29.全ての始まりについて

29.全ての始まりについて






「すまないが、儂はこれで失礼させてもらおう。ここに居る必要があるのは商人ギルド長であって、儂ではないのだからな」


 短い時間で老け込んだように見える商人ギルド長、いや元商人ギルド長はドアへと向かい背を向けた。そして、一度だけ止まった。


「ラヴレンチ。すまんが、儂の処分が決まったら教えてくれるか?」

「……はい。悪いようには致しませんので」


 彼の背にそう言って頭を下げるラヴレンチさん。その姿が見えなかっただろうに、元商人ギルド長は頷いて、会議室から去っていった。


 ドアが閉められると、ラヴレンチさんは俺の方を向いた。


「マサヨシ君。頼みが――」

「いいですよ」


 みなまで言わせなかった。俺が許していい問題でもない気もするし、彼が少なからずゴブリン族の村の悲劇に関わったのは事実だ。でも、俺が何もしなくとも、彼はアルマリスタの法で裁かれる。

 元々俺が決定していたのは、リガスの事だけだ。ラヴレンチさんやアーロンさんの様子。それに先程の様子から、根っこから腐っていた人物だった訳ではなさそうだ。


「俺はリガスで十分です。後の事はおまかせします。商人ギルド長さん」

「……ありがとう。マサヨシ君」


 彼は頭を下げた。


「残務処理はあるにしても、この件はこれでケリがついたと考えていいのかしら? もちろん、アルマリアの森がアルマリスタの管理下におかれる話はなかった事になるけど」

「ああ、それなんですけど」


 実は冒険者ギルドに報告してない事があったりするんだよね。

 ……後、出来れば報告したくないのも。


「ゴブリン族には新しい土地で暮らしてもらう事になってます。先にラヴレンチさんに話は通してあります。……て、あれ? ラヴレンチさんがギルド長になったから、これはもう商人ギルドの決定って事でいいんですか?」


 今気付いた。ラヴレンチさんに先に話したのは根回しのつもりで、商人ギルドにある事を働きかけてもらう為だったんだけど。


「そうだね。マサヨシ君からゴブリン族は新しい土地で暮らし、その作物を商人ギルドで取引させてもらう事になってます。間にマサヨシ君を挟んでの話になりますが。

 街の住人の中には、ゴブリン族を恐れる人もいるでしょうし、無理に交流を強いる訳にもいかないでしょう。これは一朝一夕で解決出来る問題でもないですから」


 ラヴレンチさんは残念そうに言った。

 ゴブリン族を恐れる人を愚かとも言えないだろう。以前アーロンさんが言った虎に例えた話。確かにその通りだ。

 俺だって、この世界で目が目覚めて、隣にいたのがスーちゃんだったので安心・・した。逆にスーちゃんじゃなかったらって話だ。


「それは分かったけど、新しい土地? そんなもの何処にあるの? そもそも、今ある村はどうするのよ?」


 シルヴィアさんは当然の疑問を口にする。

 まぁ、普通なら村を移すなんて、簡単じゃないだ。

 うん、普通ならね。


「すいません。それは彼らの安全の為に伏せさせてもらいます。ラヴレンチさんも場所は知りません。その為に、俺が彼らとの取引で間に立つんですから」


 実はもう、アルマリアの森に村がないんだよね。

 じゃぁ、どこにあるのかって言うと、ハウスさん家の裏庭。


 元々は、単にアルマリスタに連れてこられた村人達の一時避難所にしてただけなんだけど。ハウスさんが言うには彼らから精霊の気配がするらしい。

 で、確認のために村に石塊を置いて、【特殊:空間接続】で直接ハウスさんに確認してもらったんだ。

 そして、村のある土地全体に精霊が宿ってる事が判明。

 まぁ、精霊といってもハウスさんのような高位の存在ではなく、自我もほとんどない状態だったのだが。それでも土地に精霊が宿っているなら、契約する事で土地ごと召喚する事も可能になる。

 で、村を丸ごと裏庭に召喚した訳だ。裏庭にはいくらでもスペースあるからね。

 後、村人がリガス達に何人も殺されて、働き手が減っていた。ので、ゲートさんにアウターレッサースケルトンを何体か召喚してもらって、それをハウスさんに権限委譲。彼らをスケルトンワーカーと命名して、村人の手助けをしてもらう事になっている。

 まぁ、村人達は怯えていたけど、その辺は慣れてもらうしかない。


 エトムント村長には何度も感謝の言葉をもらったけど、俺は彼の孫を助けられなかった。助けようがなかったのも事実だけど、ここまでやったのはその罪悪感もあったんだと思う。


「商人ギルド長が納得している状態なら無理に聞かないけど。彼らは安全なのね? マサヨシ君」


 ペンをクルクル回しながらシルヴィアさん。

 うえーい。

 攻撃態勢入ってる。うかつな返答したら、容赦なく刺すつもりだぞ、これは。


「はい、絶対安全です。そして、俺が責任を持って彼らを守ります」


 まぁ、ハウスさんも限界突破組だし、まず力ずくで彼らを害するのは不可能だろう。


 シルヴィアさんはアーロンさんに目で問うと、彼は頷いた。


「いいだろう。だがな、小僧。お前はいわばゴブリン族の保証人になったようなものだ。ゴブリン族の件で問題が発生したら、お前の問題になる。それは覚悟してもらうぞ」

「承知の上です」


 まぁ、ここまでやっちゃったからには、最後まで責任を持つのは当然だよね?


 アーロンさんは頷いた。ここで話が終わってくれると、非常に助かったのだが。


「それで、先程ミスリルゴーレムの話が出たが。お前ら〈赤い塔〉の30階を突破したのか?」


 ……やっぱりそうくるよね?

 俺とカイサルさんはアイコンタクト。


 意味は――お前が言えよ、だ。どっちも。


 俺、やっぱこの人に似てるのかも……。


 俺達の様子に不審なものを感じたか、アーロンさんとシルヴィアさんは共に、ニーナさんやラヴレンチさんに目で問う。


 ニーナさんは、カクリと首を傾げる。……あれで誤魔化してるつもりなんだろーなぁ。まぁ、あれでSAN値が削られて、追求出来なくなるのは事実かも知れないけど。


 となると、矛先は自然とラヴレンチさんに向けられる。が、彼もため息をつく。


「ミスリル素材は私としてもありがたいのですが……。もう一体の方はさすがにねぇ。まるで無理矢理押し付けられた感じでしたね」


 ラヴレンチさんが恨めしそうに俺達を見る。

 ごめんなさい。無理矢理押し付けました。


 だって、あんなもん、俺達じゃ処理無理だって。


「もう一体だと?」


 再び、追求がこっちに来た。

 いつまでも黙ってる訳にはいかないよね?


 再び、カイサルさんとアイコンタクト。


 諦めようと一致した。


「ええと、ギルド長。実はミスリルゴーレムなんですが、奴は30階の守護者じゃなかったんです」

「なんだと!?」


 カイサルさんの言葉に、アーロンさんもシルヴィアさんも目を丸くする。

 そりゃ、あんなもんがいたら、普通はあっちが守護者だと思いますよね?


「だったら、30階の守護者はなんだったんだ?」

「いや、ミスリルゴーレムが2体いたあたりで守護者じゃないって気付くべきだったんですがね?」


 歯切れの悪いカイサルさんにしびれを切らして、二人の追及の視線がこっちに。

 ……うぇーい。


「……セイントゴーレムって言う奴です」


 会議室が凍りついた。



 ミスリルゴーレム2体を倒した後に次の階の魔方陣も脱出用の魔方陣も出なかった。

 ただ、ゴーレム達も動きを止めたので俺達が首をかしげているとそいつが現れた。


 通常種と同程度のサイズ。粘土っぽい質感、白いゴーレム。

 カイサルさんが牽制のつもりで放った一撃であっさりと砕けた。


 そして、出現する魔法陣。


 俺達があっけにとられているとスーちゃんが教えてくれた。




 太古の昔。まだ神明様の子が少なかった頃。人々の暮らしを助ける為に神明様が土くれに力を注ぎ作り上げたもの。それがセイントゴーレム。



 神明様はこの大陸で主流の宗教の唯一神で。その力が宿る存在をぶっ壊しちゃった訳で。


 ちなみにマスター権限はギルド長だけがもっている訳ではない。街役所のトップも持っているし、神明教の教会が持ってたりもする。

 そして、教会の場合、下手なギルドよりも力を持ってる街もあったりするらしい。




 ぶっちゃけます。


 宗・教・戦・争・勃・発。



 その火種つくっちゃいましたー!!!!!

 ごめんなさい!!!!!



 スーちゃん! そういうのはもっと早く教えて欲しかった!!

 ぶっ壊してから言われた時には、100うぇーいぐらい驚いて、心臓止まるかと思ったよ!


「お、お前らぁ!!!!?」


 アーロンさんの怒鳴り声が会議室に鳴り響く。

 俺とカイサルさんは二人して、ひたすら謝り倒すしかなかった。



□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□



「だって、倒しちゃったんだから。仕方ないじゃん。ねぇ」


 俺はスーちゃんに同意を求めると、スーちゃんは頷くようにぷるんぷるんと震えた。

 ここはハウスさん家の裏庭。正確には裏庭にある分館。

 ゴブリン族の村が出来て、商人ギルドとの間を取り持つようになったので、こっちに

 頻繁に顔を出す必要が出来た訳で。

 手続きの作業をおこなったり、後はこっちで一夜を明かす事もあるかも知れないからと、ハウスさんが作ったのだ。


 一瞬で。


 建築業の人は泣いていいと思う。


 その別館の一室に俺はいる訳だが。窓の外には遠目で畑を耕している村人と、それにまじってスケルトンワーカーの働いている姿が見える。受け入れられなかったらどうしようと、少し心配だったのだが、あの様子じゃ大丈夫そうだ。



 さて。色々と片付いたし。……中には炎上しちゃったものもあったけど。

 とりあえず、落ち着いたので、質問してみようか?



 ヘルプさん。いや――


『今まで通りヘルプさんでお願いします。元の世界ではともかく。今はマサヨシ様のスキルに過ぎませんので』


 俺の呼びかけを遮って、彼女。ヘルプさんは言った。


 そうなの?


『さすがに別世界に自由に出入り出来ません。なんでもかんでも出来るなら、神様なんていりませんよ』


 拗ねたような口調。

 それを悪魔あんたが言うのか……。



 そう、悪魔。それがヘルプさんの正体。


 召喚師強化パック(改)の影響なのか。

 あの時から、元の世界の記憶が少しずつ戻って来ていた。

 本当に物凄く少しずつなので、まだあんまりはっきりしていないんだけどね。



 ヘルプさん。スーちゃんは、あのスーちゃんなの?



 俺はまず一番聞きたい事を聞いた。


『はい、彼女です。まさか、こちらでもスーちゃんと呼ぶとは思ってもみませんでした。元の世界の記憶が残っているのかと思いました』



 いや。記憶を失っても俺は俺だからなんだろうね。

 スライムだからスーちゃん。

 元の世界では俺の状態に合わせてあんな姿になっていたんだろうけど。



『それは少し違います。あなたの傍にいる為にあの姿になっていたのは事実ですが、あれもまた彼女の本来の姿に違いありません』


 え? そうなの?


『はい。我々悪魔は複数の姿を持ちますが、だからと言ってどんな姿にもなれる訳ではありません。そういう能力を持つ悪魔なら別ですが、彼女は違います』


 あー。てっきり俺に合わせてくれてるのかと思った。



 ヘルプさんの言う通り、スーちゃんも悪魔だ。常に俺の傍にいてくれた。だから、こっちでは魔物であっても、俺は警戒しなかったんじゃないかな。



 さて、俺の話をしようか。

 俺は丸井正義。普通の高校生だ。


 嘘はいっていない。普通の高校生だった。

 ただ、そこに続きがあっただけだ。



 ある日、さらわれて脳をくり貫かれた。

 ……何言ってんだって感じだが、事実なんだよな、これが。

 そして、脳をくり貫かれたにも関わらず俺は生き続けた。あるいは死んだ方がよっぽどマシだったかも知れない。



 ある国が、とある技術を開発した。

 電気と似て非なる性質を持つエネルギーの運用技術だ。

 そのエネルギーの名称はエレディミーと呼ばれていた。由来は知らない。

 俺がその技術について知っている事は少ない。何度も言うが俺は普通の高校生だったんだ。そして、文系だ。英語苦手だったけど。


 そのエレディミーはエレディミーコアと呼ばれる物質から発生し、たった1ミリに満たないサイズですら、原子炉クラスのエネルギーを生み出す。


 ただ、問題はそれがどこで取れるのか、と保存方法。


 それが脳だったんだ。

 エレディミーコアは人間の脳に発生する。あるいは生まれ持っていたのかもしれない。

 とにかく、それを持つ人間は稀らしいので、俺がさらわれたのは手当たり次第ではなく、なんらかの根拠があったのだろう。


 エレディミーコアを脳から取り出したり、脳が機能を停止すると不活性化する。つまりは使えなくなる。再活性化をする方法もないから、エレディミーコアを利用するには脳が生きたままの状態じゃないといけない。

 逆に言えば、脳を生かしておく方法があるなら、他はいらない。

 そして、エレディミーの運用技術にはその脳だけを生かす技術も含まれる。

 だから、俺は脳をくり貫かれ、肉体は廃棄された。知りたくも無かったが焼却されたらしいっぽい。



 その国は貧しかった。そして、自国の民が飢えているにも関わらず、エレディミーの運用技術を軍事力としてしか使わなかった。

 せめて、その飢えた民を満たす為に使われたのなら、俺は自分を慰める事が出来たのかも知れないのにさ。


 その国は他国のエレディミーコアを持つ人間を見つけては誘拐を繰り返した。

 いつまでもそんな事を続ければさすがに発覚するし、糾弾される。実際、国連で非難決議をされた。

 だが、そんな暢気な事をしている間に、その国のエレディミー運用技術の軍用化は進み、うかつに手出し出来ないレベルになっていった。ほぼ全世界が相手なのに、だ。

 それほど、エレディミーはとてつもない力だった。



 さて、エレディミーコアとその容器である脳。これがどういう使われ方をしたのかは、エレディミーコアのサイズによって変わる。

 ミリにも満たないミクロンサイズのものは、ちょっと大きめの歩兵用携帯兵器として。

 数ミリなら、その歩兵用携帯兵器のエネルギー供給用や、施設の動力源。センチレベルなら、専用戦闘機や専用戦闘車両に搭載された。

 そういったものをまとめてエレディミーアームズと呼ばれていた。


 その頃にはニホン無くなってたわ。まぁ、PCのハードディスクやばいもんの消去にはなったけどな。



 さて、俺はどうなったのだろうかと言うと。

 俺のエレディミーコアはなんとびっくり、10センチオーバーだった。つか、そんなもんがよく脳にはいってて無事だったな。まぁ、脳って柔軟らしいしな。

 なので、特別扱いだった。嬉しくもねぇ。

 俺はその国の中央基地の動力源として、そしてエレディミーアームズの中でもセンチ組のエネルギー供給用としても使われていた。

 まぁ、ミリ組もなんだが、なんでエレディミーアームズにエネルギー供給が必要なのかだが。エレディミーコアがエレディミーを発生させるとはいえ、使えば当然減るのだ。しばらく使わなければ充電されるが、戦場ではその時間が命取りになる。まぁ、携帯電話の急速充電器をイメージしてくれたらいいと思う。中身は単三電池じゃなくて脳だが。



 俺はエレディミー供給炉とよばれていた。どこら辺が炉に該当するのかは知らないが、そう呼ばれていたんだ。抗議したかったが、その呼び名は却下しようがなかった。

 だって、まぁ。脳だけだし。口ねぇんだし、どうしろと?

 俺に出来る事と言えば、他のエレディミーアームズを介して送られてくる映像を見て、各国の戦況を見たり、センチ組で『センチメンタルジャーニー♪』とかギャグで歌って、他のエレディミーアームズからひんしゅく買ったりする程度だ。

 ……ウケルと思ったんだ。松本伊代だったのがまずかったのだろうか? 名曲だと思うのだが。暗黒太極拳の方がよかったとでも言うのだろうか。センチ組もセンチ組だ。ノリノリだったくせに、ひんしゅく買った瞬間他人の振りしやがって。冷たい奴らだ。


 脳だけで歌えるのか? とか思われそうだが、実際には歌ったというかエレディミーアームズに標準搭載されていたリンクシステムを介して意思のやりとりが出来たんだ。


 逆にそれが出来たせいで、仲間が死んでいくのもリアルタイムで知るハメにもなったんだがな。あるいは俺達にとって唯一の救いかもって、慰めあったりもした。





 そんなある日。俺の意思にエレディミーアームズ以外の意思が届いた。

 まぁ、その意思ってのが悪魔達だった訳だ。

 そして、その中にスーちゃんとかヘルプさんがいたんだ。




 ちなみに。

 即、みんなに『俺、狂ったみたい』とか送った。『いつもだろ』って突っ込みが多数かえって来た。……ひでぇよ。


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