第14話 影の掟
暗殺者は走った、とにかく少しでも城から離れるべく森の中をただひたすらに。
(何故グロリアが姫の部屋に……? まさか脱走者の身でありながらあそこに現れるなんて……)
暗殺は人目に付かぬ様に対象に接近し速やかに命を奪わなければならない、現場に長居は無用。
間違っても敵と戦い破れ捕獲されるなどあってはならない。
取り調べや拷問で自白するなど以ての外だ。
あの場でグロリアと刃を交えたとしても負ける気はしなかったが、衛兵が押し寄せて来ては脱出が難しくなる、撤退は暗殺者の自分にとって最善の手であった。
しかしそれと同等に任務の失敗も罪が重い、このまま組織に戻ってもただで済むとは思えない。
「……つっ!!」
足の裏に激痛が走る、そんな事を頭の中で巡らしながら走っていたせいで足元への注意が散漫になっていたのだ。
堪らず立ち止まり痛めた足の裏を見るとそこには鋭利な棘が何本も突き出た明らかな人工物が刺さっていた、これは忍者が使うマキビシだ。
暗殺者の足の裏から血が滲み出す。
「……やはりここで張っていて正解だったな……」
「誰だ……!?」
不意に話し掛けられ暗殺者が声の方を見ると闇の中から紫色の忍び装束を着たくのいちが立っていた。
そう、グロリアを脱獄に導いたあのくのいちだ。
「もう正体はバレてるぞ、顔を見せろリサ……」
「………」
観念したのか暗殺者はくのいちに言われるままフードをはぐり覆面を取る。
するとその下からはあのゴシップとスキャンダルの噂話が大好きなグロリアの先輩メイド、リサの顔が現れた。
「何故……分かったの? シオン……さん」
くのいちも覆面を取ると白に限りなく近い薄紫の髪が広がる。
リサが言った通り正体はシオンであった。
「昨日の昼下がりにあなたが準備したティーセットの乗ったカートを
私は当然として、グロリアが毒を盛らなかったとしたらあなたじゃないかって思ったのよ……」
「………」
口をつぐみ無言のリサ。
「毒殺に失敗した暗殺者が直接手を下すのではないかと思ってワザと騒ぎを起こして行動しやすくしたのだけど、まさかここまで馬鹿正直に誘いに乗って来るなんてね……」
この言葉を聞いてリサの顔色が変わる、明らかに動揺している様だ。
「なっ!? まさかあのグロリアの脱走騒ぎは……!!」
「そうよ、あれは私が企てた謀り事……避難前にダメ押しに休憩室で賊が侵入しやすいって言ったらあなたすぐに行動を起こすものだから思わず失笑してしまったわ」
「シオンさんあなた……!! あんな年端もいかない女の子をそんな危険な事に利用して……人として恥ずかしくないの!?」
「どの口が言うのかしら、あなたに私を責められて?」
シオンとリサは激しく罵りあう。
立場は違えどお互いが己が作戦の為にグロリアを利用した事に違いはない。
当のグロリアにしてみれば堪ったものではないだろう。
「ふう……こんな不毛な言い合いをしていても仕方が無いから話を変えるわ……リサさんあなた、大人しくお縄につきなさいな、そしてあなたを差し向けた黒幕の情報を洗いざらい吐いて貰えればあなたの身柄は保証しましょう」
「……何ですって!?」
リサの額におびただしい量の汗が滲み、表情が一際険しくなる。
シオンの提案を飲むということは雇い主を売ること、それは暗殺者として最も犯してはならない重罪だ。
シオンもそれは当然知った上で話していた、くのいちである彼女もリサと似た境遇で生きて来たのだから。
しかしリサは懐から短刀を取り出すと戦闘態勢を取った、それが彼女の答えだった。
「足を怪我した今のあなたでは私には勝てないわよ?」
「やってみなければ分からないでしょう?」
暫し睨み合う二人……雲が月の光を遮った瞬間、リサが仕掛けた。
一瞬にして間合いを詰めてくる。
シオンは背中に装備していた忍者刀を素早く振り下ろしリサの短刀を受け止めた。
刃から火花が散る。
ここからは目にも留まらぬ高速戦闘が繰り広げられる。
お互い猿の様に木の枝から枝に飛び移り、シオンが樹上から手裏剣を投げればリサも投げナイフで迎撃し相殺する。
常人にはその姿を捉えるのが困難なほど森の中を縦横無尽に駆け巡り刃を交え続けた。
戦いがいつまで続くのかと思われたその時、地面を蹴ろうとした瞬間、足に激痛が走りリサが体勢を崩した。
激しく転げ回り何とか踏み止まるがシオンの姿を見失ってしまう。
(しまった……!!)
辺りをキョロキョロと警戒するがシオンは何処身も居ない。
「貰った!!」
「あっ……!!」
シオンが木の上から落下して来た、そのまま忍者刀を振り下ろしリサの右腕を切りつけた。
飛び散る鮮血。
「あぐっ……!!」
余りの激痛に持っていた短刀を落とし、腕を押さえその場にうずくまってしまった、シオンが切っ先をリサの眼前に突きつける。
「ここまでの様ねリサ……最期に一つ質問させて頂戴……」
「何……? 命令を出した人間の事なら言わないわよ……?」
「違うわ、あなたたち暗殺者にとって上の命令が絶対なのは知ってる……
大方その黒幕は国家転覆が目的かしら、それとも王位継承問題?」
「………」
リサは目を伏せシオンと目線を合わせようとしない、シオンの鎌かけには口を滑らせなくとも態度に出てしまった、どうやら図星のようだ。
「それであなた自身はそれを実行して徳はあるのかしら? 今の国政に何か不満でも? ここまで民に厚遇を約束している国はそうそうないと思うのだけど……」
それを聞いてリサの顔が強張る。
「……逆に聞くけど、あなたは国民すべてが国を第一に考えていると思ってるの!?
生きて行く事だけで精一杯、国の政策だけでは幸せになれない種類の人間だって沢山いるのよ!?
少なくともあのお方は私の事を理解して良くしてくれたわ!!」
あのお方……リサに暗殺を指示した人物だろうか?
「だから私はあのお方を裏切らない……!!」
そう言うと左手で懐から一本のナイフを取り出すと自分の胸に向けた。
「……!! 止めなさいリサ!!」
シオンが止める言葉を言い終える前にその短刀はリサの左胸を貫いていた、地面に夥しい量の血だまりを広げながらリサは息絶えた。
「………馬鹿な
任務に失敗した暗殺者の末路、同じ影に生きる者としてシオンにも分かってはいたはずだった。
覚悟は決めていたはずだった、しかしそれを現実に目の当たりにして心が揺らぎただただ立ち尽くすしかなかった。
夜が明け、エターニア城は昨夜の暗殺者騒動も収まりすっかりいつもの平静を取り戻していた。
「シャルロット!! シャルロットは何処!?」
城の玄関ホールに取り乱した様子の美しい婦人が一人、慌ただしく入って来た。
彼女の数歩後ろに付き従うは長身のハンサムな青年執事だ。
「フランソワ様……流石に一国の姫君であらせられるシャルロット様が玄関にいらっしゃるとは到底思えないのですが……」
「……そ……それもそうね……わたくしとした事がちゃっかりしていましたわ……」
「それを仰るならうっかりでございましょう……」
青年は顔色一つ変えずに婦人の言動にツッコミを入れる。
「いらっしゃいませフランソワ様」
玄関ホールに居たメイド達は中央にある階段を挟むように八の字に整列し一斉にお辞儀をする、その中にはシオンも居た。
「お出迎えご苦労様……そこのあなた、すぐにお姉様とシャルロットに取り次いで頂戴」
「はい、畏まりました」
指名されたシオンは踵を返し駆け足で城内の奥へと消えていった。
「ああシャルロット……!! 無事で何よりですわ~~~!!」
応接室で会うなりいきなりシャルロットに抱き着くフランソワ。
シャルロットの頬が引きつっている。
「……フランソワ叔母様、心配して下さってありがとうございます」
「暗殺未遂事件の報を受けた時は本当に心配したのですよ~~!?」
そう言いつつフランソワはグイグイと頬ずりを繰り返す。
彼女の顔はすでにデレデレだ。
シャルロットの顔が更に引きつり具合を増していく。
このシャルロットを溺愛している婦人フランソワは王妃エリザベートの妹にしてシャルロットの叔母である。
普段は城からやや離れた場所にある屋敷に居を構えているのだが、どうやら二度の暗殺未遂事件を聞きつけてシャルロットの見舞いに来たらしい。
「あらフランソワ……お久し振りね」
「お姉様、御機嫌よう」
王妃に挨拶をしてもシャルロットから離れようとしない。
会う時はいつもこうなのでエリザベートも特に何も言わなかった。
「にしてもお姉様、こんなに可愛いシャルロットを危険な目に遭わせるなんてお城の警備はどうなっているのかしら?」
「そうね、まさか不穏分子が数年計画で城内に暗殺者を使用人として紛れ込ませていただなんて私も少なからず衝撃を受けているのですよ……」
エリザベートは深いため息を吐く。
つられるようにシャルロットも寂しそうな顔をする。
「城内で働いている方たちは皆よく働いてくれています、私もそんな方々を疑いたくはないのです……」
「シャルロット、人を信じ過ぎては駄目……!!
特にわたくし達王族はどこで誰が命を狙っているか分かったものではないのですわ!!」
密着していた体を離し真顔でフランソワがシャルロットに話しかける。
「それはとても悲しい事です、私は将来誰もがいがみ合わなくてよい国を作りたいのです……」
凛として毅然としたシャルロットの眼差し。
それを見てフランソワの真顔が一瞬にして緩み出した。
「あ~~~ん!! 何ていじらしいのかしらこの子は~~~!!」
先程より一層激しくシャルロットをハグするフランソワ。
頬ずりも更に高速化、エスカレートしていった。
「シャルロットの元気な顔も見れたしわたくしは帰りますわ」
「慌ただしい事、ゆっくりしていったらいいでしょうに……」
「いいのですわお姉様、シャルロット分は補充出来ましたから」
「シャルロット分……」
げんなりした表情のシャルロット。
対照的にフランソワはお肌ツヤツヤであった。
こうしてフランソワは去っていった、見るからに浮かれたオーラを振りまきながら……。
国の端にあるとある村、痛みの激しいあばら家に母親と少女、幼い少年が住んでいた。
「ゴホッ……!! ゴホッ……!!」
「お母さん大丈夫!?」
ベッドでせき込む母親を心配して少女が駆け寄る。
「……大丈夫……心配かけてすまないね……」
「ほらお母さん、横になって……」
母親を横たわらせ布団を掛ける。
すると不意にドアがノックされる音がした。
「あっ、そうよ!! 今日はリサ姉ちゃんが帰ってくる日だったわ!!」
「リサねえちゃ!!」
床で積み木遊びしていた少年も立ち上がりふたりでドアの方へ向かう。
「お帰りリサ姉ちゃん!! えっ……?」
少女がドアを開けるとそこには姉のリサでは無く見知らぬメイド服を着た少女が立っていた。
「あの……どなたですか……?」
恐る恐る訪ねる少女。
「初めまして!! 私、リサさんと同じ職場で働いているシオンと言います!!
今日はリサさんは急に仕事が入ってしまい帰ってこれないと言う事で私が頼まれてここへ来ました!!」
普段のシオンからは想像もできないほど明るく振舞う彼女。
腕に下げていた大き目のバスケットを少女に差し出す。
「これはリサさんに頼まれていたお母様のお薬、それにお菓子と果物もありますよ!!」
「わあ~~!! ありがとうシオンお姉さん!!」
「ありあと~~~」
バスケットを持ち上げ嬉しそうにはしゃぐ少女と少年。
「では私はこれで……お母様にはお大事にとお伝え下さい……」
シオンは丁寧にお辞儀をすると小屋を後にした。
「さようなら~~~シオンお姉さん!!」
「さいなら~~~」
子供たちは姿が見えなくなるまでシオンの背中に手を振っていた。
「………」
いつもの仏頂面に戻り道を歩くシオン。
だが突然彼女が身構える、すると前の茂みからある人物が現れた。
「やはりここへ来てしまいましたか、シオン……」
「グラハム先生……」
シオンが警戒を解く、実はシオンはグラハムの弟子で、ハインツより先に師事している、俗に言う姉弟子だ。
エターニア国の暗部組織に所属していて情報収集は元より敵陣への潜入や果ては暗殺まで請け負う事もある。
「まさかリサが死んだ事に責任を感じているのですか?」
「………」
無言のシオン。
「あなたは職務を忠実に全うしただけ、あなたが気に病む事では無いのですよ、それにいつまでもリサの死を隠し通せるとでも思っているのですか? 何でしたら私が今からご家族に真実を濁した上で何とか説明を……」
「……この事は私に任せてもらえませんか先生……」
抑揚のない声でシオンがグラハムの言葉を遮る。
「……いいのですか? この先あなたは想像以上に辛い思いをするかもしれないのですよ?」
「はい、これは私が背負うべき業なのだと思います……どんな辛い思いをしようと構いません……仮に将来、真実を彼らに話す時が来たならば私の口から伝えましょう……」
暫く見つめ合う二人、その眼差しからシオンの覚悟をくみ取ったグラハムが額を抑えた。
「あなたのその実直さには敵いませんね……いいでしょう、この事はあなたに一任しましょう……」
「ありがとうございます……」
軽く頭を下げるシオン。
そしてグラハムに彼女はこう告げた。
「私が調べた限りリサはある人物の根回しで城勤めになっています、本来ある程度の家柄の出身で無ければ叶わない事……リサの境遇につけ込み暗殺者に仕立てた張本人……私は必ずやその人物を突き止めこの落とし前を着けたいと思っています……」
「その人物の目星は付いているのですか?」
グラハムはゴクリとつばを飲み込みシオンに問う。
「……まだ完全に裏が取れている訳では無いのですが恐らくは……」
シオンが耳打ちをするとグラハムの顔色が変わる。
「……それは!! 何と言う事でしょう……これは益々シャルロット様の身辺の警備を強化しなくては……」
一体シオンが疑っている人物とは誰なのか、シャルロットの周りにはまだまだ暗雲が立ち込めている様だ。
数日後。
グロリアの暗殺の容疑は完全に晴れ、彼女は元のシャルロット姫付きのメイド剣警護役に戻っていた。
「よし、ポットもカップもソーサーも異常なし……」
先の事件の反省からグロリアの仕事は更に慎重になっていた。
ティーセットの目視に加え匂いを嗅いで異常がないか確認している。
無論、台付近やカートも入念にチェックをしている。
「あら、おはようグロリア……今日から仕事復帰かしら?」
「あっシオンさん、おはようございます!! この度はお騒がせしました!!」
シオンに対し深々とお辞儀をする。
「あのっシオンさん、リサさんを見掛けませんでしたか? 彼女にも挨拶をしたいのですけど何処にも居なくて……」
「……彼女なら仕事を辞めたわよ……」
「……えっ? そんな、どうして?」
予想だにしていなかったシオンの返答にグロリアは戸惑った。
年の近いメイドの中では特に親しくしていたのだ無理もない。
グロリアにはリサが自分を窮地に陥れた張本人だと言う事を知らせていない。
この事実は王と王妃、グラハムとシオンしか知らない。
王妃の指示でシャルロットにすら知らされていないのだ。
「ご実家の都合だそうよ、そう言う事で人手が足りなくなったんだからあなたにはこれまで以上に頑張って働いてもらいます、いいわね?」
「はっはい!! そうですか、リサさんが……最後にお別れの挨拶したかったな……」
「………」
グロリアの何気ない言葉に一瞬僅かに眉を寄せたががすぐにいつもの仏頂面に戻りシオンはその場を後にした。
この時の彼女の心中は如何ばかりであったろうか……。
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