47.怨霊が住まう城
47.怨霊が住まう城
「あいたたた」
目を覚ますと同時に体中が引きつるような痛みに襲われる。
普通に筋肉痛だ。
それに夢見が悪かったせいで飛び起きたのも影響している。
夢の中で俺は何故か
そして、ウサギに押しつぶされて『うぇーい!』と言ったところで目が覚めたわけだ。
これはスタンピートラビットの呪いだろうか?
俺は痛みに苦労しながら、ベッドから両足を下ろした。
ここはハウスさん家の俺の部屋だ。
昨日ダンジョンから出た後、剣の休息亭ではなくハウスさん家に泊ったのだ。俺だけじゃなく、パーティ全員が、だ。
さらには《自由なる剣の宴》メンバーも多数泊っている。
ハウスさんは生まれて以来の大量のお客様に大喜びだ。
なんせハウスさんは家の精霊だからね。ただ、喜びすぎて、何かしでかさないかだけちょっと不安。
剣の休息亭の
ではなぜ、こんな状況なのか。それは、各自で集めたダンジョンの情報を集めて整理する為だ。
緊急時という事で冒険者ギルドは24時間体制で報告を受け付けてはいるが、仮にもクランの体をなしている集団がバラバラに報告するのもあれだろうと、調査を行ったメンバーは、ダンジョンから出たらまずハウスさん家に集まる事になっていた。
そして、それは同時に安否の確認の意味もあった。
ダンジョンの分岐によっては一日では最奥へ辿りつけない場合もある。通常ならば、その場合ダンジョン内で夜を明かす事になるが。カイサルさんはそれを禁じて、一日で終われないならば帰還石で脱出するよう指示していた。
今回の目的は調査。道中の情報だけでも十分な成果だからだ。
冒険者服に着替え、俺は自室を出て一階への階段を下りる。
うっ、筋肉痛でヒザがカックンっていきそう。ここで転げ落ちたら怪我するぞ。
「大丈夫かよ、マサヨシ」
心配半分、苦笑半分といった感じの声はラシードさん。
《自由なる剣の宴》のメンバーでBランク。それもプラス相当の人だ。カイサルさんがAランクになった今、次のAランク入りはこの人だといわれている。
実質、クランのサブリーダー的存在だ。
これから出るところだったのか、エントランスにいた。
「正直、ちょっと辛いですね。さすがに召喚魔物でのダンジョン平行攻略なんてやった事ないですからね」
「当たり前だ。普通は一人で同時攻略なんてやらねぇよ」
呆れたようなラシードさんの声。
ですよねー。
「だが、助かったのは事実だな。3パーティ分の情報が入るのは正直大きいよ。お前一人に負担がかかってしまっているのはすまねぇがな」
言葉通りに済まなそうな顔をするラシードさん。
彼に限らず《自由なる剣の宴》のメンバーには、俺が相当な数の魔物を召喚出来る事はオープンにしている。
さすがに
「まぁ、元はと言えば俺から言い出した事ですからね。カイサルさんはもうギルドに報告に?」
「当たり前だろ。もう昼前だぞ?」
ああ、どおりで腹が減っていると思った。
4チャンネル維持による負担は魔力ではなく精神力の範疇のようだが、このタイプのステータスの低下は他のステータスにも影響を及ぼす。
契約魔物はともかく、俺自身は大した運動もしてないのに筋肉痛なのもそのせいだ。
「オフ日がこんなにもありがたいとは思わなかったですよ」
「まぁな。かくいう俺も結構体にガタが来ている」
ラシードさんの職業は剣戦士。字面通り剣の扱いを専門とした前衛職だ。
剣術においてはクランでこの人の右に出る人はいない。それがこのいいようだと、この人のパーティもかなり苦戦したっぽいな。
ん? ラシードさん一人か? 他の人が見当たらないな。
《自由なる剣の宴》の上位ランクはほぼ固定でパーティを組んでいて、今回の調査もそのパーティで振り分けしてるのだが。
「他のパーティの人とは一緒じゃないんですか?」
「ああ、連中ならエリカと一緒に図書館にいってる」
うぇーい?
図書館? エリカと一緒?
念の為に確認。
うん、監視型スーちゃんはついてるな。なら問題ないだろ。
しかし、ラシードさんのパーティとの組み合わせの理由が思いつかないが……。
俺が首を傾げていると。
「まぁ、俺らも思うところがあったわけよ」
ラシードさんは苦笑しつつ頭をかいた。
……この人もカイサルさんのクセがうつってるっぽいな。
「冒険者の呼び名は、先人の
何が開拓者だ。ちょっと未知の場所に踏み込んだら、化けの皮が剥がされる始末だ」
「ラシードさんのパーティは普通に守護者倒したんですよね?」
「結果的にはな。後輩にはちょっと見せらんねぇよ。俺を含めて、何かある度にオタオタしてる姿はな」
そして、彼は視線を落とした。
「……もっとも、それは生きて戻れたからこそ言える事なのかも知れないがな」
「………………」
昨日、《自由なる剣の宴》からダンジョンに入ったパーティのうち、1パーティが戻ってきていない。
再び視線を上げた時にはラシードさんの表情には陰りがなかった。
「正直、
うぇーい。
なんか、誤解されてるし。
俺は単にこの世界の常識を知る為に通ってただけだ。まぁ、調べるものが増えていって、今も継続して通ってる事は確かだけど。
「まぁ、そういうわけで。遅まきながらウチの連中もそれに習ってるってわけだ。気付くのが遅かったかも知れないが、それでも始めなきゃいつまでたっても立ち止まったままだからな」
「ラシードさんもこれから図書館ですか?」
「いや、俺は伝手のある他のクランに聞き込みだな。こっちには早めの昼食に戻って来ただけだ」
なるほど。
「他のクランもウチと似たような感じですか?」
「今の所はな。いや、トップが戻って来なくて大混乱になってるクランもある」
うぇーい!!
それはシャレにならん。
「ウチみたいに時間を過ぎたら帰還石を使うってルールはなかったから、単にダンジョンでまだ生存してる可能性もあるだろうが」
可能性は低いだろうなぁ。
ラシードさんも表情からそう思ってるようだ。
「まぁ、ハウスさん? で良かったんだよな? あの精霊がおいしい昼食を作ってくれたんで、腹ごなしがてらにまた聞き込みを再開するところだ。……ちょっと、量が多かったが」
苦笑しているラシードさん。
ごめんなさい。
まぁ、普段ハウスさん家を使ってやらなかった俺が悪いのだが。
これで、ダンジョン事情が落ち着いたら、リバウンドが怖いな。
「
逆に聞かれた。
特に考えてなかったから、何も聞いていないなら、たぶんエリカと図書館で合流していただろうが。
ラシードさんの言葉にあった、『伝手』という単語で一つ思いついた。
「俺もちょっと伝手に頼って、情報を集めようかと」
「お前の伝手? ……ああ、なるほどな」
ラシードさんは軽く首を傾げてから、ややあって頷いた。
うむ、見事に読まれているな。
「まぁ、また夜にでも情報交換しよう」
そう言って、ラシードさんはエントランスを出ていった。
さて、俺も準備するか。といっても手ぶらじゃなんだし。
「ハウスさん」
特に大声は必要ない。呼びかけると、メイドが姿を現す。
メイドハウスさんはあくまでハウスさんと意思疎通の為のコミュニケーターだ。基本、
「悪いけど、軽い昼食を二人前用意してくれる?
嬉しそうに頷くハウスさんに、俺は念を押すのを忘れなかった。
「あくまで軽くだからね? 二人で食べられる限界量とか、無闇に豪華にするとかは無しね」
残念そうにハウスさんは頷いた。
……やるつもりだったのか。
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というわけでやってきたのは、
ロビーに入ると受付の人が頭を下げている。
ちなみにごく普通の人だ。
大事な事なのでもう一度言う。ごく普通の人だ。
ニーナさんが身分公開して以降は、彼女は受付穣を辞めて普通にギルド長の職務をしている。
……うん。賢者ギルドとしてもそれが正しいと思うよ。
「賢者ギルド長に面会したいのだけど」
「ちょっとお待ちください」
受付の人が
本来は一般人がいきなりマスター権限者であるギルド長と面会させてくれと言っても通るはずもない。しかし、一応俺は賢者ギルド員でもある。そして、
後、実績もスーちゃんが論文を書いて提出している。……ただ、あまりにも
スーちゃん。はりきりすぎ。
しかし、その論文の存在自体は歓迎されたあたり、ニーナさんが長を務めるギルドだけの事はある。
スーちゃんも次こそは一般公開を目指すと意気込んでいるが。
いや、もうちょっと肩の力を抜いた方がいいと思うよ? いや、そりゃ肩ないけどさ。
「現在ギルド長は執務室で書類処理中ですね。特に重要な案件を持ち込むのでなければ、マサヨシさんがそのまま執務室を訪ねていっても大丈夫です」
いくら
「正直、
うぇーい。
スッパリ言い切ったよ、この
まぁ、そういう事ならと俺は遠慮なく奥へと入っていく。途中すれ違う人達が会釈をしてくる。俺としてはなんとなく見覚えがあるかないか程度だが、相手にしてみればスライムを連れた人などそうはいないので覚えやすいのだろう。
まさかその
そして、一階最奥にある両開きのドアにたどり着く。横のボタンを押すと、ドアが左右にスライドしていく。
なんと賢者ギルドにはエレベーターがあるのだ。
むろん、電動ではなく魔法具によるものだが。仕組みが同じものなのかどうかまでは、かつて一介の高校生であった俺にはわからない。ただ、外観はやや古めかしいものの、向こうの世界にあったものとさして違いはない。
さすがは知識人達の城といったところか。
中に入り最上階のボタンを押すと、ドアが閉まり微かな振動を足に伝え、ゴンドラが上昇していくのが分かる。
上昇の負荷をスーちゃんが楽しんでぽよんぽよんしているのが微笑ましい。
……これから伏魔殿に向かう俺にとって貴重な癒しだ。
エレベーターが最上階につきドアが開くと、すかさず瘴気がなだれ込んでくる。
……なんとなくあの受付の人の言い分も分かるのだが。
ここのところのドラゴンとの決闘や、ダンジョンの改変期でニーナさんはむっちゃ忙しい。そして、そのとばっちりは最上階に自分の研究室を持つ幹部達に及んだ。
……当社比十割り増しな恐怖オーラにSAN値を削りきられて、下のフロアに撤退したらしい。
普通はこうなる前に、ギルド長にしばらく休息とってもらって、幹部の誰かが代行するのだろうけど。ニーナさんの代わりとなる人材はいないだろうからなぁ。
別に賢者ギルドがニーナさんのワンマン体制ってわけじゃないけど、ぶっちゃけあの人、有能すぎるのだ。決して
霊能者というユニーク職業に加えて、賢者ギルドが所有する
こんな人の代わりをやろうという
執務室の前にきたけど、回れ右して戻りたくなる。
ドア越しからでもわかる負のオーラが凄まじい。たぶん、ハエや蚊もこの空気の前には生存不可能だろう。
「どうぞ、マサヨシさん」
うぇーい。
入ろうか逃げるか迷っていたら、退路を断たれた。
俺がドアの前にいるのは
諦めて俺はドアを開く。
窓から陽の光が入ってきてきるのにもかかわらず、その部屋は薄暗かった。負のオーラが陽光まで侵食しているらしい。
「こんにちは、マサヨシさん」
あいかわらず、前に足らした前髪の隙間から覗く目が怖い。というか、疲労からかギラギラと目が光っている。
彼女の前の机には書類の山……と、何故か手のひらサイズの人形が置かれている。
「ニーナさん。聞いていいですか?」
「なんでしょう?」
ニーナさんはカクリと首を傾げる。……とぼけるつもりなんだろうか?
「その手にした釘をあなたは何に使う気なんでしょうか?」
すると、ニーナさんはため息をついた。たぶん、今のため息にはドラゴン族のブレスよろしく、たっぷり邪気が含まれているに違いない。
「少し煮詰まっていたのですが。ちょうど手元に手頃な人形があったので、ストレスのはけ口になってもらおうかと」
「そんな軽いノリで、呪いの儀式めいた事はやめて下さい」
「儀式めいただなんて。略式とはいえ、ちゃんとした呪詛魔術ですよ」
「なおさらダメでしょ! というか誰を呪うつもりだったんですか!?」
「いえ、ね。受付にギルド長を怖い呼ばわりする悪い子がいたんです」
あ、やっぱり。あの時の会話が、霊界ネットワークに引っかかってたか。
「ギルドの長たる者がそんな細かい事気にしたらダメですよ! スーちゃん。あれだして」
スーちゃんに、ハウスさんに作ってもらった昼食セットを出してもらった。
「ほらっ。ちょっと休憩入れましょうよ。差し入れもってきましたから」
「……ああ、いい匂いですね」
ぽすっとニーナさんが机に突っ伏した。……煮詰まってるのはマジっぽいな。
俺は来客用ソファ前のテーブルに昼食セットを並べていく。
カップスープ、香辛料を効かせたポテトサラダ、サイコロ型に切り分けた肉の甘酢あんかけ。
匂いにつられる様に、ふらふらとニーナさんがこっちに来る。……なんか、
とにかく、受付の人をニーナさんの魔の手から救えたっぽい。
……タイミングを見て、あの人形も回収しとかなきゃな。
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