第6話 プリンセスの実力
「うおおおおおおおお!!!!」
試合開始早々、ハインツが駆け出しシャルロットの眼前に迫る。
目の前に捉えた彼女は未だ回避動作に移行していない。
(よし!! もらった!!)
このまま右手に持っている槍に見立てた棍を突き出せばハインツの一本になる……
筈がそのまま棍は何もない空間を通り過ぎただけだった。
「……何っ!?」
いや確かにシャルロットに攻撃が当たった……だがその瞬間に姿が掻き消えてしまったのだ。
(手ごたえが無かった……? まさか残像!?)
ハインツは慌てて左右を警戒するが姫の姿はない。
そこで彼はある事に気付く……観客席が妙に盛り上がっているのだ。
「まさか……!? うっ……!!」
急ぎ振り向いたハインツの胸当てに何かが当たった……鋭い衝撃が走る。
胸に当たったもの……それはシャルロットの右手に握られた細身の木刀。
前後一杯に身体を乗り出して放たれた突きはとても美しいものであった。
「一本!! 勝者シャルロット!!」
審判長のグラハムは右手を素早く上げながら高らかにコールする。
観客席は大盛り上がり……シャルロットコールの大合唱に発展した。
「シャルロット!! シャルロット!! ………!!」
観客たちは天に拳を突き上げ大喜びだ。
(……何だったんだ今のは……? )
木刀が当たった胸を押さえながら呆然と立ち尽くすハインツ。
アルタイルが試合前に二人に掛けた防護魔法は一切の物理攻撃を無効化する。
衝撃があったのは競技者に当たった事を自覚させるために魔法に組み込まれている仕掛けである。
だから先の突きによる攻撃のダメージは無い筈なのだが、ハインツにはそれ以上に精神にダメージを受けた。
「まずは僕の一本だね……どう? 僕の剣技も捨てたものじゃないでしょう?」
ニッコリ微笑みながらハインツに話し掛けるシャルロット。
しかしハインツからはいつもの憎まれ口は返って来なかった。
一本を取られたのが余程ショックだったらしく、うなだれたままこちらに目も合わせようとしない。
その様子が不満だったらしくシャルロットは顎に指を当て小首を傾げる。
(落ち着け俺……たまたまだ……まぐれだ……あんなお姫様育ちがあんなに素早く動けるはずが無い……)
地面を見つめ一人ブツブツとうわ言の様に呟くハインツ。
冷や汗が滲み出て顎先からしたたり落ちる。
(はぁ……あれほど油断しない様に釘を刺したのですがね~~
相手の容姿、性別、年齢、普段の性格……見た目や先入観、固定観念にとらわれては勝てる勝負も勝てませんよハインツ……)
審判は常に公平でなければならない。
グラハムはハインツにアドバイスをしたくて堪らなかったが、喉まで出かかっていた言葉を飲み込むしかない。
「二人共定位置について下さい!!」
二本目を始めるためにグラハムが指示を出す。
言われた通り開始時の立ち位置にあたるマーカーの上に立つ二人。
「では二本目……始め!!」
グラハムの号令で二本目が始まった。
(さっきは油断したが次はそうはいかないぞ!!)
一本目同様、真っ直ぐシャルロットに突進するハインツ。
ただ今回は一本目の時より素早く、より力も籠っている。
(よし!! 今度こそ!!)
胸にハインツの棍が当たるのを紙一重でかわしたシャルロットは低姿勢のまま高速でハインツの懐へと向かって来た。
その際まるで自身の分身を何人も引き連れている様に彼女の後ろに残像が伸びる。
「なっ!? この身のこなしは……まさか!!」
「「「行っくよ~~~!!」」」
複数人で同時にしゃべっている様に声を発し攻撃モーションに入ったシャルロット。
ハインツも慌てて棍を横に構え防御姿勢に入りシャルロットの突きを何とか受け止める。
しかしその突きは子供が放つような威力ではなく物凄く重い。
だがこれは一度の突きに見えてその実、残像の人数分の攻撃も重ねて出されていているのだ。
「くうっ!! これはっ…!!」
それを連続で放たれ、ハインツは徐々に後ろへと下がっていく。
連撃は時間が経つほどシャルロットの手数と速度が上がっていき、
とうとうハインツには捌ききれなくなり遂にシャルロットの木刀を胸に受けてしまったのだ。
のけ反るハインツ。
「一本!! 勝者シャルロット!!」
「シャルロット!! シャルロット!! ………!!」
またしても観客から沸き起こるシャルロットコール。
シャルロットも手を振ってそれに応える。
しかしこれでまさかのシャルロットの二本先取……いよいよハインツは後がなくなってしまった。
「……あの技はグラハム先生の……?」
ハインツには今シャルロットが見せた体術に見覚えがあった。
気力の集中によって瞬間的に身体能力を引き上げ残像が残る程の高速移動を可能とする技……これは彼の師匠、グラハムが得意とする体術だ。
自分の方を見るハインツの視線に気付き神妙な表情で頷くグラハム。
ハインツの予想通りグラハムはシャルロットにも武芸の手解きをしていたのだ。
ただ守秘義務により公にはされていなかったが……。
(そうか、アイツがルールを変えると言い出した時、俺の先生をグラハム先生って呼んでいたじゃないか……それを俺は……)
自己嫌悪に陥るハインツ、余りの悔しさに身体が震える。
するとそこへグロリアが水の入ったコップを持って駆け足で自分に近付いて来るではないか……盛大に水をこぼしながら。
水の差し入れ……どうやら兄の窮地に自分も何か力になれないかと考えたのだろう。
「ちょっと!! グロリアさん!! 今は試合中ですよ!!」
グラハムが慌てて止めるもグロリアは既にハインツの傍らまで到達していた。
しかしシャルロットがグラハムに対して笑顔で頷いた事で彼もそれ以上の注意はしなかった。
「お兄様……お水……あっ……!!」
グロリアが足元の小石に躓いた…その拍子に持っていたコップの水はハインツの顔に思い切り命中してしまったのだ。
「………」
顔から水を滴らせながら無言のハインツ、それを見て見る見るグロリアの顔が青ざめる。
「……おっ……お兄様……ご免なさい……!!」
この場で頭を下げて謝るが、どこかハインツの様子がおかしい…。
「……フフッ……ハハッ……アハハハハッ!!」
何と肩を震わせながら笑い始めたではないか。
逆に怯えてしまったグロリア。
「ハハハッ……いや~参った……フフッ……ありがとうなグロリア」
しかしお礼を言われたグロリアは首を傾げてしまう。
文字通り冷や水を浴びせられ頭が冷えたハインツが改めてシャルロットを観察すると色々と気付く事があった。
右手に持つレイピアを模した木刀は傷だらけでよほど激しい鍛錬を積んだに違いない。
そしてブーツ…つま先やソールの激しい汚れと擦れかたもまた、厳しい訓練を続けてきた証拠だ。
ハインツは完全にシャルロットを侮った……。
それらに最初から気付いていればこんなに油断をして醜態をさらす事も無かったはずなのだ。
自分の洞察力と注意力の無さに情けなさを覚え拳をギュッと握りしめる。
「あ~~あ……期待外れだな~~……君の槍使いはかなりのものってグラハム先生に聞いてたんだけどな~~」
頭の後ろで腕を組んで上体をのけ反らしつまらなさそうに口を尖らすシャルロット。
しかしゆっくりと顔を上げこちらを見ているハインツは先程とは別人の様に引き締まった顔をしていた。
「へぇ……その顔はまだ勝負を諦めて無いって顔だね……やっと僕を楽しませてくれそうだ」
「……ああ……期待してくれていい……この後俺が三連勝しても泣きべそかくなよ?」
「へぇ~~言うじゃない……それでこそ君だ……でもあと一回僕が勝てばそれで試合終了なのを忘れないでよ?」
ふたりは不敵な笑みを浮かべながら憎まれ口を交わす。
どうやらハインツは吹っ切れた様だ。
「さあ先生、早く三本目開始の号令を!!」
「ああ……はい、それでは二人共位置に着いて……」
先程の落ち込んでいた彼は何処へやら……手の平を返したように勢いづいたハインツにグラハムもあっけに取られていた。
「始め!!」
三本目が始まった。
今回は先の二本の勝負と違いハインツは両手で棍を先が低くなるように身体の前で斜めに構えその場に留まる。
どうやらシャルロットの出方を窺う作戦のようだ。
(今まではこちらが仕掛けてその素早い動きでカウンターを狙われた……じゃあ俺が守りに入ったらお前はどう出る?)
冷静さを取り戻したハインツは頭の中で考えを巡らしシャルロットの一挙手一投足を見逃さない様に目を見開く。
その隙の無い構えにシャルロットの顔から余裕の笑みが消える。
「なるほど、これはそう簡単には攻め込めないね、それが君の本気って訳だ……ならば僕も……」
シャルロットが木刀を縦一文字に顔の前に構え目を閉じ精神統一を始めた。
気力の集中によって起こった風圧により彼女の髪が激しくたなびく。
「……何をする気だ……?」
離れているハインツにもビリビリと肌に感じられる気迫……。
カッとシャルロットが前を見開くと彼女を中心に左右に二人づつ彼女の姿に生き写しの分身が四人現れたのだ。
「何っ!?」
合計五人になったシャルロットが整然と並んでいる
「……いけません姫様!! 今のあなたにはまだその技は早すぎます!!」
審判長の立場を忘れてグラハムが叫ぶ。
「止めないでグラハム先生!! 今の僕は最高に楽しいんだよ!! これで決めるから大丈夫……行っくよ~~~~~ハインツ!!」
「おう!! 来いシャルロット!!」
ハインツが左手を突き出し指先を招く様に動かし挑発する。
「「「「「やああああああっ…!!!!!」」」」」
それを切っ掛けに一斉にシャルロットと分身たちが走り出しハインツに襲い掛かった。
ハインツはこの窮地をどう乗り切るというのか? 果たして勝負の行方は………。
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