『私は食事を必要としない身体です、皆さんが食べ終わるまでここに居ます』


「ああ、そっか、ごめんねサファイア」


『いいえ、お気になさらずに』


 サファイアを残し一行は店に立ち入った。


「うわ…何だか汚らしい所ですね~」


「こらイオちゃん、そう言う事いわないのよ、滅多に無い体験が出来るのが旅の醍醐味よ~ん? それにこういうお店の方が料理がおいしかったりするものなの」


 ベガが唇の前に人差し指を立てる。


「…いらっしゃいませ…どうぞこちらに…」


 若い女性の店員が彼らを席まで案内してくれた。

 ただその女性の表情は暗く落ち込み、とても接客を生業にしている者とは思えない暗い雰囲気を醸し出している。

 シャルロット達は怪訝に思いながらも席に着いた。


「え~と…折角港町に来たんだ、何かこのお店のお薦めの魚料理を頼めないかな? 六人分」


「…申し訳ありませんが魚料理は出せません…」


「えっ? それはどう言う事?」


 申し訳なさそうなその女性店員、彼女は続けてこう答えた。


「数日前から海で船の行方不明事件が起きてからというもの、漁師がみんな怖がって漁に出なくなってしまったんです…なので魚が手に入らなくなってしまって…」


「そう…」


 船着き場で聞いた事件が渡航以外にも影響を及ぼしている様だ。

 この調子だと食品以外の物流も滞っている事は想像に難くない。


「じゃあさ、出せるものでいいから何か作ってくれないかな?とにかくお腹がペコペコなんだ」


「はい…少々お待ちください」


 お辞儀をして店員が厨房の方へと下がっていった。


「何だか雲行きが怪しくなって来たね…本当にマウイマウイに行けるのかな?」


「最悪出直しになるかもしれないわね…アタシ達が焦ってもどうすることも出来ないわ、物事はなるようにしか成らないもの」


「そんなものなの?」


「そう、人生と旅ってそんなものよ…」


 ベガはシャルロットに向けてウインクをした。


「きゃああああああっ!!!」


 厨房の方から尋常ではない悲鳴が響き渡る…声の主は先程の女性店員の様だ。

 同時に食器が落下し耳障りな騒音をまき散らす。


「一体何事!?」


「シャルロット、お前はここに居ろ…俺たちが様子を見てくる」


 ハインツとグロリアが席から飛び出し音のする方へと駆け出す。

 覗き込んだ厨房内には料理人らしき男性が一人血まみれで倒れており、悲鳴の主である女性店員はへたり込み頭を抱え震えている、どうやら恐怖で腰が抜けてしまった様だ。


「これはどういう事だ?」


 ハインツが厨房内を見回すが犯人らしき者の姿は確認できない。


「大丈夫ですか!? 何があったんですか!?」


「あっ…あっ…」


 グロリアが女性店員を助け起こすが女性は半ば放心状態になっていて会話どころではない。


「グロリア!! その女性を早く安全な所へ!!」


「はい!!」


 女性に肩を貸し、厨房を出ようとしたその時、グロリアは見た…ハインツの背後に死神がいたのだ。


「兄上…!! 後ろ!!」


「何!?」


 咄嗟に身体を反転させたハインツだが死神が振り下ろした鎌を左上腕に掠らせてしまう。


「うっ…これは…!? 全く気配がしなかった…」


 左腕を押さえ何とか体勢を立て直し斬り付けた相手に向き直るも、既にその者の姿は跡形もなかった。


(今の死神はあの時の…!!)


 グロリアはエターニア遺跡でシェイドに助けられた時の事を思い出していた。

 ハインツが自分を探しに来てシェイドと対峙した時、割って入って来たのが死神グリムだった。


「みんな気を付けろ!! 姿が見えない敵が潜んでいるぞ!!」


 客席のあるフロアに向かってハインツが叫ぶ。


「一旦外へ出よう!!」


「えっ!? この扉…開かない!?」


 ツィッギーが出入り口の扉を押し引きするが扉は微動だにしない。

 それは鍵が掛けられているというより何かの力で封じられている様なのだ。


「閉じ込められたですか!?」


「みんな背中合わせになって!! 周囲を警戒するんだよ!!」


 シャルロット達はテーブルと椅子を蹴倒し遮蔽物を作り、背中合わせに立ち武器を構えた。

 突然襲い掛かって来た死神グリム…見えない敵を相手にシャルロット達はこの危機を乗り越えられるのだろうか。

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