エピローグ

 チューリップ公爵の働きにより、リナリアの名誉は回復した。


「スターチスという若者はとても立派な戦いを見せた。勝機がほとんどない相手に怯えることなく、果敢に挑み、勇猛な武勇でついに格上を打ち破った」


 王族の語りに疑問を抱くような者は、この国にはいない。


「リナリア姫の慧眼よ。己のために命を懸けて戦った騎士を自分で見出したというではないか」


「彼女こそ貴族の中の貴族ということか」


「スターチスとやらも、騎士のお手本のような男だ」


 人々はスターチスが呆れるような速さで、手のひらを返したのである。

 風評はハンプトン伯爵家にも届いた。


「まさか」


 伯爵は目をみはり、


「やったか」


 とムベは遠くへ視線を送る。

 珍しく息を切らせて小走りでやってきたレベッカから、話を聞かされたリナリア本人はと言うと、両手を口に当てて息をのんだ。

 それからレベッカの胸に飛び込み、喜びの涙を流した。

 ロアノーク侯爵家次男のレブンはと言うと、「難病発病、完治不可能」という名目で一族から除籍されてしまう。

 その後、捨て扶持をもらってどこか遠い地へ隔離される。

 どれだけ本人がわがままを言おうが、一族は聞く耳を持たなかった。

 チューリップ公爵からの失望発言は、それだけロアノーク侯爵家にとって一大事だったのである。

 一族の名誉をこれ以上汚さず、回復するために息子を一人貴族社会から抹殺するのは当然の選択であった。

 それからロアノーク侯爵家からハンプトン伯爵家に正式な謝罪の使者が来る。

 名誉回復のために必死の侯爵家の手を、伯爵家は喜んで受け取った。

 彼らにしては侯爵家に恩を売る絶好の機会だったのである。

 さらにロアノーク侯爵家は、改めてリナリア姫の嫁入りについて相談を持ちかけた。


「全てはレブンめのせいとは言え、このたびは大変ご迷惑をおかけしました。つきましては伯爵の息子か子爵の息子にリナリア姫をいただければと」


 これにリナリアは呆れたが、伯爵は苦笑する。


「侯爵家の次男よりも伯爵家の跡取りの方がよい婿という見方もあるが、お前はどうしたいかな」


 父親に聞かれた彼女は、恥ずかしそうに微笑した。


「わたくしの胸は決まっておりますわ。父上さえお許し頂けるのでしたら……ですが」


「伯爵の正妻より、王族の警備兵がよいか」


 父親のこの言葉に、彼女は真っ赤になってうつむいてしまう。

 そう、スターチスはハンプトン伯爵家には帰って来なかった。

 帰ってきてもよかったのだが、彼としてはレブンの恨みが怖かったのである。

 また彼では侯爵家の反応が予想できず、伯爵家に迷惑をかける可能性よりも、王族の配下になる道を選んだのだ。


「かなり格落ちになってしまいますね」


 母親がやや残念そうに言う。

 いくら王族直属と言っても、ただの兵士である。

 諸侯の近臣の貴族の息子とは圧倒的な差があるのは否定できなかった。


「だが、チューリップ公爵の兵であれば王都勤めになるし、何より他の王族に拝謁する機会もある。そこで何か手柄を挙げれば、一気に男爵であろう」


 伯爵が妻の嘆きを一蹴する。

 王族の警護兵を平民ができるわけがないのだから、当然スターチスは騎士として復帰した。

 リナリアのためにと一度は拒んだくせにどの面を下げて、と本人は内心冷や汗をかいていたのだが、チューリップ公爵は笑って許してくれたのである。


「あのまま伯爵領に戻れぬというのは分かる。私のために働けば、それがそなたが守りたい者のためにもなる約束はしようではないか」


 さすが王族、器の大きさが違う。

 スターチスは素直に兜を脱ぎ捨てて、チューリップ公に平伏したのであった。

 このスターチスの話は数年の時を経て、ある吟遊詩人の手で詩にされて王国内に流布される。 

 平民出身の騎士が、強大な諸侯に一人挑んだのは実に爽快で、久しぶりに人々の心を高揚させたという。

 ……王都のある一区画にどこかぎこちない礼儀作法な若者と、上品で美しくいたずら好きの若妻という夫婦がいたそうな。

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貴女は我が心の太陽~捨てられた貴族の姫君と幼馴染の騎士~ 相野仁 @AINO-JIN

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