30.新しい日常

30.新しい日常






 悪魔。


 まぁ、人間が勝手にそう呼んでいただけなんだが。

 そもそもこのあくま達。人間なんぞより、よっぽど信心深い。

 毎週、地下教会で人間に混じってミサに出てたのがいたくらいだ。


 そもそも、神なんぞどうでもいいなら、なぜエクソシストの言葉に耳を傾ける?

 神を恐れ敬っているからこそ、しゅとやら持ち出されると効くのだ。


 もっとも、神は元の世界にはもういない。

 神は人間を見捨てたんだ。

 エレディミーの運用技術に手を出したから見捨てたのか。見捨てたからエレディミーの運用技術が表に出てきたのか。そこら辺は分からないけど。




 悪魔は基本的には物を食べない。だからといって、エネルギー補給がいらないかというとそうでもなく。ただ、直接エネルギーを摂取出来るだけだ。電気とか熱とかね。

 だから、人間とか特に接点がなく、人間のフリをしているならともかく、悪魔として接触する事は滅多にない。

 一部の神の熱狂者が、神の威光を軽んじる人間に業を煮やして、罰として悪事を行わせたりする例もあったそうだが。……宗教って悪魔すら狂わせるんだね。




 だから、悪魔が俺の意思に入ってくる理由はなかったはずなんだけど、悪魔側としてはそうはいかない事情があった。

 世界は神の見えざるシステムによって制御されている。

 これは元の世界に限らず、どの異世界でもそうなんだそうだ。

 ちなみに元の世界での心霊現象とかは、たいがいシステムのバグらしい。神のシステムでもバグはあるのな。SEシステムエンジニアとかPGプログラマーの人。良かったな。神だって間違えるんだ。でも、納期はちゃんと守ろうな。



 その見えざるシステムを運用すべき神が不在となった。

 今はまだ慣性みたいなもんで動いているが、いずれ世界は崩壊する。

 なんとか見えざるシステムを動かそうとし、そして後一歩までにじり寄った。


 その一歩こそが俺。


 必要だったのは、見えざるシステムを再起動するのに必要な動力源。

 そして、俺のエレディミーコアこそが世界で唯一、それを可能とするものだった。

 だから、悪魔は俺に契約を持ちかけた。見えざるシステムの再起動に協力するのと引き換えに、エレディミーアームズおれたちに自由を約束すると。

 具体的には、各脳が搭載されたエレディミーアームズの操作を、自分達で制御出来るようにしてくれるとの事だった。さすがに歩兵用携帯兵器とか、エネルギー供給装置になってる奴は自分で身動きが取れないが。それだって、俺みたいな施設に使われている奴が、そいつらの新しい体を作ってやれる。施設を乗っ取れるなら不可能な話じゃなかった。



 ただ、俺はすぐには契約しなかった。


 だって、その時は、俺は自分が狂った説をまだ信じてたしなぁ。


 だから悪魔達は信用してもらう為に、俺の傍に自分達の同胞を付き従わせるようにしたんだ。

 その一人がスーちゃん。

 ただ、俺の脳は巨大な装置に収められ、始終内部もモニターされていた。だから、彼女はスタイム状の姿になって俺を。俺の脳を包み込んだ。モニターされていると言っても、装置内部は複雑なコードと基盤で視界がとれない。温度や赤外線などのセンサー類で監視しているんだろうけど、どうやら彼女にはそういったものを無効にする能力があるらしい。

 そして、彼女のおかげでエレディミーアームズの中でも、俺だけが受ける情報を取捨選択出来るようになっていた。

 自分達にはこういった事が出来るという証明だったんだろう。


 たかがそれだけの事。もし、肉体があったころの俺ならそう思っていただろう。

 だが、今の俺には目を閉じるまぶたもなく、耳をふさぐ両手もない。エレディミーアームズには、そのたかがそれだけの事すら許されていない。

 仲間が死ぬのから目を背ける事も、悲鳴に耳をふさぐ事も出来なかったんだ。


 俺は彼女に頼んだ。すがったと言ってもいい。

 他のエレディミーアームズ達みんなにも同じようにして欲しいと。

 だが、俺は順番を間違えていた。俺は契約を交わす事を承諾していない。彼女に、悪魔達に俺の願いを聞く理由はない。


 だが。


『これは一つ貸しですらかね』


 いたずらっぽい声で彼女は、俺の願いを聞き届けてくれた。

 実際はそんな簡単な話ではなかったはずだ。俺一人ならともかく、エレディミーアームズ全員を彼女一人なんて無茶な話だった。

 実際、その願いがかなったのは随分と後になった。


『ごめんなさい。私一人でやったので時間がかかってしまって』


 俺はこの時、彼女が嘘をついていた事を知っていた。


 すでにこの時、基地のハッキングを担当する悪魔も来ていた。

 現在のヘルプさんだ。彼女から聞いていたのだ。多くの悪魔にスーちゃんが頭を下げてまわっていた事を。


 俺の願いを聞き届けて欲しいと。契約とは関係なしに。


 この時に俺は決めたのだ。彼らを信用する事に。

 といっても、すぐに俺達は自由になれる訳ではなかった。

 まず、エレディミーアームズを順番に……という訳にはいかない。突然、制御が効かなくなれば、国は不審がるだろう。

 やるなら一斉にだ。そして、二度と俺達を利用されないように、この国を滅ぼす。

 だが、その後。俺達が自由になった事を知らない国連に攻められる可能性もある。だから俺はヘルプさんに頼んで、俺達が自由になる事とその日程を国連に伝えてくれるように頼んだ。そして、その後の立場を保障して欲しいと。

 国連からは承諾の返事をもらった。


 後はXデーを待つのみだった。

 俺達が自由になる為の作業は悪魔達まかせなので、俺達エレディミーアームズ側はなにもする事がなかった。

 俺は仲間達と今までどおり会話しながら、スーちゃんともよく会話をする事になった。

 実のところ、スーちゃんと呼びはじめたのはこの頃からだ。

 それまでは悪魔さんとか呼んでました。ストレートすぎですね。うん。

 名前を聞いたら、スライムでいいですよと言われた。それもあれなので、ニックネームとしてスーちゃんと呼ぶ事になったのだ。


 俺とスーちゃんは結構いろんな事を話した。

 悪魔が信心深いのどうのって話もこの時聞いた。

 他のエレディミーアームズから、彼女が出来たと揶揄された。嫁が出来たとまで言う奴もいた。

 そんなんじゃねーよ。と言い返したが、スーちゃんはまんざらでもなさそうだった。俺としても実は悪い気はしなかった。

 それくらいには親しくなっていた。



 Xデーが近くなった。

 国に感づかれるかも知れなかったが、興奮が抑えられなかった。

 だって、そうだろう? 気付いたら脳をくり貫かれてバッテリー扱いされていたんだ。人ではなく物として扱われていたんだ。

 俺達は肉体を失った。けど、自由を手に入れれば好きに行動出来る。国連だって協力してくれる。彼らと共同研究すれば、五感を感じる事の出来る装置だって作る事が可能かもしれない。



 本気でそんな未来を思ってた。

 ヘルプさんから、国連が俺達が自由になったその瞬間に核ミサイルで、俺達ごと滅ぼすつもりだと聞かされるまでは。


 結局、ここでも『隣に虎がいる』理論だった。国連は自由を取り戻した俺達の存在を恐れたのだ。


 俺は悩んだ。そして、この事をエレディミーアームズ達みんなに打ち明けた。

 俺一人で判断していい事じゃないと思ったから。

 だが、みんなから返ってきた意思は。


『お前の判断に従う』


 だった。

 ……たぶん、みんな同じ気持ちだったんだろうと思う。

 同じ人間に脳だけの存在にされて、そしてまた同じ人間に滅ぼされようとしている。


 ふざけるな、と。



 センチ組のような事さら希少な奴以外は、消耗品扱いだった。いくらまれとはいえ、さすがに世界規模で探せば、単にエレディミーコアを持っている奴を探し出す事は難しくない。さらに戦時になってからはさらわなくても、捕虜や占領した土地の人間から探し出していった。

 そして、俺達は減っては補充されを繰り返していった。



 俺達エレディミーアームズを作り、そして今度は滅ぼそうとする元同胞達人間

 思うところはあるだろうに、それでも俺に判断を任せてくれた今の同胞みんな



 選択肢は2択。


 どっちを選ぶのか。


 いや、違う。


 奴ら人間達は俺達を見捨てた。


 だったら俺も奴ら人間達を見捨ててやる。



 こうして、俺は選択した。

 後は簡単だった。

 Xデーを少し前倒しにする。それだけだった。

 まず、俺達の脳をくり貫いた国を滅ぼし、間をおかずで全世界の人間を滅ぼした。

 別にそれは困難な事ではなかった。

 俺達は占領する必要も、戦後処理をする義務もない。国際法も知った事じゃない。

 元々、全世界と互角だったのだ。余分な枷のない俺達に負ける道理はなかった。




 後悔はない。ないはずだった。

 だが、俺の意識はエレディミーアームズ達が送ってきた、ある映像に釘付けになった。

 見覚えのあるカラーリングの店。コンビニだった。

 たぶん、海外進出していた所が、ニホンが沈んだ後も展開を続けていたんだろう。

 学校の近くにもあった。よくアイスを買っていた。たまに先生が待ち伏せしていて、買い食いするなと怒られた。


 後から後から。思い出が浮かぶ。



 なんで忘れていたんだろう。俺って、俺だって元は人間・・だったんだ。

 そんな当たり前の事にショックを受けて。

 そして。

 そして――。

 そこから先が思い出せない。






 なぁ、ヘルプさん。俺はなぜ、この世界にいるんだ? 俺はどうなったんだ?


『貴方は自分の装置を停止しようとしたのです』


 ……それって俺が死んだって事?


『いえ、彼女が生命維持装置の変わりを果たしていたので、命に別状はありません。その装置も今は復旧しています』


 そうか、悪いな。


『お気になさらずに。貴方は重い選択をしたのです。心に負担がかかるのは当然です』


 いや、そうじゃない。


『?』


 契約だよ。協力するって約束したのに。こんな事になっちまって……。


『ああ、その事ですか。それならば、すでに果たされています』


 ……はい?


『すでに見えざるシステムの再起動はされています。意識がない所を申し訳ないと思いましたが、あなたの持つエネルギーは確かに使わせて頂きました。

 私達が必要としたのは人間達が利用可能なように加工したものではなく、あなたが放つ素のエネルギーです。

 私達なら、あなたの意識がなくても利用する事は可能です』


 そっか。

 ならいいんだ。




 それで、その意識を失っているはずの俺はなんでこんな所にいるんだ。体だってちゃんとあるぞ?


我々あくまは貴方に休息が必要と判断しました。それには戦火の傷跡だらけの元の世界、そして貴方自身の記憶は邪魔になります。だから、記憶を封印し、この世界で平穏に暮らして頂こうと。

 貴方の体は彼女の体で再構成されたものです。彼女は貴方の精神を受け入れる器として、自らを提供しました』


 え? じゃぁ、このスーちゃんは!?


『正確には彼女の一部といった所ですね。貴方の身の安全の為に、体の一部を分離させ、必要最低限の知識と自我を移したのです。

 そして、彼女の能力が高かったのは。貴方の言う所のラスボスステータスだったのは、貴方の力が逆流した結果ですね。何せ、今の貴方の肉体の大部分が彼女の体ですから』


 俺の力? まさかエレディミー!?

 なんで? 俺の脳は元の世界にあるんだよね?


『たとえ別世界とはいえ、貴方の脳と精神はリンクしているのですよ。貴方の魔力が高いのもそのせいです。この世界を制御してるシステムが、貴方の持つエネルギーが魔力に該当すると分別したようです』


 うぇーい!


 そういう事だったのね。

 そりゃまぁ、神様のシステム再起動させるようなもんだから、桁溢れオーバーフローもするか。


 それはいいとして。スーちゃんってずっとこのままなの? 以前みたいには戻らないの?


『貴方の肉体の代わりをしている間は。ただ、その個体も間違いなく貴方のスーちゃん・・・・・・・です』


 なんか、含みのある言い方だな。

 でもなんか、触レルナ危険のシグナルがなっているので、触れるのはやめよう。


 とりあえず、向こうは問題ないのかな? 契約の件はいいとして。ヘルプさんは向こうの状況は分からないの?


『定時連絡で送られてくる情報位ですが、動ける人の間ではサッカーがブームみたいですね。ただ、現状だと戦闘ヘリが有利なのでルールが日々改定されているようです。

 あとデータを海底からサルベージしてきたらしいのですが。テレビ版のエヴァンゲリオンの最終回について、熱い議論が繰り広げられているとか』


 何してんのお前ら!?

 随分と楽しそうにしてんな、おい!!?



 まぁ、元気そうにやってんのなら。いいか。

 それで、俺はいつまでここに居ていいのかな?


『特に期限は定めていませんね』


 俺がしばらく戻らなくても問題ない?


『ないと思われます。エネルギー供給も戦争でもなければ不要ですしね。

 ……戻りたくないですか?』



 いんや。むしろ里心がついたかな?

 だけど、こっちにも放り出す訳にはいかない事とか、やりたい事もあるんでね。



 こっちにはハウスさん達がいるし、ゴブリン族もいる。

 ダンジョンも行ってないエリアもあるし。それに他の街もいずれ見てみたいかな。


『ご自由に。そもそもは貴方はここに休息に来たのです。心の赴くまま生きて下さい。我々もサポートしますので』


 我々……か。


 なぁ、もしかして神明ってのも、お前らの仲間あくまなのか?



『そうです。正確には神明のアカウントにハッキングして乗っ取った。そういった所です』



 うぇーい!?

 神様ハッキングしてんじゃねぇよ!

 問題起きたらどうするんだ。



『ありえませんよ。この世界にも神はいませんので』


 ……うぇーい。

 この世界も神様に捨てられてたのか。まさか、世界が滅ぶとかないよな?


『やや、危ないタイミングでしたが。とりあえず我々が管理してる間は問題ないかと思われます』


 逆に言うと、管理しなくなったら危なくなるのね。

 うーん。


 なぁ、ヘルプさん。俺みたいにあいつらエレディミーアームズをこっちに呼べないのか?


『出来ないとまでは言いませんが……。全員となると時間がかかりますよ? 何しろまず肉体となる器を準備しないといけませんので』


 そっか。

 でも、あいつらにも俺が感じてるこの感触を味あわせてやりたいんだよな。


 風を肌で感じ。

 空気の匂いをかいで。

 おいしい物を味わって。

 疲れて眠くなったら、ベッドに倒れこむ。


 かつて当たり前にあったものがここにある。


『分かりました。方法を検討してみます。少々お時間をもらう事になりますが』


 かまわない。だって、特に期限もないんだろ?


『承知しました』



 そこでヘルプさんとの会話を打ち切った。



「スーちゃん。剣の休息亭に戻るよ」


 俺は彼女に声をかけた。そして、いつも通りスーちゃんは足元によって来る。いつだって、彼女は俺のそばにいたんだ。




 これから、剣の休息亭の食堂にて、《自由なる剣の宴》の会った事がない人との顔合わせだ。

 あー、うん。結局、カイサルさんのクランに入ったんだ。

 結果的に法の内側になっただけで、俺のやった事は無法者だったと言ったんだけど。


「あんなクズの為に、有望な新人ルーキーを手放せるか」


 との事だ。

 顔合わせの後は、冒険者ギルドに行って〈常闇の森〉ってダンジョンに行く依頼がないか探すつもりだ。

 まだ行った事のないダンジョンなのだが川があり、非常に確率は低いが鮭が取れるとの事。

 鮭ですよ、鮭!

 塩鮭食いてー。




 そうして、俺はこの異世界で手に入れた、新しい日常に戻っていく。

 スーちゃんと一緒に。






 一章 無限の供給炉 完

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