第15話 初めてのクエストへ……


 シャルロット姫暗殺未遂事件から数日が経ち、王宮は平静を取り戻しハインツの体調も毒の後遺症なども残らず順調に回復していた。

 

 エターニア王国は他国に比べ比較的平穏なお国柄故、国民の気質も温厚であり犯罪の発生率が低かった。

 しかしこの事件を切っ掛けに王宮は元より城下町や街道の警備が強化される事になった。


「さあ行くよ!! 準備して!!」


 サロンで紅茶を飲みながら休憩中のハインツとグロリアの元に現れたシャルロットはいきなりこう言った。

 姫のいで立ちはドレスでは無く武芸の時に装備する白い甲冑に三つ編みをリングにした活動的なスタイルだ。


「お前な、何の前振りも無く行くと言われて俺達に伝わると思うのか?」


「事前に教えてたら面白くないじゃない!!」


 やれやれと肩をすくめ顔を横に振るハインツ。

 しかしいちいち彼女の言動に突っ込んでも仕方が無いと最近は諦めムードだ。


「ところで一体どこへ行こうと言うのですかシャル様?」


「……まずはお城から抜け出してから……話はそれからだよっ」


 グロリアの質問に自らの唇に人差し指を立てウインクをするシャルロット。

 その仕草にドキリとするグロリア。

 彼女もあの事件以降シャルロットに特別な感情を抱いていた。

 本人はまだ確信を持てない様だがそれは紛れもなく愛情であった。


「おい!! 抜け出すって事は外へ行こうと言うのか!? お前、あんな目に遭っても全然こりてないんだな!!」


 ハインツが言うあんな目とは勿論暗殺未遂事件で暗殺者が直接寝室に押し入ってシャルロットの命を狙った事を言っていた。

 警備の厳重な城内ですら起こってしまった事案が外に出てしまったら更に危険度が増すのは当然と言える。


「シッ……君、声が大きいよ、誰かに聞かれたらどうするのさっ」


「だからやめろと言っている、今度何かあっても無事でいられる保証は無いんだぞ」


「じゃあ聞くけど何で僕は命を狙われると思う?」


「はっ!? そっ、それは当然お前がこの国の姫で重要な人物だからだろう……」


 シャルロットからの予測していなかった質問に若干歯切れが悪くなるハインツ。

 突然の事にそれなりの事しか答えられなかった。


「そう、それさ……何故、国の重要人物なら命を狙われなければならないのか、あの事件以降僕なりに考えていたんだ……」


 シャルロットの真剣な眼差しに何も言えなくなり立ち尽くす。

 それだけ彼女の眼差しには得も言われぬ力強さがあった。


「国内外に関わらずこの国の在り方に不満を持っている人々が居る……残念な事に少なからずね……あの暗殺事件は個人や少人数の組織が起こせたとは到底思えないからね」


「……それは……」


 シャルロットの目を直視できないハインツ、当然言い返す事も出来ない。

 騎士見習いと言えども国政に意を唱えるなど許されない。


「だから僕はもっと外の世界で人々が何を思いどう暮らしているのかを知らなくちゃならない……それにはお城に籠っていちゃ駄目なんだよ……」


「………分かった」


「兄上!?」


 暫しの沈黙の後ハインツが口を開く。

 グロリアはまさかあの堅物の兄があっさり引き下がるのが意外であり思わず声を上げてしまった。


「お前の決意に免じてこれ以上引き止めるのは止めよう、しかし俺とグロリアだけではお前を守り切れないかもしれない、せめてもう一人護衛が欲しいな……」


「それは心配ないよ、既に一人、声を掛けているから」


 にっこりと微笑むシャルロット。


「はっ?」


 ハインツはしまったと顔を掌で押さえた。

 シャルロットは自分がこの話で折れる事を見越していたのだと。

 まんまと彼女の話術に丸め込まれた自分の弱さを心の中で悔いた。


「その人物には抜け道の案内も頼んであるんだ、二人共行くよ!!」


 足取り軽く駆け出すシャルロットに対して足取りの重いハインツ。

 グロリアは彼の肩をポンと叩いて


「……お疲れ様、兄さん」


 と、そう言って慰めた。




 三人は石造りの階段を下っていく。

 やがて辿り着いたのはアルタイルの地下魔道工房、そこで橙のローブを纏った赤毛の美少年が待っていた。


「あっ、姫様!! お待ちしていましたですよ!!」


「やあ、イオお待たせっ」


 姫がイオと挨拶している間、ハインツとグロリアは物珍しそうに工房内を見回している、二人がここに来るのは初めてであった。


「イオ、紹介しよう……僕の身辺警護をしてくれているハインツとグロリアだ」


「初めまして~ボク、イオと言いますよろしく~~~」


「ああっ、よろしく……」


 そう言って握手をするが、イオは頬を赤らめながら必要以上にハインツの手を両手で包み込むように撫でまわす。


「はぁ……この逞しくて大きな手……素敵です~~~」


 そのいやらしい手つきにハインツの全身に鳥肌が立つ。


「ちょっと!! いつまで手を握ってるの!? ハインツは僕のだよ!!」


 シャルロットはイオのハインツを性的に見ている目に危機感を覚え慌てて割って入る。


「あん、これは失礼しましたです……お師様が長く留守でご無沙汰なものですからつい……」


 恋する少女の様に頬を赤らめたイオの表情に背筋が悪寒でゾクゾクしたハインツであった。


「グロリアだ、よろしく」


「はい、よろしくお願いします」


 先程に比べて実にそっけない握手、全く興味がないと言った様子。

 どうやらイオが男性が好きと言うのは本当の様だ。


「そうそう姫様~~~!! これを見て下さいよ~~~!!」


 グロリアとの握手もそこそこにイオがシャルロットに差し出した洋封筒……差出人はアルタイルとなっている。

 中にある便箋、それにはこう書かれていた。




『親愛なる弟子、イオへ。


 私は今、とある魔法薬の素材を入手するべく耳長族の村、グリッターツリーを訪れているのだが、少々厄介な事になっている。

 そこでお願いなのだが、城の者を数名連れてここグリッターツリーまで来てほしいのだ、なるべく内密に。

 詳しい説明は現地でするのでなるべく急いでくれないか。


 以上。


 アルタイルより。』




「昨日この手紙が届いてからボクは気が気じゃないんですよ!! 一体お師様の身に何が起こったのか……考えただけでも……ボクは……」


 イオが不安に顔を歪ませる。


「……暫く顔を見ないと思ったら何か厄介ごとに巻き込まれている様だね、まあ僕が来たからには心配しなくていいよ」


 そう言いながらも嬉しそうに瞳を爛々と輝かせるシャルロットを見てハインツは物凄く嫌な予感がした。


「……まさか、これから耳長族の村へ行くなんて言わないよな……?」


「あら、よく分かったね、その通りだよ」


「駄目だ!! 我がエターニアと耳長族は殆ど交流が無い、迂闊に関わって何か問題が起きたら大変な事になるぞ!!」


 ハインツが声を荒げるのには理由があった。

 耳長族はエターニア王国の南にある大森林地帯に住む亜人でその名の通り耳が長く尖っている。

 国と呼べるほどの街などは持たず、小規模な集落が世界中に点在するのみ。

 その中でもエターニア近隣の村グリッターツリーは彼らの最大の集落で、言うなれば彼らにとっての首都と言ってもいい。

 種族としての特徴は、体形は皆スレンダーでスタイルがよく顔の造形も男女共に美しい、寿命がとても長いのも特徴だ。

 そのせいで見た目から性別と年齢の判別が付きづらい事もある。

 そして目と耳が良く、弓の扱いが上手、総じて魔力が高く高度な魔法を使いこなす。

 半面、非力で重い武器を扱うのが極端に苦手である。

 ここからが問題なのだが、耳長族は人間にあまり良い感情を抱いていない者が多い……いや、憎んでさえいる。

 自然を敬い共存している彼らにとって自然を荒し土地を切り開く人間は許しがたい存在なのだ。

 そこへ何の準備も無しにのこのこ出向くなどとても正気の沙汰とは思えない。


「耳長族の事は僕も知ってるよ、だけどアルタイルが大変な目に遭ってるかもしれない……放っては置けないだろう?」


「それはそれで国の特使を派遣してだな……」


「じゃあ僕が特使だ!! 王族自ら出向くんだ、これ以上の人選は無いと思わない!? うん、我ながらいいアイデアだ!! 決定!!」


「ちょっと待てや!!!」


 目を瞑り腕を組みうんうんと首を上下に振り満足げなシャルロット、ハインツの言う事など聞いちゃいない。


「それじゃあさっそく出発しよう!! レッツ・ラ・ゴー!!!」


 姫が言い出したら聞かないのは昔から……ハインツは何が何でもシャルロットを守り抜く事を胸に誓い渋々同行するのであった。

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