58.不変のモットー

58.不変のモットー






 クラン《御馳走万歳》。


 その歴史は比較的浅い。

 少なくとも、かつてとはいえ、大手クランの一つに数えられたわりには、設立者でもあるクラン長が、齢30にも満たない冒険者なのだから。


 己の食べたい食材を、自分達で取って来る。ある意味かざらない我欲に満ちた理念は、しかし料理人達には歓迎された。


 すでに冒険・・をしなくなっていた冒険者達は、危険を伴う食材調達の依頼はよほどの高額でもなければ引き受けなく。そして、その高額の依頼量は消費者に転化される。

 あるいは特定のエリアの狩りかたを確立していた一部のクランの金策手段ともなっていた。


 そんな状況に一石投じたのが、《御馳走万歳》であり、当時冒険者ランクCの狩人であったユリアさんだ。


『食材が欲しいのなら、私達に依頼なさい。必ず適正な価格で引き受けるわ。ただし、その素材の最初の客人は私達。それが条件』



 それは料理人ギルドで起きた冒険者とギルド職員のいざこざの際、割って入ったユリアさんの台詞だそうだ。

 これを契機に食材の依頼の多くが《御馳走万歳》に指名依頼される事になる。また料理人からも修行として冒険者になるもののほとんどが、《御馳走万歳》に流れる事になったのも自然な事だろう。



 敵も少なくなかった。特に一部の食材依頼を独占していたクランにはあからさまに嫌がらせをうけていたようだが、彼女達はたやすくそれを踏み潰した。


 彼女達に幼稚な正義感なんてなかったんだろう。だが、料理人ギルドの信任を受けて使命感のようなものは芽生えていたと思う。

 使命感は彼女達を結束せしめ、結束は彼女達をより強くした。その前に立ちふさがる愚か者達を蹴散らせるほどに。


 冒険者ギルドの話では、ユリアさんはクラン結成当時はCランクではあったが、実際のところはCランクプラス。すでに通常のBランク相当の実力はあったらしい。


 彼女の職業である狩人は、弓戦士、調教師、スカウトを足して3で割ったようなものらしい。器用貧乏な職業らしいが、敵対クランの妨害を蹴散らすあたり、生半な実力じゃないだろう。


 ある意味では彼女達も食材依頼の独占をした事になるが、元々が依頼難度から敬遠されていたものから、他クランに攻略情報を握られて、他の冒険者は手がだせなかった依頼だ。

 敵こそ多かったが、敵以外の反発はほとんどなかった。

 何よりも、多数の料理人のコネ。ひいては料理人ギルドからの後ろ盾は、彼女達に力をあたえた。


 それが、ダンジョン改変期前までの話だ。



 改変期は彼女達の情報資産をごっそりとこそぎとっていった。

 どこのダンジョンのどこのエリアにどんな魔物が出るのか。なるべくキズの少ない方法でその魔物を捕らえる手段。隠れているレアな魔物の見つけ方。

 全てが失われた。


 それでも、彼女達はがんばった。



 ――がんばってしまった。



 冒険をする者ではなくなってしまった冒険者採集者。事前に情報を精査し、入念な準備をして挑むのが当たり前のスタイルがあたり前の昨今。



 冒険者は想定外の事態にあまりにも弱くなっていた。



 それに加えて、彼女達は食材ハンター。限定された獲物。限定された素材の採取に特化したクランだ。

 そんなクランががんばってしまった・・・・・・・・・

 そして、その結果はクランの主力3パーティの内、2パーティが生死不明。


 それでも、彼女達が引き換えに持ち帰った食材、そして魔物の情報は、未だ高値気味とはいえアルマリスタの食料事情の安定に最も貢献したと誰もが認めるだろう。


 故に、いまのアルマリスタでは《御馳走万歳》は英雄扱いだ。

 ――その実情二軍オチとは裏腹に。






「正直、ウチ一本じゃきついのが現状ね」


 酔いが回ったからなのか、それとも話しているうちにクランの置かれた窮状を改めて感じたのか。ユリアさんが自嘲気味に呟いた。


「他のクランと協定の話はなかったのか?」

「そりゃ、あったわ。ただ、どいつもウチが持つノウハウ目当て」


 ん?

 何か、ひっかかって俺は首を傾げた。


「ダンジョンの情報って改変期でリセットされたんですよね」

「あら? 賢者ギルド員でもあるあなたが知らないの? 以前のダンジョンでいた魔物や素材も見つかっている事に」


 それは別に嫌味じゃなく、純粋な疑問。

 まぁ、彼女は俺を賢者ギルドの重要人物と勘違いしてるせいだろう。


 俺は少し迷ったが、変なタイミングでばれるよりはと、収納ポーチから賢者ギルド登録証を取り出してテーブルに置いた。


 以前、彼女にそれを見せた時は名前欄の下に黒い線が一本引かれていたが、今は赤と銀の二本線である。

 一応意味は赤が準禁書未満の資料閲覧許可。銀はギルド舎及び図書館の幹部フロアへの立ち入り許可だ。


 もっとも、重要なのはかつて禁書閲覧さいしゅうへいきすら可能な黒い線ブラックラインだったのが、そうでなくなっている件だ。

 別にあれは登録証を偽造や改造した訳ではなく、単にニーナさんが交渉おどししやすいように手を回してくれた訳だが、余程の馬鹿でなければあの時の一件で小細工をした事はばれるだろう。


 もっともユリアさんはそれを見ても、微かに眉を動かしただけだった。


「まぁ、いまさらあの件を蒸し返すつもりはないわよ」


 彼女はグラスを置いて、飲んだものの香りが混じった甘い吐息をはく。


「我ながら舞い上がってたとは思うしね。何にしろ、アルマリスタがドラゴン族の存在を受け入れた今となっては、どうしようもないわよ」


 さばさばとした口調でそう言った。

 ドラゴン族はアルマリスタの住人ではないが、アルマリアの森に住む隣人扱い。下手に手を出せばアルマリスタの法に反する。


 ……それ以前に、あの戦闘民族を敵にするのは、むしろ寿命を縮める行為だと思う。

 俺も何故かドラゴン族との件については、関係者れんたいせきにん扱いされているので余計な波風が起きないのは――。


「助かります」


 俺が頭を下げるとユリアさんが口角を上げた。なんつーか野生的ワイルド? 歳はともかくとして、魅力的な人だと思うけど、彼氏えものはいないのかね?


「まぁ、その事を貸し借りにもっていくつもりはないけど、少しは高めに見積もってくれると助かるかな?」


 ……?

 何の話だろ?

 しかし、その疑問はカイサルさんの言葉で解消された。



「クランを解散するつもり、か?」


 うぇーい!?


 ユリアさんは視線をあさってに向ける。


「どの道、今の状態じゃ料理人達の期待には応えられないわ。食材確保の人材が足りない。1パーティで全てのルートを押さえるのは無理だし。だからといって今まで私達が育ててきた料理人達の信頼を食い物にされるのも癪だしね」


 彼女がなぜここ剣の休息亭に来たのか分かった。


 クランの身売りだ。


「少し気が早いんじゃないのか?」

「お世辞はいいわ。……あずかってる子達を押さえるのも限界なのよ」

「あずかってる子達? 料理人の卵か?」

「そう。彼らは本来冒険者という存在を知る為と、料理の修業の為にクランに入ったのよ。力になろうとしてくれるのはうれしいけど、さすがに彼らに死なれると、彼らを預けた人達に合わせる顔がないわ」


 クラン員の暴走か。

 ウチ自由なる剣の宴でもあった話だからな。十分ありえる話だろう。


「で、どう? アルマリスタ冒険者ギルド最大手クランのトップさん。自分で言うのもなんだけど、なかなかお買い得な物件だと思うけど」


 ……お買い得どころじゃない。

 食材の情報、入手のノウハウ、そして料理人達とのコネ。そして、迎え入れても特にデメリットもない。敵対しているクランもあるようだが、ぶっちゃけそれはウチ自由なる剣の宴も同じ。それが多少増えたところで気にする者なんていないだろう。ルーキー新人に手を出すなら、カイサルさんが命じなくても、クライン員の誰かが相応の報いを受けさせてるだろうし。


 しかし、何の皮肉か、《御馳走万歳》はクラン名の通り現在、御馳走そのもの。


 俺はカイサルさんに目を向ける。目があった。

 なんというか、この人とはこういう事が良くある。似ていると言われる原因なのだが。

 だとすると出す結論もたぶん――。


「吸収合併という話なら断る」

「まって。別にこちらの元幹部の扱いはヒラでかまわないわ」

「そういう問題じゃねぇんだよな」

「……《御馳走万歳》には価値がないと?」


 若干、殺気を思わせるきつい気配が言葉に混ざる。遠い席にいるはずのハリッサさんが反応するくらいには。まぁ、あの人の場合、自分の部屋にいても気付きそうだが。


 ただ、確かにカイサルさんの言う通りなんだよな。


 そういう問題じゃないんだよ。

 価値云々以前の問題なんだ。


「《御馳走万歳》の看板はどうするつもりだ?」

「え? もちろん解散するからには――」

「料理人達はその看板を信頼して指名依頼してきたんじゃないのか?」

「っ!? しかし、ではどうしろと? その信頼を守る力はもはや私達にはないのに!」


 まぁ、なんていうのかな。

 勝手なもんだとは思うが、かつてのドラゴンの肉の件を話し合った時のユリアさんとはイメージが違いすぎる。あれもユリアさんの一面には違いなかったんだろうけど、人を一面だけで捕らえてはいけないという事かな。


「それぐらいならこっちで守ってやるよ」

「え?」

「マサヨシ、書くものを」


 言われて俺はスーちゃんに収納スペースから紙と羽ペン、上質のインク瓶。そして言われていないが封蝋と呼ばれる封筒の封などに使われる、色つきのロウソクを取り出してもらった。



 カイサルさんは封蝋を目にして、微かに笑う。合格、といわんばかりの表情だ。

 それも一瞬の事。


 紙に文章を書いていく。悩む事なく手が留まる事もなく。


 ユリアさんが目を見開く。


 それはクランの同盟の誓約書。

 同盟と言っても形は色々ある。同盟とは名ばかりで、実質配下扱いの場合も。

 しかし、それは紛れも無く《自由なる剣の宴》と《御馳走万歳》が五分とするもの。しかも、最後のほうにはある程度、双方の資産を無利子で借りる事が出来る旨が記載されている。


 恐らく、クラン解散には資金不足もあったと見込んでの事だろう。

 アルマリスタで名こそ売れたものの、実質落ち目のクランとなった《御馳走万歳》に資金を貸す者はそういないだろうし、いたとしても当分、返す当てが無い。


 この世界には高利貸しなんて言葉はない。地球と違って貸した相手が死ぬも逃げるも珍しくないので、元から利子が高いのだ。むしろ、貸してもらえるだけありがたい。

 そんな状態であるのに、誓約書には明らかに無利子としか書かれていない。


 通常、この手の誓約書は2枚で一セットなので、カイサルさんが次の一枚に取り掛かろうとしたが必要なかった。

 スーちゃんの手書きコピーは完璧だ。……つまりはこれって、偽造も出来るって事だけどね。



「さて、こちらからはこんなものだが。そちらには付け足す事はあるか?」

「なぜ?」


 カイサルさんの質問には答えず、ユリアさんが問う。


 どれに対してなぜ・・なのか、それは分からないがこの後、俺が口にする事は分かった気がした。

 カイサルさんはいつもの如く頭をかきながら、俺に問う。


「マサヨシ。ウチ自由なる剣の宴のモットーはなんだ?」


 ほらきた。

 口にしようとして危うくハリッサさんのハンドサインを見落とすところだった。

 合わせろって事ね。了解。


「「新人ルーキーには優しく、熟練者ベテランには敬意を」」


 それはカイサルさんを除く食堂にいた《自由なる剣の宴》全員の斉唱だった。

 カイサルさんは楽しそうに笑って、ジョッキのエールの残りを一気にあおった。


「……随分、お人よしね」


 一筋のしずくがユリアさんの頬を伝う。


「聞いたろ、ウチのモットーだって。それにちゃんと、敬意を払う相手は選んでいるぜ。なぁ」


 目で同意を促された俺は、冗談っぽく肩を竦めた。



□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□



「で、俺としてはダンジョンで声が聞こえたって話も気になるんだが」


 こんな大衆食堂でやる事ではないが、同盟の誓約書にそれぞれのクランの印章を押して目出度く同盟は成立。

 本来なら、《御食事万歳》のクラン員や、ここにいない《自由なる剣の宴》メンバーでもよんで宴にでもなる流れだろうが、カイサルさんの問いにより、そうはならなかった。


 実際、俺も気になっていたので、正直助かった。


「そうね。すでにギルドには報告しているけど。あまり重要とは思われてない様子だったしね」


 そう言って、ユリアさんは二杯目のホッパーを口にする。

 カイサルさんもユリアさんの言葉に眉をひそませながらも、さっきまでエールが入っていたジョッキにユリアさんのボトルを注ぎ、水と干し肉っぽいので泡立たせる。

 ちなみに干し肉だと思っていたのは、ある植物系魔物の実の内側をこそぎ落として固めたものだそうだ。その実にはホッパーの原液もつまっており、戦闘時には泡を飛ばして酔っ払わせるんだとか。


 この場でブドウジュースなんて飲んでる俺には強敵そうだなぁ。


「やばい話か?」

「正直確証になるものがないわ。あったら、それもギルドに報告してるし、それならあなたの耳にも入っていたはずよ」

「まぁ、そうだろうなぁ。人材不足になりつつある今のギルドで、リスクに関する話を握りつぶすはずもない」


 ダンジョンの上位化は、そこで取れる資源の品質を上げたが、肝心のそれを採取する冒険者の必要能力も上積みされ、さらに現在に至るまでに少なくない損害が出ていた。

 アルマリスタの物資状況は安定の前に辛うじてがついている状況なのだ。


「まぁ、かく言う俺もラシードの話を軽く捉えていたが。あんたは違うんだな?」


 カイサルさんが念を入れるとユリアさんは迷う事なく頷いた。


ウチ御馳走万歳でも主力の2パーティが帰って来ていない件は聞いているかしら」

「ああ。結構、広まってる話だからな。……残念だったな」

「ありがと。で、その2パーティとも聞いているの。呼び声を」


 カイサルさんの顔つきが険しくなった。


「その2パーティーの報告を聞いているって事は、その時はちゃんと帰って来てるって事だよな」

「ええ。念の為に病院で検査を受けたけど、状態異常や汚染はなかったそうよ」


 パーティーに治癒魔術師系の職業がいないと、ダンジョンから出ても状態異常が続く事がある。

 基本、状態異常は時間経過で解除されるが、その解除までの時間は状態異常の強さによって変化する。

 ちなみに、スーちゃんが全力で状態異常とか使った場合、並の冒険者は普通に秒殺。それを考えるとツイストギガスのしぶとさが際立つ。実は冷却系攻撃に極端に弱く、これを発見したのも、実は《御馳走万歳》だったりする。力押し系が多いウチ自由なる剣の宴と粘り強く攻略法を模索する《御馳走万歳》とは、結構相性が良いクランかも。

 また、ユリアさんの言った汚染というのは、俺は体験した事はないが、【無:ステータス解析】に表示されない状態異常のようなもので、これは自然治癒どころか、ほっとくと悪化する場合が多い。滅多にない事が救いか。



「それでも、単なるトラップの類じゃないと判断したんだよな? 根拠は?」

「当然、次にダンジョンに入る前にオフ日を挟んだんだけど、嫌な予感がしたので、担当のエリアを入れ替えたのよ。

 そして、また声を聞いたそうよ。まったく、別のエリアであるにも関わらず。それに声が以前よりもはっきり聞こえたそうよ」


 不気味な話である。

 が、少なくともオカルトの類ではないはずである。


【特殊:死者カラノ言葉】

【特殊:死者ヘノ言葉】


 ニーナさんが霊とやりとり出来るのも、霊能者としてのこれら特殊系スキルをもってはじめて可能なのだ。

 例外なのはハウスさんくらいだが、ニーナさんによれば精霊と霊は比較的近い存在らしい。どう近いのかは詳しく聞いてない。……俺、そっち方面にあまり関わりたい訳ではないので。ニーナさんは話したそうにしてたが、いつか聞かされる運命かも。


 さてさて、ユリアさんの話はまだ続いていた。


「ダンジョンに入る度に声は大きくなる。病院での検査はやはり白。どっちのパーティも大丈夫だと言っていたけど、念の為にオフ日を多めにとらして、私のパーティだけダンジョンに入ったの。

 ……そして、出てきたらオフ日のはずのどちらのパーティのダンジョンに入って。それっきりもどって来なかった。

 他の下位ランクのクラン員も止めたけど、強引にダンジョンに入ったそうよ。まるで聞く耳をもたなかったって」

「そいつは気持ち悪いな」


 カイサルさんは渋そうな顔で頭をかいた。


 先程、オカルトに触れたが魔法が普通に存在するのがこの世界だ。

 聞いているかぎりでは、何かヤバイものに触れるなり憑かれるなりしているとしか思えない。


「引き止めた子のうちの一人が、聞いたそうだけど」

「……何を」

「ダンジョンに入っていったパーティのうちの何人かが、『呼んでいる』って」


 本当にオカルトの類……じゃないよね。


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