三章 虚本偽書がもたらすもの
46.数の暴力を身をもって知りました
三章 虚本偽書がもたらすもの
46.数の暴力を身をもって知りました
飽和攻撃。
ようは相手の迎撃能力を上回る攻撃で倒しにかかる事だが。
それは俺こと
召喚師としての特性を利用して、スケルトンアーミーによる物量攻撃を始め。スーちゃん増量押し流し攻撃や、ケンザンの選り取り見取りな分体アタックもこれに当たるだろう。
迎撃能力を上回るという時点で、相手にとってはフザケンナという手段だが、勝てば官軍って奴だ。
――なんて、思っててスイマセンでしたっ!
誰か、この状況なんとかしてっ!!
「お代わりが来たっすよっ」
「マジですか!?」
ハリッサさんの報告に悲鳴をあげる俺。
お代わりも何も、視界一面が真っ白。それに混じって赤い光が多数。全然処理しきれてないんですけど!?
現在、ダンジョンにてスタンピートラビットの大群と交戦中。いや、交戦って状況か?
倒しても倒しても、減る気配がない。
スタンピートラビットはこの世界ではポピュラーな魔物で、Eランク冒険者でも狩れる程度の魔物だ。
ただし、単体ならの話だ。
奴らはとにかく群れる。
攻撃手段こそ【戦技:チャージ】による体当たりくらいで、初撃さえしのげばどうとでもなるはずなのだが、それが十数匹レベルになるとDランクパーティですら油断してると飲まれる。
数十匹レベルの群れが、Cランクの複数パーティ合同案件。
だが、今目の前の状況はそんな生温い状況ではない。
数えるまでもなく三桁はいる。それが真っ赤な目に狂気を宿し、一斉にこっちに突進してくるのだ。
前衛のヴィクトールさんが【盾:防壁】で正面からの攻撃は防いでいるが、スキルによる防御障壁を迂回してこっちのフォーメーションの内側に食い込んでくる。
むろん、今この場にいる面子でスタンピートラビットに遅れをとるような人はいないが、とにかく数による力押しが酷すぎる。地球防衛軍のアリさんラッシュより酷い。
スタンピートラビット側も、通常はある程度味方がやられたら退却するものなのだが、その気配もない。
こんな時こその俺の持つ数の暴力を見せる時なのかも知れないが、今は事情があってそれが出来ない。
「ニコライッ、マサヨシッ、行ったぞ!」
やべっ。
ヴィクトールさんのスキル防御を迂回し、カイサルさんとクロエさんの間を抜けた数匹がこっちに向かってくる。
スーちゃんに指示を出すが、
くそっ、一匹捕らえ損ねた。
これは食らうぞっ。
スタンピートラビットの
しかし、彗星のごとく一直線に俺に向かってきたそれは、横からの杖の一撃を受けて地面をバウンドする。そして、それをスーちゃんがキャッチする。
「すいません。ニコライさん」
「いいよ、気にしないで。マサヨシは作戦の要なんだから」
「まぁ、その作戦を思いついたのもそもそも俺ですから」
「採用したのは団長さ。それよりも、今ので影響は?」
「大丈夫です」
言いつつ念を入れて、俺は意識ネットワークを確認する。
クロさん部隊、問題無し。
ケンザン部隊、問題無し。
家具ズ部隊、問題無し。
「今のところ、特に苦戦もしてませんね」
「了解。しんどいとは思うが、がんばってくれよ。マサヨシ」
「はい」
今の俺は別行動してる三部隊の監視も行っているせいで、
今必要とされているのは、ダンジョンを踏破する能力もさる事ながら、道中の情報分析も重視される。その為、各部隊を【召喚魔法:五感共有】を通して、リアルタイムで情報収集している。
ただ、俺自身を含め4つのチャンネルから情報が来るから、どうしても俺自身の動作に影響が出ている。元の世界のネットゲームにたとえれば、ラグいのだ。
ニコライさんに言ったように、元はと言えば俺が言い出した事なので、どこにも文句はつける事が出来ないのだが。
と、そこへ俺の意思へコンタクトを取る存在が。
ようやくか。
エリカ、見つけたのか?
『たぶん、これだとは思う』
やや自信がなさげだが。まぁ、今まで見た事のないものを探させてたんだ。無理もないだろう。
『とりあえず、映像を送るから確認してくれ』
ガイドさんからエリカの視覚情報が送られてくる。エリカは本来取得するはずだった感知系、探知系スキルをガイドさんに丸投げしてしまっているので、こういった事はガイドさんの仕事になる。
送られてきた映像は、スタンピートラビットの群れの中に混じってる数匹の一回り大きな個体。
スーちゃん情報でも確認。上位種であるアークスタンピートラビットで間違いない。
「カイサルさんっ。エリカが群れのリーダーを発見しました!」
「すぐに対処してくれっ! ニコライはさっき言った事を試せ。ニコライとマサヨシ以外は全員
カイサルさんの声にみんなは掛け声で応えて、反撃を開始する。
エリカ、やれ! 一撃で決めろ!!
『了解!』
上位種のうちのどれがリーダーなのか。それとも全部がリーダーなのか分からないが、一匹でも討ちもらしたら今の状況が終わらない可能性がある。それにエリカなら一撃で終わらせる力を持っている。
スタンピートラビットに存在が気取られないほどの高度からの、絶対矛盾による落下攻撃。【特殊:高速飛行】による加速が加わるそれは、自由落下の比ではないスピードで地表に激突するはずだ。
エレディミーアームズであった頃のものとは、高高度から個性で固定した特殊ワイヤーを伴って突撃していた為、範囲、威力共に比べ物にならないが、それでも魔物相手に使うには十分すぎる威力を誇るだろう。
まぁ、爆撃機を上回る空対地能力持った戦闘機だった頃と比べるほうがあれだろう。国連もよくあんなの相手にしてたな。同情だけはしてやる。
恐らく、アークスタンピートラビットは何が起こったのか分かる間もなく、消し飛ぶだろう。肉一片すら残るかどうか。
……惨い気もするが、こっちも余裕がないのだ。
『終わったよ。後、なにか他のウサギが逃げだしたんだけど』
やはりか。
エリカ。追わなくていいから、上空で待機しててくれ。
エリカの
「エリカがリーダーを潰しました!」
「了解! 団長! いきますよ!!」
ニコライさんの杖の先端が弧を描く。
瞬間、魔力の波動が彼を中心として広がっていくのを感じる。
【治癒魔法:範囲状態異常解除】だ。
字面まんまのスキルで、本来は味方に対して使うものなのだが。
途端に周囲の空気が変わる。
スタンピートラビットの目から狂気の光が消えていく。押し寄せる津波が一瞬だけ、静止画像のように動きを止めた。
だが、これは二度目だ。
すでに戦闘開始序盤で、スタンピートラビットの無謀な猛攻が状態異常によるものだと、ニコライさんが見抜いていた。
状態異常の種類は狂気。精神的な視野狭窄とも言うべき状態異常で、一つの物事にとらわれると他の事が目に入らなくなる。戦闘中にこれにかかると、『
ただ、一度解除したはずの狂気はすぐに元に戻ってしまった。ので、恐らく上位種のスタンピートラビットが持つ【状態:狂気】によって、支配されているのだろうとアタリをつけ、エリカに探してもらっていたのだ。
そして、それは功を奏したようだ。一度目のように狂気状態に戻る事もなく、スタンピートラビット達はお互いを見、そして次に地面のおびただしい同族の死体を見、そして再度お互いの顔を見る。
脱兎という言葉があるが、まさにそのものの光景が目の前に広がる。
ニコライさんのスキルの範囲外のスタンピートラビットも、仲間が恐怖に駆られ逃げ出すのを目にして我を取り戻したのだろう。ついには全てのスタンピートラビットが、出現した巣穴へと消えてゆく。
「やっとおわったの?」
リズさんが地面に座り込んだ。
それを皮切りに、みんな戦闘姿勢を解除した。
「おつかれです」
「まったくだ。当分スタンピートラビットは見たくないな」
「ですねー。あ、スーちゃん。悪いけど
頭をかきつつため息をついてるカイサルさん。
いやー、ほんとしんどかったしね。
スーちゃんは分裂して、スタンピートラビットを回収し始める。とにかく倒した数が多いのだ。スーちゃんでも一体のままでは時間がかかりすぎるのだろう。
累々と並ぶ死体。
改めて見ると、酷いというかグロいというか。
魔物とはいえ、これだけの死体の数はあまり見たくないなぁ。
一応、肉は食材、皮と足が魔物素材、それに魔石。加えて単体では弱い事もあって狩られる事が多い魔物なんだが、今回の目的は調査だったし別に殺しあう必要もなかったんだが。
俺はスタンピートラビットが消えた巣穴を見た。
穴のサイズはスタンピートラビットよりも大きめだ。だが、あの量のスタンピートラビットが全て入り込んだ事を考えると、単に深い穴とかそういうものじゃないと思う。
恐らく――。
「スポーンゲートだろうな」
俺の視線から考えてる事を読んだのだろう。カイサルさんが口にした。
あの巣穴の中は単なる空間じゃなくて、スタンピートラビットのスポーンゲートと繋がっているのだろう。
さっきやったように上位種を倒すか、巣穴をふさぐかしないと延々スタンピートラビットと戦い続ける事になるのだろう。
「また出てくると思います?」
「まぁ、まずないだろう。魔物が引っ込んだり、一度湧いてくるのが止まったりしたら、そこまでだな。再度湧くってのは経験上なかったし、聞いた事もないな。まぁ、念のためにあまり近づかないほうが良いだろうが」
「ですね」
また出てこられてはたまらない。
「ん? あれは?」
「ああ、休憩場所を作ってくれたみたいですね」
数体のスーちゃんが回収作業してるなか、一体だけがぽよんぽよんと同じ場所で弾んでいる。その周囲はスタンピートラビットの死体がきれいになくなっている。血の痕跡すらない。
「さすが、スーちゃん様々だ。おい、休憩にするぞ!」
カイサルさんが全員に向けて声をかけるとみんな集まってきた。
今回のパーティの面子はニーナさん以外の
皆が適当な場所に座ると、スーちゃんが軽食を配って回る。
お、ペイのおにぎりだ。作ったハウスさんは凝り性だから、具は手が込んだものだろう。
カイサルさんもそれを受け取ってから、俺に聞いてきた。
「マサヨシ。他はどうなってる?」
「順調ですね」
事情があって別ルートを攻略している俺の契約魔物達も、特に大きなダメージを負う事もなく、順調である事は確かだ。
「ただ……」
「ただ?」
「ここもそうですが、エリア難度は高くなると思います」
「やはり、か」
カイサルさんがため息をつく。
まぁ、ここのルートの状況からある程度予測は出来ていたんだろう。
「ここはBランク相当ですか?」
「ああ。それもパーティ推奨――つっても、こんなもんソロで突破なんて無理だろうな」
カイサルさんが思案顔になる。
「他の連中も無事だといいんだが」
今、《自由なる剣の宴》の他のメンバー。その内のCランク以上で構成されたパーティが別ルートを攻略中なのである。
一応、ウチのクランはランク相応かそれ以上の実力の人がほとんどなので、大丈夫だとは思いたいが。
《自由なる剣の宴》だけではなく、冒険者ギルドの上位クラン勢が現在、ダンジョンの調査に借り出されている。
改変期になっていたアルマリスタの三つのダンジョン。それらは改変期が終わるのもまた同時だった。
だが、改変期が終わったから、全てが元に戻ったかといえば、残念ながらそうはならなかった。
改変期が過ぎるとダンジョンの構成は変わる。
魔物の配置、トラップ、地形。何がどのように変わるのかは事前に予測できない。ただし、分岐型、階層型といったダンジョンのタイプだけは変わらない。
だから、改変期が過ぎた後に、冒険者ギルドがまず行った事は各ダンジョンに斥候を放つ事だった。改変期になった三つのダンジョンは共通して分岐型。保険として帰還石が使えるので、選りすぐりの人材を送る必要もなかったからだ。
だが、帰還石前提で送り出したとはいえ、全ての斥候が帰還石で戻って来たのは冒険者ギルドの想定外だっただろう。
彼らは言ったそうだ。
改変期はダンジョンを根こそぎ変えてしまっていたのだ。
冒険者ギルドとしても、改変期という事でこれまで蓄積してきた情報やノウハウの多くが無と化す覚悟は出来ていただろう。しかし、本当に真っ白になってしまうのは思いも寄らなかったらしい。
過去はそうであったとしても、現在は未知に挑む仕事ではないのだ。リスクこそ他の仕事に比べれば高いが、情報とノウハウを活用し、事前準備をする事により可能な限りリスクを下げる。
しかし、リスクを下げる為の情報とノウハウは失われた。
それでも帰還石が使える以上、時間をかければリスクはかなり軽減出来ただろう。
時間をかける事が出来るのならの話だが。
残念ながらそうはいかなかった。
理由の一つは物資。
現在、アルマリスタではあらゆるものが不足している。
原因は語るまでもなくダンジョンの改変期。それも予想よりも長引いた。
元々備えがあったわけではないので、かなり切迫している。手をこまねいていると暴動にすら発展しかねない。
理由の一つは経済。
冒険者は冒険する者ではなくなったとはいえ、他の仕事に比べればリスクの多い仕事だ。そして、同時に収入が多い。あくまで見習いであるEランク、Fランクを除いた場合だが。
リスクの多い仕事ゆえに、明日何があるかわからない。だから、金離れも良い。冒険者はダンジョンからの資源の採取を担うと共に、優良な消費者でもあるのだ。
だが、改変期によってダンジョンに入れなくなれば、当然財布の紐は堅くなる。そうなれば、彼らが金を落とすはずだった場所は、当然潤わない。消費が冷え込む。
収入にもっとも直結するのは冒険者だが、二次的、三次的な影響を考えれば、街全体に影響が出るものと思っていいだろう。
理由の一つは忍耐。
もう冒険者は耐える事に限界だった。
ただでさえ改変期が長引いたのに、調査に時間をかけていては、ギルドが制止しても勝手にダンジョンに入る輩が出るだろう。
何しろ改変期のさなかにダンジョンに入った奴らもいたぐらいだ。謎お告げによる警告が来るにもかかわらずだ。
そして、例外なく入った奴は戻ってこなかった。
《自由なる剣の宴》ですら数名いたんだ。当然彼らは帰ってこなかった。
他にも細々とした理由はあったが、要はもう待ったなしという状況になっていたんだ。
だからこそ冒険者ギルドは、上位クランのトップを召集して、命令を下した。
可能な限り早急にダンジョンの調査を行い情報を集めよ、と。
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