67.禁断の音

67.禁断の音






 奇しくもラシードさんが戻ってこなかったダンジョンは、《御馳走万歳》の戻ってこなかった二パーティーと同じダンジョンだった。


 かつては〈常闇の森〉、今は〈幻想草原〉と呼ばれしダンジョン。

 ここにはすでに何度か俺達も入っている。スタンピートラビットのスポーンゲートエリアもこのダンジョンにある。


 ダンジョンの入口である魔法陣の上に全員が立つ。


 結局、誰も拒む事は出来なかった。



 やめるなら今のうちですよ?



 そう言おうとして止めにした。

 下らない。返事は分かりきっているのに聞く意味なんてない。


 幸い、かつてエレディミーアームズだった時とは違う。

 俺自身が戦える。それで十分だ。

 全力で戦い、誰かが傷つくまえにメディックさんを……殺す。


 俺の肩にぽんっと手が置かれる。


「気負いすぎだ、マサヨシ」



 ……カイサルさんに背を向けてたはずなんだが、俺の表情って背中からでも分かるのか。

 対策が難しいな。フルマスク型スーちゃんならなんとかなるか?

 スーちゃんからダメだしをくらったので、この案は没で。


 もういっその事、パンツを被って変態仮面――。


『それを実行した場合、私の好感度がどれだけ下がるか分かりませんよ。

 とりあえず、あのゴミカニと同じような言動だから好感度20下げますね』


≪ヘルプさんの好感度低下が規定値以下に下がりました。制裁レベル1を発動します≫


 うぇーい!

 なにそれ!?

 これから大事な戦いなのに、何やってんの!!


『大丈夫です。痛覚がちょっと生爪はがす程度に敏感になるだけです。敵の攻撃に当たらなければ問題ない。ですよね?』


 いや、理屈上はそうかも知れないけどっ。

 それはこけただけでも、むっちゃ痛そうなんですけど!?


 しかし、ヘルプさんは応じない。カニさんを思い出してすっげぇドライサドになってんな。



 仕方なし。

 先が思いやられるが、改めてみんなの顔を見渡した。全員頷いて応じた。

 無論、スーちゃんもだ。


「いきます」


 分岐型のダンジョンの入り方は、入口の魔法陣で念ずるだけだ。



 ワレヲウケイレヨ、と


 見慣れた光が視界を遮り、それが消えた時には風景も立っていた場所も違う所になっていた。


 分岐型の場合、入ってすぐには魔物には襲われない。

 長時間入り口でたむろしてると、遠くにいた魔物が寄って来る事はあるが、それはのんびりしすぎた場合だ。


 ただ、普通はダンジョンに入る前にミーティングを済ませておくのがセオリー当たり前なのだが、今回はメディックさんの情報を話した程度だ。

 まぁ、行くエリアは決まっている。

 ラシードさんが消えた魔法陣のあるエリアだ。


「とりあえずは、マサヨシは待機だ。可能な限り、消耗を抑えろ」


 ケンザンを召喚した俺を見て、カイサルさんから念を押される。

 まぁ、道中はみんなに任せっきりでも問題ないだろう。

 全員の実力は知っているしな。


 あ、いや。そういや、ユリアさんが戦う所は見た事がないな。同じパーティになった事がないので当たり前だが。


 まぁ、クランのトップでBランク。弱いはずもないんんだが、一応注視しておくか。

 ベーススーちゃんから分裂した、レーダー型スーちゃんが俺の肩に乗る。



 以前はダンジョンではレーダー型スーちゃんを常に肩に乗せていたのだが、最近は必要な時だけにしている。

 いや、便利なんだけどね。360度の視覚、聴覚とかになれてしまうと、今度は日常生活に問題が出るのよ。

 後ろから声かけられて、振り返るのってどうやるんだっけ? とか冗談みたいな事に困るハメになったのだ。

 しばらく、レーダー型スーちゃん使わないようにして、なんとか普通の感覚を取り戻したけど。


 それを考えると、やたらと飛ぶエリカの気持ちもわからんでもないか。

 出来るんだからついやっちゃう。

 ……これからは、もう少し大目に見てやろうかな。



 そのエリカだが、ただ一人上空にいる。

 もちろん、これから行く道中に魔物がいるかどうかの確認の為だが。




 エリカ、どんな感じだ?


『いっぱい』


 分かりやすいのは認めよう。だが、詳細をよこせ。


『ガイドさん。スナップショット静止画送って』

『というか、初めからそうするべきじゃったと思うが』


 送られてきたデータを元にスーちゃんが手書きプリント出力でみんなが見れるようにする。

 エリカが空中から降りてきて、みんなと一緒に覗き込む。


「へー、こんな感じなんだ」


 ……一応、お前の視覚情報が元なんだが。確かにガイドさんの補正が入っているとはいえ。


「あら、ブレイディアの群れがいるわね。あれに遭遇するのって結構厳しい確率なのよね」

「おいおい、別の分岐じゃねぇか。食材はまたの機会だ」

「はーい。分かってるわよ」


 カイサルさんがたしなめると、分かってるとばかりにおどけて舌を出すユリアさん。

 俺はあえてクロエさんの顔を見なかった。

 ……しかし、不幸にもレーダー型スーちゃん搭載済みの俺にスキはなかった。


 クロエさんの目の色がやべぇ。

 ヤンデレのヤン度が、今確実に上昇したぞ。


『大丈夫です。ほんの5ポイントです。発動までが100ポイントですから、十分余裕はありますよ』


 うぇーい!?

 そっちもステータスがあんの!? つーか、発動ってなに!?


『まぁ、カイサルが誠意ある行動を心がけている事を祈りましょう』


 非公開おしえてくれないか。まぁ、ロクな事じゃアニメ版スクールないんデイズ最終話だろうな。


 ちなみにデレ度もあるの?


『はい。ただデレ度が上昇すると、ヤン度の上昇にプラス補正がかかりますが』


 何、その鬼仕様! まさか、ヘルプさんの差し金とか、神明組が面白半分に作った仕様とかじゃないよね!

 そもそもなんでヘルプさんがクロエさんのステータスが分かるの!?


『失礼な。これは元からの仕様。つまり正真正銘の神明様が作られた仕組みですよ。マサヨシ様を危険ヤンデレから守る為にと神明組から専用鑑定スキルをもらっていたんです』


 ……えー、神明かみ様。何考えてそんなの作ったの?

 それと神明組グッジョブ。でも、ニーナさんは問題ないのか?


あっちニーナはただヤンでるだけですので』


 それ方手落ちすぎっ!!


 ……とりあえず、俺に出来る事はなさそうだし、これ以上は触れないでおこうか。

 たぶん、それが幸せになれる道だ。非情友人殺しの道歩もうとしといてなんだけどさ。




 色々なものを振り払って、俺もスーちゃんマップを覗き込む。

 エリカの目視情報のほかに、ガイドさんのスキルによる魔力感知でいくつかの魔物の群れが見て取れる。


 目的のエリアまでは2ルートある。

 本来分岐型ダンジョンは枝分かれのみのはずであったが、新しくなったダンジョンではそこに合流という新しいパターンが加わっている。図書館の資料ではそんな例はなく、他の街に資料が隠されているとかではなければ、アルマリスタの三ダンジョンのみ。

 賢者ギルドでもその点は研究されてはいるが……今は関係ない話だ。


 問題はここから見えるルートだと、明らかに片方のルートに魔物の群れが寄っている事だ。

 言及するまでもないが、そっちが近道。


 カイサルさんがその近道を指差した。


「最短ルートでいくぞ。異論のある奴はいるか?」


 そう言いながらも、カイサルさんは俺を見たが、俺は元より全員から景気づけの掛け声だけが響いた。






 移動、または戦闘中も俺は観戦モードだった。

 俺のスキル【特殊:無限契約】により召喚維持コストがゼロなのでスーちゃん、ケンザンを援軍に入れてもよかったが、必要なさそうだし。



 道中はさしたる問題はなかった。

 ……まぁ、俺達の基準ではだが。

 いくらダンジョンの難易度が上がったといっても〈赤い塔〉のゴーレム宮殿のあれに比べればさすがに温い。まぁ、油断していいレベルじゃなかったけど。



 特筆するような事があるとすれば、ユリアさんの戦闘スタイルだろう。

 カイサルさん情報では冒険者ランクBプラスで職業は狩人。

 今まで狩人が職業の人の戦い方を見た事がなかったので、興味はあった。

 なんとなく言葉面のイメージで武器は弓矢かなと思ったのだけど。


 半分だけ当たった。

 矢だけ。弓使ってません。


 収納の魔法具である矢筒から矢を取り出すやいなや、それをブン投げる。

 まだ、接射距離ショートレンジならまだしも、距離おかまいなし。

 しかも、喰らった魔物は矢が刺さるのではなく、ボーリング玉大の穴を空けて貫いていく。あれはリズさんも使うバニシングカノンが乗っている。


「噂は聞いてはいたが、すごいね」


 俺と同じく観戦モードのニコライさんが感想を漏らす。


「あれ、なんです?」

「知らなかったのかい? 彼女は【暗技:投擲】をメインに戦うって話だ。ここまでのものとは予想してなかったけど」


 ……投擲って確か、スリングパチンコで使う鉄球やそのへんの石拾って投げるのがメインってハリッサさんが言ってましたが。


「投擲用ナイフとかないんですか? ジャベリン投擲用ヤリはあったと思いますが」

「あるけど、まぁコストの問題と、それ以上に彼女は食材調達がメインだからね。今は素材無視で戦ってるからああだけど、なるべく傷をつけないように殺傷するのに都合がいいんじゃないかな」


 あ、なるほど。工夫でスキルの有効な幅が広がっているな。

 やはり、固定パーティでは得られないものはあるか。

 といっても、今のアルマリスタのダンジョン事情では野良臨時パーティは厳しいし、……まぁ、無事戻れてからの話だ。


 俺達は次々と魔物を排除して先へ先へと進む。


 一応、素材無視という事にはなっているが、せめてもと思いスーちゃんに魔物の死骸だけは回収してもらった。

 死骸の破損状況は酷くても魔石くらいは回収できるし、それにいらない部分はスーちゃんのご飯兼おやつになるのだ。






「ここですね」


 やる事がないので、名乗り出てマッパー役をしていた俺がみんなを止めた。

 まぁ、マッパーといっても、すでに地図はあるし目的地への分岐を指し示すだけだけど。

 そこは左右が岩場に囲まれた一本道。本来は通り過ぎるだけ。

 ここで挟み撃ちを受けたらそこそこピンチかな? とは思うけど、冒険者ギルド情報では特にこれといって魔物に襲われたという情報はない。


 みんな、足を止めてキョロキョロしてる。

 たぶん誰も声が聞こえないんだろうな。俺も聞こえない。だが……。



『超音波じゃな』

『それもあの国で研究されていたものですね』



 超音波? それが正体?

 でも、俺達には聞こえないぞ?



『そうです。彼らが作ろうとしていたのは音の麻薬まやくともいうべきものだったのですが。幸運な事に余程の資質を持つ人間にしか効果がなく、研究は中止になりました。研究チームは――』



 言わなくていいよ。

 あの国で大した成果もだせずに失敗した研究チームの行く末なんて、リストラ殺されるに決まってる。運が悪い奴はリサイクル五体、臓器流用だろう。


 レーダー型スーちゃんの聴力を利用すれば、あるいは音を捕らえる事が出来るかもしれないが……、試す気にならんなぁ。


 場所はどこだ?


 ヘルプさんへの質問だったが、スーちゃんが岩場の壁面スレスレでポヨンポヨンとジャンプを繰り返してる。


「あそこか?」


 ヴィクトールさんがメイスを携えてそちらに向かおうとする。

 かつての〈海岸〉別荘地下で壁を壊したようにするつもりだろうが、待ったをかけた。


「幻影の壁のようです。普通に通れます」


 監視型スーちゃんから見れば、幻影のカモフラージュに隠された横穴が見えるし、ベーススーちゃんも、幻影の壁を行ったり来たり往復している。



「いくか」



 カイサルさんの合図で全員がベーススーちゃんのもとへ向かう。

 横穴の前の地面には線が引かれていた。穴のサイズだ。横穴の端にぶつからないようにと、スーちゃんの配慮だ。


「ありがとよ」

「ありがとっす」

「便利な子ね」


 みんな、それぞれスーちゃんに礼を述べて中にはいっていく。勿論おれも。






 件の魔法陣へはすぐにたどり着いた。守護者どころか魔物もいなかった。

 報告通りだ。

 魔法陣はすでに起動していた。中に入るだけで転送されるだろう。



 なぁ、あのはなんだったんだ?

 俺に効かなかったら意味ないんじゃないか?


『そんな事ありませんよ。現に貴方はここにいます』


 それは、腕章があったからで――。

 ……つまり誰でもよかった?


『そうです。貴方が聞こえなくても、聞こえる誰かがいれば良かった。ダンジョン外で騒ぎになり、そして腕章を誰かが持ち帰れば。貴方はここへ来ると考えた』


 ……ラシードさん達はつまりは巻き添え食ったって訳か。


『自虐的になるのが貴方の悪い癖です。向こうニホンのことわざにもあるでしょう。風が吹けば桶屋が儲かるという奴です』


 それで割り切れるぐらいだったら、苦労はしないよ。

 でも、そうだな。今はそれで立ち止まってる時ではないよな。


 俺はこれ見よがしにここにも落ちていた腕章を炎撃で燃やした。





「確かに分岐型のものと魔法陣は違うけど、どこに通じているかな?」


 分岐型ダンジョンのものとは違うはずの魔法陣。だけど、先にこれを見たマイアさんが言うように確かにどこかで見たような――。


 俺のそれはひとりごと。しかし、それに答えた人がいた。


「〈赤い塔〉ですね。階の移動に使うそれと様式がほぼ同じです」


 ニーナさんの言う通りだった。

 〈赤い塔〉は俺は一度きりだったし、カイサルさんだって何回もないだろう。あそこはトレジャーハンティング、つまりはお宝狙いがメインだ。

 守護者を倒した後に稀に出る宝箱からは、さらに稀に一生遊び暮らしても目減りしない程の希少レア物も出る。

 もっとも、危険が当たり前の冒険者にあっても、そこはハイリスク、ハイリターン。一攫千金の夢に囚われた人達は、そう長くない内にいなくなる。


 《自由なる剣の宴》には〈赤い塔〉に行った経験のある人間は少ないし、安全重視のクランなので、だいたい上位ランク付き添いで低階層の見学ツアーをする程度だ。


 まぁ、何が言いたいかと言うと。


「よく覚えてたね、ニーナさん」

「賢者ギルドには各ダンジョンの魔法陣の研究チームもいますので」


 そんな研究もしてるのか。


「まぁ、先日スーちゃんのチームに吸収されてしまいましたが」


 何してんの、スーちゃん!?

 しかし、スーちゃんは胸を張るようにぷにっと伸びた。


「まぁ、ダンジョン学という新しい分野の開拓者ですからね。合流したほうが効率が良かったかも知れません」


 ……ダンジョン学って何?

 スーちゃん。キミ、何か俺の知らない所で暗躍してない?


『彼女は、貴方に事が優位に運ぶように最短距離でフラットに行動しているだけですよ。貴方に見える見えないに関わらず、


 最後のに、これ以上聞いたら制裁レベル2が発動するくらい好感度下げるぞ、という圧力を感じたので、追求しない事にしました。


 ああ、そうだった。

 俺はスーちゃんには『はい』か『イエス』かの人だった。



「少し手を加えられてますね」


 声から眉を潜めるような感じだが、ニーナさんの前髪のせいで眉見えない。


「罠って事?」

「まぁ、可能性はいくつもあると思いますが、その可能性は高いと思われます」




 さ・て・と。



「賢者ギルド長の見解はこうですが、俺はこの魔法陣に入るつもりです」


 元々、罠以外の可能性は考えられなかったからな。

 超音波の件でなおはっきりしたし。



「ここにいる面子パーティメンバーは、ユリアさんを除いて〈赤い塔〉30階攻略組。ユリアさんにしてもここまでに見せて頂いた実力から、決して劣るものではないと考えています」


 ユリアさんについてはお世辞抜き。ここにいるBランクならトップじゃないかな。ハリッサさんなら五分近い戦いできそうだけど、なにぶん気分屋だからなぁ。


「すでに皆さんの覚悟は聞いています。だから、来るなとは言いません。ですが、これが〈赤い塔〉への魔法陣なら帰還石は使えません」


 恐らくそれがラシードさん達が戻って来れなかった真相なんだろう。

 別のダンジョンに繋がってるなんて、この世界シードワルドの常識で考えられるかよ。


「〈赤い塔〉への魔法陣といいましたが、果たして何階・・に転送されるのか分かりません。

 ……無駄を承知で言わせてください。命が惜しいと考えるなら帰還石を使ってください」


 ……うん、無駄だった。微動だにしねぇ。


 俺は深く々々、ため息をついた。

 そして苦い笑いを浮かべた。


「仕方ありませんね。……入るクランを間違えたかな?」

「もう、手遅れっす!」


 あっかいとう~、あっかいとう~♪ と毎度なテンションのハリッサさん。


「その様ですね、では」


 全員の表情は確かめなかった。多分想像通りだろうし。


「行きます!」


 宣言と同時に俺とみんなは同時に魔法陣に侵入した。


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