65.覚悟の形
65.覚悟の形
気付けば夕刻。
ハウスさん家にいるのは俺とエリカだけだった。
てっきり腕章の事を問いただされると思っていたが、あの後、すぐに解散となった。
みんな何か言いたげだったが、カイサルさんが半ば強引にハウスさん家からみんなを押し出すような感じで。
ただ、今後追求はあるだろう。あの場で問いただした所で俺が何かを口にしないだろうと判断したのだろう。
俺が自室のベッドで横になると、顔の横にスーちゃんがやってきた。俺はスーちゃんを顔の真上に持ち上げる。
俺が間違ってたのかな? ロストした時、メディックさんを探すべきだったのかな?
俺の
『恐らく、メディックもあの同士討ちの最中に乗っ取られていたのでしょう』
『そうだな、恐らくあの戦いに参加させず温存しておったと見るべきじゃろう』
ヘルプさんはともかく、ガイドさんまで話に入ってきて何事かと思ったらドアが開いた。
寝巻き姿のエリカが部屋に入ってきたのだ。
「……メディックさんと戦う事になっちゃったね」
「ああ、きっついな」
エリカはメディックさんを助けようとは言わなかった。
助けるなんてぬるい考えでどうこう出来る相手じゃない。
そして、エリカはかつての味方であっても敵対するなら、ためらいなく切り捨てる事の出来る
エリカが俺のベッドにのぼってくる。
おい、シングルベッドに二人はきついんだが。
顔と顔が近すぎてスーちゃんを置いてブロック。
「私がメディックさんを殺すよ」
たぶん、俺を心配しての言葉だろう。
それにエリカならメディックさん相手でもメンタル的なダメージはほぼない。
だが、即座に却下した。
「お前とメディックさんじゃ相性が悪い。俺の援護に徹してもらう」
エリカはエレディミーアームズの中では戦闘行為においては最強と言っても過言ではない。だが、エレディミーアームズで最強という訳ではない。
個性同士に相性があるからだ。
それにエレディミーアームズの一部を抜き出して最強を論ずるなら、個性の反則度において最強は間違いなくメディックさんだろう。
あれ以上の反則があってたまるか。
「
以前なら、聞くまでもない事を聞いてくるのは、みんなとのコミュニケーションがうまく行っていた証拠だろう。
こんな時に実感するのはあれだが。
「……ああ。さすがに今回はな」
対メディックさんになるなら、正直カイサルさんを含めた
個々の強さ以前の問題だ。エリカが相性悪いのと同じ理由なのだ。
ならば、無駄に危険にさらす訳にもいかない。
もっとも、スムーズに俺達だけでダンジョンに入れるとは思っていないが。
………………。
おい、まて。
「何をしているんだ、お前」
「ん? 脱いでいるんだけど」
言葉通りにエリカは半身を起こして寝巻きの上着を脱ぎ捨てていた。
うむ。とりあえず、見た目は日本人だが、やはり中身はドイツ人だ。出るところは出ているとだけ言っておこう。
「……何故に?」
「決戦前夜の男女ってセックスするもんじゃないの?」
「それ、誰から聞いた?」
「カニさんだけど」
『ああ、あのゴミの被害者がここにもいましたか』
ニーナさんクラスの凄まじい呪いのこもったヘルプさんの
カニさんとはエレディミーアームズのセンチ組。他脚工作車輌だ。
見た目がカニに似てるのでカニさん。
命名者はいつも通り俺。本人以外の苦情は受け付けない。
重度の
『そもそも私の
まぁ、それだけ惹かれたってだけだと思うけど。求婚までいかなくても、実はエレディミーアームズでヘルプさんのファンは多い。……男女問わず。
ちなみに件の外見は上半身が人間で下半身がクモ。何気にエキゾチックで格好良いと俺でも思ってるからな。
『やはり、
うぇーい!?
なんか、ヘルプさんの思考が物騒な方向にいっちゃってる!
ストップ、ストップ!
後エリカ、何気に下も脱いでんじゃねぇっ!
ガイドさんも止めろっての。
俺はエリカをベッドから蹴り落とした。
「マサヨシ、ひっどーい。女に恥をかかせるつもり?」
「お前、言ってる意味分かってないだろ。いいから自分の部屋に帰れ、明日朝イチで出るからな」
「ぶー、分かった」
「すっぽんぽんで部屋出るんじゃねぇ! 服着ろっ、服!」
なんとかエリカを追い出し、俺は本格的に寝るためにベッドに入った。
なにせ、情報が少ないので、作戦もロク立てられない。
出たとこ勝負だ。
ただ、その前にやる事が一つ。
俺は予め用意しておいたメッセージを契約ネットワークに流し、それから眠りについた。
翌朝、俺はすぐにハウスさん家を出るため部屋を出た。
いつもは寝ぼすけなエリカも準備万端の状態で廊下に出ていた。
二人でエントランスに下りて、玄関のドアを開けた。
うぇーい。
……予想してなかったかといったら、やりかねんとは思ってはいたんだが。
アルマリスタの街並みがあるはずのそこは、ハウスさん家の裏庭だった。
やったのは当然、ハウスさんだろう。
そこに居並ぶスケルトンアーミー、クマ軍団、武具ズに家具ズまでいる。
ただ、スケルトンアーミーが全員白装束を纏い正座状態。
さらにはニホンでお供え物とかにつかう木の台――スーちゃんによると
全員の視線が俺達に集まる。
「あのな、お前ら。まず言っておく」
ギンという擬音が似合いそうな不退転の決意の視線を受けながらおれは言った。
「死に装束は襟が左前だ! お前ら逆!」
あわあわと左右を入れ替えるスケルトンアーミー。
切腹の入れ知恵は、ハウスさんだろうが、さすがに着物の左前までは分からなかったらしい。
つーかな、お前ら骨のくせにどうやって切腹しようってんだ?
とりあえず、スケルトンアーミーの着衣が整うまで待ってやった。
「これは、俺のメッセージに対する異議申し立て。そう取っていいんだな?」
うなずく一同。
昨夜、俺は契約魔物達にメッセージを送った。
今度の戦いでは契約魔物はスーちゃんしか
そして、ケンザンとの契約はゲートさんに移す事。これは、俺と直接契約してると、ケンザンが勝手に出てきかねない為だ。元々はハウスさんに契約を移動するつもりだったのだが、普段自己主張しないゲートさんが珍しく申し出たので、そうしたのだ。
まぁ、これで大人しく納得してくれるとは思ってなかったが、まさかこんな時代劇まがいのサプライズは予想してなかったよ。
一つため息をついて俺の想いを正直に述べる事にした。
馬鹿々々しいやり方ではあるが、こいつらの覚悟は見せてもらった。
ならば、俺も誠実であるべきだろう。
「お前らは俺の契約魔物。時として死の危険をともなう場面でも召喚する時もある。そしてその結果、死んだとしても俺は悔やまないだろう。
それが召喚契約だからな」
だからこそ、召喚契約は召喚者、被召喚者のどちらからでも契約解除出来るようになっている。不当な扱いに対するセーフティーだ。
「だが、今度の戦い。恐らく、俺達の敵に対してお前達が出来る事といったら、敵の的になるくらいだ」
そう
あえて言うなら、ケンザンならそう簡単に死なないだろうが、それでも
そして、その事はこいつらも知っているはずなのだ。
昨日送ったメッセージにメディックさんについて、俺が知りえる限りのデータを添付しておいたのだから。
「分かってるのか? お前ら無駄死にになるんだぞ」
クマさん軍団はひと目で分かるが、スケルトンアーミーにしても
アンデットという概念は地球のもので、
スケルトンは骨の形をした魔物で、そういう生物なのだ。武具ズ、家具ズにしても同様だ。
俺の言葉に彼らは揺らがない。
イラッっときた。
「俺に、お前らに死ねって命じさせたいのか?」
俺の数奇な人生の中で、こいつらとの付き合いはかなり短い。
それでも、裏庭に放置してたら勝手に
……さっき言った言葉には嘘がある。
こいつらの死が無駄死だろうがなかろうが、きっと俺は悔やむ。
とっくに情なんて移ってる。
突然、裏庭の一角に紫電が落ちて轟音を響かせる。
やったのはケンザンだ。
何のつもりだ。ゴブリン達もびっくりしてるだろう。
ほら、エトムント村長が駆け足でこっち来てるし。
しかも、俺の魔力でやってんじゃねーよ。自分の魔力で――。
……俺の魔力?
なんでこいつ、俺の魔力が使えるんだ?
もうこいつは俺直下の契約魔物ではないんだぞ?
契約はゲートさんに移したはず――
俺は慌てて【無:ステータス解析】を使った。
やられた!!!
思わず、集団から少し離れた場所にいたゲートさんをにらみ付ける。
奴に顔があったら、してやったりとした表情だったろう。
昨日、確かに契約を移したはずのケンザンの契約が、いまだ俺との直接
契約のままだ。
そうか。どうりでケンザンの契約を移すと言った時に名乗り出たはずだ。ケンザンにしてもその時、大人しかったので不審に思いはしていたが。
契約の偽装だ。すっかり忘れていた。
ドラゴン族と直接契約を避ける為に、ゲートさんに【契約魔法:権限委譲】を使って多くの権限を委譲し、ドラゴン族と契約してるのはゲートさんだが、ドラゴン族からは俺と直接契約してるように見えるよう偽装した。ゲートさんに委譲した権限はそれっきりそのままだ。
そして、今度はケンザンの契約を偽装されたのだ。
ゲートさんに契約を移したように見せかけ、実は俺と直接契約のまま。
なぜ、ゲートさんがこんな事をしたか?
決まってる。ゲートさんも
「いやいや、あのな。今回ばかりは
「それでもなお、彼らはあなたについていく。そういう覚悟があるのではないですか?」
その言葉を発したのはかけつけたエトムント村長だった。
早足だったせいか、やや息切れしている。
「そもそも、契約魔物を置いていくとなれば、スーちゃんも置いていくのが平等ではないですかな」
「え!? いや、それはちょっと」
だって、スーちゃん抜きだったら、俺戦えないし。
何より、生きるも死ぬもスーちゃんと一緒って、
「マサヨシ殿は優しい。じゃが、彼らの覚悟をないがしろにするのはどうかと、この年寄りは愚考いたしますじゃ」
……ここでスーちゃんに意見を求めるのは卑怯だろうな。
基本的にスーちゃんの意見なら『はい』か『イエス』しかないし。
俺は空を見上げた。裏庭にも空はある。基本的に外界と気象や時間を合わせている。
同じ空の下にいる
「俺は。俺の手は血に汚れている」
「これ以上。血にまみれるのはごめんだ」
そして、裏庭に集った
「だから、死ねなんて言わない。見苦しく足掻いてでも生き残れ。この戦いに!!」
裏庭に、歓声のような何かが響き渡った。
……ま、とりあえずスケルトンアーミーは死に装束脱げや。
色々あったが、無事ハウスさん家を出た。
さすがにスーちゃん以外は連れ歩く訳じゃなくて現地召喚。
このまままっすぐダンジョンに……行けるわけないよな。
アルマリスタの四つのダンジョン。〈赤い塔〉を除く三つの分岐型ダンジョンは位置こそ別々だが、そこにたどり着くには必ず通らなければならない
一瞬、意識がブラックアウトした。
原因は分かっているので、無理に姿勢を保とうとせず、怪我をしないようゆっくりと地面に倒れる。
「殴られる理由は分かっているよな?」
「……一応は。ただお代わりはご遠慮願いたいのですが」
カイサルさんの後ろに、ヴィクトールさん、ニコライさんと
さすがに全員やられたら、俺死んじゃうって。
うん、やっぱ
俺の契約ネットワークに悲鳴とブーイングが飛び交った。
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