39.空中戦
39.空中戦
問題が一件片付いた。
そう、まだ一件なんだ。
全てが片付いたわけではないし、おかわりが追加される可能性もある。
何よりも肝心なのは、ドラゴン族との決闘が控えてる事だ。
なんで、スムーズに決闘されてくれないのかね?
なんてのは俺の立場だから言える事だろう。百人いれば百通りの考え方があるし、百の立場もあるだろう。考え方が違えば価値観が、立場が違えば利害も違うだろう。
仕方ないっちゃ、仕方ないんだが。
とりあえず、カイサルさんがあちこち走り回ってる。ハリッサさん達も交流があるクランに声をかけている。俺とあまり付き合いのない他の《自由なる剣の宴》のメンバーも動いているっぽい。
……で、俺はといえば図書館でエリカとお勉強だ。
本気で人付き合いをもっと考えないとなぁ。
もっとも、事態は収束に向かっていると思う。
《御馳走万歳》が降りた今、決闘の参加を強く求めているクランは一つ。後は見栄半分の所が多いらしい。
まぁ、ドラゴン相手だし。決闘に強引に割り込むメリットって、それこそ不老長寿目当てくらいだろう。
《アルマリスタの盾》
それが決闘の参加を望む残ったクラン。
街兵士との兼業冒険者の集まりらしい。
街兵士とは、字面通りのギルドではなく街の配下。つまりはアルマリスタ直属の兵士。職業軍人さんである。
その職業軍人さんが冒険者を兼業していいのか? と聞かれると良いと言うしかなく。そして、そこが問題だったりする。
ぶっちゃけ、彼らにはやる事がないのだ。
戦争でもあれば別だったのだろうが。神明教統一戦争以降は、少なくともアルマリスタは平穏だった。
街の治安は元の世界の警察にあたる街警員が、アルマリスタ周辺の安全は冒険者が守っている。
やる事と言えば交代制の街外壁の見張り程度。
一応、
だが、彼らは飢えている。役割に。
見張りも立派な仕事と言えばそうなのだが、それが兵士の本分かと言えば違うだろう。彼らが日々体を鍛え、武技を、魔法を磨き上げているのは戦う為だ。
そういった思いが高じて、戦いをダンジョンに求めたのが《アルマリスタの盾》というクランなのだ。
しかし、果たしてダンジョンでの戦いの日々が、彼らの心を満たしていたのか?
結果は現状が示している。
彼らは飢えている。役割に。
カイサルさんによると《アルマリスタの盾》のトップから、リガスの件を持ち出されたそうだ。
一応、あの件は極秘扱いではあったが、なにぶん〈赤い塔〉30階突破と重なった事もあって完全に情報を隠蔽するのは無理だった。……まぁ、それに多少漏れてくれた方が誤魔化しが効くじゃん。何って
別に《アルマリスタの盾》のトップに咎められたという訳ではなく、なぜ自分達に声をかけてくれなかったのかと言われたらしい。
……いや、ぶっちゃけ人が増えると俺が守りきれんかったし。
とは、言えるはずもない。
彼らにとって、下手をすると街を二分しかねない事態に関われるチャンスを逃した事になるらしい。
チャンスっつーと不謹慎に聞こえるが、彼らは彼らなりに自分達の存在のあり方に危機感を覚えているって事だ。それ自体は悪い事ではないと思う。暴走しない限りだが。
結局の所、彼らが求めてるのは役割だ。決闘の面子に加わる事で、体を張って街を守ったという実感が欲しいのだろう。
ので、カイサルさんと相談し、彼らに役割をあげる事に決まった。
《アルマリスタの盾》のトップに審判を務めて貰う事に。要は街の行く末を決める現場に立会いたいだけであって、決闘に参加したい訳じゃないのだ。
《御馳走万歳》と違って変な裏もなさそうだし、問題ないだろう。
ネックは俺の力が見られてしまう位だが、あくまで現地に赴くのは《アルマリスタの盾》のトップのみという事で、カイサルさんに交渉してもらっている。
俺の力は基本的に秘密にしておいた方が正解なのだろうが、今後の事を考えると、多少は知っている人を増やすというのもありだろう。幸い、カイサルさんの人物評も悪くないようだし。
すでにドラゴン族には日時と決闘に参加する人数は伝えてある。
……矢文で。
俺は普通にハウスさん家経由で手紙を持っていくつもりだったが、その前にリズさんがやっちゃった。というか、よく届くよな。ミサイルじゃねぇんだから。
逆に考えれば、最初の矢文でリズさんが疑われたのも無理ないよな。
ちなみに弓を使う人なら誰でも可能な訳じゃない。蹴りも凄いが弓の腕も確かなのがリズさんだ。これで胸があればパーフェクトなんだろうが。まぁ、その辺は呪われた種族に生まれたと思って諦めてもらおう。
カイサルさんは《アルマリスタの盾》のトップが審判として現地に入る件について、済まなそうにしていたが。
元を正せば、エリカが発端だしな。
……何よりも。実はカイサルさんには、カイサルさん自身が知らないでっかい借りがある。
〈赤い塔〉でのセイントゴーレムの件なんだが。カイサルさんが速攻で倒したので、能力的な事は不明。図書館にも詳しい資料はなかった。
しかし、ひょんな事から、セイントゴーレムが持ってるスキルの一つが判明した。
【状態:聖印】
スーちゃんが【特殊:能力奪取】で奪ってました。
なぜ、カイサルさんが倒したはずのセイントゴーレムのスキルを、スーちゃんが持ってるのかって?
あー、うん。つまりはそういう事だよ。
……実はセイントゴーレムはカイサルさんの一撃を食らって死んだ訳じゃなかったんだよね。あくまで崩れただけ。恐らくはそこから再生出来るスキルでも持ってたんだろうけど。再生される前にスーちゃんが、セイントゴーレムの中心部ともいうべき部分をこっそりと壊していたらしい。
スーちゃん曰く『手柄を譲っただけ』との事。
今更真実を告げるわけにもいかないので。俺はカイサルさんに頭が上がらないのだ。
ちなみに【状態:聖印】の効果なのだが、これは言うなれば聖なる呪いとでも表現すれば良いのだろうか? 最大値が存在するステータス4種に対する持続ダメージ、それに加えて低確率だが即死効果も。かんなりシャレにならないスキルだ。
実はあのセイントゴーレム。あっさり倒されたように見えたが、それは結果的に速攻で倒せた為に被害が出なかっただけで、長引けばやばかった可能性が高い。
〈赤い塔〉30階守護者として相応しい能力があったと思われる。発揮する機会が失われただけで。
ほんと、この世界のスキルは油断ならん。
ついでに言うと、今現在セイントゴーレム素材はハウスさん家の裏庭の地下に隠してある。所有権は商人ギルドにあるのだが、商人ギルド長のラヴレンチさんに言われたのだ。
「隠し切れません」
だよねー。
セイントゴーレムの体は、そのままセイントクレイと言う粘土状の素材になり、形を整えて高熱で焼けば鋼よりも固い武器になり、また魔法具の素材にもなるのだが。
……さすがに流通に流せんよね。
というわけで、ほとぼりがさめるまで裏庭の地下で眠ってもらうしかない。
いや、まじ誰か引き取ってくれないかな。
□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□
決闘の件はほぼ決まり、すでにドラゴン族に対して日時の連絡までしている段階で待ったがかかった。
まぁ、これは想定の範囲内だ。
決闘の面子にエリカがいた事に、《アルマリスタの盾》のトップが物言いをつけたのだ。
これは正しい。エリカは冒険者ギルドに入って間もないランクF。俺もギルドに入った期間こそ短いが、Dランクで実績もあげているので、スルーされた。
《アルマリスタの盾》のトップはクレメンティさん。ランクはB。《アルマリスタの盾》には他にもCランクやCランクプラス相当が結構いるとの事。
そりゃ、納得出来ないわな。
ただ、だったら俺達を代わりに入れろではなく、《自由なる剣の宴》ならより相応しい人員がいるだろうと言ったあたり、出来た人なのかも知れない。
だが、エリカを外す訳にはいかないのだ。
なぜなら、ドラゴン族から人数は好きにしていいが、そこにエリカを含めるように言われている。
まぁ、エリカが事の発端だから当然だわな。
しかし、それをクレメンティさんに言うわけにいかない。余計なトラブルが発生しないよう、決闘に至るまでの経緯は伏せられているからである。
このクレメンティさんの物言いが予想出来ていたので、対処方法も想定していた。
身をもって、エリカの実力を知ってもらう。
……クレメンティさんが正しいだけに酷い話ではあるのだが、それが一番手っ取り早く確実なので仕方ない。
が、ここで想定外の事が起こった。
エリカの実力を示す相手として、シルヴィアさんが名乗りを上げたのだ。
いや、これは本気で想定外。
元冒険者ランクA。しかし、彼女は右足を失って引退したはずだ。そもそも戦えるのかどうかすら怪しい。
だが、それでクレメンティさんは納得してしまった。カイサルさんも仕方がないといった様子だった。
クレメンティさんはまだしも、エリカの力の一端を目撃しているカイサルさんまで反対しないってどういう事!?
そして、結局。決闘の前日に、エリカの実力が試される事となった。
場所はハウスさん家の裏庭。エリカの力も俺のそれ同様にあまり人に知られていいモノではないからだ。
ハウスさん家別館前にいるのは、俺とカイサルさん達〈赤い塔〉30階攻略組。審判の予行演習という事でクレメンティさん。ついでに商人ギルド長のラヴレンチと、賢者ギルド長のニーナさん。
ラヴレンチさんは、冒険者ギルド長代行のシルヴィアさんが、ゴブリン族をかくまっている裏庭の存在を知った事のバランスを取る為に呼んだのだ。そして、ニーナさんは何も言ってないのにここにいた。まぁ、この人はすでに裏庭の存在を知っていたから問題ない。気にしたら負けだ。
シルヴィアさんは、ハウスさんに裏庭に繋いでもらった時はさすがに驚愕していたが、今は平静を保っているように見える。
そして、収納の魔法具から取り出したのだろう、刃が三日月型になっている長柄の斧っぽいものを手にしていた。
対するエリカは素手だ。一応、短剣を買って渡しているが使う気はなさそうだ。
実際、あいつには必要ないものだからな。
ちなみにエリカが負けた場合、クレメンティさんが決闘メンバーに入る事になってる。
「大丈夫なんですか?」
俺は隣のカイサルさんに聞いた。
カイサルさんは頭をかきながら、感慨深そうな顔をしていた。
「まぁ、あの三日月斧を出した以上は本気だろうし。あれでかつてはアルマリスタ唯一のAランクだったんだ。案外、良い勝負になるんじゃないか?」
「でも、シルヴィアさんは右足が――」
「ダンジョンに入るならともかく、こんな短時間の戦闘行為なら大した問題じゃないさ」
カイサルさんはシルヴィアさんの心配をしてなさそうだ。
しかし、短時間なら大した問題にならない?
右足欠損だぞ? 義足と言ったって、元の世界の精巧なものじゃなく、ただの棒に近いシロモノだ。本来なら問題にならないわけがない。
ただ、カイサルさんはシルヴィアさんとかつて同じパーティだった。つまり、シルヴィアさんの戦い方を知っているわけだ。そのカイサルさんが、問題じゃないと言うなら、何かあるんだろう。
「おい、エリカ。殺すのはもちろん、傷つけるのもダメだ。あくまで寸止めだからな」
鼻歌まじりで準備体操をしているエリカに声をかける。どうでもいいが、なんでラジオ体操なんだ? お前はドイツ人だろうが。
「分かってるって。マサヨシは心配しすぎ」
不満そうな顔をするエリカだが。お前に関しては心配しぎるくらいで丁度良いんだ。
何せ、頭で分かっていても、ついでやらかしてしまう奴だからな。
頃合を見て、クレメンティさんが声を上げる。
「双方、準備はよろしいか?」
すっげぇ渋い声。まるで軍人っぽい。……いや、軍人だったなこの人。
「ええ、いいわよ」
「問題なしっ」
当人達が向かいあう。
さて、どうなる事やら。
「始め!」
開始の声と共にシルヴィアさんが、三日月斧を横に一閃した。が、エリカにかすりもしないコースだ。それも当然、そもそもエリカは間合いの外側だ。しかし――。
「あれはなんですか?」
シルヴィアさんの三日月斧の刃の軌跡に、薄い光が残っている。
「残刃の三日月斧といってな。あれがシルヴィアの得物。刃に触れれば切れるのは当たり前だが、あの光も刃と同等の切れ味を誇るんだ。攻防一体のヤバイ奴だ。シルヴィアめ、いきなり使ってくるとはな」
攻防一体……ね。確かにすでに飛行状態で周囲を旋回しているエリカが距離をつめようとする度に、光刃がそれをはばむ。
「確かに、待ちには強いかも知れませんが、それだけじゃ――」
「まぁまぁ。黙って見てろって」
カイサルさんは興味深々といった感じだ。つまりは、他にもまだ何かがあるという事か。
シルヴィアさんの三日月斧を振るう速度は決して早くはない。しかし、確実にエリカの侵入ルートを潰している。
光刃は数秒で消えるようだ。しかし、それだけの時間があれば、追加の光刃を張ってなおお釣りが来る。
ただし、エリカも全速ではない。
「もらったぁ!」
もし、俺の肩にレーダー型スーちゃんがいなければ、捉えられなかったであろう動き。急加速と鋭角な進路変更。しかし、振り下ろした拳槌は空振りに終わった。
寸止めつったろうが、貴様。後で正座だ。
「あれ?」
シルヴィアさんは間抜けな声を上げるエリカの真上にいる。跳んだ。いや、飛んだんだ。
「あれが?」
「ああ、あれがシルヴィアの本当の武器だ」
カイサルさんが頷いた。
なるほど、なぜシルヴィアさんが名乗りを上げたのか。それはエリカの持つ力を計る為か。
飛行スキル。
確かにAランクに相応しいスキルだ。
「シルヴィアさんの職業を聞いても?」
「あいにくと無職だ。〈赤い塔〉での事で足よりも精神的なダメージがでかかったみたいでな。それが引退の本当の理由だ。
元々の職業はエリアルリーパーだ」
エリカがその場を蹴って離れる。そして、ほぼ同時にそこに土煙が上がる。
風の弾丸、あるいは刃。つうか、シルヴィアさんも躊躇ねぇ。
そして、空中戦が展開される。
速度で勝るエリカがなんとか間合いに入ろうとするが、光刃で行動範囲を削られ、さらには風の攻撃で追い出される。
やむなく、エリカはぐるぐるとシルヴィアさんの周囲を旋回してスキをさぐる。
一見すると、シルヴィアさん優位に見えるが。
「シルヴィアさんのあれ。魔力はもつんですか?」
エリカの【特殊:高速飛行】はコストゼロだ。持久戦ならエリカの勝ちだ。
「あの三日月斧には魔力消費低下の能力もある。職業が以前のままならさらに飛行を維持する魔力も減ったんだろうが。それでも、一戦だけならどうとでもなる」
なるほど。
エリカはあくまで魔力コストゼロなので、粘り勝ちも不可能ではないだろうが。それではエリカの力は示せない。それを示す為にこんな事をしているんだ。時間切れなんて、負けに等しい。
エリカが俺の方をちらっと見た。
それに俺が頷く。
どの道、ドラゴン族との決闘では許可するつもりだったんだ。だったらここで見せても問題ない。
「えっ!?」
シルヴィアさんが悲鳴じみた声をあげる。
それはそうだろう。何せ、エリカが光刃に正面から突っ込んだのだから。恐らく、あの光刃は一度だしたら時間経過で消えるだけであって、シルヴィアさんの意思では消せないのだろう。
だが、心配は無用だ。
さらにシルヴィアさんの表情が驚愕に染まる。
光刃が砕けた。エリカに触れる事が恐れ多いとでも言うように。
かろうじて、シルヴィアさんは身をかわすが、その表情には混乱が伺える。
飛行スキルがシルヴィアさんの本命であるように。エリカの本命はこっちだ。
絶対矛盾。
エリカが持つエレディミーコアの個性。
撃墜不可能、防御不可能と呼ばれた戦闘機の力だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます