第5話 からかい上手のシャルロット姫


「ハインツ…お前は何て事をしてくれたんだ…!!ああっ…!!サザーランド家はもうお終いだ~~~!!」


 ハインツの父であるサザーランド伯爵は息子の前だと言うのに膝を着き頭を抱えて見苦しく狼狽する。

 それはそうだ、ハインツとシャルロット姫の決闘を執り行う旨の城からの書簡が当の本人から話を聞く前に届いたのだから。

 もしかしたら息子が何か問題を起こすのではないかとある程度予想はしていたがまさかこんな事になろうとは…。


「…申し訳ありません父上…ですが私にはどうしても容認できない事がありました…それは私の…騎士の誇りを踏みにじるものであり到底許せるものではございません…」


「…お前な~~~!!」


 息子が生真面目に育ったのは決して悪い事では無いのだが、このハインツは余りに愚直でおまけにすぐにカッとなって見境が付かなくなる事があるのは知っていた。

 やはり姫のお付きの様な大役をまだ受けさせるべきではなかった…

 サザーランド卿は今になって激しく後悔していた。


「この決闘で父上に迷惑が掛かる事はありません…決闘を提案してきたのは姫の方なのです…そうでなければ姫の命令で私を解任すれば済む事なのにわざわざ決闘の形式にして勝った方の言い分を聞くなどと回りくどい事はしない筈です…

ですから私がその決闘に勝てば王家が父上を断罪する事は無いと思われます」


「もう既に迷惑は掛かっておるわ!!あ~~~もう…勝手にせよ!!儂は知らん!!」


 そう言い捨てサザーランドは不機嫌な足取りでハインツの前から去っていった。


(そうさ…俺が勝てば済む話…あんな小さな女の子に俺が負けるはずが無い…)


 ハインツは父にしかられた直後であるにもかかわらず不謹慎にも決闘の事で頭が一杯になっていた。




 次の日…決闘の時間の一時間前…


 ハインツとグロリアは城内の闘技場に来ていた。

 普段は騎士団や王族の武術の鍛錬に使われる場所だ。

 外周が円形の壁と観客席に囲まれているが屋根が無く、ちょっとした市場などすっぽりと入ってしまう程広い。

 ハインツは既に準備万端、いつも武術の鍛錬に使っているお気に入りの蒼い防具を身に付けている。

 ただ槍を扱うにあたって邪魔にならない様に最低限の軽装な所が実に彼らしい。


「はっ!!はっ!!や~~~~~~!!」


 ハインツは練習台の木の人形に対して木製の棍を振るう。

 試合前にある程度身体を温めておくことが目的だ。

 子供同士の決闘には実物の武器は使用禁止とされている。

 だからハインツはいつもの使い慣れた槍と同じ長さの棍を使って練習しているのだ。


「…お兄様…シャル様を虐めちゃダメ…」


 グロリアが消え入りそうなか細い声でハインツに話し掛けて来た。

 彼女が自分から話し掛けて来る事など殆どなかったのでその意外さにちょっとだけ驚く。


「分かっているよ、手加減はする…こんな茶番さっさと終わらせて俺は自由の身になるんだ」


「…そんなにシャル様嫌い?」


「ああ嫌いだね…あんな我儘なお姫様…きっと世界中の人間は絶対自分の言う事を聞くものだと勘違いしているのだろうさ」


「…誰が我儘なお姫様だって?」


「うわっ!?」


 いつの間にかハインツのすぐ横にシャルロット姫が立っているではないか。

 近付いて来た事に全く気付けなかった…驚きの余り心臓が高鳴る。

 シャルロットはいつものピンクのドレスではなく武術の修錬用の装備で現れた。

 長い髪は二本の三つ編みにした後に環を描く様に頭の後ろで纏めておりピンクのリボンで留めている。

 胸には純白のプレートアーマーを着込んでおり胸元のにはエターニア王家の紋章が細工してある。

 そしてこれまたピンクのプリーツのミニスカート、太腿の途中まである白いロングブーツを履いていた。

 ハインツはその姿に一瞬目を奪われた…幼き戦乙女がそこに居たのだから当然だ。


「酷いな~ハインツ…君、僕の事そんな風に思ってたんだ…ショックだな~~」


 ハインツに対して横を向き、腕を組んで仏頂面の流し目で彼を見つめる。

 ショックを受けたと言いつつ全く怒っていない…わざとらしさが滲み出ている。

 しかしそんな憎まれ口のお蔭で彼は我を取り戻した。


「御機嫌ようハインツ…一時間前から来ているなんて良い心がけだね…

デートに遅刻して女の子を待たせるなんて男として最低だもの…」


「なっ!?何がデートだ!!お前とデートなんて願い下げもいいとこだ!!」


「あらグロリア、御機嫌よう~御免なさいね朝からこんな野暮用に付き合わせちゃって…」


 既に姫はハインツの言う事など聞かずにグロリアの所へ挨拶に行ってしまっていた。


「う~~~~~~っ…馬鹿にしやがって…」


 早速ペースをかき乱されるハインツ。

 これではいけないと自分の頬を二度三度力いっぱい叩く。


「おはようハインツ…調子はどうですか」


「えっ!?グラハム先生!?」


「今日の決闘の審判を頼まれましてね…」


 次に闘技場に現れたのは彼の槍の師匠、グラハムだ。

 ポンとハインツの肩に手を置く。


「ああ見えてシャルロット様は強いですからね…油断せず頑張りなさい」


「…はぁ」


 頑張るも何も自分があんな小さな女の子に負ける訳が無い…

油断…?先生は何を言ってるんだろうとさえその時は思ったハインツであった。




 決闘開始十分前…


 話を聞きつけた人々が闘技場の観客席に続々と集まって来ていた。


「おいおい…何で観客がこんなに集まってるんだよ…」


 何とこの決闘は国中に告知されていたのだ。

 ハインツは緊張のあまり身体が小刻みに震えていた。

 子供同士の武術大会になら何度も参加した事がある彼は人前で戦う事は慣れていたはずだ…そんな中、年上の相手を倒し優勝だってした事がある。

 しかし今回は規模が違い過ぎる…ざっと見回しても数千人は下らない程人が押し寄せているのだ。


「な~んだ、怖気づいてるのハインツ…?そんなに震えて…今ならまだやめる事も出来るよ?その代わり僕の不戦勝、君は一生僕の物って事でいいよね?…集まったお客さんには僕の歌謡ショウに変更って事で納得してもらうからさ」


 シャルロットは笑みを浮かべながら顔面蒼白で異常なほど汗をかいているハインツの顔を覗き込む…実はこれはシャルロットが仕組んだものであった。

 ハインツがその事を知って悔しがるのは後の話。

 余談だがシャルロット姫の歌唱力はかなりのものだ。

 音楽発表会で披露された、鈴を転がした様な美声をその愛らしい容姿で熱唱する姿に国民のファンも多い。

 決闘を歌謡ショウに変更しても誰一人異を唱える者は居ないだろう…それ程この シャルロット姫は国民から愛されていた。

 ただ彼女の多少Sっけのあるいたずら好きの性格を知る者は実はそんなに多くない…

 今現在被害に遭っているハインツは当然その中の一人である。


「馬鹿言え!!そんな事絶対させないぞ!!この震えだって武者震いだ!!」


「やっぱりそう言うと思った…君のそう言う所嫌いじゃないよ…じゃあ開始時間にまた会おうね、それじゃっ…!!」


 姫は手を振りながらハインツから離れ、闘技場の反対側へと走って行った。

 もともとあちらが姫の陣営なのだ。


(嫌いじゃないって何だよ…俺は別にお前の事なんか…)


 何だか頭の中がグチャグチャのハインツ。

 わざわざハインツにちょっかいを掛ける為だけにこちらに来ていた辺り、やはりシャルロットはちょっぴり意地が悪い。




 一方、王族専用の観覧席にて…


「まことに申し訳ありません!!これもすべて父親である私の監督不行き届きが招いた事…私はどうなっても構いません…ですが息子だけは…どうか…どうかお許しを!!」


 床に額を着けて土下座するサザーランド卿。


「何でこんな事になった!?俺の娘に手を出してタダで済むと思うな!?…モゴモゴ」


「ほら、あなたは少し落ち着きなさいな…」


 怒りで我を忘れているシャルル王の口をエリザベート王妃は強引に手で塞ぎながら言った。


「この騒ぎはシャルロットが計画した事の様ね…大方ハインツをからかっているのでしょう…あの子ったら本当にしょうの無い子…

さあサザーランドも頭を上げなさいな…あなたにもハインツにも非はありません」


「…王妃様…!!」


 胸の前で手を合わせ涙を流すサザーランド。


「あとはあの子たちに任せましょう…私達は見守るだけ…なる様になりますわきっと…」


 エリザベートはこれから始まる試合の為に闘技場に現れたシャルロットとハインツに優しい眼差しを向けた。




 程なくして決闘の開始時間になった。

 ハインツとシャルロットが闘技場の両側から審判のグラハムが立っている中心へと歩みよる。

 観客席から湧き上がる大歓声…ほぼそのすべてがシャロットコールであるのは仕方が無い事であろう。


(いい気なもんだな…)


 面白くないと言った顔をするハインツ。

 ふと姫と正対した時初めて彼女の武器が判明した。

 彼女の右手には短くて細身の木刀が握られている…恐らく実際の武器はレイピアだろう。


(片手剣でこの俺の槍と戦おうとは…俺も舐められたものだ…)


 通常、剣と槍では圧倒的に剣が不利だ。

 それは当然リーチと重量による所が大きい。

 剣では相手の懐に入るには槍の攻撃を掻い潜らなければならず、

 一たび防御にまわれば槍の重い一撃を剣で受けきる事が出来ずすべてかわすのが前提となる。

 これは余程の実力差が無ければ覆す事は困難である。


「ではまず試合のルール説明を行います

今回は武器を用いた武術対決で争っていただきます

胸に一撃を当てれば一本とし、試合は三本勝負、先に二本先取した者を勝ちとします…」


「グラハム先生…いえ審判長、ちょっとよろしいかしら?」


「何でしょう姫様…?」


「この勝負…五本勝負、三本先取に変更できないでしょうか?」


 姫の提案に会場全体が騒めく。

 グラハムも動揺を隠せない…しかし気を取り直してこう言った。


「それは対戦相手から了承を取らなければいけません…ハインツ、どうします?」


(あいつ…何を企んでいる?)


 ハインツも混乱していた。

 例え試合数が増えた所で自分には勝つ自信がある…ただ姫が何を考えているのか分からないのが不気味ではある。

 しかし分からない事を考えていても仕方が無い。

 ハインツの返答は…。


「いいでしょう…その提案を受け入れます」


「…分かりました、では五本勝負、三本先取に変更いたします」


 再び湧く大歓声。

 不敵な笑みを浮かべるシャルロットを睨み返すハインツ。


(お前が何を企んでいようが関係ない!!ただ目の前のお前を倒すのみ!!)


 ハインツの闘志に改めて火が灯った。


「では試合開始前にまず試合用の防護魔法を掛けさせていただきます…

ではアルタイル様…お願いします!!」


「あ~面倒くさいな~…何で私がこんな事…」


 いつの間にかグラハムの横には灰色のローブで全身を包んだ人物が立っていた。

 銀髪で前髪が長く、目元が隠れていて顔がよく見えない。

 彼の名はアルタイル、ここエターニアの王宮づきの魔術師だ。

 ただ非常にものぐさで有名で公の場に現れる事は滅多に無い。

 そんな彼が珍しく出て来たのはやはりシャルロットのお願いだからであろう。

 彼女は何度もアルタイルの住まいである魔道工房に顔を出していた。

 自分の事を煙たがる人間が多い中、姫はそんな彼を嫌う事無く普通に接したくれたのだ。

 そしてその子供離れした知性でアルタイルが感心することも多々あり、彼にとっても姫は特別な存在になっていたのだった。


「アルタイル、ゴメンねこんな所まで来てもらって…」


「…いいさ…他ならぬ姫の頼みだし…」


 アルタイルが右手に持った杖を天高くかざす。


「『神の加護ディバイン・プロテクション』」


 彼が呪文を唱えるとシャルロットとハインツの身体に虹色の光が纏わりつきやがて消える。


「これであなた達はこの試合に限り一切の怪我を負う事が無くなりましたので存分に戦ってください」


「へぇ~こんなの初めて見たぜ…」


 ハインツが自分の両手を見るとまだ微かに身体の輪郭が虹色に光っていた。


「ではこれより試合を開始します!!………始め!!!」


「うおおおおおおおお!!!!」


 開始と同時に一気にシャルロットに向かって突進するハインツ。

かくして戦いの火蓋は切って落とされた。

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