41.乱れ舞う矢の軌跡
41.乱れ舞う矢の軌跡
ニコライさんの顔から緊張が解けていく。
ヴィクトールさんの呼吸も穏やかなものに変わっていく。
どうやら山場を乗り切ったようだ。
「もうちょっと奥だね。傷の状態から損傷している範囲を意識して。えっと――」
アドバイスする余裕も出てきたのか。横で同様にヴィクトールさんの治療をしているシロさんの名前を求めて、ニコライさんが俺を見る。
そういえば、存在している事は教えてたけど、名前は言ってなかったっけ。
「名前はシロさんです」
「了解。おっと、シロさん。その調子」
俺の
「……情けをかけられたな」
「馬鹿野郎。命があっただけもうけものだと思え」
少し気落ちした様子のヴィクトールさんにカイサルさんが鼻を鳴らす。が、否定もしない。 実際、相手のドラゴン族であるルキアノスさんは手加減こそしていなかったろうが、弾丸ライナーよろしくあんなにヴィクトールさんが吹っ飛んだのは、そういう風に殴ったからだろう。
もし、拳を打ち下ろしていたり、ヴィクトールさんが地面をバウンドするような角度で殴っていたら、助からなかった可能性は高い。吹っ飛ぶというのはそれだけ力が逃げているという事なのだから。
しかし、無茶だとは思ったが予想以上だぞ、ドラゴン族は。
ルキアノスさんはスキルを使っていなかった。スーちゃんが見ての判断だ。間違いないだろう。それでいて、あの威力。
そして、ドラゴン族はスキルを使えない訳ではないという事は、すでに矢文の件で証明されている。
別にエリカや
アルマリスタにはドラゴン族を追い出すつもりはない。そりゃ、こんなの相手に恨みを買いたくはない。
しかし、双方にとってそれは幸せな選択になるのか?
元の世界で
では、今のアルマリスタとドラゴン族。お互いに仲良く付き合いましょうなんて可能なのか?
元の世界での結末の二の舞にはなりはしないか?
ドラゴン族は虎なんかよりもよっぽど強大な存在なんだぞ?
そして、そんな事を考えていたせいで、反応するのが遅れた。
気付いたら、リズさんが誰よりも前に出ていた。
次峰であるエリカよりも前に、だ。
「……リズ?」
ヴィクトールさんの呼びかけが届かないかのように、彼女は振り向かないままエリカへの言葉を紡ぐ。
「悪いけど、次の一戦。譲って貰える?」
エリカはオレへと目で確認してくる。あいつの決断は俺が預かっているからだ。
ヴィクトールさんがこんな目にあってるので、止めたいところだ。
だが、そもそもヴィクトールさんがこんな目にあったのはなぜだ? それは、俺が止めなかったからだ。
言い訳くらいなら出来るだろう。言い訳なら。
だが、俺にはその気になれば、問答無用で力押しする事も出来る。冒険者ギルド長であるアーロンさんの意向を無視し、ヴィクトールさんが出るスキも与えずに。
俺のもっている力は強大で。
そして、にも関わらず俺はヴィクトールさんを止めなかった。
それは結局はヴィクトールさんの意思を追認したようなものだ。
そして、そうしてしまった以上、ここでリズさんを止める言葉が見つからない。そんな事をする位ならヴィクトールさんを出すべきではなかった。
危険を承知で進むのは冒険者の権利。
ヴィクトールさんは冒険者であり、リズさんもまたそう。そして、俺も。
「ニコライさん。余力はありますか?」
「この程度でへこたれる位なら、Bランク昇格なんてギルドを抜けてでも返上してるよ。マサヨシ」
実際、余裕を感じさせる声に、俺はエリカに向かって頷いた。
「いいよ。私は問題ない」
「了解。ヴィクトール、骨は拾うわ」
エリカの言葉を当然とばかりに、リズさんは弓を携え更地の中央に進む。
弓を使うのか?
リズさんの職業は弓戦士。ただ、本領は蹴りを主体とした近接スタイルだ。
元々は弓メインだったが、敵に近寄られた時の為に蹴りのスキルを身につけ、本人曰く『次第に蹴ることが気持ちよくなっていった』との事だ。
何気にこの人も
「相手を指定したいけど、問題ないかしら?」
リズさんは審判であるクレメンティさん、そしてドラゴン族長のサンドロスさんに向けて声をかける。
クレメンティさんは返答せずにサンドロスさんを見る。ドラゴン族の判断に任せるようだ。
「誰を希望している?」
「冒険者ギルドに矢で文を届けてくれた人がいるでしょう? その人と」
そういう事か。
先の一戦でヴィクトールさんは防御という得意分野で挑み敗れた。
ここから冒険者ギルド舎に矢を放ち届けるという離れ技をしてのけるのだ。矢を放った
その名手を正面から打ち破る事で意趣返しするつもりなんだろう。
サンドロスさんは隣のセレーネさんを見やる。
そして、セレーネさんが頷く。
まさか。
セレーネさんの姿が薄れていく。同時に反比例するかのように小柄な人影が濃くなっていく。
「変身系のスキルですね。ドラゴン族には使い手が多いと資料にありました。ただ、何にでも変身出来る訳ではなく、神明種のような人と呼ばれる種族。それも特定の姿のみらしいです」
雷電――もとい、ニーナさんの解説が入る。
まぁ、見たところ変身というよりも、ドラゴンとしての姿と人としての姿を持っていると言うほうが近い気がする。
セレーネさんの今の姿は完全に人族のそれだ。それも服装まで変わっている。ドラゴン族特有の簡素なものではなく、冒険者服の上に皮鎧を着たような格好だ。
あれじゃ、外見からでは普通の冒険者と見分けがつかない。スーちゃんがスキルの気配を感知しているが、気配が弱いところから魔力コストは低いと思われる。
ドラゴン族全員が使えるのかどうか分からないが、これを使われてテロられたらかなわんな。ドラゴン族がそれを良しとするかどうかはともかく、こんな事がアルマリスタに知れ渡ったら、街の住民が疑心暗鬼に陥るだろう。
……これは落としどころを考える必要があるかもな。
二戦目開始まで少し時間がかかった。
お互い飛び道具での勝負である以上、距離と周囲への安全策が必要。審判であるクレメンティさんがそう判断したからだ。
結果として、取り囲むドラゴン族の輪が一回り大きくなった。ドラゴン族
リズさんの流れ矢は、結構シャレにならんのだが。まぁ、直撃じゃないかぎりは頑丈だから死にはしないだろう。
怪我
こっち
流れ矢を防いでもらう為に召喚したが、スーちゃんとケンザン以外は本体での防御は禁止してスキルオンリーで守ってもらう。
セレーネさんの弓スキルをリズさん相当と考えると普通に貫通しかねん。それに流れ矢をこっちに来るのは防げても、本体にダメージが通りかねない。無茶はするなと武具ズの盾部門に念押ししておく。
お前ら、怪我でもした日にゃ
……今、ちょっと動揺した奴がいなかったか?
まぁ、いい。指示守れよ。
武具ズの返事を確認してから、クレメンティさんに準備が整った事を合図する。
「二戦目、始め!」
宣言と同時にクレメンティさんはこっちに避難。いや、まじで危ないしね。
そして矢が空中を飛び交う。
曲がり、分裂し、空を裂き、咆哮を轟かせる。
もはや弓矢の勝負ではなく、元の世界でのミサイル戦を思わせる。
リズさん、セレーネさんは共に一歩も動かず。ただ、ただ弓に矢を番えて放つ。
そのままでは命中するはずの矢は、双方
あんたら、弓矢の使い方間違ってるよ。今更だが。
お互いに相手を狙ったものは外さないが、撃墜やフェイントに使った矢は容赦なく周囲にまき散らかされる。
予想通りにドラゴン族に被害が出ている。死者が出ていないのは流石だが、軽傷とは言いがたい。サンドロスさんもさすがに浮き足立ってる。
自分達の力を信じるのは勝手だが、敵に同等以上の力の持ち主がいる可能性も考慮して欲しい。リズさんが相手を指名した段階で、相応の力があるとわかって欲しかった。
矢の応酬は当初互角だったが、徐々に差が出始める。
優勢なのはリズさん。セレーネさんに矢がかすり始める。
恐らく、ドラゴン族の力の強さはステータス由来のものなんだろう。弓という武器の仕組み上、単に筋力が高いだけでは威力を発揮できない。無理に絃を引けば壊れるだけだ。
スキルによる上乗せは出来るだろうが、スキルの適性、熟練具合は人とそれ程変わらない。
それを今、リズさんが証明している。
正面突破に加えて、弧、鈍角、鋭角。様々な変化を加えた矢がセレーネさんに牙を向いている。
一つ二つ、とついには矢が刺さり始める。
こうなるともう一方的だ。ただでさえ、分が悪いのにダメージが入ってしまえば、状況は悪化するしかない。
そして、ついにはセレーネさんが弓を手放した。
スキルの性質なのか、無理をしたのか分からないが、一瞬で元のドラゴンの姿になり、矢を受けつつもリズさんに突進をかける。
距離は一瞬でつめられ、振り下ろされる拳はしかし。寸前で止められた。
「なぜ、うたない」
リズさんは突進されている最中に矢を放つのを止めていた。
すでに勝負はついているからだ。
「………………」
無言で矢を番えた状態のまま、貧乳のエルフ族が勝気に微笑む。
リズさんのやりたかった事はヴィクトールさんの意趣返し。
力の種族であるドラゴン族を、限定条件付きとはいえ正面から打ち破った。
残るは
リズさんは相手を指名こそしたが、決闘の条件自体には触れていない。つまり、弓での勝負を捨てたからと、即負けにはならない。
だから、クレメンティさんも勝利宣言していない。
族次長。族長に次ぐ地位。
果たして、負けを受けいれられる器なのか。
結果、拳は振り下ろされた。
リズさんをかすりもせず、地面へと。
「我の負けだ。審判よ、勝者を称えよ」
感情を押し殺した平坦な声でセレーネさんは言った。
地へと打ち付けた拳をあげ、背を向けてサンドロスさんの元へと戻っていく。
「二戦目、勝者はアルマリスタ」
クレメンティさんの勝者宣言により、リズさんの勝ちが確定した。
この一勝は大きい。単に勝ち星だけの問題ではない。
ドラゴン族は敗北を受け入れられる。それがわかった事が大きい。
もし、さっきセレーネさんが敗北を受け入れられず、リズさんへと拳を振り下ろしていたら?
元の姿に戻った段階で俺はクロさんを召喚していた。
ケンザンの持つ最大威力スキル【風魔法:滅電撃】。
クロさんの持つ最大威力スキル【火魔法:滅炎撃】。
その二つが俺の【特殊:魔力供給炉】で強化され、彼女は形すら残らなかっただろう。
かつて彼女が口にした獣という言葉。敗北を受け入れられずに人に牙を向くというなら容赦はしない。隣に虎がいる理論を、俺は受け入れる事は出来ない。だが、こちらに危害を加えるというなら話は別なのだ。
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決闘が
というのも、ドラゴン族の流れ矢の被害が大きかったからだ。
治療役はシロさん。ニコライさんはシロさんの
当初はドラゴン族も受け入れを渋っていたが、スキルの訓練の一環という理屈で強引にのませた。
といっても、嘘ではない。
シロさんは治癒スキルを覚えて間もないし、使う機会もなかった。
その為、ドラゴン族から時々悲鳴が聞こえてくるが。まぁ、耐えてもらおう。
ちなみにドラゴン族が悲鳴をあげるほどの苦痛を生み出せる治癒スキルは、使い方次第では攻撃にも拷問にも使える。まぁ、治療の為のスキルをそんな目的に使うのは悪趣味だと思うし、俺の見える範囲内ではやめてほしいけどね。
こっちは怪我人がいないので、スーちゃんに収納スペースから、ハウスさんが作った軽食を出してもらってティータイム。
あ、収納スペースについて。
実はスーちゃんが進化した時、【特殊:収納】は二つに分かれた。
一つはリガス達を放り込んだ、【特殊:隔離空間】。もう一つは【特殊:時間停止収納】。
前者は【特殊:収納】の生物を入れられないという条件を撤去したもので、後者は収納スペース内の物体の時間を止められる。
一応凄いスキルのはずなのだが、実はあんまり有効活用していない。使い道が特に思いつかなかった。ので、【特殊:収納】の頃と使い方が変わっていない。
せいぜい【特殊:時間停止収納】を
保管屋は泣いていいと思う。
【特殊:隔離空間】なんか、本来は大量の兵士を隠して輸送できるので、脅威度が高いはずなんだが。俺の場合、スケルトンアーミーとか召喚出来るし。奴ら、並の兵士と比較にならない程強いしな。
そういうわけで、かつてのハウスさん家の裏庭状態。いつか有効な使い道がみつかるといいのだが。
さて、そろそろかな?
そう思ったタイミングでカイサルさんが切り出した。
「マサヨシ。頼みがある」
「いいですよ」
カイサルさんは頭をかいて苦笑する。
「即答だな」
「言い出すと思ってましたから」
ヴィクトールさんが、敗れたとはいえ見事な男っぷりをみせた。
リズさんが、力でドラゴンを押し切るという快勝をみせた。
クランのトップであり、今は街の代表者でその責任は重い。
だが、この人も冒険者だ。
ニコライさんは性格からないと思っていたが、ハリッサさんも出たいというようならあみだくじをまた作ろうかと思っていた。まぁ、今回は遠慮しているみたいだが。
幸い、状況は
それに正直、
「ただ、条件をつけていいですか?」
「なんだ?」
「必ず勝って下さい」
我ながら無茶振りしてるのは分かってる。
必ず勝てると言って、本当に勝てるのなら誰も苦労はしない。
だが、ヴィクトールさんの時のような、心臓に悪いのはごめんこうむりたい。
「わかった。必ず勝つ」
……のだが、あっさりとカイサルさんは請け負った。
「参考までに根拠を聞いても?」
この人の事だ。責任とは縁のない軽口は言っても、無責任な軽口は言わない人だ。
「お前にはまだ見せてなかったな。十装の最後の形態を」
十装はカイサルさんの得物にして、十の姿を持つ魔法具だ。
「魔獣を使うっすか?」
ハリッサさんが目を輝かせている。
マジュウ?
「十装のうちでも頭一つ飛びぬけているんだが、なかなか扱いが難しくてな。だが、十装のうちでミスリルゴーレムにダメージが入ったのはそれだけだったんだ。見るか?」
俺は頷いた。
セイントゴーレムのせいで頭から抜け落ちがちになってたが、ミスリルゴーレムも守護者であってもおかしくないスペックだった。
あれにダメージを通せるような形態。普通に興味がある。
「待ってろ」
カイサルさんは十装の剣を鞘から抜いて、変化させる。
……おーい。
ヘルプさん。範囲外かも知れないが出来れば
『……範囲外というか。普通に分かりません。ただ、恐らくはどちらかがオリジナルで、何らかの理由でそれがもう片方に伝わったとしか考えられないかと』
「これが、十装の最後にして最強の姿。魔獣だ」
たぶん、カイサルさんは勘違いをしていると思う。名はスキルで知ったのだろうが、魔獣ではない。恐らくは……魔銃。
俺はそれに見覚えが会った。
元の世界の銃のフォルム。しかも、ただの銃じゃない。
歩兵用携帯兵器型エレディミーアームズの見た目そのものだったんだ。
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