59.音実る裏庭
59.音実る裏庭
ハウスさん家の裏庭の一角。
即興で作ったというには、舞台屋さんが泣きそうな青天井の
ハウスさん家の裏庭は天候もある程度操作できるので青天井でも問題がないのだ。
……というかね。いつの間にか、ハウスさんに実績項目がついてた。
『職人を泣かせた』
いったい、どなたを泣かせたのか、怖くて未だに聞けてない。
まぁ、それは置いておいて。
観客席にはゴブリン族、俺達こと《自由なる剣の宴》の裏庭に入れる面子。ついでにユリアさん。
本当は《御馳走万歳》が食材専門クランという事で、裏庭に招待して畑に案内するはずだったのだが、なぜか中央舞台にいる連中がやらかす事を待っているハメになっている。
まぁ、ユリアさんも興味深々なところは助かってるが。……というか実は俺も興味ある。他には家具ズ、手の空いてるスケルトンワーカー。スケルトンアーミー。出番がまったくないアウターアークスケルトン。空には武具ズがふよふよ。クマ軍団はさすがにサイズがサイズなので地面にじか座り。
なかなかにカオスな光景である。
俺は放任主義なので、基本的に契約魔物は裏庭で好きにさせている。
ただ、基本放置してるせいで、たまにこういうサプライズがある。
裏庭住人による演奏会。
元々は
実は
まぁ、この辺は例によって、スキルとか魔法具とかの便利存在による弊害なんだろうが。
俺も俺で、普通に録音の魔法具でも買ってこれば良いのに、事情が分かってなかったから五線譜なんか渡しちゃったんだな。
まぁ、作ったのはハウスさんだが。
だが、ミューゼスフラワー達は首を――いや花というべきか? とにかくそれをかしげて、不思議そうに手に――じゃない葉にとって、お互いに五線譜を見せ合っていたが、使い方を尋ねてきた。
この時になって、俺は事情を理解したのだが後の祭り。
俺は
……もう、この状態で録音の魔法具用意してもなぁと思って、スーちゃんとハウスさんに任せた。――今考えると
五線譜とペン、インク、譜面台とか、小道具はハウスさんが、
裏庭の一部とはいえ、そんな事をしてれば他の住人が気にしない訳がない。
気付けば、多種族混合の楽団が出来ていた。ついでに舞台まで。
スーちゃん、ハウスさん。もうちょい自重しようよ。
そんでまぁ、たまたまそのファーストコンサートと、ユリアさんに裏庭の畑を案内するのがバッティングしちゃった訳だ。まぁ、スルーするのもあれなので拝聴する事になったのだ。
ちなみにミューゼスフラワーだが、一応根っこを足代わりにして移動が出来るが、配置は舞台前にある、学校とかにありそうな花壇を思わせる土が露出しているスペースに根を下ろしている。やはり植物の魔物なので土の上の方が気分が良いそうな。
そして、
なぜ、ハコさんが指揮者なのか。
当たり前かも知れないが、裏庭楽団に指揮経験者がいなかったからである。
じゃぁ、なぜハコさんがやるのか。
音楽系指揮スキルを持ってたからである。それも【音楽:黄金のタクト】という、指揮スキルの上位バージョンを所持していた。
なぜ、ハコさんがそんなものを持っていたのか。それはハコさんも知らない。
進化前から持っていたそうだが、使った事なかったとの事。
【無:ステータス解析】でハコさんのステータスを改めて見たが、良く見たらスキルの内容がえらい事になってた。まぁ、本人が知らんそうなので、取得経緯は不明だが、たぶんユニーク個体だったんだろうな。
ハコさんが、指揮棒を上げる。
うぇーい。
微妙に指揮棒が発光してる。もう、普通のコンサートになる気がしねぇ。
そして、心揺さぶる音の波状攻撃が始まった。
まずはミューゼスフラワー達の陽気なメロディーを軸として、舞台の弦楽器、管楽器が彩りを作っていく。弦楽器はスケルトンワーカー、管楽器はゴブリン族と人族だ。
なぜ、人族がいるのか。
彼らは犯罪奴隷として、裏庭に監禁されている。
彼らの正体は、リガスのクランであった《オモイカネ》の元クラン員。その中でも、ゴブリン村の一件に関わっていたものの、死罪は重過ぎるという連中だ。
ゴブリンの存在を知っている為、普通の犯罪奴隷と同じ扱いにする訳にもいかず、裏庭の労働力になっている訳だ。
何かあったら、最悪スケルトンワーカーに殺傷も許可してたんだが……。
その奴隷のリーダーは楽しそうにトランペットを吹いている。他の奴隷達の顔もみんな笑顔だ。
……いらぬ心配だったようだ。
まぁ、リガスのクランにいたからといって、根っからの悪党であるとも限らんしな。
今度、アルマリスタの法の触れない範囲で、何か要望があるか聞いてみるか。
曲のトーンが変わった。
が、何か変だ。不協和音?
しかし、それは絡まった紐が解けたように、一つの流れへと収束していく。
ハコさんのスキル補助があるとはいえ、よくまったくの素人集団がここまでやるなぁ。よっぽど練習したんだろう。
そして、ミューゼスフラワーの本気がここで出る。彼らの陽気なダンスに本来静粛であるはずの音楽鑑賞の雰囲気が一気に浅草サンバカーニバルなものになる。
そして、やるとは思っていたが、ハリッサさんが彼らと一緒に並んで踊っている。そして、予想外だったのが、リズさん&エリカだ。いつの間にやらそろいのシャツとパンツで踊っている。
「もしかして、カイサルさんは知ってました?」
「ハリッサがやるなら、内緒だったに決まってるだろう」
「確かに」
頭をかいて面白がってる風のカイサルさん。
本来なら、クラン員の勝手を怒るべきだろうし、もしかしたらユリアさんの視察にコンサートをぶつけたのかも知れないが――。
「女ばかりでつるみやがって」
「まぁまぁ、次回に期待しましょう、団長」
ニコライさんがとりなすが、彼も興味深々だ。
ん? ヴィクトールさんが眉をひそめてる。
「どうしました?」
「ああ、いや。リズの奴が何か落としたんだが」
「え?」
………………。
「見なかった事にしてあげて下さい」
「そうね。いい男は時には目が不自由であるべきよ」
ユリアさんも、あれがなんなのか気付いてフォローする。
そして、気付いていないヴィクトールさんはけげんな表情だ。
リズさん。激しい動きするときは
服に縫い付けるというのも一つの方法だが、さすがにプライドが許さなかったのだろうか。
さて、曲調がゆるやかなものになる。
スーちゃん情報によると、普通はだいたいここらで休憩を挟むらしい。
理由は譜面の文化がないこの世界では、奏者の記憶力頼りだからだ。
レパートリーも少ないのが普通。
まぁ、それでも娯楽の少ないこの世界では食っていく分には不自由しないらしい。
地球じゃ、楽団なんて超一流を除いて貧乏ってイメージだが、偏見かなぁ。
曲に鳥の鳴き声が混ざる。ミギー&ヒダリーだ。うまく曲に鳴き声を乗せているあたり、あいつらも『奏者』なんだろう。
そして、『花壇』の前には2組の集団。それぞれ男性と女性。
一瞬曲が止まる。
それを合図に
そして再開される曲。
歌唱男性陣はエトムント村長と幹部の村人。後、奴隷が一人。
女性陣は二人。一人は普段の実用性重視のメイド服ではなく、ドレス風にアレンジしたそれでもメイド服なハウスさん。
初めて会った頃のハウスさんは意思のやりとりしか出来なかったが、本来メイドハウスさんは人との対話の為のコミュニケーターだ。声を出す事だって可能なのだ。
正直、歌う練習をしているハウスさんを見たかった気もする。
もう一人ははじめて見る人だった。でも、誰か分かってしまった。ちなみに服は割烹着。微妙に露出が高いのは文化祭の出店で使われていたものだからだ。
ハウスさん、俺の
で、割烹着の少女というよりも子供というほうがしっくりくる彼女の正体はアースさんだ。最近、自我が安定しだしていたが、分体を作れるようになっているとは知らなかった。
元々彼女はゴブリン達に好意的だったが、コミュニケーションがとれるようになるとより親密になれるだろう。
……ただ、普段着もまさか割烹着とかじゃないよな? いや、きらいな訳じゃないけど。
「あのメイドだけじゃなくて、あの女の子も精霊よね?」
ユリアさんがアースさんを指差して聞いてくる。
「分かるんですか?」
「食材用の魔物の中には、他の魔物に擬態するものがいるのよ。
「……それ、本当に食材になるんですか?」
「硬いのは外側だけ。
……カニみたいなもんか。ちょっと想像出来ないけど。
「私もそういった魔物がいるとしか知らなかったけど、〈幻想草原〉に出る場所があるから、一緒に狩りにいく?」
「ぜひ!」
カニかー。この世界にポン酢ってあったっけ?
ん? ほぼ似た味のならある?
さすが、スーちゃん。
え? ハウスさんから聞いた?
内緒で地球の調味料を再現する研究してるって?
……あの人は、まったく。
なになに? もし、地球の味が恋しくなった時の為に、すぐに差し出せるようにする為だから怒らないで欲しいって?
………………。
うん、怒らないよ。
「こらこら、お二人さん。そろそろ大詰めだぞ」
ユリアさんと話をしていたら、苦笑しながらカイサルさんから注意を受けた。
俺とユリアさんはお互いに顔を見合わせ首を竦めて、舞台に集中する。
ちなみに
少し涙目なので、生暖かい目で見るだけにしてあげよう。
さて、カイサルさんのいうようにコンサートは大詰めっぽい。
クマ軍団の一匹が、この世界には確実にないであろうドラムセットを派手に鳴り響かせる。ちなみにスーちゃん経由でドラムセットをズームするとYAMAHAと書いてある。
後で、ハウスさんにあれはブランド名だと教えておこう。
ヒートしてるのはクマだけではない。舞台の上の奏者全てが想いを込めて奏でる。
本職の楽団には拙く聞こえるかも知れないが、俺には形こそないが、素晴らしい宝に思えた。
ミューゼスフラワーは演奏ではなく、本職(?)の踊りに専念している。
ダンジョンでは
例によって、ハリッサさんとエリカもそこに並んでいる。
そして二人が勢いをつけてトンボを切り、空中でタッチをして着地をした瞬間、曲が終わった。
指揮台のハコさんが振り返り、一礼。
瞬間、この世界にスタンディングオベーションなんて概念があるか分からないが、ほとんどの観客が立ち上がり拍手を惜しまず。
そして、奏者たちもはじめてのコンサートの成功をお互いに称えあっていた。
……
□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□
「
ユリアさんは、見渡す限りの畑を見て感嘆の声を漏らす。
畑の規模は、俺がはじめてゴブリン族の村に入った時よりも大幅に拡張されている。
アルマリスタの需要に対応する為だが、商人ギルド長ラヴレンチさんは、さらに先を見据えている。
他の街との貿易の品目に加える事を考えているらしい。
なんでも、ここの作物は手を加えなくても、ダンジョン産の作物よりも日持ちがするらしいのだ。
何故かは不明だったのだが、ひょんな事から答えを得た。
「そりゃ精霊の加護のおかげに決まってるじゃない」
当たり前のようにユリアさんが言った。
「最近、精霊の加護付きの野菜が出回ってて気になってたのよ。産地がどこか聞いても誰も知らないし、流通させている商人ギルドの口は固いしで。
まさか、精霊の宿る大地で栽培してるなんてね」
確認の為にアースさんに聞いてみると、自我が安定する前から土地を肥沃にしたり、土壌の撹拌。ゴブリン達が食べやすく栄養価も高くなるよう、品種改良までしてたらしい。
地球の味を知っている俺ですらうまいと感じたのも道理である。後、収穫のサイクルも通常の作物より早いらしい。
「お一ついいかしら」
目についたトマトをユリアさんが指し示すと、割烹着アースさんが手を伸ばすとそこに自然にトマトが落ちる。同時にトマトから何か散った。たぶん農薬。具体的な成分は分からないが、灰に色々なものを混ぜてまいているらしい。
まぁ、アースさんの加護のせいで、そもそも虫がつきにくいらしいが。
か細い声で、どうぞといいながらユリアさんにトマトを差し出す割烹着。
コンサートでの声量はどうした? まぁ、たぶんハウスさんも通常モードに戻ってるだろうが。
ユリアさんはそれをうけとり、躊躇無くがぶりといった。
うーん。この人、見かけは一般人ではないにしても普通の冒険者っぽいが、行動がやたら野性味があるんだよなぁ。
「うん。おいしい。ダンジョン産のそれとは趣きが違うけど、料理人なら誰もが欲しがるトマトだわ」
手が汚れるのをかまわず、最後まで食べきる彼女を見てアースさんは嬉しそうにしている。
いや、彼女だけじゃなくて、周囲のゴブリン達も。自分達の成果物が褒められて嬉しくない人はいないだろう。
「で、ユリアさん。裏庭に案内する時も言いましたけど」
「内緒なのは分かってるわ。魔物に襲われる心配のなく収穫出来る作物。土地には精霊、作物には加護。そして、それを栽培しているのはゴブリン族」
「今は
「まぜっかえすんじゃないわよ」
「すいません」
トマトの汁で濡れた手でアイアンクローの構えをするので、俺は少し距離を取る。無論冗談なのは分かっているが、ハリッサさんの惨劇をみてるからなぁ。
「ただ、このまま流通量を増やしていけば、いずれ誰かがかぎつけるわよ」
「そうですね」
俺はカイサルさんに目をやった。
彼は頷いて、引継いだ。
「一応、先々の事は穴はあるが考えている。そして、《御馳走万歳》が持つ伝手が穴のいくつかを埋められるのではと俺は考えている。それもあって、今日あんたをここへ案内したんだ。協力してもらえるかい?」
ユリアさんは口の端についたトマトの汁を指先で払って、口角を吊り上げた。
「協力も何も同盟クランに対して何言っているよ。むしろ協力させて頂戴。こんな食の宝を守るのなら、どんな事も厭わないわ」
「まぁ、いますぐってわけじゃない。今はアルマリスタを本当の意味で安定させるのが先だ。食材だけじゃない、あらゆる資源が
「そうね。それに高位ランクの不足、下位ランクの依頼不足。本来はこういうのはギルドの役目だけども。ギルドはギルドで手一杯だろうし」
「その通りだ。今同盟クランって言ったが、ウチと組む以上は食材関係以外でも動いてもらうぞ」
ユリアさんは肩を竦めた。
「仕方ないわね。その点は不慣れだけど、ご指導ヨロシク。センパイ?」
「ああ、まかせろ」
カイサルさんは照れくさそうに頭をかいた。
……そのうちはげないか心配になってくるな、あのクセ。
「あ、そういえば」
思い出したようにカイサルさんは俺のほうを向いた。
ん? なんだろ?
「例の本の件。何か分かったか」
あ、それか。
「すいません。この後に賢者ギルド舎にいくつもりだったので」
「いや、別に謝る事じゃない。あくまで確認だけだしな」
カイサルさんが言っているのは〈森の砦〉で得た本がイカイシラベであるかどうかだ。
もし、本物であるのならば、対悪魔装備として別格である。まぁ、伝承が事実ならだけど。あくまで伝承だけで、ヘルプさんの言う通りただの本だったとしても、
《自由なる剣の宴》には潤沢な資金があるが、今は下位ランクのクラン員を維持するために放出中である。……それでも養われている感に堪えられなくて抜けていったクラン員もいたが。いつかアルマリスタがかつてのようになれば、戻ってきてくれるだろうか。
「俺がいくとどうしても、固い話になっちまうからな」
「わかってますって」
カイサルさんのランクはA。賢者ギルド長に面会するのはスムーズにいくだろうが、相手はどうしてもギルド長ニーナになる。
ギルド長として禁書関係の話は難しいだろうし、ここはニーナさん一個人に会える俺が行くのがベストなのだ。
「まぁ、賢者ギルドには別に気になる事もありますしね」
「ん? なんだ? 何かあったか?」
「ああ、いえ。個人的に思うことがあって」
ちょっと、あの受付の人。無事なのかなぁって。
無事であって欲しいなぁ。
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