23.不吉を告げるモノ

23.不吉を告げるモノ






 畑の見学の後、一日追加で村に宿泊した。

 翌日は村の文化を色々と教えて貰った。ついでに体験も。うん、正直面白かった。また一泊しちゃうくらいは。


 本当はもう少し逗留したかった。

 村人とも打ち解けて、引き止められもして。


 でも、俺はそもそもここに調査に来たんだよな。さすがにいつまでもアルマリスタに戻らないのはまずい。下手をすると追加調査で他の冒険者が送られてくる可能性だってある。


 とりあえず、一旦街に戻る事にする。

 後、肉についてだが。やっぱないよりあるほうがいいとの事で、村に来るまでに狩った魔物の肉を譲った。もちろん、スパイクボアの肉も。正直、かっこつけの成分も多分に含まれていていたとは思うが。冒険者は見栄っ張りなのだ。うん。


 一過性なのはあれなので、これから定期的に肉を村に提供する事になった。さすがに無料というのはあれなので、引き換えに村で取れる野菜をもらう事になっている。特にペイはありがたい。


 いつでも行き来できるように村の結界から少し距離をとって、例の岩からくり貫いた石塊を設置して、ハウスさんの【特殊:空間接続】どこでもドアが使えるようにするつもりだ。


「マサヨシさん。帰っちゃうの?」


 つぶらな瞳で俺を見上げるエドガー君。

 うう、そんな捨てられた子犬のような目はやめて。お兄さんの罪悪感がザックザクだからさ。


「さっさと帰れよ」


 貴様エステルはわりとどうでもいい。目が少し潤んでいるように見えるのは気のせいだろう。


「また、来るさ。おみやげ主に肉を持ってさ」


 ああ、〈海岸〉の海産物を持ってくるのもありだな。肉以上に村では珍しい食材だろう。この世界において、食事は立派な娯楽だ。村人達も喜んでくれると思う。


「じゃ、また来ますね!」


 結界付近まで見送りに着てくれた村人を背に俺は、ゴブリン達の村を後にした。

 予定通りに少し距離を置いて石塊を設置。距離をおくのは万が一冒険者に発見された時に、付近に何かあると勘ぐられるのを避ける為だ。

 村の空いているところに設置するのも有りだったが、そもそも街を恐れて森に隠れ住んでいたゴブリン達に、街への直通ルートを置かして下さいともお願いしにくい。


 さて、本来【特殊:空間接続】は俺かハウスさんがいるところにしか繋げる事が出来ない。何が言いたいかと言うと、このまま街に帰った場合、再度この石塊にドアを作る事が出来ないという事だ。

 ただミソは俺かハウスさんがいるところ、という部分にある。

 ハウスさんが持つスキルに【種族:分霊】というのがある。これは、本来ならば家人の引越しについていくために、引越し先の土地家屋に自分の存在を分けてしまうというものだ。スーちゃんの【種族:分離】に近い。ハウスさんの場合は半永久的だが。


 要はこの石塊に【種族:分霊】を使えば、俺がこちら側にいなくてもドアが作れるという訳である。

 まじどこでもドアやね。


 という訳で帰ってまいりましたアルマリスタ。一瞬でだけど。

 とりあえず、日持ちをする野菜と漬物類を頂いてきたので、いつの間に作られたのか。出来ていた地下室に保存する。

 この分だと氷室も作れるんじゃね? 魔道具みたいな仕組みは必要そうだが、適性のある魔石を集めて、職人ギルドに相談したら出来そうな気もするな。


 まぁ、とりあえずは先の話。今は冒険者ギルドに報告と相談。これは誰でもいい訳ではなく、まずは秘密を守れる人。これはシルヴィアさんで問題ないと思う。彼女は元とはいえAランク冒険者。そこら辺は信用しても良いだろう。

 後はギルド長。どうしてもギルドの最高権限者を巻き込む必要がある。


 俺は勘違いをしていたが、ギルド長というのは単なるギルドの長というだけではない。街の機能の一部として組み込まれた偉い人。元の世界に当てはめると大臣のようなもの。俺がたとえ冒険者ギルドに所属していなくても、アルマリスタの街にいる限り、敬意を払う必要のある偉いさんである。


 うぇーい。俺、いきなりぴんちの予感。


 シルヴィアさんに報告に絡んで極秘の相談があるので、ギルドマスターに面会をしたいと申し出た。

 偉いさんだから、まぁ数日後になるだろうと思ったら、即会議室につれていかれた。


 俺の心の準備の時間がぁぁぁ!!!!!


 そして、シルヴィアさんと共に入ってきたのは。



 △△(?)



 な人だった。

 猫人族なのはまぁ、分かる。

 全・身・筋・肉。なにそのメタリックな光沢を放つ肌つやは!? ワックスとか塗ってないよね? 思わずやかん持ってきて、やかん体操して下さいとお願いしたくなる。

 なんか、頭のネコミミが申し訳程度にチョコンと出てて、ネコミミでごめんね、ごめんね。そう、主張してそうである。

 そして、ギルド長が俺をねめつける。


「俺が冒険者ギルドのマスター権限者、アーロンだ。本来、たかだかDランクの冒険者が俺に直接話をつけるなんて十年早いんだぜ。シルヴィアの奴が会わないなら刺すとか言うから――あ、いや。何でもない。話というのはなんだ?」


 笑顔のまま、くるくると指先で器用にペンを回すシルヴィアさんを見て、焦ったようにアーロンさんは聞いてくる。

 シルヴィアさん。あーた、上司になにやってんですか。


「アルマリアの森の調査において、非常に重要な発見がありました。その報告の為、シルヴィアさんにお願いした次第です。そして、俺個人としては、これは限られた人以外には秘匿する必要性を感じています」


 なにせ、ゴブリン達の生活がかかっている。もし、これで冒険者ギルドが、ひいてはアルマリスタが、ゴブリンの村に弓引くのなら、俺は彼らの側に立って戦う覚悟もあるつもりだ。


 俺の覚悟の重さが伝わっているのだろう。アーロンさんも真剣な表情になった。


「よし、小僧。話してみろ」


 そこにはたかだかDランク冒険者と見下す様子はなかった。俺はアルマリスタにゴブリン族の村がある事。彼らに害意はなく、むしろ街の人達に怯えて暮らしている事を説いた。


 話を聞き終わると、アーロンさんは頭を掻きながら嘆息した。


「ゴブリン、かぁ。話には聞いていたんだが。まさか、すぐ近くに住んでいるたぁなぁ。冒険者引退して、この職について長いが、こんな事になるとはな」


 冒険者引退してるのに、その筋肉はどうやって維持しているのだろうか?

 まぁ、そんな些細な疑問はさておき。


「もし、ゴブリン達が住んでいる事が街にばれたら、どうなりますか?」

「そりゃ、お前。まず討伐依頼が出されるだろうな。特に商人ギルドだ。こっちで依頼を受けなきゃ、向こうで傭兵が募集されるだけだな」

「街でどう言い伝えられているか知りませんが、彼らに害意はないんです。それじゃダメなんですか?」

「森が北の街道に近いってのがな。街道の権益は商人ギルドの管轄だ。そして、義務もな。はい、そうですかって訳にもいかんさ」


 そして、アーロンさんは俺の目をまっすぐ見る。


「お前のすぐ隣に虎がいる」

「……はい?」


 もちろん、会議室に虎がいるわけがない。

 困惑する俺にかまわず彼は続ける。


「虎はお前を襲ったりしないから安心してくれと言っている。じゃ、お前。それで、安心出来るのか」


 ああ、言いたい事は分かった。ようは虎がゴブリン族な訳だ。


「坊主が俺に直接話を持ってきたのは、結果として正解だったな。いつまでも森に隠れ住ますのは気の毒だが、だからと言って今すぐはまずい。これは時間をかけていく必要のある案件だ」


 その時間がどれくらいかかるのか分からないが、待つ分には問題ないだろう。今まで隠れ住んでいたのだ。冒険者ギルドの上の理解があれば、彼らの安全度はぐっとあがる。ついでに俺が時々差し入れをもって行けば、生活も向上するだろう。


「毎年、森への調査を行っているのは知っているな?」

「知ってるも何も、行ってきたばかりですから」

「そうだったな。悪いが、毎年の調査はお前に対する指名依頼にさせて貰う」


 秘密を知っている人物は少ない方がいいって事か。


「シルヴィアも他言無用な。って、ペンをしまえっ」

「ああ、すいません。ギルド長。つい手持ち無沙汰で」

「ついじゃねぇ! お前、どれだけ俺の体に風穴開けたと思ってるんだ!!」


 心なしか怯えた表情で、アーロンさんはシルヴィアさんを見る。

 ……シルヴィアさん。実は逆パワハラとかしてないですよね?


「そもそもの発端になったFランク冒険者も口止めが必要だな」

「この後、呼び出して滞りなく対処します」


 ペンの回転を止めて、シルヴィアさんが言った。

 いや、滞りなくって。そのFランクさんが、突然行方不明になるとかじゃないよね?






 その後も、2、3詰めるところは詰めて会議室を後にした。

 アルマリスタの森の素材を買取部門で換金して、俺はラウンジで一服する事にした。

 酒はでないが、簡単な軽食や飲み物くらいなら注文出来る。

 元より酒とは縁のない俺は、ブドウジュースとサンドイッチを注文する。スーちゃんの分も頼んでもくもくと食べていると、カイサルさん達が冒険者ギルドに顔を出した。

 向こうも俺に気付いたので、手を上げる。


「お前がラウンジ利用するのも珍しいな」

「まぁ、たまにはね」


 スーちゃんに注目が集まるので、あまり利用していなかったが、もう慣れた。周囲も慣れたのか、あまり気にした様子がない。

 おお、ハリッサさんがさっそくサンドイッチをスーちゃんにあげて――、って、それは俺のです!


「ヴィクトールさんやリズさんは、今日は一緒じゃないんですか?」

「あー。なんかリズが最近荒れてるというか、情緒不安定でな。『誰かにディスられてる気がする』とか言い出して。とりあえず、ストレスでも溜まってるんだろうって事で、ペアでダンジョンに入ってる」


 ……俺のせいじゃないよな。事実しか言ってないし。うん。

 ハリッサさんからサンドイッチを奪還する。


「俺達は一回入って、今はオフ中。お前こそ、ここ数日見かけなかったがどうしてたんだ?」

「ちょっと、アルマリアの森の調査依頼を受けて、数日間あそこにいたんですよ」

「あー、なんか商人ギルドの奴が人型の魔物を見たって言うあれか。お前が調査依頼を受けてたのか」

「数日森にいましたけど、それっぽいのはいなかったですけど」


 まずいな。もう噂が広まっているのか。

 ……待て、商人ギルド?


「あの、人型魔物を発見したのはFランク冒険者だって聞きましたけど」

「ああ。お前は知らなかったのか。たまにいるんだよ、兼用してる奴が。それも冒険者の仕事舐めてる奴が多くてな。冒険者ギルドを通さずに、自分で素材を確保する為に登録したあげくに痛い目に会う類の奴な」


 中抜きを嫌ったか。分からなくもないが、なんで冒険者ギルドなんてものが存続出来ているのか、ちょっと考えれば分かりそうなものだが。


「もちろん、相応の腕を持った連中もいるが、少数だな。早々うまい話はないってこった」


 カイサルさん達も席について、飲み物と軽食を注文する。


「まぁ、問題があるようだったら、首を突っ込むつもりだったが、お前がかんでるなら問題はないんだろうな」

「俺は一介のDランクですよ」

「一介のDランクねぇ」


 胡乱げな目つきで見られて、俺は苦笑するしかない。

 なにしろ、カイサルさんには色々知られている。言い訳しても仕方ないのである。


「まぁ、それは守秘義務があるという事で」

「おいおい、一介のDランクにそんなもんがいつ出来たんだよ。まぁ、いいや。アルマリアの森にいったならスパイクボアは狩れたのか?」

「残念ながら、不作でしたね」


 あからさまに落胆するカイサルさん。だけでなくハリッサさんもニコライさんまで、カイサルさんに習う。


 むろん、嘘である。


 本当はゴブリンの村に肉類は全部渡してきたので、今回は食材系はなし。

 俺も辛かったんだ。耐えて下さい。

 グチグチと文句を言うカイサルさん一同を宥めてると、急に冒険者ギルド内が凍りついた。


 かつてのシルヴィアさんのあれを彷彿させるが、それとは違う。皆が絶対的な恐怖の表情を浮かべて出入り口を見ている。魔物との戦いが仕事の冒険者が、である。

 Bランク冒険者であるはずのカイサルさんですら例外ではなかった。

 俺は出入り口に対して背中を向ける位置にいたので、何が起こったのか分からない。

 恐る々々、振り返る。



 恐怖の根源がそこにいた。

 えーと、普通にニーナさんだった。



 髪を振り乱したその姿は、普通に魔物を超える脅威度を感じる。

 ぶっちゃけ、クトゥルフあたりをゆるきゃらじゃなくリアル容赦なくに擬人化したら、こんな感じじゃねって姿だった。この人SAN値減少スキルもってないよな?


 俺はというと、普通に慣れた。諦めたとも言う。映画なら絶望を通り過ぎて拳銃自殺したり、飛び降りたりする役柄だろう。


 なぜ、賢者ギルドの人が冒険者ギルドにいるのか。受付業務はどうしたとか。全てがニーナさんだからで納得出来てしまった。






 俺はこの時、状況を甘く見ていた。

 まぁ、仕方のない事なのかも知れない。ゴブリン村の事もギルド長と話がついて一段落ついたところなのだから。


 だが、よってきた彼女の言葉は俺の魂をあっさりと恐怖で凍りつかせた。


 ありえない。

 そんな馬鹿な事が。


 だが、彼女の言葉はそんな俺の否定を許してくれない。彼女の話には、明らかにそれが真実を語っているという証拠があったのだから。


 こんな所にいる場合じゃない。

 立ち上がって駆け出そうとして、腕を掴まれ阻まれた。カイサルさんだ。


「どこへ行くつもりだ」

「決まってるでしょう!」


 言ってから気付いた。そうだ、この人は何も知らないんだった。

 掴まれた腕を振り払おうとするが、手かせのように剥せない。


「離して下さい」

「出来ねぇな。そこに何があるかは知らねぇが。が居ると聞いた以上、お前一人を行かす訳にはいかねぇ。それが街の外での話なら、なおさらな」

「自分でなんとかしますよ!」

「出来ねぇよ。あいつを甘く見るな。Bランクってのは軽くねぇんだ。Dランクが一人前なら、Bランクは一線を越えたって奴だ。単なるCランクの上位じゃねぇんだよ」


 どうあっても離してくれそうにない。

 そこへはすぐに駆けつける事が出来る。だが、それは俺一人ならの話だ。

 この人達を連れていけば、俺のさらなる秘密が晒されてしまう。


「だったら、一緒について来て下さい!」


 逡巡は一瞬だけだった。

 俺の秘密なんてどうとでもなる。今はとにかく急いでかけつけないと。



 手遅れになる前に・・・・・・・・



 俺達はハウスさん家に急行した。


「おいっ! 森に行くんじゃないのか!?」

「いいから! 黙ってついて来て下さい!!」


 本来カイサルさんの疑問も当然なのだが、今はかまっている暇はない。


「ハウスさん、繋いで!」


 すでにここに来るまでに、契約を通して事態を伝えてある。俺は森への扉を開いて外に出た。


「な、なんだこりゃ!? って、マサヨシ!! 待て!」


 待てない。

 扉の向こうが森だという異常事態に驚いているカイサルさんを置いて、俺はひたすら森へと走る。

 そして、俺は村へと辿り着いた。

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