38.不老長寿と嘘

38.不老長寿と嘘






「はじめまして、エリカさん。私はニーナと申します」


 翌日、図書館前でニーナさんに出会ったそうぐうした

 一応、言っておくがこの人にまだエリカの事は紹介していない。


 エリカに目で尋ねられて、俺はどう説明したものか迷った。


「この図書館を運営している賢者ギルドの長だよ。ニーナさんだ。俺も色々とお世話になっている」


 ……見えない所でもなんかしてるっぽいですけど。

 この人に限り、俺やエリカが異世界人だというのもバレてそうなんだよなぁ。ここで会ったのも偶然とも思えない。今、賢者ギルドも忙しいはずだし。


「そんな事ありませんよ? 私だって散歩くらいは……」


 最後が消え入りそうな声でニーナさんが言う。顔を覆う髪の隙間から、ちらちらとこちらを見る。

 怖いからやめて下さいほんと。後、人の考えは読まないで下さい。


「マサヨシさん」

「はい?」


 ニーナさんはカクリと首を傾げる。


「体操着とメイド服。どちらが正義ジャスティスかと後ろの方々れいたちが議論しているのですが、なんの事でしょうか?」


 うぇーい!

 うぇーい!!!?


 俺の背後関係者で、まだ議論してたのか!?

 というか、そんな事してる暇があるなら成仏しやがれ!


「……出来れば、その話には触れない方向でお願いします」


 これ以上、やばい事くろれきしを発掘されたらかなわん。


「分かりました。本当の事を言えば、マサヨシさんにお話があった事は確かです」

「えーと、なんでしょう」


 ニーナさんはちらりと周囲を見渡した。


「ここではなんですので、図書館の中で」


 人に聞かれたくない話なのか? まぁ忙しいはずの賢者ギルド長がわざわざ出向いて来ているのだから、断るのも悪いしな。


「じゃ、中で聞きます」

「ありがとうございます」


 人形めいた動作でニーナさんがお辞儀をする。

 ……この人のこれって、素なのかワザとかどっちなんだろう?






 俺達は図書館内の受付でエリカの分の利用料を払ってから、ニーナさんに図書館3階へと案内された。

 3階は賢者ギルド員専用のフロアーになっており、事務作業や、一般公開する研究資料の編纂。新しく入った本の分類や、危険度の有無なども、ここで調べているらしい。

 端の小部屋に案内された。ちなみにエリカも一緒だ。監視型スーちゃんがいるので、街史コーナーあたりに放ってきてもよかったのだが。


 うん、正直忘れてた。


 ニーナさんの話が長くなりそうだったら、改めて向こうへやればいいか。


 俺とエリカを奥側の椅子を勧めて、ニーナさんはドア近くの椅子に座った。

 この世界にも上座、下座の概念があり、位置関係も元の世界に近い。といっても、俺もそこまで詳しい訳じゃない。

 ただ、元の世界で親父や叔父達、社会人の話を聞く限りでは、こちらの世界ではそこまで重きを置いてないように思える。

 元の世界で席順を間違えた場合、頭を丸めたり、人通りの多い場所で土下座して謝罪するそうな。高校生の俺としては、社会人になる事の厳しさに恐怖していたものだ。


「話というのはドラゴンの肉が食べられるかどうかです」


 ニーナさんが話を切り出した。

 あいかわらず、ニーナさんの霊界ネットワークは凄いな。昨日の今日だぞ?

 だが、ありがたい。《御馳走万歳》だったか? そのクランを説き伏せる事が出来るか否かは、ドラゴンが食材になりえるかが重要なポイントだ。


「食べられるんですか?」

「結論から言えば、食べる事は出来ます。実際食べたひとの話では」


 うぇーい!?

 まじかよ!!


「ただ、かなりまずいとの事です。美食目的なら他を当たった方が良いかと」


 あー、そういう事ね。食えるか否かというレベルなら、ぶっちゃけ人間だって食えないわけじゃないしね。飢餓からやむなく食ったという話は元の世界でもあったし。


「助かりました、ニーナさん。おかげで――」

「いえ、問題なのはここからなのです」


 ん?


「あまり知られていない伝承なのですが、ドラゴン族の肉には不老長寿の効果があると伝えられています」


 ……人魚の肉のドラゴンバージョン?


「その効果は確かなんですか?」

「分かりません」


 ニーナさんは首を横に振る。

 おや?


「食べたれいがいるんですよね?」

「効果を実感する前に、魔物に食べられてしまったそうです」


 うぇーい。

 ドラゴンを食ったと思ったら、今度は食われたか。難儀なれいだな。


「賢者ギルドの知識にも、くだんの伝承くらいで。他にも友人達れいたちに情報を集めてもらっているのですが。なにぶんレアケースですので」


 ニーナさんの霊界ネットワークをもってしても不明か。


「相手が美食目的か、それとも不老長寿が目的か。それによって出方を変える必要があるけど……」


 前者の場合、不老長寿云々を知られるのはまずい。後者の場合は、そもそも説得に応じる可能性が低くなる。

 不老長寿なんて、富と名声に並ぶ人の欲望トップスリーだもんな。

 ドラゴンの肉にその効果が本当にあるかは不明にしても、ドラゴンは長寿の種族だ。信憑性はなくもない。ちなみにエルフ族は人族より多少長生き程度。ただし、外見はあまり老化しないそうな。まぁ、ずるいと思えなくもないが、胸のサイズと引き換えと考えると釣り合いがとれてる。


「彼らの目的は後者だそうです。話をしているところに居合わせたひとがいます」


 ……本気で敵に回したくない人だ。

 情報筒抜け。さらには冒険者ランクAのカイサルさんに匹敵する戦闘能力を有している。下手すると俺よりよっぽどチートはんそくだよ。この人。


「とすると、説得は難しいか」


 まがりなりにもクランを作れる集団だ。最低でもCランククラスが複数いるだろう。その当たりになると金には不自由しないはずだ。


「賢者ギルドには隠れた使命があります」


 ん? なにやらニーナさんの声にホラー方面以外の凄みを感じる。


「異能の盾であれ。それが賢者ギルドの本当の理念です。他のギルドは何らかに秀でた者達によって結成されたモノですが、賢者ギルドは違います。秀でて、そして突き抜けてしまった者達を庇う人々によって結成されたモノです」


 ニーナさんの髪の隙間からのぞく目が怖い。いや、普段も十分に怖いが、そういったものじゃない。


 畏怖。


 何か強大な存在に身をさらしているような感覚に陥る。


「ドラゴン族の力の信仰は、確かに私達のような人には相容れないものです。が、それも古の時代、強力な力を持った種族故に栄光の対象ドラゴンスレイヤーにされたのも一因ではあるのです」


 何となくだが、分かった。言葉にはしてはいないが。

 もし《御馳走万歳》を放置した場合。彼らは消される。誰に? なんていうまでもない。

 だが、それでは冒険者ギルドと賢者ギルドの間に軋轢が出来る。

 賢者ギルド……というよりもニーナさん個人を敵に回すだけでも大事だが、それ以上に街を運営している組織がいがみ合うような事態はまずい。


 まずいのは確かなのだが……。


「なぜ俺に?」


 ニーナさんなら、この件はカイサルさんがメインで動いているのは知っているはずだ。

 彼女も〈赤い塔〉30階突破組。俺の力は知られている。だが、俺の力はあくまで戦闘力。政治的な力はゼロとは言わないまでも低い。


「マサヨシさんに期待している、ではいけませんか? 異なる世界の知恵を持つ貴方に」


 あ、やっぱり知られてましたか。


「それにマサヨシさんも私のの対象です。敵対したくはありません」


 ニーナさんから威圧が消えホラーモードに戻った。ニタリと笑っているが……。たぶん、微笑んでいるつもりなんだろうな。通常モードは実装されていないのかな。

 ヤンデレだって、通常モードとのギャップに萌えるものなんだぞ。

 まぁ、この人は攻略対象とかじゃないので、問題ないっちゃないのだが。


 ニーナさんが首をカクリと傾げる。


「何を攻略するのですか?」


 ……だから、心を読まないで下さいってば。


 俺は頭をかいた。

 どのみち、聞いてしまった以上は無視する訳にもいかない。

 後、方法もおぼろげながら見えた。


 人魚の肉。そう、人魚の肉のドラゴンバージョンだ。


「賢者ギルドの看板を使わせてもらっても?」

「かまいません。ギルドも、そして私個人の名前も使って頂いてかまいません」


 名前を使う。この世界でその意味する所は重い。

 俺のキャラってちゃらんぽらんなはずなんだが。なんか信用されてるっぽい。


「なんでしたら、賢者ギルドに正式に入られては?」


 うーん。確かにその方がこれからやる事に対する説得力が増す気がするけど。


「確か、論文とか研究成果が必要なんでしょう? それも定期的に」

「入会に際しては、私の権限で免除しましょう。〈赤い塔〉30階の情報とセイントゴーレムの件でも、貢献ととる事もできますし」

「そういうのもありなんですか?」

「ええ。それにダンジョンの改変期が過ぎたら、3つのダンジョンの攻略情報が真っ白になります。その意味では当分は貢献の材料には困らないはずです」

「まぁ、確かに」

「それと論文についてですが」


 ん? 俺には無理だよ。小学生の時の読書感想文だって、書けなくて転がりまわってたくらいだし。


「スーちゃんに書いてもらうのはどうでしょう」

「……はい?」

「図書館の本の内容を記憶してもらっているのですよね? その中には矛盾するものがあったり、あるいは組み合わせる事で新たな知識となるものもあるでしょう」


 あー、その発想はなかったわ。

 確かに今やスーちゃんが図書館で得た知識量は膨大で、それを比較、精査するだけで新たな情報を生み出せる可能性はある。

 問題はスーちゃんにその気があるかだが。


 ん? やる?


 何かスーちゃんがやる気をだしているっぽい。


「スーちゃんもその気になっているので、登録手続きをお願いできますか」

「分かりました。では、このフロアでも手続きが可能ですので、案内します」


 そう言ってニーナさんは席を立ち、俺達も続いた。



□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□



 二日後。

 冒険者ギルド舎のラウンジにて、俺はカイサルさんと共に、《御馳走万歳》のトップと向かい合っていた。

 てっきり、ぽっちゃりピザデブな野郎を想像していたのだが、アラサーと思われる女性だった。

 名前はユリアさん。

 あくまでアラサー。アラウンドサーティである。30代と口にしたら、最悪ふつうに命にかかわるので注意な。


「そこまで無理を言っているのかしら? こちらの生死については責任を持たなくてもいいと言っているのに。決闘の参加が無理なら、せめて肉を分けて頂きたいのだけど、それも無理だと?」


 少々、イラついているご様子で、テーブルを指先でとんとんと叩いている。


 ここで無理ですといっそ言ってしまいたいところなのだが。

 カイサルさんによると《御馳走万歳》はかなり手広く食材系の依頼をこなしている。無論それは自分達の分の確保の為でもあるのだろうが、結果として食材を必要としている料理人ギルドに強い影響力があるらしい。

 まぁ、政治的な問題から力ずくで押さえ込むわけにはいかない、と。そういう事だ。


 俺がカイサルさんに目で確認をとると、彼は頷いた。

 ゴーサインでたぞ、と。


「率直にお聞きします。《御馳走万歳》がドラゴンの肉を所望してるのは、不老長寿目的ですか?」


 ユリアさんは一瞬眉を潜めただけで、ほとんど表情を変えなかった。

 彼女は少し間を置いて口を開いた。


「そうですわ」

「先日の話じゃ、そんな事言ってなかったよな?」


 頭をかきながらカイサルさん。

 それを鼻先であしらうように。


「この話はうちのクラン員の一人から聞いたもの。代々口伝のみで伝わっている彼らの秘伝よ。そうそう口に出来る事じゃないですわ。そもそもこんな所でする話でもない」


 ユリアさんは周囲を見渡す。

 当たり前かも知れないが、他人に知られたくない様子だ。


「あなた方がどこでそれを知ったか聞いても?」

「賢者ギルドです」


 嘘は言ってない。なにせギルド長直々だったし。

 しかし、ユリアさんは不可解そうな顔をする。


「賢者ギルド?」

「俺は賢者ギルド員でもあるので」


 収納ポーチから賢者ギルドの登録証を取り出してテーブルにおいた。

 途端、ユリアさんが目を見張った。


「ブラックライン!?」


 賢者ギルドには役職はあっても、冒険者ギルドにおけるランクは本来存在しない。

 ただし、ギルドに対する貢献により、本人の役職外の極秘資料や、他人の研究資料の開示を請求する事が出来る制度が存在する。

 それは登録証の名前の下に引かれた線の色や数で示す事から、ラインと呼ばれている。

 俺のラインは一本の黒色。賢者ギルドは閉鎖的な集団なので、その内側はあまり知られていないが、それでも資料閲覧に限りフリーパスとなるこのラインの存在は知られている。


 何せ、禁書の閲覧すら可能なんだからな。


「……なるほど。さすがは《自由なる剣の宴》のホープね。噂の数々は伊達じゃないって事かしら」


 取り乱したのは一瞬で、すぐに自分を取り戻すユリアさん。


 俺、なんて噂されてんだろ。気になるけど、さすがに優先しなきゃならない事があるしな。


「どうやらブラックラインをご存知のようですが、俺は禁書閲覧を許可されています。そこにドラゴンの肉に関する情報もありました」

「禁書にあった? つまり、それは真実という事なのね?」


 ユリアさんは食い入るように俺を見る。

 どうやら、不老長寿については半信半疑といったようだ。

 風は俺のほうに吹いてるっぽいな。


「ある意味ではそうなりますね。で、こちらから提案があります」

「提案?」


 ユリアさんが首を傾げる。予想外の展開だったからだろう。あまり、考えて欲しくないので一気に畳み掛ける。


「はい。ユリアさん――、いえ。ドラゴンの肉を口にした全員を一定期間、賢者ギルドで定期的に調べさせて頂きたい。それならばドラゴンの肉を提供しても良いです」

「賢者ギルドが? なぜ?」

「まぁ、圧力って奴だな」


 カイサルさんがわざとらしくため息をついた。


「以前から研究はしてたらしいがな。実験するにしても、奴ら自身はごめんこうむるとよ。そして、そこにお前らが名乗りを上げたわけだ。

 あ、当然だが、死んだ場合は死体は賢者ギルドが引き取る事になるからな。それは了承してもらうぞ」


 ユリアさんがぎょっと目をむいた。


「ちょ、ちょっと。死んだ場合ってどういう事よ!?」


 俺はわざと首を傾げていった。


「あれ? クラン員からドラゴンの肉について聞いていたのでは?」

「ええ、ドラゴンの肉を食べれば不老長寿に――」

「運がよければなれますね」

「運!?」

「はい。確かにドラゴンの肉には大きな力が宿っており、それを口にする事で宿った力を取り込む事が出来ます。その力に耐え切れば理論上は不老長寿になれるはずです。もっとも禁書の記録では成功例はなく、力に体が犯され異形の存在になるそうですが」



 まぁ、高橋留美子の漫画にんぎょシリーズですな。


 不老長寿なんてでかいエサの前には、少々の困難があっても説得は無理だろう。だったら、そのエサに毒を入れて、ついでに『毒入り危険』の看板を立ててやればいい。


「あと、理論上の話になりますが」

「な、なに?」


 ユリアさんが及び腰になってる。

 つーか、そもそも不老長寿なんてリスクなく得れるものと考える方がどうかしてる。やっぱり年齢が年齢だからか?

 やめよう。危険物に触れるべからず。


「力によって生かされる事になりますが、あくまで生かすだけで治癒力が向上するとかそういった事はないです」

「……どういう事?」

「つまり、火事で全身に火傷を負っても、それが治る事なくその状態で生き続けます。事故で手足を失っても、そのまま。最悪、頭だけの状態になってもそのまま生き続けます。

 賢者ギルドとしては貴重な検体になりますが」

「冗談でしょ!?」


 悲鳴じみた声をあげるユリアさん。

 周囲が何事かとこちらを見ている。注目を浴びたくなかったんじゃなかったのかな?


「いえ。冗談ではありません。ユリアさんに禁書を見せるわけにはいかないので、証拠を示す事はできませんが。その代わり、賢者ギルド長であるニーナ=アルマリスタの名を出す許可は頂いています」


 ユリアさんは言葉を失って、手で口を押さえている。

 あえて、ニーナさんの名前にアルマリスタをつけたが、これがかなり効いたらしい。


 まぁ、禁書云々はもちろん嘘なわけだけど、それを証明する術もまたない。そして、疑うには、マスター権限者の名は重すぎる。

 なにせ、カイサルさんですら事前の打ち合わせの時に顔を引きつらせた程だ。

 この世界でマスター権限者の名前を嘘に使う。異世界の人間である俺だからこそ出来る事だろう。


「で、承諾いただけますか?」

「するわけないでしょ!」


 ガタッと大きな物音をたてて、ユリアさんが席を立った。


「ドラゴンの一件。《御馳走万歳》はいっさい手を引くわ。だから賢者ギルドの件も無しにして頂戴ね」

「分かりました。残念ですが――」

「人柱なんて冗談じゃないわ」


 話は終わりとばかりに足早にユリアさんが去っていった。


「これは、及第点ですか?」


 カイサルさんに聞くと、彼はニカッっと口角を吊り上げる。


「満点だ。満点! さすがウチのホープだ!」

「やめて下さいよ、それ。恥ずかしいですから」


 俺の頭をかかえて、頭をかき回すカイサルさんから逃れるように努力しながらも、一つの厄介ごとがかたずいた事に、俺は胸をなでおろした。


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