60.受付という存在について

60.受付という存在について






 どうも、受付という業務は、ここシードワルドでは地球のそれとは違ってハードワークらしい。

 例をあげると、冒険者ギルドのシルヴィアさん。

 まぁ、彼女の場合、元Aランク冒険者との事もあって幹部兼任らしいけど。

 本来、荒くれ者……とまでは言わないけど少なくともそこらの一般人よりは短気な冒険者がひしめくギルド舎において喧嘩なんて滅多に起きない。起きそうになった所で、彼女が冷たい声を一声発すると、そこで勢いがそがれる。それでもおさまらない連中も彼女がペンを回し始めると子犬のように大人しくなる。

 冒険者ギルド最高権限者に対してすらそのペン先は容赦なく、もはや彼女が実は本当のマスター権限者ではと裏で噂されている。




 図書館の受付の人。インテルどころかスパコン入ってんじゃね? って感じで本の位置を把握している。

 商人ギルドが発行している他の街に関する情報誌の戻す棚を間違えた事があるのだが、翌日あっさりと見つかって怒られた。

 あの人は毎日、図書館の全ての本の位置を監視しているのだろうか……。




 職人ギルドに挨拶に行った時、来客がなく手が空いてたのか、受付の人が板金の歪みを直していた。……拳槌で。


「あ、いらっしゃいませ。職人ギルドへようこそ」


 笑顔は受付として満点ではあったのだが、犬人族の特徴の鋭い牙とみっちりと鍛えられた筋肉に怖気づいた。ちなみに女性だ。いや、男性でも十分あれなんだけど。




 料理人ギルドにはいった事がないので――。というか出向かなくてもそっち関係者浮遊霊どころか、元ギルドマスター現マスターの祖父の霊までがハウスさん家に入り浸っているので、用事がないのだ。

 そんな訳で料理人ギルドの受付の人には会った事はないのだが、ユリアさんに聞いてみたところ。


「あの子って、胃袋に収納スキル持ってるのよね」


 冗談なのか、事実なのか。判断に苦しむところではある。





 結局、何が言いたいかというと、受付というお仕事は凡人に勤まるようなものではなく、ララ・クロフトトゥームレイダーのような超人、あるいはそれを超える人が就くものである。



 賢者ギルドでも例外ではなく、かつては現ギルド長であるニーナさん歩く混沌、そしてその後釜の女性も、この前ツイストギガスを届けにいったら、スーちゃんがだした死骸を、一人でひきずり、よっこいしょと恐らく巨大素材専用と思われる台座に乗せていた。


 はっきり言うが、この世界の受付クリーチャーを地球のそれの感覚でナンパでもしようものなら、静岡サイレントヒルの裏世界や、天神小学校コープスパーティみたいな所で末期を迎えても不思議でもなんでもないのである。


 ちなみに慣用句で『そこの受付にでも告白コクッってこい』とは冗談ではあるが、『死ね』と同義語である。ただし、言ったところを聞かれた場合、言った側が連行ドナドナされます。



 前置きが長くなったが、受付とは本来そういったものちみもうりょうだとご理解頂きたい。

 しかし、だ。

 賢者ギルド舎に入った俺が目にしたのは、受付さんがやたらと周囲を警戒し落ち着かない状態だったのである。若干顔色も悪い。


 気になったのですぐに声をかけた。


「こんにちは」

「あ、こんにちは。この間は貴重素材をありがとうございます」

「いえいえ。こっちとしても素材の価値を調べてもらえるのはありがたい事ですし」


 受け答えは普通なのだが、やはり落ち着きが無い。

 ニーナさん光を喰らう者怖い禁忌と口にした彼女とは思えない。


 当然、俺でなくても気になるだろう。


「何かあったんですか?」


 聞いておいてなんだけど、いつでも逃げる準備万端スタンバイOKである。スーちゃんもエンジン空ぶかし状態。

 一介のユニーク職業ごときで受付という存在が抱える問題を簡単に請け負えるなどとは、微塵も思っていない。

 ただ……。聞くだけなら出来る。何事も聞いてから判断するべきだろう。

 まぁ、それで逃げ道を塞がれるパターンも多々あるけど。


 受付の人はやはりしきりに回りを気にしながら。


「なんというか、朝からずっと見られてるというか、狙われているというか、そんな感じが……」


 ほう。……なんかオチが見えてきた。


「気を抜くとまるで、体に大きな釘を打ち付けられるみたいな……。あ、いえ。すいません。そんな事ありえませんよね。あはっ」


 受付さんは気丈に笑顔を見せるが、まぁ原因ニーナさんは分かった。


「ギルド長はこちらにいらっしゃいますか?」

「少々お待ちを。あ、大丈夫です。執務室にいらっしゃるはずです」

「分かりました。ではいつも通り直接そっちにいきますね。後、もうしばらく我慢したらそれ呪詛未遂はおさまると思いますので」

「え?」


 受付さんは首を傾げているが、とにかく俺は元凶の元へ向かった。

 奥のエレベータで最上階。

 そこでスーちゃんが分裂する。

 実はここにスーちゃんの研究室――いや、名義的には俺なんだが、スーちゃんの書いた準禁書扱いの論文の功績が認められて賢者ギルド舎最上階幹部フロアに研究室を賜った訳だ。

 賢者ギルドでは俺は新人だし、いいのかなぁとは思わなくも無いが、まぁニーナさんには何か思惑があるかも知れないのでありがたく頂戴した訳だ。

 スーちゃんの分体は距離的な制限はあるが、今のスーちゃんならアルマリスタの端から端みたいな極端な距離にならない限りは維持可能。それとて、その気になればハウスさんの【特殊:空間接続】使えばその制限もクリアできる。

 ちなみに研究室に入っていったスーちゃんは研究型スーちゃん。まぁ知能と知識に特化している分体だ。


 それを見送りつつ俺は魔界の入口に足を向ける。

 最近、少しは街が安定してるから、瘴気はマシになってるはずなんだが。


「はいりますよ、ニーナさん」


 ぶっちゃけ、ニーナさんの霊界ネットワークの内側なので俺がドアの外にいる事はバレているはず。

 礼儀上ノックだけして、執務室に入る。


 ……うぇーい。


 まだ真昼で、ガラス戸にカーテンが引かれてるわけでもなく――。

 しかし、作業机の上で灯るろうそくの火がニーナさんの顔を煌々と照らしている。


 まさか固有結界、光喰らう深淵ウィッシュイーターが発動中!?


 ……いや、適当にいっただけだけどね。

 怪奇現象には違いないけど。まぁ、そこはニーナさんだしね。それぐらいで驚いていたらこの人とは付き合えない。


 それよりもだ。


「ニーナさん、もうカンベンしてあげて下さい」

「後、もう少し。この子、なかなかスキを見せなくて」


 人形片手に太い釘を、何かを狙うように細かく角度調整しつつ返事をするニーナさん。


 いや、だからね。――もう、いいや。


「スーちゃん。お願い」


 すかさず、スーちゃんがニーナさんの手から人形と釘を取り上げる。さすがのニーナさんもスーちゃんの動きには対応出来ないようだ。

 対応出来たら出来たで、色々やばい気がするが。


「ニーナさん。受付さんになにか恨みでも?」

「日々の鍛錬の一環ですよ。賢者ギルドの受付として何事にも対応出来るように」


 やはり、受付というお仕事はハードワークらしい。


「とりあえず、受付の人のメンタルもたないので、しばらくは控えてあげて下さい」


 髪で顔の大部分が覆われているので表情は分かりづらいが、不満そうだった。

 この人、実はサド? 猫がネズミをいたぶる感覚でやってないか?


「とりあえず、お茶にしましょうよ。差し入れです」


 スーちゃんの収納スペースから、お菓子の盛り合わせ(タケノコ抜き)を出してもらって来客用テーブルの上に広げる。

 他にもティーセットも出してもらう。

 仮にもギルド長の執務室なので、備え付けのティーセットもあるのだが、裏庭でゴブリン族が育てているお茶のほうが俺の口にあうのだ。ニーナさんにも好評だし。

 それにスーちゃんの収納スキル、【特殊:時間停止収納】タイガー魔法瓶は収納スペースに入れた時点で物質の時が止まるので、沸きたてのお湯もすぐに取り出せるのだ。


 部屋に光が差していく。……いや、正確には戻っているだろうけど。

 やはり、この現象の犯人はあなたニーナさんだったか。この人が殺意の波動ダークフォースに目覚めたら、アルマリスタどころか、大陸レベルで暗黒の時代世紀末が訪れそうだな。






「まだ、忙しいんですか?」

「それはまぁ。幹部の人達もがんばっているのですが、未知の素材の調査依頼。トラップの構造解析と停止方法。他の街から新ダンジョン素材の問い合わせ、これは商人ギルド宛だったのですが、彼らも知らない事の方が多いのでこちらにまわって来るんですよ。

 それでも一時期よりは楽になった事は確かです。

 その点は冒険者達の活躍のおかげです。

 それに賢者ギルド員を数名、裏庭の出入りを許可して頂いた点も感謝しています」

「まぁ、そこはギブアンドテイクですよ。特にゴブリン族はアルマリスタの病院にはいけませんからね。医師の派遣は助かってます」


 賢者ギルドの人間を複数受け入れたのは、ニーナさんからの打診だ。なんでも研究チームのいくつかは壁にぶち当たって、ニーナさんに陳情が来ていたとか。

 これが、単に研究の不足や予算関係ならニーナさんにもどうにも出来たろうが、ある程度の広さを必要とする危険を伴う実験が必要となると、さすがに場所の確保が難しく、そしてリスクは無視出来ない。

 単純に街の外でやればとたいていの人は思うだろうが、勝手にギルドが管理外の土地を活用するというのは政治的にまずいのだそうだ。


 という事で、裏庭の一部を提供している。まぢ広いからなあそこ。一応、保険としてゲートさんが実験に立ち会う事になってる。

 裏庭住人に影響が出そうなら、ゲートさんが現象ごとその一帯を取り込む事になっている。


 まぁ、その見返りという形で、現役から引いた元医者が裏庭に移り住んでいる。実はこの医者、賢者ギルドの網と呼ばれるスパイらしいので、うかつな事が外部にもれる心配もないだろう。

 ……ただ、どんだけその網がアルマリスタ各部にいるのかが気になるが。



 ニーナさんはしばらく、お菓子をぽりぽり食べていたが、一口お茶をすすり落ち着いたようで、テーブルにポンと件の本を置いた。こっちのテーブルに来た時は両手は空いていたはずなのだが。

 あの二丁カマといい、この人も収納スキル持ちなんだろうなぁ。――つまり、どうあっても全ての人形を回収する事は不可能。



 ……受付の人。強く生きてくれ。



「この本の事ですよね?」

「ええ、まぁ。一応、差し入れも理由ですよ?」

「それはうれしいですね。ハウスさんの作るものは料理もお菓子も美味しいですから」

「ええ。ただ、ちょっと褒めるとすぐ暴走するのが玉に瑕にですね」

「それはマサヨシさんがかまってやらないからではありませんか?」

「エリカがハウスさん家にすんでますし、裏庭にはそれこそ大所帯が住んでいるんですから、さびしくは――」

「主との繋がりはまた特別なものですよ」


 賢者ギルド長としての忠言か、あるいはニーナさん個人の経験からかはわかなかったが、俺があまりハウスさんの主らしい事をしてない事は確かなので頷いておく。


 さて、そろそろ本題に入ろう。




「イカイシラベだったんですか? その本は」

「まだ調べてるいる最中ではあるのですが、その質問に対しての答えなら否となるでしょうね」


 特に気負ったようすもなくニーナさんは言った。

 まだ調べている最中であるにも関わらず、それはイカイシラベではないという。


 まぁ、やはり俺の背を押す口実に使われたんだろうな。


「一応、補足しておきますが、『本物』とされるものは、アルマリスタ図書館の禁書保管室に現存していますよ。禁書の中でも、秘匿レベルは最高位に指定されてはいますが」


 俺に気を使ってくれたのか、ニーナさんはイカイシラベについて話し出す。


「そもそも、イカイシラベと呼ばれるものは2つの意味を持ちます」

「2つ? 対悪魔用の何かなんですよね?」

「はい。そして、過去の賢者ギルド長が肌身離さず所持していた本の事でもあります」


 うぇーい?

 その過去のギルド長が持っていた本が対悪魔用装備って事じゃダメなんだろうか?


 俺の表情が読みやすいのか、心が読めるかは不明だが、いつものようにニーナさんが先回りで説明してくれる。


「アルマリスタで伝説となっているイカイシラベ。先ほどもいったように禁書扱いになっていますので一般の公文書には残っていません。

 ですが、その所有者であったグレーブ=アルマリスタが神明教統一戦争時、悪魔数体と相打ちになったのは事実です」


 うぇーい!?

 なんか、今すんごい事聞いたよ?

 基本的に悪魔は人とは比べものにならない位強い。

 そりゃ、ピンキリつよい、よわいあるにしても、だ。

 それこそ、地球ではエレディミーアームズのセンチ組くらいしか――。


 そこで、俺は気付いた。


「まさか、その当時のギルド長って!?」


 俺の予想を察してニーナさんは頷いた。


「はい。彼は異能の盾であり、そして自身もまた異能たるユニーク職業でした」


 悪魔祓い。それが百年前の賢者ギルド長の職業だったそうだ。


「自身のスキルの事はあまり他人には話すような方ではなかったようですが、どうやら文字を操るスキルを所有していたようです」

「……なるほど。確かにそれならイカイシラベを使いこなせてもおかしくないですね」


 俺は納得して頷いた。


 文字を操る能力。

 具体的に何が出来るのかはニーナさんも知らなそうだが、この世界シードグラムにも、地球にも存在しない言語が読めたとしても不思議ではない。


 そして、職業が悪魔祓い。

 職業名から悪魔に特化したスキルの持ち主と考えるのは早計だとは思うが、そこに対悪魔装備のイカイシラベの存在。


 エレディミーアームズに例えるなら、センチ組の個性にあわせた個別仕様の機体をあつらえたようなものだ。

 複数の悪魔と渡り合えても不思議ではない。



 と、そこへチョンチョンとスーちゃんが足をつつく。


 なに? スーちゃん。

 え? ニーナさんの様子が変?

 いや、いつも変といえば変なんだけど。


 ちょいと失礼なバレたらヤバイ事を考えながら、改めてニーナさんの顔を見る。

 ヴィジュアル面はいつも通りSAN値チェッカーなんだけど。

 んー、なんだろ。なんか、気まずそうな気配を感じるのは気のせいだろうか?


 などと思ってたら。


「マサヨシさん!」


 うぇーい!

 うぇーい!!

 うぇーい!!!!!!?


 突然ニーナさんに両手を掴まれた。

 ひっ、呪わないで下さい、祟らないで下さい!


「これは、アルマリスタ賢者ギルドにおける極秘中の極秘事項ですので、決して口外しないと誓って頂けますか」


 え!? え? 何? 何事?


「ぶ、無事に帰していただけるなら神明様でも大魔王でも高麗王若光こまのこきしじゃっこうでも、何にでも誓います!!」

「……よくご存知ですね。北方にある街の一つでしか奉られていない神の名を」

「まぁ、いつかその街に観光に行くつもりでしたから」


 謎の種族。サイタマン族がいる街だからな。


「ええと、それでなんでしたっけ」

「イカイシラベの事です。その真実」


 落ち着いたのか、ニーナさんが手を離した。


 真実。そういうからには今まで聞いた情報に偽りや誤解があるという事になる。


「先ほど申し上げましたがイカイシラベはグレーブが肌身離さず持っていた為、当時の他のギルド員達はその外観しか知らなかったそうです。

 ただ、グレーブは『これは魔を払う書。しかし、誤った使い方をすれば災いを招く』と言っていたそうです」

「まぁ、ありそうな話ですね」


 強力故に取り扱い注意。

 考えてみりゃエレディミィアームズも似たようなもんだったしな。


「そして、神明教統一戦争時。混乱にまぎれてギルド保護下にあった方々を拉致しようとした悪魔達を、自ら命と引き換えに撃退に成功しました」

「凄いじゃないですか。何が問題なんですか?」


 ニーナさんは少し間を置いた。微かにため息が聞こえた気がした。


「その時、イカイシラベは戦闘による多少の損壊はあったものの、無事回収出来ました。そして、問題になりました」

「何がですか?」

「それを目にするか否かですよ。グレーブは誤った使い方をすれば災いを招くといいました。しかし、賢者ギルドはグレーブ以外にも戦闘能力の高いギルド員を悪魔との戦闘で少なからず失っていました」

「要するにイカイシラベを戦力に組み込むかが問題になった訳ですか?」

「そうです。そして、結局は後継となったギルド長のみがそれを目にする事になったのですが……。そこに書かれていたのは異界の文字ではなく、ごく普通の大陸共通コモン語だったのです」


 つまりは異世界の本とかじゃなかった訳か。でも――。


「むしろ、それはラッキーだったんじゃないですか? 異界の文字なんて普通は読めないでしょう?」

「確かにそうですね。……イカシラベが、あれが本当に魔を払う書であったならばですが」


 はい?


「もしかして、違ったんですか?」


 ニーナさんが何かボソッと呟いた。しかし、声が小さすぎて聞こえなかった。

 気まずい。

 この空気の中、聞き返すのは勇気がいったが仕方がなかった。


 スーちゃんがファイトと言ってくれているのが微かな救いだ。


「ポエム集だったんです」

「ホワット?」


 想定外過ぎて思わず英語で聞き返していた。慌てて言い直す。


「どういう事ですか?」


 ニーナさんは言いづらそうに教えてくれた。


「イカイシラベとか、異界の書とかは他人に迂闊に見られない為の言い訳で、その正体は彼の趣味であった詩を書き記したモノだったのです」


 えーと。それはもしかしなくてもちょっと恥ずかしいお話超ド級黒歴史


「まごまごしているうちに、当時のアルマリスタにはイカイシラベの噂が広まりました。扱いに困った後継のギルド長は、イカイシラベを禁書指定し、さらにギルド長以外の閲覧を禁じたのです」


 ………………。


「一つだけ聞いていいですか?」

「なんでしょう?」

「ニーナさんはそれを読んだのでしょうか?」


 ニーナさんは弱々しく首を横に振った。


義父ちちより。いえ、先代の賢者ギルド長は私の養父だったのですが、その彼より言われたのです。

 過去の英雄への情けだ。読んでやらないでやってくれ、と」


 そう言われると逆に気になるが、下手な事を言うと確実にニーナさんに消されるな。


「え、えーと。結局ダンジョンの本の扱いはどうなるのでしょうか?」

「イカイシラベではなかったとはいえ、あれは私の知るどの言語のものではありませんでした。となると、資料としての価値は高いです」

「こっちの悪魔ヘルプさんが言うには、この世界シードワルドでも、俺のいた世界ちきゅうの物でもないそうですよ」

「そうですか」


 ニーナはしばし熟考していたが。


「マサヨシさん」

「はい?」

「カイサルさんにはこう伝えてください。

 件の本はイカイシラベにはあらず。されど、異界よりの書である事は確か。故に賢者ギルドはこの本を言い値で譲り受けたい、と」


 言い値とはまた豪気な。


「別に魔法具でもないただの本なんだし、カイサルさんなら変な腹を探らずに手間賃程度で譲ってくれると思いますけど?」

「まぁまぁ、同盟クランも増えた事だし。物入りではないですか?」


 あいかわらず、霊界ネットワークは情報が早い。


「分かりました。カイサルさんにはちゃんと伝えておきます」

「それから間違っても、『真実』は口外しないで下さい。でないと――」

「絶対にしませんって」


 アルマリスタにいる限り、霊界ネットワークの手の内なのだ。

 俺は他人の黒歴史の暴露に、人生を賭ける気はない。

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