32.さらば鮭よ

32.さらば鮭よ






 とりあえず、俺は黒いのに召喚契約を再度持ちかけた。

 契約を結びさえすれば、話なんていつでも聞けるからだ。

 それにこいつくろいのを殺すのは後味が悪い。



 自分を殺さなければ云々については、契約完了した段階で倒された扱いになるのを知らないのだろう。

 ……いや、召喚契約出来るような守護者がむしろレアか。


 俺は証明として元守護者であった家具ズを召喚。そして、彼らに盛大に文句を言われた。


 その日は、ゴブリン族とスケルトンワーカーを初めとした俺の契約魔物での、リバーシ大会が開催されており、試合の真っ最中に召喚してしまったらしい。大会の主催者はハウスさん。そして協賛はなぜか賢者ギルド長のニーナさん。


 いや、俺。そんなのしらねぇし……。


 ちなみにリバーシ、つまりはオセロは本来この世界に存在しない。どうも召喚師強化パック(改)以降、俺の記憶が戻りはじめたあたりから、俺と直接契約している4体にも、俺の記憶が漏れ始めていたらしい。

 元々娯楽の少ないこの世界。さらには閉鎖的な生き方をしてきたゴブリン族の為に、日々の慰めになるものを、とアースさんに頼まれて、ハウスさんが俺の記憶からリバーシの存在を知り、そして、【工芸:家具作成】でリバーシ一式を作った。これがハウスさん家の裏庭界隈で大ブレイクした訳だ。なぜか、賢者ギルドでもブレイクしていたそうだが。


 ああ、そうだ。アースさんってのは、ゴブリンの村の大地に宿っている精霊の事だ。命名者は俺。重要な事なので何度でも言う。本人(?)以外の苦情は受け付けない。


 とりあえずハウスさんには、あっち側の文化や技術を持ち込むのは俺の許可を取ることと注意しておいた。

 何かあったら、責任取れないからなー。まぁ、リバーシに関しては人々の娯楽が増えるのは良い事だろうし、発生する権益の管理はニーナさんにおまかせした。共犯者っぽいし、これぐらい頼んでもいいだろう。

 ……なぜ、当たり前のようにハウスさん家の裏庭の存在を知っていたのかは問うまい。この人に隠し事は無意味だ。



 さて、ちょっと話がそれたが、黒いのの話に戻す。

 家具ズが元守護者だというのを信じて貰えないか危ぶんだが、杞憂だったらしい。本当に守護者らしくないからな、こいつら。

 帰せ、試合が途中なんだ、持ち時間がー、とうるさかったのでさっさと送還した。……選手サイドだったのか。地味に結果が気になる。後でハウスさんに結果を聞いておこう。


 黒いのは条件を出してきた。ただ、それは予想の範疇だった。


 自分だけではなく、妻と仲間も。


 まぁ、おとこ気溢れる黒いのとしては、そうなるだろうと察しはつく。

 俺としては問題ない。

 白いのはともかく、他のアークアッシュベアが進化後の無茶振りパワーアップに耐えられるとは思えないが。そこは契約を権限委譲で黒いのに渡してしまっていいだろう。黒いのに召喚スキルがなくとも、俺の【召喚魔法:代理召喚】があれば問題ない。


 問題があるとすれば、これからも俺はアッシュベアを倒していく事かな。たとえ、アッシュベアの楽園を諦めたとしても、他にもアッシュベアが出る場所があるかも知れない。ベア系の魔物なら、それこそあちこちにいる。それら全てスルーしてたら冒険者なんてやってられない。


 黒いのに確認を取ると、奴はしばらく考えていたが、問題ないと答えた。黒いのにとって仲間とは、この場にいるアークアッシュベアであって、他のアッシュベア系魔物は無関係の存在なのだそうだ。まぁ、この辺の考え方はスーちゃんに似てるかな。


 ただ、降伏した魔物はベア系に関わらず見逃して欲しい。


 それは取引というよりもお願いに近いものだったが、俺は了承した。元より、降伏した奴まで狩る主義じゃないしね。うん、本当に気があいそうだ。このクマひと


 話がついたので、黒いのが仲間を呼び寄せる。白いのおくさん黒いのだんなさんをヒシッと抱きしめる。なんというか……。人間臭いというのは彼らには失礼にあたるのかな? リガスみたいな奴もいたしな。



 まぁ、という訳で俺の契約魔物にクマさん軍団が追加された。

 【神:進化の導き】がやらかす無茶振りパワーアップは、進化の後に行われるので、元アークアッシュベアは予定通り、進化後にクロさんに契約を委譲した。

 あー、うん。黒いのはクロさん。白いのはシロさんと命名。いつも通り、本人(?)以外の苦情は受け付けない。いつだってシンプルイズベストだ。


 進化によってアークアッシュベアはアーマードベアに種族が変わった。進化というよりも変化に近いかな。アッシュベアの特徴であった、全身の赤い光が消えて、一回り大きくなった。特筆すべき点をあげるなら、契約した16体すべてが別種の属性を持った事か。それぞれの属性に合わせて、魔法スキルや状態異常スキルを獲得したようだ。


 そして、クロさんとシロさん。これはどちらも元はアーマードアッシュベアだったのだが。これはステータスを直接見てもらおうとしよう。



【無:ステータス解析】


 名前:クロさん

 種族:破壊の化身


 生命力:4000/4000

 精神力:3000/3000

 体力:3000/3000

 魔力:1000/1000


 筋力:600

 耐久力:600

 知力:100

 器用度:100

 敏捷度:200

 幸運度:100


 スキル

  【種族:同族支配】

  【種族:破壊ヲ招ク咆哮】

  【種族:サイズ変更】

  【火魔法:炎撃】

  【火魔法:極炎撃】

  【火魔法:滅炎撃】

  【火魔法:爆撃】

  【火魔法:極爆撃】

  【火魔法:滅爆撃】

  【強化:筋力増加】

  【強化:耐久力増加】

  【強化:敏捷度増加】

  【状態:破壊】

  【状態:灼熱】


 召還契約

  アーマードベア(16体)


 召還契約主:丸井正義




【無:ステータス解析】


 名前:シロさん

 種族:氷雪の化身


 生命力:3000/3000

 精神力:2000/2000

 体力:3000/3000

 魔力:3000/3000


 筋力:400

 耐久力:600

 知力:100

 器用度:200

 敏捷度:300

 幸運度:100


 スキル

  【種族:恐怖纏ウ咆哮】

  【種族:サイズ変更】

  【水魔法:冷撃】

  【水魔法:吹雪】

  【水魔法:極冷撃】

  【水魔法:酷寒の地】

  【治癒魔法:治癒】

  【治癒魔法:範囲治癒】

  【治癒魔法:体力回復】

  【治癒魔法:メンタルケア】

  【治癒魔法:状態異常解除】

  【支援魔法:耐性上昇】

  【支援魔法:高揚】

  【状態:停止】

  【状態:凍結】



 召還契約主:丸井正義





 ステータスが桁溢れオーバーフローしてるのは、パワーアップに耐え切ったせいだ。まぁ、これは予想済みだ。……動じなくなってる自分に危機感を覚えはするが。


 クロさんもシロさんも、種族が~の化身になっちゃったが、これはどうも魔物でありながら精霊よりの存在になっちゃったらしい。スーちゃん情報によると、過去にも少ないながら例はあったそうだ。


 まぁ、だからどうしたと言われると、返答に困るのだが。学術的な話だし、俺にはあまり関係ないか。見た目的には2体とも巨大なアッシュベアだが、皮膚に刻まれていた赤い光が、クロさんの場合はさらに強くなり、シロさんは青白い光に変わった。


 後、シロさんが治癒魔法や支援魔法が使えるのが嬉しい誤算だった。今までいなかったからな、治癒担当ヒーラー支援担当バッファーが。戦闘方面は正直なんとでもなるのが実情だが、むしろゴブリン村とかで怪我人が出た時に助かる。

 まだハウスさん家の裏庭に移住したての頃、リガスや取り巻きに痛めつけられていた村人がいた。怪我人を前に何も出来ずやきもきしていたのだ。

 過剰火力に気をとられていたが、契約魔物を増やしていけば出来る事が増えるという事に、この時になって気付いた。

 これを契機に、俺は幅広く契約魔物を増やしていく方針に舵を切る事になる。



 鮭の後で――のつもりだった。



 しかし、俺の鮭ライフはある日突然終わりを告げた。

 厄介ごとは、ある日突然やって来るものだ。


 俺の鮭ぇ!!!





 まぁ、やっかい事の前に、クロさんから得られたダンジョン情報から。

 ダンジョンについては、その全容は賢者ギルドをもってしても把握しきれていない部分がある。

 俺の予想だと、元の世界の見えざるシステムのようなものだと思っているが、ヘルプさんに聞いてもはっきりした答えは得られなかった。まぁ、異世界とはいえ神が作った仕組みをばらすのは抵抗があるんだろう。


 同じ守護者だったはずの家具ズだが、奴らに期待をする事ほど無謀な事はない。ゲートさんあたりは色々と知っていそうなんだけど。あの人、基本的に興味のない事には我関せずだからな。


 という訳でクロさんには少なからず期待していた。さすがにダンジョンの隅から隅までを望む訳ではないが、それでもダンジョンとは何か、という疑問を埋める1ピース欠片にはなるのではないかと。


 実際、クロさんがもたらしてくれた情報はそれほど多くはなかった。まぁ、ダンジョンの一守護者に過ぎなかったんだしな。それでもダンジョンについていくつかの新事実が明らかになった。


 まず、ダンジョン内部の空間なのだが。誰がいつ入っても同じものとされていたのだが、実は無数に存在するまったく同じ構成の空間が、ダンジョンに誰かが入るたびに割り当てられるらしい。

 どおりでダンジョン内部で他の冒険者に会ったり、以前に倒した魔物の痕跡が残っていなかったりするはずだ。見た目が同じなだけで別空間なのだから。別荘地下の階段を隠していた壁が復活するのも、同じ理屈なんだろう。

 一度攻略されたダンジョンの空間は、メンテナンスをされて再利用されるとの事。エコですな。

 レア守護者と呼ばれる存在も、守護者が進化した訳ではなく、初めからレア守護者が配置されている空間を引いたに過ぎないとの事だ。


 ……俺ってクジ運悪いのか? いや、でもクロさんは当たりと言っていいかも。


 魔物が殺された後のダンジョンはどうなるのか? これは冒険者がダンジョンからいなくなった後に、魔力溜りから新しく魔物が生み出され配置されるらしい。ゲートさんや家具ズが、自分がいなくなっても代わりがいるあやなみレイみたいな事を言っていたが、恐らくはこれの事だろう。


 そして、最も重要な事実。

 ダンジョンには意思がある。まぁ、なんとなく感じていたものはあるので、やはりとは思ってしまった。ダンジョンの魔物がほぼ冒険者に敵対的なのは、ダンジョンの指示によるものらしい。ただ、逃走や降伏するのがいるあたり、さほど強固な縛りではないんだろう。なぜ、ダンジョンがそんな事をするのかまではクロさんも分からないとの事。


 もしかして、ダンジョンって特大の魔物だったりしないのかな? なんて事を想像したりする。もし、そうだとしたら、召喚契約も可能であったりするのかも。

 後、これらの事は分岐型ダンジョンでの事であり、他のタイプの事は分からないとの事。あくまでクロさんは分岐型ダンジョンの魔物だからだろう。まぁ、他のタイプも似たような感じだとは思うのだが。



 他にも細々とした事も聞いたが、それはまた別の機会があったら語るとしよう。

 クマ軍団にはハウスさん家の裏庭に拠点を移してもらった。


 むぅ、ゴブリン村以外、殺風景なんだよなぁ。ハウスさん家の裏庭って。

 どこからか良さげな土地の精霊と召喚契約して、裏庭にもってきたい所かな。何か村作りシミュレーションゲームっぽくなってきたな。その内、使えそうな土地を探して旅に出るのもいいよな。





 さて、現実逃避はこれくらいにしようか。

 実は冒険者ギルドから呼び出しを食らったのだ。

 心あたりは……いくらでもあるよな。俺の場合。


 伝言を伝えにきたカイサルさん曰く、シルヴィアさんのペンの回転が先端が見えない速度になっていたと。


 危険すぎる!!!


 ちなみに現在のシルヴィアさんの立場はギルド長代理。冒険者ギルド長は全身に穴が開くという奇病で入院中らしい。

 もう、この時点でブッチするという選択肢はない。


「まぁ、お前も鮭どころじゃなくなるから」


 カイサルさんは訳知り顔だ。

 今の俺に鮭以上に大事なものなどないのだが。


 だが、スーちゃんと共に冒険者ギルドに来てみると、何かがおかしい。いや、訂正。


 何もかもがおかしい。


 ロビーで、ラウンジで。明日のジョーよろしく、皆が真っ白に燃え尽きていた。よく見れば《自由なる剣の宴》のメンバーも真っ白組にまざっている。ハリッサさんだけが、謎儀式うーにゃーをしているくらいだ。

 依頼掲示板を見れば、いつもは所狭しと貼り付けられている依頼書がほとんど消えていた。むしろ、E、Fランクの依頼書の方が多いぐらいだ。


 ……いったい、何事?


 カイサルさんに目で問うと、彼も途方にくれたような表情をした。


「非常事態宣言が出たんだ。ギルドの許可なくダンジョンに入れない」

「何が起きたんですか?」


 冒険者とは、ダンジョンの資源の採集者。他の仕事もなくはないが、どちらかといえばサイドビジネスに近い。何よりも異様なのは、冒険者がその事におとなしく従っている点だ。いくらなんでも大人しすぎる。ギルドの決定を受け入れた。あるいは受け入れざるをえない。そう見える。しかし、何が起こればこんな状態に……。


「〈赤い塔〉を除く三つのダンジョンが同時に改変期に入った」

「……まじですか?」


 状況的にカイサルさんが嘘を言っているとは思えないが思わず聞き返した。カイサルさんは重々しく頷いた。


 確かにそれなら、このギルド舎内の空気も理解出来る。

 しかし、3つのダンジョンが同時とは……。




 改変期。それはダンジョンで数百年に一度、あるかないかレベルで発生する現象だ。

 基本、ダンジョンの地形は固定で、出現する魔物の傾向も変化しない。別荘地下のような例外もあるが、それとて迷路の道順がかわる程度の変化でしかない。

 それ故に、冒険者ギルドは各エリアに難度を設定したり、冒険者はそのエリアの情報から、準備を整えて挑むのであるが。


 改変期を過ぎると、ダンジョンの構成が変わってしまう。


 これまで蓄積してきたダンジョンの情報とノウハウが無と化してしまう。

 冒険者という呼び名は過去の経緯からついたもので、現在の実態は決して冒険・・を行う仕事ではない。

 ただでさえ、危険と無縁ではないというのに、これまで積み上げてきたものが無に帰すというのだ。お通夜状態になるのも、やむをえないだろう。

 スーちゃん情報によれば、アルマリスタにおけるダンジョンの改変期は初めてであり、そのノウハウもない。


 まぁ、ぶっちゃけると、いつ来るのか。あるいは来るかどうかすら分からないモノにどう備えろと? というわけだ。まぁ、来ちゃったわけだが。


 それでも、4つもダンジョンがあれば一つぐらいなら、改変期が来たところでなんとでもなったんだろうけど、さすがに3つとはね。


 ちなみに改変期のダンジョンは入ろうとすると、謎お告げ形式で警告が来るらしい。なんて、親切設計。



「で、俺の呼び出しって、それですか? 調査依頼とか」


 改変期を過ぎたダンジョンは中身は別物になる。当然、今まで蓄積してきた情報は役に立たない。帰還石前提の実態調査ですら、かなりリスキーになる。

 基本、高ランク冒険者が調査を行う事になる。その意味ではDランクの俺は無関係のはずなのだが……。まぁ、〈赤い塔〉30階突破とかやらかしてるしね。


 だが、カイサルさんは俺の言葉に首を横に振った。


「あいにくとそれは改変期が終わってからだな。それとは別件だ。実はな――」


 カイサルさんは俺にだけ聞こえるように声を小さくする。


「ドラゴンがアルマリアの森に住み着いたらしい」

「……はい?」



 こうして、俺の平穏な日々は終わりを告げた。


 ゆり戻しがでかすぎだろ……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る