33.ある日突然ランクアップ

33.ある日突然ランクアップ






 ドラゴン。


 ファンタジーな世界では定番の存在だ。ゲームや漫画でも、お馴染みの存在と言っていい。

 だいたいが強さの象徴みたいなあつかいで、中には神クラスの扱いをされているものもあった。まぁ、中にはドラまたドラゴンもまたいでとおる扱いもあるが。


 この世界のドラゴンも普通に強い。

 怪力、巨大な肉体、強固なウロコ、高い知能、炎を吐くなど、その強さを示す特徴は限りない。大陸で確認されている限り、最強ランクの獣。


 そう、獣。魔物ではなく、獣なんだよな。


 魔力溜りから生まれる魔物と違って、雌雄の間に子が生まれる種なのだ。

 知能が高いと言ったが、彼らは独自の文化を持ち、コミュニケーションをとる事も十分可能。ゴブリン族と違って、過去のしがらみもない。


 でも、獣扱い。蛮族ですらない。


 理由は彼らの思想にある。

 力こそ全て。なんというか……、世紀末救世主伝説から抜け出してきたかのような性格キャラらしい。種族全体が、である。ちなみにモヒカンとかトゲ肩パッドつけてるような雑魚ではなく、強敵と書いて友と呼ぶ類の方。そして、主人公不在だ。


 それでもまだ、内輪でそれをやっているぶんには問題はなかった。好きにやっとくれといってられるのだが。

 彼らは周囲にそれを強要する。正確に言うと彼らに強要している自覚はない。弱者は強者に従うのは当たり前なのだ。それが彼らの思想。ナチュラルにある日、『そうだ、聖帝十字陵を作ろう』とか言い出しかねないし、そうなったら彼らの支配下に入った者全てが、でかいピラミッドを作るハメになる。


 そこまでいくと獣を通り越してただの害獣なのだが、まだ続きがある。


 弱者が強者に従うのが当然。そして、強者が弱者を守護するのも当然。

 地方にはドラゴンの支配下に入ってる街とかも普通にあるそうなのだ。弱者に対する無茶振りが半端ない反面、守るべき弱者が背後にいれば、たとえ格上の魔物が襲ってこようが、最後の一体になろうとも戦い続ける。苛烈なまでのタテ社会。

 ピラミッドの階段に子供をならべたり、そこを盲目の男にピラミッド天辺の欠片ピースを背負わせて歩かせるような真似は決してしない。


 振り幅が大きいツンデレ。それがこの世界のドラゴンなのだ。


 ……むっちゃめんどくせーな。







 冒険者ギルド舎の会議室で、シルヴィアネコミミさんから改めてドラゴンが引っ越してきた件を聞いた。

 ちなみに彼女は額を押さえながらも、残った片方の手で風切り音を響かせてペンを回している。……ペン回しってあんな音出るんだ。

 【召喚魔法:五感共有】でスーちゃんサイドから見てみたが、ペン先が見切れない。何を極めたらこうなるのか、正直分からない。分かってもいけないと思う。

 後、カイサルさんが俺を残して逃げようとしたが。


「あら、どちらへ? カイサルさん」


 満点の事務員スマイルと、殺意の波動を秘めた言葉に屈した。

 という訳で会議室にはシルヴィアさんとカイサルさんと俺だけだったりする。


 うむ、だいぶストレスがたまってるよーだ。シルヴィアさん。

 ……さからわんようにしとこう、うん。


「で、まだ説明が途中だったわね」

「途中というか、まださわりしか聞いてません」


 アルマリアの森にドラゴンが引っ越してきただけ聞かされても、何をしていいかまじ分からん。

 まさか、件のドラゴンを見敵必殺サーチアンドデストロイはないだろうな。それだけはさすがにカンベンして欲しいが。


「『隣に虎がいる』理論はカンベンして下さいね。もし、それが用件でしたら、俺は帰りますよ。獣と言っても話が通じるんですよね」


 これはマジだ。シルヴィアさんのペンは確かに怖い。だが、俺にも譲れないものくらいある。

 シルヴィアさんは心外そうな顔をした。


「あら、いやだ。マサヨシ君。そんな事思ってたの?」


 彼女はペンを一旦ピタッと止めて、再度回し始める。


「それぐらいなら、賢者ギルドに相談して禁書の一つや二つ出してもらうわよ。心配性ね」


 ちなみに図書館の禁書は元の世界の核兵器か、あるいはそれ以上の危険物である。ニーナさんをして、『モノによっては世界の一つや二つ、滅びますね』と言わしめた程である。

 この人もたいがい物騒な人だった。


「……お前、こいつに何を期待してたんだ?」

「……何って。ごく普通の事務員的な感覚ですが」

「今は冒険者ギルド長代理よ」


 小首を傾げるシルヴィアさんだが、それはこの人に事務員的な期待をするなという意味なのだろうか? というか別に事務員をやめたわけじゃないよね?


「貴方達にお願いしたいのはメッセンジャーね」


 そう言ってタバコの箱サイズのタブレットせきばんから、しわのよった紙と矢を取り出した。お、収納の魔法具ってそんなタイプもあるのか。入れ物形式のものばかりと思ってた。

 紙は何かの文章が書かれているが……。矢?

 紙はたぶん、これを読めという事だろうけど。矢はなんだろ。


 スーちゃん。レーダー型スーちゃんをお願い。


 俺の要請に応えて、スーちゃんから分裂したミニスーちゃんが、俺の肩に登る。


「あら、かわいい」


 シルヴィアさんの殺意の波動が若干和らいだようで何よりだ。カイサルさんは特に驚かない。鮭探しの時に散々見たはずだしな。


 【種族:分離】によって分裂した場合、基本的には分体はスーちゃんのステータスを平均して劣化したものになる。まぁ、スーちゃんの場合、ケンザンと違ってどれもスーちゃんであり、本体であるのだが。ややこしいので分体とベースほんたいにわけて呼んでいる。

 基本的にという事は、つまり応用的もあるという事で、任意の方向性に特化した分体も作り出せる。

 立体機動型スーちゃんや砲弾型スーちゃんなどがそれだ。

 いちいち、戦闘中に細かい指示も出しづらいので、あらかじめパターンをいくつも作ってるし、スーちゃんと日々新しい形態の研究もしている。

 今、俺の肩にいるレーダー型スーちゃんは、センサー機能に特化したスーちゃんだ。【召喚魔法:五感共有】によるリンクにより、俺の第三の目、第三の耳と化す。

 レーダー型スーちゃんのサポートがあれば、イージスの杖が必須になるが、防御に関しては俺自身もDランク相応のモノになってる。あくまで防御だけだが。

 俺がしわのよった紙に目を通している間に、レーダー型スーちゃんに矢の分析をお願いした。後、シルヴィアさんのペンの警戒も。


 むう。


 しわのよった紙の正体はドラゴン族からの手紙だった。まぁ、予想は出来ていたけど。

 なにやら高圧的に長々と書かれているが、要約するとこうだ。


『お前らの隣に住んでやる。挨拶に街の代表者をよこせ。ついでに土産も忘れるな』


 なんというか。本当に俺様な奴らみたいだな。

 レーダー型スーちゃんの矢の分析終了。普通の矢だった。ただ、この街で売っているものではないようだけど。


「手紙の内容は分かりましたけど、この矢は何ですか?」

「その手紙が矢に結ばれていたの」


 うぇーい!


 矢文かよ!!

 この世界に矢文の文化ってあるの!?


「これがギルド長室の机に刺さっていたの。窓から入ったみたいね」

「待て。どこから矢を放ったんだ。ギルド長室のセキュリティはどうなってる?」


 カイサルさんが疑問を呈した。

 当然の疑問だ。ギルドの長はマスター権限所有者。それの意味するところは街を運営する幹部。要人だ。その執務室に矢が入り込みました、そうですね、では済まない話だ。


「窓には強力な防御障壁が2重に張ってあったけど。見事に貫通していたわ。当然、その時点で警報音アラートが鳴るようにはなっていたのだけど。

 警備部門総出で付近の捜索をしたけど、それらしい人物は見当たらなかったわ。そもそも、ギルドに矢を向けているようなのがいるのなら、街の人の目に留まるだろうし、街警員が放っておかないでしょう?」


 街警員とは、要は元の世界の警察のようなものだ。与えられた権限は警察よりも大きいが。


 ん? そう言えば、ここに来るまでに街警員を見かけなかったな。仮にもマスター権限者の執務室に矢が放たれたのだ。結構な大事だと思うのだが。元の世界にたとえると政治家の事務所に銃弾が撃ち込まれたようなものだ。

 もしかすると……。


「この件ってオフレコですか?」


 シルヴィアさんは頷いた。


「勘がいいわね。現時点で情報の詳細を知る者は冒険者ギルドの警備部門、こちらにはかん口令をしいたわ。他にはこの街のマスター権限者とその側近。後は私と貴方達二人。そしてリズね」


 うぇーい?

 なぜにここで出てくるの? あのひとないむねが。


「まぁ、疑われちゃったのよ。私の知る限りでも、彼女くらいなのよね。この街の冒険者でこんな芸当が可能なのは。カイサルの証言で容疑は晴れたけど」

「ああ、そういう事かよ。あいつがなんで疑われたのか分からなかったが、つまんねぇな、おい。あいつがそんな事する訳ないだろう」


 頭をかきつつ不機嫌そうなカイサルさんに、シルヴィアさんは済まなそうな顔をする。


「そうは言ってもね。はっきり言ってこれが彼女の悪戯だったりした方が状況はマシだったのよね」

「……まぁ、確かにな」


 ムスッとしたまま、それでもカイサルさんは納得する。

 何をもってマシとするのか。それは恐らく矢の存在だろう。

 障壁を破壊するような威力はスキルによるものだろうが、ではそれがどこから放たれたのか?

 ドラゴンが居るのはアルマリアの森。そこから放たれたなら確かに誰にも見咎められないだろう。

 しかし、冒険者ギルド舎はアルマリスタの中央区にある。中央と呼ばれるだけあって、中央区はアルマリスタの中心部にある。

 街の外部から、街の中央部。それも狙った部屋を防御障壁を突破して狙撃できる。街としては頭を抱えるしかないだろう。

 さらには矢のサイズだ。まったく普通のサイズだ。当然弓もそれに合うサイズのはず。ドラゴンは巨体だ。個体差はあるだろうが、俺達が標準サイズとしている弓が使いこなせるのか? 俺達と同サイズになれると考えるのが自然だろう。単なる体のサイズ変更か、人族などに変身できるのかは推測しようがないが。後者なら容易にテロが起こせるだろうし、前者でも闇夜にまぎれるか、陽動で人目をひきつけるかすれば、街に侵入するのは不可能ではない。


「まだ手が空いてる時ならともかく、ダンジョンの改変期でどこも悲鳴を上げてる状況よ。これでドラゴンがアルマリアの森にいるのが知れたら、パニックからの暴動が起きかねないわ」


 シルヴィアさんの言っている事が大げさではない事はわかる。この世界は資源供給の多くをダンジョンに依存している。

 まだ、この世界に来たばかりの頃に、図書館の街史にあった一文。


 ダンジョンがその機能を失った時、我々はどうなるのだろう。


 それが起きた。今はまだ冒険者が真っ白になっているだけで済んでいるが、資源の在庫はいずれ尽きる。それに冒険者は優良な消費者でもある。危険と隣り合わせの仕事である為、金離れもいいのだ。ダンジョンに入れないとなれば消費は冷え込む。

 まだ〈赤い塔〉は入れるが、あそこは資源目的というよりも腕試しや、宝箱による装備の強化の意味合いが強い。

 供給と消費がダブルでマヒする。本来なら最終手段として、食材や毛皮、魔石などはアルマリアの森で確保する手もあっただろうが。よりによってそこにドラゴンがいる。


 ……起こるよね、パニック。


 でも、だからと言って。


「ずっとこのままって訳にもいかないですよね?」


 ドラゴンは台風などと違って、勝手に消えてくれない。それどころか、放置したままだと怒りを買う恐れもある。


「もちろんよ。だから、貴方達の出番。Aランク冒険者カイサル。そしてそれが率いるクラン《自由なる剣の宴》で急成長してるエース、Cランクのマサヨシ」


 うぇーい?


「ランク間違ってません?」

「いいえ。間違ってないわ。本日付をもって〈赤い塔〉30階突破したメンバーは昇格。つまり、貴方達二人だけでなく、リズ、ヴィクトール、ニコライ、ハリッサの4名もBランク入り。

 ニーナ賢者ギルド長はさすがにどうにも出来ないけど。

 後、今回の昇格はギルド命令であって、通常の昇格と違って拒否出来ないわよ」

「つまりは箔付けって訳か」

「そういう事」


 うんざりといった風のカイサルさんにシルヴィアさんは頷いた。

 箔付け?


「手紙に街の代表者をよこせとあっただろう。だが、マスター権限者は今はそれどころではないし、その警護の問題もあるしな。だから、先日のミスリルゴーレムの件を口実に俺を無理矢理最高ランクであるAにしたって訳だ」

「無理矢理ってのは言いすぎよ。元々、昇格はほぼ内定していたのよ? ゴブリン族を救った功績からね。それが前倒しかつ強制になったのは申し訳ないと思うけど」

「当分、Bランクのつもりだったんだがなぁ」

「いつまでBランクにいるつもりよ。何度も昇格を蹴って」

「俺の中じゃ、この街のAランク冒険者は一人だけだったんだよ」

「……とっくに引退してるでしょ、その人は」


 たぶん、じゃなくともシルヴィアさんの事なんだろうな、そのAランク。

 カイサルさんとしては思うところがあったんだろう。


 まぁ、それはそれとして、だ。


「あの。俺までここに呼ばれたわけは? 要は偉い人が動けないからカイサルさんをAランクにしたんでしょ? 俺いらないんじゃ――」

「さすがにカイサルだけに行かすわけにはいかないでしょ。ドラゴンの件はかん口令をしいたとはいえ、リズはどうせヴィクトールには話すでしょうし。だったらいっそ昇格組をアルマリアの森に派遣すればいいと。これはギルド長の考えだけど」

「ギルド長って入院中じゃないんです?」

「さすがに毎日報告がてら見舞いにいってるわよ。……ちょっと入院が長引きそうだけど」


 シルヴィアさんがあさっての方向に目をそらす。

 ……何やったんだ、この人。


「で。行ってくれるわね、カイサル」


 視線を戻してシルヴィアさんが言った。命令と言ったワリには、お願いといった感じである。

 カイサルさんは頭をかきながらため息をついた。


「仕方ねぇな。どの道、ダンジョンに入れない内は仕事にならないしな。まぁ、引き受けるのはいいが、実際何をすりゃいい。ドラゴンの機嫌のとり方なんてわからんぞ」

「お土産についてはギルドで用意したわ。まぁ、商人ギルドに無理言ったのだけど。普段から出し渋ってるのだもの。いい気味だわ」

「……後で奴から愚痴を聞かされそうだ」


 カイサルさんが天を仰ぐ。

 商人ギルド長のラヴレンチさんて、カイサルさんの昔なじみだもんな。


「基本的な交渉は貴方に任すわ。話がまずい方向へ流れるようだったら、とにかく引き伸ばして時間を稼いで頂戴。ダンジョンの改変期が終われば、マスター権限者の誰かに引継ぎも出来るわ」

「引継いでくれるかね、こんな厄介ごと」

「マスター権限者が出来ないなんて言ってたら、街が滅ぶわよ」

「確かに」


 そして、シルヴィアさんは俺の方を向いた。って、俺!?


「マサヨシ君にもお願いがあるの」

「なんですか?」

「ゴブリン族の作物の仲介してるでしょ? あれ、もっと増やせない?」

「と言っても、まだ取引始めたばかりでしょう?」


 もともとが売り物目的のものじゃなかったのだ。

 今は余剰分を売って、次はもっと余剰分を増やそうって段階なのだ。


「別にずっとって訳じゃないわ。そういう話なら商人ギルドの管轄だしね。ダンジョンの改変期が終わって、食材の供給が再開されるまでの間でいいの」


 ああ、改変期が終わるまでの繋ぎって事か。

 それならどうとでもなるか。一時的に蓄えは減るかも知れないが、ダンジョンに入れるようになったら、アルマリスタから逆に食材を仕入れてしまえば済む話だ。



「返事は村人達と相談してからでいいです?」

「すぐに連絡はとれるの?」

「はい。手段はあるので大丈夫です」


 というか、実は徒歩圏内なんだよな。ハウスさん家の裏庭だしな。

 まぁそれは秘密なんだけど。


「じゃぁ、お願い。何だったら直接商人ギルドに作物を持ち込んでもいいわ。話は通しておくから」

「分かりました」



 それからドラゴンの件でシルヴィアさんとカイサルさんが2,3やり取りして、会議室での話し合いは終わった。



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