28.決着をつけよう

28.決着をつけよう






 俺は浮かれているのだろうか、それともイラついているのだろうか。

 ただ、何か熱に浮かされているような気分だ。

 ここは冒険者ギルドの建物にある一室。通常は会議に使われているそうなので会議室と言おうか。

 俺は会議室で先程から人を待っている。

 待っているのは俺だけではない。冒険者ギルド長のアーロン筋肉ネコミミさん。その補佐役として、シルヴィア元祖ネコミミさん。

 俺の左右にはカイサルさんとニーナさんがいる。


 先に言っておくとこれから起こる事はすでに決定している。

 だからこそ、俺はただ待っているだけに過ぎない。

 だからこそ、俺は浮かれているのか、イラついているのか自分では判断出来ないでいる。


 閉められていた会議室のドアが開かれる。

 入って来た人影は三人。


 待ち人来たる、だ。


 三人の内、二人は知った顔だ。


 一人はハウスさん家の件でお世話になった担当さん。名前はラヴレンチさん。カイサルさんに名刺の事を指摘されるまで、名前を見てませんでした。ごめんなさい。後面倒事を押し付けた事も合わせて心の中で謝っておこう。でも、商人ギルドの綱紀粛正おそうじにはなるよね?


 一人はリガス。正直こいつの顔は見たくない。この勝ち誇ったような顔でニヤけた面してるのは特に。だが、こいつがいないと話が始まらない。皮肉な事だ。

 人生ままならない事って多いよね。ホント。


 そして、最後の一人は消去法で誰だか分かる。

 商人ギルド長。名前は……ごめん。忘れた。でも、いいよね。事はすでに決定している。知っていようがいまいが変らない。


 アーロンさんが三人に対して席に着くように促す。


 さぁ、茶番の始まりだ。


「リガス。お前がなぜここに呼ばれたか、分かっているな?」

「いえ。さっぱりです、ギルド長。おっと、失礼。アーロンギルド長」


 リガスのニヤけた面は変らない。ギルド長の名前を言いなおしたのはギルド長がこの場で二人いるからだ。

 アーロンさんはため息をついた。


「そうか。なら、説明しなければならないな。ここにいるカイサルとマサヨシが連名で、お前を告発した。アルマリアの森の原住民を殺害した罪でな。お前もすでに知っていようが、ここにいるニーナ穣は死者の声を聞く事が出来る。いつでも法廷で証言するとの事だ」


 そこでまたため息をついた。なんとなく分かる。

 茶番は疲れるね。


「何か言い逃れはあるか?」

「ありませんね。何せ、俺は法を犯してませんからね」

「ほう?」


 アーロンさんの目がギラリと光る。ついでにシルヴィアさんのペンもぴくりと動いた。

 恐らく、リガスの態度次第では司法取引的な用意でもしてあったのだろう。

 徒労でしたね。ご苦労様です。だから、もう決定してるんですってば。


「それはお前がアルマリアの森の土地。その管理者になる事が内定してるからか?」

「アーロンギルド長も人が悪い。ご存知じゃないですか」

「それはあくまで商人ギルドで内定してるだけだろう。アルマリアの森の土地をアルマリスタが管理するか否か。それは次のマスター議会で、初めて議題にあがるのだろう? 少なくともそれまでは商人ギルドの内輪での話のはずだ」

「だが、こいつは保証金を積んでいる」


 商人ギルド長が割って入った。結局、この人がリガスの悪事に積極的に協力しているかどうか分からなかったんだよな。捕まっていたゴブリン族の人達も、リガスがいくつか持っていた店の地下にいたし。

 この様子だと積極的っぽい感じかな? ただ、ニーナさんが言うには村人達を殺せとまでは言ってないそうだ。例によって死んだ人からの話だそうだが。俺のスキルも反則だけど、この人のスキルもたいがい反則だよね。情報戦ならはっきり言って勝ち目がない。


「なぁ、アーロンよ。それは次のマスター議会で銀貨でも投げるってのか?」


 銀貨を投げる。銀貨ってのは手切れ金の事。商人用語で対立を意味する。この場合は議題に反対するのかって事。てか、ストレートに言ってくれ。専門用語は専門者間で使うもんだ。


「老いたのか。それとも欲に溺れたのか……」

「あ? 何だと?」

「落ちぶれたくはないもんだな。昔のお前ならリスクには敏感だったのにな。酔っ払うと良く言ってたな。商人に重要なのは嗅覚だ。どれだけでかい案件でも危険な匂いがするなら手を引くべきだってな」


 どうやら、アーロンさんと商人ギルド長は単なるギルド同士の付き合いだけではなかったって感じだな。さしずめさしずめカイサルさんと担当さん――もとい、ラヴレンチさんって感じか。

 だとするとなおさら痛恨事なんだろうな。この件は。


「……アーロン。いったい、何が言いたい?」

「次のマスター議会で、商人ギルドの議題。絶対に通らんのだ」

「なぜだ? どうしてそう言い切れる? 例え冒険者ギルドが反対したとしても、だ。料理人、賢者、職人。最低でもその3つをおさえておかずに絶対などとなぜ言い切れる?」

「だから、その3つが反対するからだっ」


 搾り出すような声でアーロンさんは言った。

 商人ギルド長はすぐに意味が理解出来なかったのだろう。しばらく呆けた顔をしていたが、がばっと椅子から立ち上がった。

 ラヴレンチさんが目をそらしたのにも気付いてない様子だ。


「馬鹿なっ! 保留案件にするならまだしもなぜ反対するのだ! 2大ギルドの片方を相手に回すような真似を。それに賢者ギルドはギルド長が亡くなって以来、その座は空席でマスター議会に出席すらしていないだろうが!!」

「その点については私から説明を」


 ニーナさんが手を上げて立ち上がった。

 ……ニーナさん? 発言するなら髪を前に足らすのやめましょうよ。

 この人わざとやってるのかと思えてきた。


「賢者ギルド長は次回のマスター議会から出席します」

「まて。つまりは、後任が決まったのか?」

「そもそも、先代ギルド長が亡くなった三日後に後任は決まっていました。賢者ギルド員幹部の全員一致をもって。ただ、外部にその事を発信していなかった。それだけです」

「……は? なんだそれは。ふざけているのか! 今までは秘密にしていて、たまたま次のマスター議会から出席すると? 気が向いたからとかか!?」

「いえ。秘する意味が無くなったからです」


 商人ギルド長は自分でも興奮しているのを自覚しているのだろう。額に手をやり呼吸を整えようとしている。


「秘する意味が無くなったと言ったな? では言えるはずだ。誰だ? 誰がギルド長になった。マスター権限者はどこにいる?」

「今、あなたの目の前にいます。商人ギルド長」

「な……に?」


 オカルトであるよなぁ。電話で『今、あなたの後ろにいるの』って奴。別におかしな台詞ではないはずなのに、ニーナさんが言うとなぜこんなにオカルト方面の連想をしてしまうんだろうか?


「私はニーナ=アルマリスタ。この名を名乗る意味はお分かりですよね?」


 街の名を自分の名として名乗るのを許されるのはマスター権限者のみ。もし権限を持たないものがそれを口にした場合、事情にもよるが最悪死刑もありうる。それが子供の遊びレベルでも、だ。

 冗談みたいな話だが、この世界においては名を名乗る意味は重い。その意味では商人の名刺も似たようなものなんだろう。


「お前が……マスター権限者?」

「……ニーナ穣は死者の声が聞けると言っただろう。その意味を考えろ」


 そう、そこがポイントだ。ニーナさんの職業は霊能者。そのスキルはアーロンさんが言うように死者の声を聞く事だ。……それ以外にも色々ありそうだけど。

 ニーナさんだけが持つ死者の情報ネットワークは膨大な知的財産だ。後続に受け継がせなかった為に失われた研究成果などをたやすく知る事が出来る。それに霊はどこにでもいる。彼女に隠し事は通じない。アルマリアの森から連れてこられたゴブリン族を発見したのは、彼女の力のおかげだ。

 それに彼女の力は賢者ギルドにだけ利益をもたらす訳じゃない。

 失われたレシピ。失われた技術。失われたノウハウ。

 職人が。料理人が。喉から手が出るほど欲しい情報を彼女は手に入れられるのだ。

 そんな彼女を誰が敵に回す?


 そして、アルマリアの森で、彼女は自分の職業を公開した。その時点で彼女はギルド長である事を秘する意味を失った。何せ、ユニーク職業だから、万が一の為にギルドぐるみで秘匿していた訳で。ギルド外に彼女の職業を知られた時点で、彼女の身分も隠す理由を無くす。


 だから、これは初めから決定していたんだ。彼女が俺の側に付いた時点で。


「つまり2大ギルドの内の片方。そして次ぐ規模の料理人ギルド。さらにその下の2つ、職人ギルドと賢者ギルドが反対の票を投げる訳です。確実に否決します」


 落ち着いた声が響く。ラヴレンチさんだ。

 彼もこの茶番を知っている。何せその片棒を担いでいるのだから。


「ラヴレンチ! お前!?」

「失敗した事を認めてください。少なくとも私は自分の師を告発したくはありません」


 ……意外だな。アーロンさんといい。商人ギルド長って人望あったんだな。

 やっぱりお金って人を狂わせるのかな。俺も気を付けないとな。


「そして、保証金の件についてですが。マサヨシ氏も保証金を積んでいます。ただし、現物ですが」

「な、に?」

「リガス氏がどれほどの保証金を積んだのかは私の与り知らぬ事。ですが、二人以上が保証金を積んだ場合。より保証金を積んだほうが権利を持ちます。

 マサヨシ氏が持ち込んだ現物はミスリルゴーレムが2体分。そして、もう1体の別のゴーレム。

 現物は相場によって値が上下するとは言え、ゴーレム2体分のミスリルの価値を積める人がこの街にいるとも思えませんが」


 リガスのニヤけた面が蒼白なものに変わる。ここに至ってようやくこの男も状況を把握したらしい。

 この男を法の内側としていた二つの論理ロジック。それが崩れている事に。


 俺に言わせれば、すでにここに来る前にこれは決定済みだったんだ。

 お前に与えられていた選択肢は二つ。何も知らずにのこのこと顔を出すか、何かから危険を察知してこの街から逃げるか、だ。まぁ、ハリッサさんの【特殊:第六感】くらいのスキルでもないと無理だろうけど。


 ああ、だからだ。

 俺はこの男が来る事を期待して浮かれていた。

 そして、この男が逃げる可能性が残されていたのでイラついていた。



 リガスが軽く腰を浮かした。

 ……いまさら逃げられるとでも思っているのだろうか。


「スーちゃん。捕らえて」


 俺の合図に俺の足元から、スーちゃんが飛び出した。

 リガスは三剣を使ったのだろうが、あっさりとスーちゃんに回避され、体を拘束された。

 三剣の正体は隠蔽スキルの効果をもつ魔法具。それを土魔法にある念動力サイコキネシスみたいなスキルで操っていただけだ。


 見えない剣を、見えない手念動力で動かしていた訳で。こんなもの初見では確かにかわせない。何せ、間合いもタイミングも分からないのだから。


 つまり、逆に言うなら間合いもタイミングも把握しているのなら、さして脅威ではない。俺を三剣で殴った時にスーちゃんがちゃんと見ていた。馬鹿な奴。一回切りの、しかし強力な手札を、つまらんプライドの為に手放したのだ。


 こんな男の為に、エステルとエドガー君の未来が奪われたのだと思うと、情けなくて涙が出そうだ。


 商人ギルド長は観念したのか、顔を伏せて震えている。


 ……この人はまぁいいだろう。リガスに協力したとはいえ、計画を立てた訳ではなく、手を血で汚した訳でもない。正直さして興味を持てない。せめて、平穏な老後を祈ってあげよう。


 そして。


「よし、小僧。人を呼ぶからリガスをそいつに渡せ。懲罰房に――」

「いえ。こいつは俺の獲物です。誰にも渡しません」


 リガスを捕らえるスーちゃんの体積が増していく。リガスを取り込む為に。

 スーちゃんが進化で得た【特殊:隔離空間】は生きているものすら取り込める。ここに来る前に、こいつの取り巻きには先に入ってもらっていた。


 リガスが初めて俺に対して恐怖の表情を向ける。だが、俺の心は何も感じない。

 そりゃ、そうだ。結局こいつがした事は元には戻らない。こいつが殺したゴブリン達は甦らない。


 ……それはこれから、俺が行うことにも同じ事が言える。

 だが、これは俺のケジメだ。


 リガスは俺が処刑する。これは俺の中で決定済みだ。

 例え、リガスが危険を察知し、逃げていたとしても追ってそうしていただろう。


 だから、結局同じ事。すでにリガスの運命は決定していた。

 後は俺が実行するだけだ。


「マサヨシ」


 カイサルさんが俺に声をかける。が、何も言わない。

 この人には伝わっているのだろう。俺がどうあっても譲るつもりはない、と。


「すいません」

「……何がだ?」

「法を無視したら無法者……でしたよね。結局俺は無法者でした」


 これが終わったら、《自由なる剣の宴》に入る件は取り下げてもらおう。あそこは無法者のいていいところじゃない。


「や、やめろっ。俺を殺したら。ゴブリン共の居場所が」


 今更、こいつは何を言っているのやら。


「とっくに救出済みだよ。お前の手札はもうない」


 とりあえず、こいつをスーちゃんの隔離空間に送ってやろう。取り巻き達も首を長くして待っているだろう。楽には殺さない。私刑なのだけは、ほんのちょっと悪い気がするが、ゴブリン族の血で染まったお前らの手はとれない。


「アーロンさん。いえ。アーロンギルド長。この場で、リガスの即時判決を賢者ギルド長として要請します」


 ん? どういう事だ?


「即時判決だと? 正気か? ニーナ穣。裁判官もいないのだぞ」

「しかし、原告、被告、証人。そして、被告に相応しい罪状が死罪以外ありえるのでしょうか? アルマリスタの法において」

「確かに……。この男を守る法はない。あるのは罪状だけだな。遅いか早いかの話、か」

「幸いこの場にマスター権限者が三人もいます。罪状が決定しているのなら、後は決を下すだけ。それならば、マスター権限者の権限でも可能ではないでしょうか?」


 そして、ニーナさんは商人ギルド長を見た。だが、彼は小さく首を横に振った。


「儂は現時点をもってマスター権限を返上……。いや、そこにいるラヴレンチに委譲しよう」

「ギルド長!?」


 ラヴレンチさんは驚いたように叫ぶが、商人ギルド長は憑き物が落ちたかのように穏やかに微笑んだ。


「見苦しい真似をした。すまん。せめて最後に商人ギルド長として。マスター権限者としての格好をつけされてくれないか」

「……分かりました」


 決意が変わらないと判断したのかラヴレンチさんは頷いた。


 そして、リガスに対する決が下される。


「冒険者ギルド長。アーロン=アルマリスタはリガスに対する、この場での即時判決を支持する」

「……商人ギルド長。ラヴレンチ=アルマリスタはリガスに対する、この場での即時判決を支持します」

「賢者ギルド長。ニーナ=アルマリスタはリガスに対する、この場での即時判決を支持します。

 なお、この場においてこの男に相応しい処罰を与えるものとして、冒険者ギルド員であり、ゴブリン族の理解者でもあるマサヨシが相応しいと提案します」

「冒険者ギルドは認めよう」

「商人ギルドに異議はありません」


 つまり、俺に法的な後ろ盾を作ってくれたのね。

 感謝します。ニーナさん。


 リガスが悲鳴を上げた。


「や、やめろ。やめてくれぇっ!」


 お前さ。殺したゴブリン族の人達が救いを求めた時、それを聞き届けたか?

 彼らを笑って殺した奴に、救いの手を差し伸べる奴がいるとでも?


「スーちゃん。送って」


 スーちゃんに全身を取り込まれたリガスの姿が消える。


「終わりました」


 実は終わってません。ただ、隔離空間に送っただけ。

 もっとも、そこはスーちゃんの分体がいるからね。一人ずつじっくり溶かされていく訳だ。少しは村人達の痛みと恐怖を味わってから逝きな。



 こうして、リガスの件については終わった。


 終わったんだが……。


 実はリガス以外の件が出来ちゃったんだよね、これが。

 それも100うぇーいくらいのでっかい問題が。



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