第7話 決闘の意外な結末


 「「「「「やああああああっ」」」」」


 高速移動の体術により分身、五人になったシャルロットの一斉攻撃がハインツを襲う。

 しかしそのすべてをハインツは長い棍を素早く回転させ見事に防いでいた。

 彼には元々実力はあったのだ……しかし運動などしたことも無いお姫様で年下の非力な女の子とシャルロットを侮り、先の二本の勝負で実力を出し切れず敗北に繋がった……だが今のハインツに驕りや油断は一切ない。

 棍を巧みに操りシャルロットの怒涛の連続攻撃を見極め的確に対処している。


「「「「「はあ……はあ……はあ……」」」」」


 開始からずっと攻め続けていたシャルロットに異変が起こる……肩が大きく上下し息が上がり始めたのだ。

 シャルロットが現在使用している体術は超高速に移動する事により残像を生み、あたかも彼女が分身しているように見えるがその実、一人で連続攻撃を繰り出しているに他ならない。

 無論分身数が多ければ多い程身体への負担は大きくなるのだ。

 シャルロットがこの五分身が出来るようになったのがつい先日……まだまだ技の練度が足りていない上に子供の体力である、とうに限界に達していてもおかしくはないのだ。

 これがグラハムが技の使用を止めようとした最大の理由である。

 やがて分身は一人減り二人減り……すべての分身が消え失せとうとうシャルロット本人だけになったしまった。


「くっ……まだだよっ!!」


 尚も木刀を突き出して来るシャルロット……だがさっきまでの技のキレとスピードが無くなっていた。

 それを今のハインツが見逃すわけがない。


「はあっ!!!」


 渾身の力を込めたハインツの突きがシャルロットの胸を捉えた。

 この決闘が始まって以来初めての彼のスマッシュヒットだ。


「きゃあああああっ…!!!!」


 シャルロットの悲鳴が上がる。

 体重が軽い事もあってシャルロットの身体は予想以上に遠くへと突き飛ばされ、程なく彼女は闘技場の土に背中から落下した。


「どうだ……!!」


 突きの姿勢のまま固まっているハインツ。

 やっと一本を返せたことで少し口角が上がる。


「「「「ブゥーーーー!!!! ブゥーーーー!!!!」」」」

「姫様をいじめるな~~~~!!」

「なんて男だ!! 手加減ってものを知らないのか!!」

「最低!! 姫様が可哀想!!」


 観客席から会場が振動するほどの一斉ブーイングが巻き起こり、それと共に闘技場内に色々なものが投げ込まれたのだ。

 皆立ち上がり腕を突き上げ親指を下に向けて振っている。

 中には首を掻ききる仕草をしている者もいた。

 それ程までに観客はシャルロットが突き飛ばされた事に激怒しているのだ。


「……おい、何だよそれ……」


 飛び交う罵声に動揺するハインツ……折角の彼の勝利もこれでは台無しである。


「ハインツめ!! シャルロットを傷ものにしたらタダではおかないぞ!!」


 来賓用観覧席から血走った眼でハインツを睨みつけるシャルル王。

 王までこの始末、彼は娘が大好きで過保護すぎるのが玉にキズだ。

 

「王であるあなたまで何を言っているのですか!? 落ち着いてください!! あの子はアルタイルの魔法で怪我はしませんわ!! それにこれはシャルロットから仕掛けた勝負、痛い目を見るのもあの子自身の責任ですのよ!?」


「いや、しかしお前……」


「しかしも案山子かかしもありません!!」


「はぁ……分かった……分かったよ」


 エリザベートにたしなめられ渋々大人しくするシャルル王。


「皆さん落ち着いて下さい!! どうか物を投げないで……!!」


 グラハムの必死の抗議も観衆には届かずますますヒートアップしていく。

 このままでは試合どころではなくなってしまう。


「観客の皆さん!! どうかお静まり下さい!!」


 一際大きなよく通る美しい女性の声で闘技場は一気に静まり返った。

 声の主はシャルロットの母、王妃エリザベートだ。


「……皆さんが我が娘シャルロットの応援と心配をしてくれることはとてもありがたい事です……母親であるわたくしからお礼を申し上げますわ

 しかし今は二人の戦士がお互いの意地をかけての勝負の真っ最中です……どうかその邪魔だけはなさらない様お願い申し上げます…」


 闘技場でも一際高い位置にある来賓用観覧席から頭を下げるエリザベート。

 それを受けて観客たちは次々と席に座り出し、観客席は平静を取り戻していった。


「……さすが王妃様ですな」


 同じ場所に居たサザーランドも感心するばかり。

 このエターニア王国は実に王族と国民の親和性が高い。

 女神の祝福を受けているシャルロット姫は言わずもがなだが、彼女の母であるエリザベートもかなりのカリスマ性を持っているのだ。

 下手をするとシャルル国王より人気が有るかも知れなかったりする。


「……予想外のトラブルで時間を取られましたが……どうです? 二人共まだいけますか?」


「はい、俺は大丈夫です!!」


「姫様は?」


「……僕も……まだまだ……いけるよ……」


 グラハムの問いに気丈に答えるもシャルロットの呼吸はまだ荒れていた。

 足取りも重くかなり辛そうだ。


「ですが姫様、その様子では……棄権なされた方が良いのでは?」


「大丈夫だよ……ここでやめたらハインツに失礼だ……不戦敗なんて君も望んでいない……そうだろう?」


「ああ!! そうとも!!」


 つい流れでそう答えてしまったがハインツもシャルロットの様子からもう体力の限界が近い事を悟っていた。


「ありがとう……」


 ハインツの答えを聞いて力無く微笑むシャルロット。

 それを見てハインツはちょっぴり心が痛んだ。


「分かりました……では四本目を始めますよ……位置に着いて」


 定位置に着く二人。


「それでは四本目……始め!!」


「やああああああっ……!!」


 合図とともにシャルロットが飛び出すがさっきまでのスピードは無い。

 むしろもたついている感じだ。

 恐らくハインツがどんな攻撃を繰り出したとしても避ける事すら敵わないだろう。


「………」


 ハインツも一瞬躊躇したが手加減はシャルロットに対して失礼に当たる、ここは情けを捨てて鋭い突きを放った。


「ああああっ……!!」


 胸に攻撃を受け成す術なく突き飛ばされるシャルロット。

 またしても地面に転がってしまった。


「……あっ……はあっ……はあっ……」


 地面に仰向けに倒れたまま中々立ち上がれないシャルロット。

 ざわつく会場、先程の件も有るのでさすがにブーイングは起きなかったが、観客が姫を心配しているのが伝わってくる。


「おい、大丈夫か!?」


 さすがに心配になりハインツがシャルロットのもとに駆け寄り手を差し伸べる。

 その手を掴み、ゆっくりと立ち上がらせる。


「……悪いね……でもこれで二勝二敗……勝負は分からなくなったね……」


「……馬鹿!! 何でそうまでして戦おうとするんだ!? こんなのおかしいだろう!!」


 こんなにへとへとになっても尚、勝負の話をするシャルロットに思わずハインツは声を荒げてしまった。

 キョトンとするシャルロット。


「心配してくれるんだ? 僕の事嫌いじゃなかったの?」


「うるさいな……いいだろう!? 嫌いでも心配したって……」


 少し照れながらそっぽを向く……彼の顔は赤くなっていた。


「君は嫌々僕の遊びに付き合ってくれていた様だからね……君にも僕と一緒に楽しんでもらいたかったんだよ……君の好きな分野でね……」


「なっ……何だよそれ……」


 それを聞いてハッとなったハインツ。

 思い返してみると単にシャルロットが勝つためだけならこの決闘には腑に落ちない事があった。

 それは『三本勝負二本先取で勝利』だったルールを『五本勝負三本先取で勝利』に変えた事だ。

 もし前者だった場合はハインツは二連敗していたのでそのまま負けていた事になる……では何故シャルロットは自ら後者に変更させたのか?


(あっ……そうか……!!)


 ハインツの頭に一つの答えが浮かび上がった。

 それは自分の実力を甘く見たハインツが油断で二連敗するだろうとの予測を

 シャルロットが立てていたと言うもの。

 三本勝負で二連敗……その時点で勝敗が着いてしまい決闘が終了、ハインツは一生姫のお付きだ……しかし五番勝負にしておけば少なくともそこで勝負が決まる事は無い。

 そして後はわざと大技を使って自分の体力が尽き戦えなくなる様にした、という事は……。


「……お前……最初から負けるつもりだったな? そうなんだろう?」


「さて何の事やら……考え過ぎだよ……あっ!?」


 会話中、シャルロットが足を滑らせ後ろに向かって倒れ始めた。


「危ない!!」


 まだ手を繋いだままだったハインツは咄嗟に腕を引いてシャルロットに抱き着き頭の後ろに手を回した。

 そしてクルリと体制を入れ替えハインツが下となりそのまま背中から地面に倒れ込む。

 頭を打った衝撃で彼の目の前に星が瞬くがそんな時……。


 チュッ……。


「んんっ!?」


 唇に柔らかい感触………。

 倒れた拍子に二人の唇は重なっていた。

 ハインツの目の前には上気したシャルロットの顔がある。


「わあっ!! ごめんなさい!!」


 慌ててシャルロットを軽く突き飛ばしてしまい後ずさりするハインツ。


「あん……ハインツったら大胆……これ僕のファーストキスだよ……?」


 地面にペタンとアヒル座りしながら自分の唇をなぞるシャルロット。

 顔はこれ以上無い程赤く染まり、目はとろんとしており完全に恋する少女の目だ。


「ちちちち違うんだ!! これは事故だ!! 俺にそんなつもりは……!!」


 突き出した手をブンブン振って否定するももう遅い。


「ハ・イ・ン・ツ~~~~~!! 貴っ様~~~~!!」


 上から大きな何かが降って来てドシンと地面を揺らす……それは何とシャルル国王だった。

 何と10m程の高さにある来賓用観覧席からそのまま飛び降りて来たのだ。


「この俺の娘に手ぇ出してタダで済むと思うなゴルァアアアアア!!!」


 野獣の様な形相で唸るシャルル王。

 ドスドスと音を立てゴリラの如くハインツに向かって猛突進する。


「済みません!! 済みません!!」


 その迫力に堪らずハインツは土下座をするもこのままではシャルル王に殺されかねない……そんな時もう一人の影がハインツと王の間に舞い降りた……エリザーベートである。


「あ・な・た・は……いい加減にしなさ~~~~い!!!」


「ぐほぁっ!?」


 エリザベートの鋭い右のボディアッパーがシャルルの腹にめり込む……そしてそのまま宙を舞い放物線を描き地面に落下した。


「シャルロットもいつまでも子供ではないのですよ? まあちょっと早い気もしますが……」


 地面で目を回しているシャルルに話し掛ける。

 そして王妃はハインツに目線を移した。


「ハインツ……」


「はっ……はい!!」


 直立不動で微動だにしないハインツ。

 それはそうだ、目の前で世界を狙えるようなボディアッパーを見せられたのだ、無理もない。

 しかしエリザベートは何もなかった様な優し気な笑顔を浮かべてこう言った。


「こんな落ち着きのない子だからこれからもあなたに迷惑を掛けるかも知れないけど……私の娘の事、よろしくお願いしますね…?」


「はいっ!! 王妃様の命とあれば喜んで!!」


(あっ!! しまった!!)


 そう言ってしまってからハインツは心の中で激しく後悔した。

 これは決闘の勝敗に関わらずシャルロット姫の従者決定ではないか……?

 しかしここで断る事は命に係わる、仕方が無かったのだ。


「これでず~~~っと一緒だね……ハインツ♡」


「ハハッ……ハハッ……」


 シャルロットが彼の左腕に右腕を絡ませてきた。

 ハインツとしてはもう乾いた笑いしか出て来ない。


 こうしてシャルロットとハインツの決闘はうやむやのまま終わりを迎えたのだった。


 ちゃんちゃん。

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