40.絶対矛盾

40.絶対矛盾






 この世界にはスキルやステータスといった、元の世界からするとゲームのような要素が存在する。が、実際のところ、元の世界と大した違いはなかったりする。


 神の見えざるシステムの法則ルールの内側であるという一点においては。


 質量保存の法則、エネルギー保存の法則、万有引力の法則などなど。様々な物理法則は科学的に解明されている。だが、科学的とはいったいなんだ?


 高温は分子の運動が激しい事で発生する。その程度なら高校生なら知っているだろう。


 では、なぜ分子の運動が激しいと熱を発するのか?


 答えられる人は何人いるのだろうか。いたとして、その答えの原因を。さらに答えられるならその又原因を――。


 そして、最後には行き着くだろう。そういう法則ルールなのだと。

 それこそが神の見えざるシステム。

 この世界のスキルやステータスがそうであるように、元の世界もまたシステムの管理下にあったのだ。


 ただし、そのシステムの外側に飛び出してしまった存在が現れた。それがエレディミーコア。本来なら神の手によって、抹消されていたはずの存在は、神の不在によって放置された。


 特に問題だったのはエレディミーコアの個性だろう。

 エレディミーというエネルギーの存在も規格外と言っても過言ではなかったが、個性に関しては完全に法則ルールの外側だった。

 実用するにはセンチ組がやっとであったのがせめての救いか。


 エレディミーコアの個性がどれだけ法則から外れたものだったのか。それは俺のエレディミーコアの個性である【親和性】が、世界そのものと言っていい見えざるシステムを再起動させた事が一端を物語っているだろう。


 そして、エリカのエレディミーコアの個性は【物質の相対位置固定】。

 エリカのエレディミーコアが発するエレディミーを通した物体及びその周囲の物体の位置を固定する。

 例えば椅子に乗ったりんごを固定すれば、椅子をどけても地面に落下しない。エレディミーコアが上に1メートル移動すれば、りんごもそれにあわせて移動する。

 聞いただけでは、たかがその程度の事と思われがちだが、とんでもない。

 センチ組の個性はどれもとんでもなく、法則ルールの外れ具合ではさらに上回る奴もいたが、こと戦闘に限って言うならエリカのエレディミーコアの個性がダントツだ。


 考えてもみてほしい。

 物質の相対位置を固定するという事は、エレディミーコアから見ると、その物体は常に変わらないという事だ。そして変わらないという事は破壊されないという事でもある。


 大気を固定したらどうなる?

 それはあらゆる攻撃を防ぐ盾となる。ミサイルだろうが、レールガンだろうが、波動砲だろうが、突き穿つ死翔の槍ゲイ・ボルクだろうがだ。

 そして、固定出来るのはエレディミーを通した物体とその周囲。

 十数メートルの特殊ワイヤーにエレディミーを通して固定する。エリカは戦闘機。その状態で飛行するだけで、すれ違った敵機は切断される。空を翔る刃の出来上がりだ。


 撃墜不可能にして防御不可能。それが国連に空の悪夢と呼ばせたエリカのエレディミーコアの個性。


 そして、元の世界において法則ルールから外れた力は、この世界でもまた法則ルール外となった。

 俺の魔力が桁溢れオーバーフローしたように。

 エリカのそれは所有という、本来存在しない項目となった。


 絶対矛盾。


 絶対の矛と絶対の盾という意味ではない。

 絶対なる矛にして、絶対なる盾でもあるもの。それが絶対矛盾。

 攻防が同居するその力の前に、法則ルールの内側にある誰が勝てると言うんだ?






 シルヴィアさんは善戦している。善戦しているだけだ。

 決して勝てない。

 たとえかつてAランクであった頃の力があったとしても、法則ルールの外側にいるエリカには届かない。

 どれだけ光刃を作ろうと、どれだけ風の弾幕を作ろうと、正面から突破される。

 そして、エリカの攻撃はよけるしかない。どれほどの力を持ってしても、エリカの動きに合わせて動く空気の壁を妨げる事は出来ない。

 無情だが、それが現実。法則外ルールブレイカーである俺達に勝つには、自らも法則ルールから外れるしかないが、法則ルールの内側にいる限りその手段はない。

 無理ゲーもいい所だ。


「あっ!?」


 疲労からか。三日月斧がシルヴィアさんの手から離れた。

 そして、空中戦が終わる。シルヴィアさんが地面に降りたのだ。

 元々、エリカには飛行による魔力コストゼロという反則アドバンテージがあった上に、魔力消費を抑えるらしい三日月斧が手から離れれば、戦闘続行は困難だろう。

 落下して地面に激突しないか一瞬焦ったが、その分の余力は残していたらしい。まぁ、最悪でもスーちゃんがキャッチしただろうけど。


「私の勝ちよね?」


 落下するような勢いで降りて来たエリカが、地面スレスレで停止する。

 シルヴィアさんは額の汗を拭いながら、弱々しく微笑んだ。


「ええ。貴方の勝ちよ。それでいいでしょう? クレメンティさん」

「え? あ、はい」


 いきなり水を向けられて面食らっているクレメンティさん。まぁ、あんなもん見せられたら呆気にとらわれても仕方ないよな。

 さすがに本番で、そんな事では困るが。

 でも、少なくとも出る幕じゃないと理解してもらえれば十分だろ。


 カイサルさんがシルヴィアさんに肩を貸す。


「すいませんでした」


 そんな彼女に、俺は色々な意味を込めて謝った。

 その込めたウチのどれだけを受け取ってくれたのか分からないが、シルヴィアさんは黙って首を横に振った。



 さて、と。

 これで準備は整ったかな?




 あ。この後、エリカには1時間正座させた。

 当然だよね。



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 そして、決闘の日。決闘の時間。決闘の場。


 場所は元ゴブリン村のあった更地。

 ぐるっとドラゴン達が壁のように取り囲む中に俺達はいる。

 アルマリスタサイドは〈赤い塔〉30階攻略組。……何故かニーナさん含む。恐らく徹夜で仕事を片付けたんだろうと思われる目の隈が、ただでさえ高いホラー度をワンランク上げている。

 あのドラゴン達ですら、若干かなりニーナさんの放つオーラ瘴気に引いている。


 エリカももちろんいる。

 そして、審判役として《アルマリスタの盾》のクレメンティさん。


 決闘のドラゴンサイド

 族長のサンドロスさん。族次長のセレーネさん。そして、エリカに突き飛ばされたカロロスさん。……やっぱこの人にはエリカを出さないと納得しないだろーなぁ。

 残りの二人は見覚えないがないが、そもそもドラゴン族と接触した時間が短かったのだ。一人々々の顔を覚えるのなんて、目隠し状態でウォーリーを探せより難しい。



「確認するが、これに勝てばあの街は儂らの下につくのだな?」


 やや疑わしそうに族長であるサンドロスさんは言う。

 ドラゴンは力の種族。決闘に負けるはずがないという自信がある。だからこそ、彼らに優位と思ってしまう条件があっさりと決まった事に、逆に不審なものを感じているのだろう。


 だが、カイサルさんはそれを承知の上で、落ち着いた声音で言う。


「間違いない。その事はアルマリスタの全てのマスター権限者の名を借りて誓おう」


 嘘は言っていない。だが、この件は冒険者ギルドがかなり強引に推し進めた。これで負けた日にはギルド長のアーロンさんや俺達は死罪だろう。

 まぁ、そうならない為の5対5というルールなんだが。




「では、1戦目。両者前へ!」


 やや熱を帯びた声でクレメンティさん。まぁ、晴れの舞台だからね。


 向こうからは、武器を持ってこそいないが、他のドラゴンと比較してもゴツイ肉体を持った人が前に出てくる。

 そして、こっちの先鋒はヴィクトールさん。


 当初はスーちゃん達、桁溢れオーバーフロー組で先に3勝とるつもりだった。だが、病院から包帯だらけのアーロンさんが戻ってきて注文をつけられたのだ。

 ドラゴン族の力は恐れられている。だが、恐れられているわりにはその力がどれ程かは具体的には資料にない。……まぁ、実際のところは賢者ギルドが隠蔽してるんじゃないかと思うが。ニーナさんの言動から察するに。


 とにかく、俺達の無茶を通すかわりに情報をとってこいとの命令だ。まぁ、アーロンさんも物理的な首がかかっているわけだし。その言葉を無視できない。

 という訳で先鋒はヴィクトールさんだ。ちなみにどうやって決めたかは俺が作ったあみだくじだ。

 何気にローカルルールが多いあみだくじだが、俺が採用したの人数分の縦線に適当に横棒を入れて、さらに参加希望者が一人一本ずつ縦線を選び、加えて横線を追加する方式だ。ハリッサさんが斜めに線を引き、横棒をクロスさせて場を混乱させる一面もあったが。


 とにかく、それで先鋒はヴィクトールさんに決まり、次峰は参加確定であったエリカ。中堅、副将、大将は俺の契約魔物の順になっている。


 まぁ、大丈夫だと思うが万が一にそなえてニコライさんがスタンバイしてる。もし、それでやばいようだったらシロさんもいる。



 そして、クレメンティさんが始めと口にする前に、ヴィクトールさんが手で待ったをかける。


 なんだろ?


「頼みがあるんだが」


 彼が語りかけたのは対戦相手であるゴツイドラゴンだ。


「ナンダ?」


 しゃがれた声。まるで無理矢理言葉を紡いでいるような感じだ。サンドロスさんやセレーネさんは流暢に喋っていたのだが。個人差があるのか?


「勝負の方法はお互いを倒すのではなく、そちらの全力の一撃を、俺が防ぎきれるかどうかで決めたいのだが」


 ……は?


「ジブンノイッテイルイミガ、ワカッテイルノカ?」


 俺も聞きたい。

 ドラゴンは力の種族。一撃とはいえ全力を受け止める!?

 ヴィクトールさんの職業は重戦士。鎧系スキルや盾系スキルに高い適性を持ち、さらに本人も防御に特化している。

 が、防御力が高いからなんでも受け止められるわけではない。時には相手の攻撃のでがかりを潰したり、そらしたり。様々な方法で相手の攻撃に対処できるのがヴィクトールさんの本領のはずだ。


「おい、ヴィクトール」


 カイサルさんが声をかける。声に咎める響きはないが、無視出来ない重さがある。

 だが。


「悪いなカイサル。以前から思っていたんだ。俺のいる位置はどのくらいなんだろうってな」


 壁の強度はどれほどの力に耐えられるかで決まる。それは分かるが、無茶がすぎる。

 決闘のルールは不殺じゃないにしても、参ったギブアップも出来るし、審判が戦闘不能と判断すればそこで終わる。

 だが、一撃で全てを決めるなら、そのルールも無意味だ。


「分かった。好きにしろ」

「カイサルさん!」


 俺は思わず許可を出したカイサルさんを仰ぎ見るが、彼は諦め顔だ。


「危険を承知で進むのは冒険者の権利だ。あいつに限って、義務であるそこで終わる覚悟がないとも思えん。止める理由がない。……思いつかない」

「いや、しかし――」

「マサヨシ君」


 言い募ろうとした俺は、リズさんに止められた。


「ヴィクトール。ここで終わったら蹴り飛ばすからね!」


 彼女の声にヴィクトールさんは応えるように盾を持ってないほうの手を上げた。得物のメイスは腰に下げたままだ。


「ナハナントイウノダ?」

「ヴィクトール。あんたは?」

「ルキアノス。……イノチノホショウハデキナイゾ」

「望む所だ」

「ソウカ。シンパンヨ、アイズヲ」


 ゴツイドラゴン――ルキアノスさんは身をよじり拳を引く。ひと目でその一撃に全力を込めるつもりなのが分かる。


 くそっ。



【召喚魔法:召喚】



 シロさんを召喚する。それぐらいしか出来ない。

 死なないでくれよ、ヴィクトールさん。


 クレメンティさんは一連の流れに戸惑っていたが、やがて状況を飲み込めたのか。落ち着きを取り戻し、張りのある声を上げた。


「一戦目、始め!」


 勝負は一瞬だった。


「スーちゃん!!」


 本来声をかける必要もないし、そんなものを聞いて動いていたら間に合うはずもなかったが、俺は思わず声を上げていた。

 だが、間に合った。両者の立ち位置は決まっているのだから、吹き飛ばされた場合の軌道はある程度絞れる。スーちゃんは体積を増やして、その範囲を全てカバーしてのけた。

 だが。


「ニコライさん! シロさん!」

「分かってる!!」


 ニコライさんとシロさんがヴィクトールさんにかけよって、治療を始める。

 状態はかなり酷い。攻撃を受けとめた盾を持つ手が、鎧とサンドイッチになったせいで潰れていた。内臓も損傷しているのか、何度も血の混じった咳を吐く。


「負け……ちまった、か」

「喋るな、ヴィクトール!」


 ニコライさんが珍しく声を張り上げる。

 治癒魔法系スキルはかなり特殊だ。通常、スキルは強力であるほど良い。だが、治癒魔法は強力すぎると対象を衰弱死させる事もある。傷の程度を大きく逸脱すると、かえって相手の負担になってしまうのだ。もちろん、意識的に効果を弱める事は出来る。

 つまり、肝心なのはさじ加減だ。その意味ではステータス的には遥かに上であるはずのシロさんの【治癒魔法:治癒】は、ニコライさんのそれに劣る。経験値に差があるのだ。

 だが、無駄ではない。それならニコライさんは言っている。命のかかっている状況で遠慮するはずもない。



「一戦目、勝者はドラゴン族」



 少し遅れた、クレメンティさんの勝者宣言。

 アルマリスタ対ドラゴン族の決闘。立ち上がりはこちらの黒星からだった。


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