42.魔獣と魔銃

42.魔獣と魔銃






 この世界は、なまじスキルという便利な法則ルールが存在している為に、スキルに頼らないような技術水準は低い。

 もし、この世界に元の世界の技術を持ち込めば、人々の役には立つだろう。

 俺はかつては一介の高校生にすぎなかったので、大した知識はないが、元様々な職業だった奴らのうみそがいる。全員が元がつくのがあれだが。


 そういった奴らをこちらに連れてくるか、ヘルプさんを通して向こうとやり取りするなりすれば、情報くらいなら手に入るだろう。


 それをしなかったのは、この世界の文化を変に歪めかねないという問題もあったが、何よりも何かがきっかけでエレディミーの運用技術がこっちに流れ込まないか危惧していたからだ。


 だが、無用の心配だったようだ。


 とっくにこちらに侵食していたのだから。






 まさか、あれの中にあったりしないよな?



 俺はカイサルさんに動揺を悟られないようにしながら、ヘルプさんに問いかける。


『大丈夫です。そこは空洞になってますね』


 ……それって、つまりは脳みそいれる前提って事だよな?


『そうなりますね』



 恐らくカイサルさんは、それがどんなおぞましいシロモノであったかを知らないのだろう。中身がないというのは不幸中の幸いなんだが、それだと別に問題があるな。



 使えるのか? あれ。



 エレディミーアームズはエレディミーコアが前提の兵器だ。エネルギー源がなければ、ただのガラクタのはずだが。


『恐らくは彼の魔装戦士としての特性でしょう。エレディミーアームズではなく、魔法具として、魔力を込めて照射すると予想されます。魔法具の扱いに対する適性によって、必要な魔力消費量をカバーしているのでしょう』


 なるほど。

 歩兵用携帯兵器はミクロン組だったが、それでも扱う兵士は強化サイボーグ手術を受けた専門の兵士でなければ、威力がでかすぎて使った奴も致命傷オワタという難儀なものだった。

 カイサルさんは魔獣を使いこなせている訳ではなく、かろうじて起動させているに過ぎないのだろう。でなければ、ミスリルゴーレムとて耐えられないはずだ。そして、それが幸運にも、使い手であるカイサルさんの無事につながっている。



 とりあえず、カイサルさんに十装について聞きたかったが保留にする。


『良いのか?』


 ガイドさんが意外そうに言う。



 確かに、あれの存在は問題だけど、昨日今日の話じゃないんだ。この件が片付いてからでもいいだろう。というか、今すぐどうにかしろと言われても、俺にもどうすればいいのか分からん。


『とりあえず、向こう側に連絡を送りたい所ですが……』

『橋渡しをするはずの神明組とのラインが不通だからのう』


 というわけでどうしようもねぇ。




 出来れば向こうとこっち。どっちがオリジナルなのかぐらいは知りたいが。


『ああ、それなら恐らくこちらの世界がオリジナルだろう。あのカイサルとかいうのが持っている魔法具。かなりの年代モノだからな』


 なんでそんな事がわかるんだ?


『儂は解析関係のスキルをいくつか持ってるからな。まぁ、詳しく調べようとすると持ち主にばれるだろうから、やらんかったが』


 まて、ガイドさんじいさんはスキルだろう。なんでスキルがスキル持ってんだよ。


『本当はエリカが持つはずのスキルじゃったが。面倒だからとエリカがアルラウネに捻じ込んだんじゃ。奴も奴であっさり折れるし……』


 ……好き放題やってんのな、神明組。




 まぁ、いいさ。

 もしこの世界に中身のうみそ入りのエレディミーアームズが存在していたら、いやでも情報は手に入るだろう。破壊力過多だからな。

 ほっとくわけにもいかないので、いずれ調査するハメになるだろうが、この件ドラゴンとのけっとうを放り出すわけにもいかない。

 こっちはこっちで、重要だしな。



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 決闘三戦目。ドラゴン側は以前にエリカと揉めたつきとばされたカロロスさんが前に出ていたが、こっちからカイサルさんが出ると引っ込んだ。

 まぁ、当然か。

 代わりに前に出たのは杖を手にしているドラゴンだ。杖つってもドラゴンのサイズだから、普通に殴っても鈍器みたいなもんだが。


 魔術師スキルつかいか。

 魔法に限った話にではないが、スキル中心の戦いになると、単純なステータスの高低では計れない。

 先程のセレーネさんのように、ドラゴン族の優位である高ステータスが活かせないという場合もあるが、反面こちら側の土俵に登ってきたとも言える。

 カイサルさんの場合、むしろ力押しと思われるカロロスさんや、先鋒に出たルキアノスさんのほうが、よっぽどやり易かったはずだ。


 すでにセレーネさんの敗北によって、ドラゴン族からこちらにむけられる目は、格下を見るものではなくなっている。今後の事を考えると、むしろ歓迎すべきだが、勝負の行方は予測困難だ。


 事前に調べた限り、通常のドラゴン族が種族系統で持っているのはブレスと咆哮に付随する状態異常。しかも、ブレスや状態異常は個人差があるという。視線による状態異常を引き起こすものをもっている奴もいるらしい。

 しかし、相手は杖を持っている。杖は魔術師系スキルのブースター。もうその時点で何を使ってくるのか予測出来ない。スキルの範囲が広すぎる。しかも、ドラゴン族は力の種族。未熟なスキルに頼るより、ぶん殴ったほうが強い。

 セレーネさん位はスキルを使いこなせると考えていたほうが良いだろう。



「私の名はクロエだ」

「俺は――」

「承知している。貴公はアルマリスタ冒険者ギルド員ランクA、魔装戦士のカイサルだろう」


 うぇーい。

 少しまずいかな。

 カイサルさんの名前やランクを知っているのは、そもそも彼が街の代表として挨拶に来た時に名乗っているので、知っていてもおかしくない。



 だが、なぜ職業まで知っている?



 このクロエさん個人が行ったのか。それともドラゴン族の意思だったのかは分からないが。すでに街に潜入して彼らなりに情報を集めていたんだろう。

 そして、その事に俺達は気付いていなかった。

 問題は情報を知られた事じゃなく、気付かなかった事。

 セレーネさんの時も思ったが、テロが防げない。彼らにその気があるかどうかの問題じゃない。出来る事が問題なのだ。


 嫌いなはずの隣に虎がいる理論が、どうしてもまとわり付く。

 うっとうしい事、この上ない。



 カイサルさんもこの点には気付いているだろうが、今は一人の冒険者として相手と対峙しているのだろう。揺らぐ気配を感じない。


「三戦目、始め!」


 クレメンティさんの声に、二人はお互いの得物を構える。


「変わった武器だな」


 開始の宣言の声に、しかし二人はすぐには動かなかった。

 カイサルさんの武器に興味があるのか、クロエさんが声をかける。


「銘は十装。十の姿を持つ武器だ。そして、この姿は魔獣と呼ぶ。獣の如き咆哮と共に敵を打ち砕く、十装最大の威力を持つ。手加減する余裕はないから、全力でやるが……。出来れば死ぬなよ」


 カイサルさんの言葉に、しかしクロエさんは低く笑う。


「それをはったりだとは言わぬ。だが、望む所。弱者をいたぶる趣味はないし、私を上回る力に敗れるのは道理。それで土に帰るとしても本望」


 そして、クロエさんは杖を地面に打ち立てた。


「しかし、侮るなよ。私とて最も強き獣の一匹なのだからな」


 次の瞬間、クロエさんの前の地面が盛り上がり、土で出来た人型を成す。土魔法で作った土人形だ。

 生み出された五体の土人形が、カイサルさんへと襲い掛かる。


「……少なくとも、そいつの相手には役不足だな」


 カイサルさんは魔獣の形態をとった十装を構え、そして光弾を放つ。それはまっすぐ土人形の一体に光の尾を引いて吸い込まれ、そして破裂した。


 音は大した事はなかったが、それが結果をより禍々しく思わせる。

 撃ったのは一発。当たったのは土人形一体。だが、結果は全ての人形が形を失い、そればかりか地面はえぐれ、焦げ臭い匂いが離れている俺達にも届く。


 銃っつーよりグレネードランチャーだな。まぁ、そもそも元の世界じゃ光弾じゃなく光線だったが。その辺はエネルギー量と、エレディミーか魔力かの差なんだろ。

 さすがの威力だが、全力と言いつつもカイサルさんは一発目は加減したのだろう。自らの得物の威力を相手に認識させる為に。その証拠にクロエさんにぎりぎり被害が届いていない。


 クロエさんが再び、地面に杖を突き立てる。地面から飛び出したのは無数の岩の槍。

 宙に浮いた槍はその色を変えていく。メタリックな銀色。


 岩を金属に変えたっぽいな。

 この人。土魔法メイン? 職業は土魔術師か?


 土魔法には土や金属などの存在を別の土や金属に変換するものが存在する。もちろん、そんなスキル、簡単に取得出来るようなものではないし、魔力消費も高いはず。それを惜しげもなく戦闘に使える当たり、ドラゴン族の底の深さを感じる。


 クロエさんが杖を振ると、それはカイサルさんへと射出される。



 魔獣が吼えた。


 閃光が放たれ金属の槍を飲み込み、その後ろのクロエさんも飲み込む。


 魔獣という呼び名は魔銃よりも相応しいのかもしれない。その牙は全ての金属の槍を食らいつくし、クロエさんにも決して浅くないダメージを与えていた。


 本来ならば、ドラゴンといえど致命傷だったろうけど、恐らくはレジストしたんだろう。

 レジストはスキルではなく、どちらかと言えばステータス側に近い、この世界を生きる全てのモノが持つ能力。スキルによる影響に対抗する事が出来る。これの存在によって、スキルとて万能ではない。なんせ、ステータスに任せてただぶん殴られた場合は、レジストが出来ないのだから。


 この世界のシステムの傾向をかんがみるに、神明かみ様は完璧パーフェクト超人がお嫌いだったぽいな。黒神めだかとか出木杉くんは生きづらい世界かも知れない。まぁ、後者は映画では存在抹消されてて、実際のところ冷遇だったかも。




 ん?


 クロエさんが杖の先端をゆっくり回している。あの動きどっかで見た事って――ええ!?


 服はズタボロのままだったが、その下の肉体の傷がありえない速度でふさがっていく。血も止まっていく。

 まさか、この人って――。


「治癒魔術師か?」

「その通りです。強き人よ。獣ごときが賢しいまねをとお思いでしょうが」


 カイサルさんの問いかけに、なんか自虐的な事を言っているが。意外だった。ドラゴン族だから、魔法スキルもバリバリの攻撃系とばかり思っていたが。


 別に治癒魔術師でも他の系統の魔法スキルは取れる。むろん、治癒魔法系統よりは適性は低い。が、戦士やスカウトといったまったく無関係な職業のスキルよりは、魔法系スキルは魔術師系スキルなぶん楽に取れる。

 だが、治癒スキルは先にも触れたが、威力よりも経験が重要。それに専念した方がより高みにのぼれる。


「見たところかなりの腕のようだな。恐らくドラゴン一族でも重要な存在のはずだ。こんな決闘に出てもいいのか?」

「誤解ですよ。私達は獣。本来ならこんな力に頼る事自体を是としない」


 言われてみれば、確かにドラゴンサイドのクロエさんを見る視線が冷たい? さすがにサンドロスさん達、重鎮クラスはそうでないようだが。



「なぜ、さっき裏治癒を使わなかった。その腕前だ。裏も相当なものだろう?」


 裏治癒。つまり治癒魔法による過剰治療オーバーチャージ。こちらは力任せが通るぶん、ドラゴン族にとって普通に治療するよりも簡単のはずだ。


 カイサルさんの言葉にクロエさんの気配に陰がさす。しかし、すぐにそれを振り払い口を開く。


「たとえ、同胞からこのスキルを邪道と責められようと――」


 ……責められてたんですか。ドラゴンって結構大変なんですね。

 素晴らしい力だと思うのですが。


「このスキルは命をも救う力。これを武力として使う、それこそが私にとっての邪道。それだけです」


 あ、ニコライさんがすっごいいい顔で頷いてる。隣でシロさんも頷いてる。

 シロさん、気持ちは分かるがまだ治療中でしょ。まぁ、もう重傷者はいないっぽいけど。


「ますます、死んで欲しくなくなったな」


 命の大切さを知っているドラゴン。まぁ、自分の命は例外っぽいあたりが、やはりドラゴン族だとは思うが。貴重な存在だろう。

 カイサルさんが一瞬だけこちらに視線を向ける。


 了解イエッサー


 万が一相手がどうあっても降参しない場合、スーちゃんを相手の頭上に召喚して取り押さえる事になっていた。

 そんな真似をした場合、当然こちらの反則負けになるが、勝ち星は残りの二戦で取ればいい。

 とりあえず、いつでもスーちゃんダイブが出来るよう気持ちの準備はしておくが、理想は普通にカイサルさんが勝ってくれる事だ。



「元より死ぬつもりはない。貴公の強さは認める。だが、疎まれても氏族を代表する事を許された私を侮るな」


 クロエさんが三度杖を地面につき立てた。


 石の針山。そう表現するしかないものが両者の中間地点に生まれた。そして、先ほどと同じように色がかわり、さらには先ほどと違い、微かな燐光を放っている。

 金属に変化させた上で、さらに強化した感じだろう。

 クロエさんは職業こそ治癒魔術師だが、土魔法も並みの土魔術師クラスではない。


「往け、貫くモノども!!」

「魔獣よ! 喰らい尽くせ!!」


 針山が爆ぜるのと、魔獣が吼えるのは同時だった。

 量も威力も先程とは比べ物にならない土より生じた槍は、その大半が形を失ったが。しかし、その代償に魔獣の咆哮を押しつぶした。



 決まったな。


「なっ!?」


 狼狽した声が上がる。クロエさんだ。

 着弾した槍の位置にカイサルさんがいない。


 カイサルさんの職業は魔装戦士。魔法具を使いこなすもの。

 十装は主力メインではあるが、決して全てオンリーではない。


 魔獣の咆哮を打ち破ったと気を抜いた瞬間に、勝負は決した。


 【鎧:スマートムーブ】


 戦士系スキルで、鎧による移動の負担を軽減するスキルだが、カイサルさんの鎧は魔法具。その能力もスマートムーブで実質二重スキル。そして、魔装戦士としての能力で、さらに魔法具の能力は引き上げられる。



 カイサルさんは一瞬で距離を詰める。十装の姿は魔獣から戦槌へと変え、クロエさんの杖を打ち払う。

 あるいは、警戒していたならなんとかなったかも知れない。しかし、意識が空白状態だろうクロエさんはその一撃に耐える事は出来ず、杖を手放してしまう。



 さらに十装は剣へと姿を戻し、クロエさんへと突きつけられる。


「クッ、殺せ」


 おおっ、クッコロくっ、ころせさん!? 本当に言う人いたんだ。

 カイサルさんは面倒くさそうに頭をかいた。


「治癒魔法を大切にしてる奴が、他人に無駄に血を流させる事を口にするのは有りなのか?」


 言われて、クロエさんが言葉を失う。


「あそこの白いクマの隣にいる奴。ニコライっていうんだが、あいつも治癒魔術師でな。自分を大切に出来ない奴は他人も大切に出来ないってのが持論でな。命も同じなんじゃねぇか?」


 少し間が空いたが、やがてクロエさんがうなだれた。


「……貴公の勝ちだ。言葉もない」

「もし、ドラゴン族で生きづらいなら、アルマリスタへ来な。あんたも人の姿になれるんだろ? 優秀な治癒魔術師はいつでも歓迎だぜ」


 カイサルさんの言葉にクロエさんは身をひるがえしつつ頷いた。


「考えさせてもらう」


 カイサルさんの事だから、本気で言っているんだろうけど。

 来たらきたで大事になりそうな気もするけど。

 まー、いっか。



 シルヴィアさんのペンの餌食になるのはカイサルさんだし。



 これでアルマリスタは二勝一敗。こっちのリードで三戦目は終わった。


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