第24話
デイジーに案内されるスターチスが白い石で舗装された中央通りを歩いていると、前方から四頭の馬にひかれた黒い立派な馬車がやってくる。
六名の騎士がその守りを固めていた。
「あの馬車の中に侯爵閣下が乗っていらっしゃるはずだ」
デイジーは彼に言うとそっと馬車に近づいていく。
すると馬車と騎士たちは止まり、中から四十代と思われる小柄な男性が顔を出す。
「デイジー殿。お戻りなら、侯爵閣下の警護に戻ってくだされ」
聞こえてきた声から察するに侯爵に仕える文官なのであろう。
「チューリ殿、その前に侯爵閣下に申し上げたいことがあるのだ」
「デイジー殿。閣下はこれからおでかけになるのですぞ」
チューリと呼ばれた中年貴族は表情に困惑を浮かべている。
「よい。デイジーが申すならば、余程のことであろう」
そこへもう一つ低くとてもよく通る男性の声が響いた。
「閣下、ありがとうございます」
デイジーは礼をして道の端で控えていたスターチスに合図する。
それを見た彼はそっとデイジーの背後まで行って、改めて跪く。
「こちらのスターチスという者は、とても見所のある若者にございます。先日手合わせをした際、苦戦いたしました」
「ほう? デイジーが苦戦したというのか?」
侯爵の声には明らかな興味が宿った。
お抱えの騎士の中でも屈指の実力者の評価は、それだけの価値がある。
「スターチスとやら。面をあげよ。発言を許す」
侯爵に言われて初めてスターチスは顔をあげ、ロアノーク侯爵の顔を見た。
銀色の髪を短く切り整えていて、鋭い剣のような緑色の瞳が印象的な、五十前後の男性である。
着ているものは伯爵と比べて大差ないが、肉体は引き締まっていて武人のような空気をまとっていた。
デイジーと並んで立てば騎士が二人いるなと思うかもしれない。
(これがロアノーク侯爵なのか?)
ありていに言えばレブンとはあまりにも似ていなかった。
「その名は記憶にあるな。たしかレブンがリナリア姫を呼んだ際、デイジーと手合わせすることになった騎士だったな」
デイジーは以前に報告し、侯爵もそのことを覚えていたらしい。
(にもかかわらず、あのやりとりかよ)
と思うのはスターチスが平民出身だからだろう。
回りくどくもったいをつけるのは、貴族としての作法に分類されることである。
無言で頭を下げたスターチスをしげしげと見ていた侯爵は、そっけなく言う。
「デイジーが保証するならば腕はたしかなのだろう。本当に私に忠誠を誓うと言うならば、雇うのはありだがまず忠誠心を試すのが筋ではないかな」
無下にするつもりはないが、すぐにでも取り立てる気もないようであった。
「恐れながら申し上げます」
黙って聞いていたスターチスが発言し、侯爵が許す。
「侯爵閣下にぜひお見せしたいものがございます」
これにチューリとデイジーは「さて、何をするのか」という顔になる。
忠誠心を試すと侯爵に言われたのだから、スターチスは己の忠誠の証を見せる、あるいは登用する気になるだけのものを披露するのは当然のことであった。
スターチスは懐から革で覆われた手紙を差し出し、チューリに渡す。
「自己推薦状かな?」
「そのようなものにございます」
チューリが中を検分をする前に彼に問い、彼はあやふやな回答をする。
自己推薦状は自分がいかに優れているのか、採用する価値がある人物なのかを書き記したものだ。
中年文官はこれまでの流れから察してデイジーは推薦状を用意していないと判断し、スターチスに確認したのである。
「検分するぞ」
侯爵が見る前に側近が一度中を確認するのは自然な流れだ。
危険物が混ざっていないか、侯爵が見るに値するものが書かれているのか、調べるのが側近の役目ある。
チューリは興味深そうに中を開いたがすぐに顔色が変わった。
「こ、これは……決闘状ではないかっ!」
彼のうめき声を聴いた侯爵とデイジーの顔つきも変化する。
「決闘状だと?」
「スターチス……! 貴公ッ!」
両者ともスターチスがここで決闘状を出してきた意味は、すぐに理解できたのだ。
スターチスはまずデイジーに頭を下げる。
「デイジー卿、貴殿のご厚意につけこみ、また踏みにじる形になってしまい、大変申し訳ございません。許してほしいとは申しませぬ。だが、謝らせていただきたい」
ここで謝っておかなければ、デイジーには共犯の疑いがかかってしまうかもしれない。
利用しておいて今更の話だが、スターチスとしては彼の立場をはっきりさせておきたかった。
せめてもの償いであり、けじめである。
「ですが、リナリア様の騎士として、今回の貴家の仕打ちはどうしても納得いきませぬ。よって、侯爵家に決闘を申し込むっ!」
「よりにもよって……デイジー卿を利用し、侯爵閣下ご本人に決闘状を叩きつけるとは……」
絶句してしまったデイジーとは裏腹に、チューリは紙を持ったままワナワナと震えている。
彼が侯爵の側で決闘状を読んだということは、侯爵が読まされたに等しい。
無礼者に対する怒りか、怖いもの知らずな振る舞いを目の前で見た恐怖によるものか。
スターチスにしてみれば、もはや彼はどうでもよかった。
「相分かった。我が騎士を欺き利用した挙句、この私に対して決闘を申し込むとは。その意気は立派なものだと評しよう」
ロアノーク侯爵は意外なことに冷静な声を出す。
しかし、緑の瞳には憤激の炎が燃えている。
「か、閣下」
うろたえるチューリをひと睨みで黙らせて、ロアノーク侯爵はスターチスに話しかけた。
「それで? そなたの望みは何だ? リナリア姫の汚名を雪ぎたいということか?」
「御意。本当に姫に落ち度があったのであればともかく、何もないのに一方的に悪者にされるとは承服できませぬ」
彼に対する侯爵の反応は冷ややかである。
「侯爵の男に気に入られなかった伯爵の娘が悪い。公爵の機嫌を損ねることが罪。それが貴族社会の実情ぞ。ハンプトン伯爵はその程度のことさえ教えておらぬのか?」
「教わりました。そしてそれを覆す手段があるということも」
スターチスは侯爵の威厳を真っ向から受け止め、見つめ返した。
「いいだろう。決闘は二日後。こちらはデイジーを出そう。デイジー!」
「はっ」
侯爵の呼びかけにデイジーはかしこまるが、隠しきれない緊張がある。
「紹介する者は実力だけではなく、性格も調べよ。このスターチスのように死を覚悟して主のために戦いを挑むような者は、決して主替えには応じたりはすまい」
「このたびは真に申し訳ございません」
デイジーは藍色の頭を深々と下げた。
言い訳は何一つしないところが、彼の性格を物語っている。
「だが、貴様にも汚名を雪ぐ機会をくれてやろう。このスターチスとやらを返り討ちにせよ」
「ははっ」
デイジーの声には力が戻っていた。
スターチスの裏切りからたちなおったようである。
「チューリはスターチスの宿を手配してやれ」
「はっ」
デイジーとは違いどこか不服そうにチューリは返事した。
「ではスターチスよ。二十日後が貴様の命日となるだろう。今のうちに遺言書をしたためておけ。宛先を知らせておけば、当代ロアノーク侯爵の名に誓って、届けさせよう」
「ご厚意、感謝いたします」
傲慢な侯爵の発言に対して、スターチスはうやうやしい礼で応える。
決闘で敗れた者は殺されて捨てられても文句は言えない。
遺言を書かせてくれて、宛先に届けてくれるだけで立派な対応であった。
このあたりの度量はさすが侯爵というところであろうか。
本来であればここで「そちらこそ遺言の準備を」と切り返すのが通例だが、さすがにデイジーに向かって言えなかった。
スターチスが甘いと見るべきか否かは、人によって解釈が分かれるだろう。
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