66.命のわがまま
66.命のわがまま
とりあえず、道端では目立ちすぎるので近くの食事処に入る事になった。
ダンジョン入口近辺の店は大抵、奥に防音仕様の大部屋がいくつかある。
ダンジョンに入る前のミーティングを行うパーティの為だ。
部屋を借りるだけでも結構な値段なので使う層は限られてるけど。
俺達の案内された部屋も巧妙にカモフラージュされてるが、防音効果のある魔法具が設置されていた――とのスーちゃん情報。
楕円状のテーブルの中央には果実のジュースと思われるものが入った、大型のドリンクボトルと、空のグラスが多めに籠の中に逆さに詰められている。
とりあえず、皆が好き勝手に席に座りグラスにジュースを注いでいく。
俺も半ば強制的に座らされた。おまけにジュースもどんと置かれた。
いや、別に逃げるつもりはないんですけど……。
スーちゃんは俺の膝の上。いつもの足元ポジションじゃないのは、カイサルさんに殴られた俺の頬を冷やすために、分体を出した為だ。
今後出番があるか分からないが、熱さまシート型スーちゃんと名付けた。
ひんやりして、痛みが和らいでいく。ちなみに逆にあっためる温シップモードにもなれるそうな。
さてさて、俺が熱さまシート型スーちゃんのありがたみを感じている間にも、皆の視線が鋭くなっていく。
……ここでボケたら、さすがに
特にカイサルさんは
ただし。
カイサルさんが口を開く前に俺は手で制した。
「始める前に重大な質問があります」
「なんだ?」
「カイサルさん達、パーティーメンバーがいるのは分かります」
ここまではまぁ、よしとする。問題は――。
「何故に、そこのお二人がいらっしゃるのでしょうか?」
《御馳走万歳》のトップである
そして、冒険者ですらないお馴染み賢者ギルド長
「勿論、私もいくからよ」
ユリアさんが胸を張って応えた。なかなかのボリュームです。
といって、胸に見とれてはいそうですかという訳にはいかない。
……まぁ、それにぶっちゃけ、
それはおいておくとして。
「仇討ちのつもりですか?」
ユリアさんのクランは主力パーティを二組失っている。
クランとしては解散の危機に陥りかけたほどのダメージだったし、当然そのパーティメンバーとは知らぬ仲という訳ではないだろう。
だが、ユリアさんに悪いがそれではダメだ。
「悪いですが――」
「勝手に理由を決め付けないでちょうだい」
例によって俺の表情が読まれたようで、あっさり遮られた。
熱さまシート型スーちゃんの応用でマスク型スーちゃんとか無理かなぁ。ちょっと表情読まれすぎだよな、俺。
「確かにクラン員達の仇。そんな気持ちはあるかもしれない。
でも、私達は冒険者よ。ダンジョンでの死は受け入れなければならない。でなければ、冒険者ギルド登録証を返上すべきよ。
ただし、それは本当にダンジョンで起きる範囲内での出来事で死んだ場合。
戻って来なかった二つのパーティのリーダーは、共にクラン設立の宣誓書に印章を押した仲間。対外的にはトップは私という事になっていたけど《御馳走万歳》は三人が率いるクランだった。
私は残された一人として、他の二人がダンジョン以外の何者かの意思によって害されなかったか見極める。それが、一人残された私の義務だと思ってるわ」
むー、めんどくさい。
「
「そうね……。『必ず生きて戻る』 私の目を見て言える?」
……うぇーい。
お手上げ。
今度はニーナさんだが、そちらをチラ見してからカイサルさんにたずねる。
「なんでニーナさんがここにいるんですか?」
「一番先にあの場所で待ってたのは賢者ギルド長だったんだ。それにお前だったら拒否できるのか?」
目で合図され、仕方なくニーナさんを見る。
いつもどおり髪で顔のほとんどが見えないが、周囲の空気がなんかのたくってるというか、彼女の後ろの壁のシミが顔みたいに見えて動いてるように見えるし……。
え? 本当に動いてるって?
スーちゃんの指摘に、俺は前言撤回して逃げ出したくなった。
「
「
俺の視線にカクリと首を傾げるニーナさんだったが、周囲の空気が一瞬だけ怨嗟を、呪いの言葉を吐いているような顔が浮かび上がって消えた。
どうやら、ニーナさん。お怒りモードが入ってるようです。
……ただ。
実は迷ってはいたのだ。
一つ思いついた事があったのだが、ヘルプさんの試算によると最も成功率が高いのがニーナさんだったのだ。
まぁ、結局賢者ギルドの長を危険にさらすのはあれなのでお流れになったのだが。
ねぇねぇ、賢者ギルドさん。お宅のマスターさぁ、フリーダム過ぎない?
カイサルさんがテーブルに例の腕章を置いた。
「これの意味が分かっているんだよな?」
それは質問ではなく、確認。
「それは衛生兵を示すものです」
「エイセイヘイ?」
カイサルさんが聞き返すのも無理はない。
「俺達の世界で兵士であり医者でもある存在です」
いや、ぶっちゃけ厳密には違うのは分かってるが、ここにはグーグル先生は存在しないのだ。俺だってそのあたりは詳しい訳ではないのに詳細な説明なんて無理。
メディックって英語名をしってたのだって、
「兵士でもあり医者でもあるって。危険じゃないのか? それとも
「医者の概念がこちらと違うんですよ」
こちらで医者といえば、高度な治癒魔法スキル所有者だ。
たいてい、職業が治癒魔術師だが、仕事としての医者は一応治癒魔術師以外もなれる。ただし、免許制で試験があるらしいけど。
「向こうとこちらの違いはまたの機会として、エレディミーアームズの中で元衛生兵の人がいたんです。
通称メディックさん。メディックとは衛生兵を意味する、かつて俺が住んでいた国とは別の国の言葉です。
……そして、そのメディックさんですが、
いえ、行方不明
「……死んだ訳ではないんだな?」
「俺はそう思っていましたが」
俺はテーブルの腕章を持ち上げて、手を離した。
【火魔法:炎撃】
腕章はテーブルにたどり着く前に灰となりバラバラとなった。
「
これが偶然な訳がない。俺に来いというメッセージです」
「ふむ」
カイサルさんは眉を潜めて、灰を手のひらでテーブルから払った。
……勢いに任せてやったけど、店の人の迷惑だったな。反省。
「まぁ、それは分かった。
分からないのは俺達を置いていこうとした事だ。
俺達が己の力量を超えたマネはしないというのは、ミスリスゴーレム戦の実績だけでは不十分だったか?」
人の善意を踏みつけるのは心が痛い。特にはるかに年齢でも経験でも下の俺に対して、そんな事を口に出来てしまう心遣いは。
「これから俺がダンジョンに入って行うのは、メディックさんの救出ではありません」
「なに?」
カイサルさんだけじゃない。他のみんなもけげんな顔をしている。
ここだ。ここを勘違いしている。
当たり前だ。みんなメディックさんを知らないのだから。
「待て。そのメディックさんとやらはお前の
「そうです。仲間です。親友だったんですっ。そいつを俺はこれから殺しにいくんです!」
「待て待てっ。落ち着け」
カイサルさんは片手で俺を制しながら、もう片方の手で頭を書く。
「そいつは味方なんだろう? 拉致されているだけなんだろう? だったら――」
「そう、拉致され悪魔に乗っ取られています、ほぼ確実に」
「………………」
「悪魔に乗っ取られたエレディミーアームズは、意識を除いて自由を全て奪われます。
まだ、十装の魔獣のような小型の兵器ならいざしらず、メディックさんは一センチオーバーのエレディミーコアを持つセンチ組。センチ組は
そして、何より問題なのはメディックさんが持つ個性です」
俺は語った。メディックさんの個性を。
初め、みんなはけげんな顔をしていた。意味が分からなかったのだろう。
うん、分かる。
反則過ぎるんだ。
エリカの絶対矛盾の元となった個性『物質の相対位置固定』すら、霞んでしまうほどだ。
「こんなのを救出なんて言ってたら、確実に自殺と変わりません」
しばらく沈黙が続き、それからハリッサさんがポツンと言った。
「……それって無敵って事じゃないっすか?」
遠慮がちな質問に俺はわざと気怠げに頷く。
「普通の基準ならそうです。ですが、それならエリカも同じ事。俺もエリカもメディックさんもセンチ組。どれもバケモノ。
ならば、後は個性の相性と、発生する有利と不利をどう補えるかになります。
カイサルさん。
億劫そうに、迷惑そうに、口にした。そう努力した。
これからもっと辛い思いをしに行くんだ。この程度は耐えれなくてどうする。
カリカリと頭をかいたまま、カイサルさんはポツリと言った。
「つまりはお前でも勝てるかどうか分からない。そんな相手って事か」
「認めます。そんな相手です」
「お前の敵は一人だけなのか?」
「え?」
「相手がいるのはダンジョン。当然、魔物だっているだろう。問題の魔法陣の転送先にも魔物なりトラップなりあるだろう。その戦闘での消耗を無視するつもりか?」
「それぐらいなら――」
「確かにお前とスーちゃんなら辿りつけるだろうよ。だが、お前。ただでさえ、勝てるかどうか分からん相手なんだろう? 本当に相手は悪魔に乗っ取られた奴だけか? 他に戦力がいないとどうして言える?」
痛い所を突かれた。
そう、カイサルさんは正論を言ってる。
だからこそ、置いていくはずだったスーちゃん以外の契約魔物も結局戦力となってもらう事にしたのだ。
そして、その理屈で言うのなら、当然カイサルさんに手を借りるというのもアリという事になる。
「どうした、マサヨシ? 何か言うことはないのか」
ここは戦場なんかじゃない。しかし、俺は追い詰められていた。
「……
襟首を捕まれ息がつまった。俺を殺すような勢いでカイサルさんの手が襟首を絞めていく。
「なめんなよ、このガキ。俺達の命を手前一人で背負えるとでも思ったか。
他人の命なんて背負えて一人がせいぜいだ。軽く考えるんじゃねぇ。
だから、冒険者は自分の命の責任は己自身が背負うんだ」
そんなの詭弁じゃないか。
「どんなに言葉を飾っても、失われた命は俺を苛むんだ! 嫌って程経験したんだ!」
今でも記憶から消えない。
俺を締め上げていた手が緩んだ。
「……そうかもな。たがな、置いていかれた奴の気持ちはどうなる」
俺は歯をかみ締めた。
それも知っているからだ。
最初で最後の反乱の時、俺は施設型であるが故にただ待つだけだった。戦ってるみんなが送ってくるデータをただ見ているだけだった。
歯がゆかった。望んでなったはずのないエレディミーアームズなのに、なぜ施設型なのか呪った。
「孤独になろうとすんじゃねぇ……。俺達はいつだって、お前の傍にいるぜ?」
ニコライさんが微笑んでいる。
ハリッサさんは変な顔。多分表情を作ろうとして失敗したんだろう。
ヴィクトールさんは目をつぶって腕を組んでいる。俺が襟首を掴まれた時、一瞬犬耳が激しく痙攣したあたり、心配かけたろう。
ニヤっとしているリズさんの胸は薄いままだ。
クロエさんだけは特にこれといった表情を浮かべていない。カイサルさんの判断次第といったところか。
ユリアさんは我関せずといった感じだ。自分は別枠と割り切ってるのだろう。
俺は一つため息をつく。
「俺は……臆病ですか?」
「相当、な。まぁ、聞いた話からしても当然だろうが。
第二の人生なんだろ? 新しい生き方もありだろう?」
……そんなもんかな?
「お二人とスーちゃんだけで入った場合、
なんか、良い雰囲気でまとまりそうなところ。
結局、最後の決め手となったのは、背後に見えるのがいよいよ
もう、この人も
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