22.畑を見学

22.畑を見学






 目が覚めた時には見慣れぬ天井が見えた。

 剣の休息亭の俺の部屋でもなく、ハウスさん家でもない。



 ゲシッ!



 ………………。


「なぜに俺はキミに足蹴にされてるんだ? エステル」

「お嬢様とつけな!」


 お前が?

 おじいちゃん。やっぱりお孫さんの教育間違ってそうですよ。


「……どこら辺がお嬢様?」

「知らないよ。教え所で、女の子はお嬢様らしく振舞えって」


 たぶん、寺子屋や学校みたいな所なんだろうけど。

 お前、それたぶん言葉の意味を間違って捕らえてる。


 そして、足蹴にされたおかげで目が完全に覚めた。ありがたくは思わない。これがありがたく思えるようなら、大人へんたいの階段をのぼった事になるんだろうけど。俺はピーターパン永遠の少年でいい。……例え魔法使い童貞で30歳になったとしても。

 そして、気付く。スーちゃんいない。そもそもスーちゃんがいれば、俺が足蹴にされる暴挙など許すはずもない。


「スーちゃんは?」


 聞いてこいつが知ってるはずがないなと気付いた。だが。


「……あのスライムなら、おばさん達と一緒にいる」


 ためらいつつ返答がかえってきた。

 たぶん、ご飯もらってるんだと思うけど、馴染むの早いな。

 まぁ、昨日は遅くまでエトムント村長達と今後の相談してて、あまりスーちゃんにかまってやれなかったからな。拗ねてるのかも。

 ちなみにこいつエステルは途中で抜けた。傍目にも眠気に負けたっぽいが、まぁ子供だしな。

 寛大だな、俺。――足蹴にした事を許すとは言ってない。


 ここはゴブリン達の村にある空家だ。相談の間に掃除してくれてるあたり、ちゃんと客人として扱ってもらってるっぽい。


 そうそう、一応相談の結果。


 1.基本的にゴブリンの村がある事はないしょ。

 2.だけど冒険者ギルドの上層部には報告するね。


 という事になった。

 2についてだが、今後の事を考えて、冒険者ギルドに根回しが必要だと思ったんだ。

 ただでさえ、年一回の調査がある。加えて、薬草取りの常設依頼。いつ事故ってもおかしくない。

 俺は保険をかけておく必要性を説いて、最終的には全員に納得してもらった。


 まぁ、基本的にそこで帰ってもよかったのだが、やはり根回しするにしても村の規模など、ある程度の事は知っておく必要があるかなと。……万が一、誤魔化す必要がある部分があったらまずいからね。




 さて、スーちゃんの事が気になる。迎えにいくか。


「エステル。スーちゃんの所に案内してくれ」

「どのみち、朝食の準備が出来たから呼びに来たんだよ」


 だったら、普通に起こしてくれ。

 俺は床から身を起こした。体についた藁を払う。

 別に俺がよそ者だからベットじゃない訳ではない。ゴブリン達の文化に習っただけだ。彼らは床に藁を敷いて寝るのだ。


 俺はエステルにつれられて広場を横切……れなかった。

 正座をしている一同が、恨みがましい目で俺をみている――気がする。目がないのであくまで俺の想像だが。

 ……すまん、忘れてた。スケルトンアーミーを呼び出してそのままだった。もちろん、正座続行中のまま。


 さすがにその姿正座に威圧感がなかったのか、順応の早い子供のおもちゃになっている。大人は『近づいてはいけません』と注意していたが。


 残しておいた方が親善のためになるかなとも思ったが、後が怖いのでちゃんと送還しておく。

 根に持たれたらどうしよう?


 まぁ、過ぎた事は仕方ない。引き続きエステルに案内してもらう。

 そして、連れてこられた場所は、どうも大きな食堂だった。

 別に御食事処という訳ではなく、どうやらゴブリン達は各家庭ではなく集団で食事を取る文化があるようだった。エステルによると、他にも何箇所かこういう場所があるらしい。


 まぁ、建物の許容量を考えると村人全員というのは無理があるよな。


 基本的に決まった席はないようなので、空いてる席に座る。さすがにゴブリン族の中に人族一人は違和感が半端ない。注目を集めるが、まぁ昨日みたいに恐怖の視線がないだけよしとしよう。好奇の視線なら慣れている。


 そして、お盆を持ったゴブリンの女性達が来る。そして、その足元にはお盆を持ったスーちゃん。

 何してんの、スーちゃん。


 え? これ、スーちゃんが作った?




【無:ステータス解析】


 名前:スーちゃん

 種族:グレーターグリーンスライム


 スキル

  【種族:吸収】

  【種族:溶解】

  【種族:分離】

  【種族:衝撃耐性】

  【強化:気配察知】

  【状態:毒】

  【状態:麻痺】

  【状態:冷却】

  【状態:感電】

  【料理:アルマリアの森集落家庭料理】

  【特殊:能力奪取】

  【特殊:収納】





 いや、まじ何してたのスーちゃん。

 なんで料理スキル取得してんの? まさかハウスさんと張り合うつもりじゃないよね?


 テーブルの上に置かれたお盆。その皿の一つに目が釘付けになる。


 どうしよう。おにぎりにしか見えないんだが。


 ちなみにアルマリスタの料理には、米も味噌も醤油もない。魚醤、つまりは魚から作る醤油みたいなものはあるそうだが、高級レストランでしか扱われていない。

 別にファンタジーな世界だからと言って和風を排除する必要はないと思う。ファンタジーが必ずしも洋風である必要はないのだ。


 おにぎりを見ても不思議と懐かしい感じはない。


 現代っ子だったからかな?

 そう思いつつおにぎりを一口、口に含む。

 あ、これ。米じゃない。米っぽい何かだ。食感的にはもち米。味はパンに近い。具が入ってるのはおにぎりっぽいが。具になってるのは塩辛いコリコリしたもの。漬物の類かな?


 俺があれこれ考えながら食べていたせいか、スーちゃんと一緒にお盆を運んできた中年女性が心配そうに声をかけてくる。


「もしかして、お口に合いませんでしたか?」


 俺は慌てて居住まいを正す。


「いやいや。おいしいですよ。ただ、これが故郷の料理に見た目が似ていましてね。材料は違うようですが」

「そうですか。私達の料理と似たものが他にも」


 女性はホッとしたようだ。ちなみに出るとこおっぱいは出ている。エルフ族、滅亡の予感?

 まぁ、これ以上触れるのはよそう。元の世界の昔の数学者に『胸、体重、年齢』、これらを女性に尋ねてはならない。それは数学者である我々にとっても触れる事を許されざる領域である、と。名前は忘れたが、その内容は頭に残ってる。


「十分おいしいですよ。アルマリスタの料理に勝るとも劣らぬ味です」


 お世辞ではない。アルマリスタとこの村とでは、そもそも材料が違いすぎるので比較するのが難しいが、料理がかもし出す家庭的な感じは嫌いではない。つーか、好きだ。

 おにぎり(もどき?)以外も野菜オンリー。まぁ、聞いた話では肉が手に入らないって話だしな。

 ここでスーちゃんから、ストックしている肉を出してもらう事も出来るが。それは野暮ってものだろう。肉不足からくる問題も、彼らは解決している。この食事が彼らの文化の象徴だ。必要なようならエトムント村長に聞いてその時渡せばいいのだ。

 出されたものは遠慮なく、残さず食べた。

 何か、周囲が俺を見る視線が優しくなった気がするが……気のせいだよね、うん。


 食事の後、エステルに今後どうするのか聞かれた。

 なぜ、こいつがそんな事を聞くのかと言えば、なんとびっくり。こいつが俺の案内人ガイドを命じられたらしい。

 おじいちゃん、お孫さんを過大評価してませんか?


「ほら、どこ行くのよ。さっさと決めなよ」


 椅子をガタガタ揺らしている。行儀が悪い。やはりこいつの教育に問題ありそうだ。後で、エトムント村長おじいちゃん報告してチクッておこう。


「とりあえずは畑かな?」

「畑?」


 不思議そうな顔で首を傾げるエステル。彼女にとっては生まれた頃から見慣れたもので、珍しいものでもなんでもないのだろう。

 俺は席をたって彼女を促す。


「ほら、案内してくれ」

「はいはい。分かったよ」


 めんどくさそうに立ち上がって、俺を先導し始めた。正直、ちょっと不安。

 と、建物出たところで、トテテテテと駆け寄ってくる少年がいる。エステルの弟、エドガー君である。


「マサヨシ様っ。おはようございます」

「様はいらないよ」


 俺は苦笑する。


「そうよ。こいつなんてマサヨシでいいの」


 お前は案内人ガイドだろう。礼儀上敬語をつけなさい。

 ところで、なんでエドガー君がここに来たのだろう。朝食に来た感じではなさそうだけど。


「マサヨシさま……いいえ、マサヨシさんがこちらに居ると聞いてきました」

「俺に? 何か用かな?」


 首を傾げる。案内人なら一人で十分なんだが。


「すいませんでした。助けられたのに、今までお礼も言ってなかったです。救ってくれてありがとうございます。そこのスライムさんもありがとう」


 ペコリと頭を下げる。

 ……なんというか。ジーンと来る。

 エドガー君。まぢ天使。何、この子。本当にこいつエステルの弟? 養子とかじゃないよね?


 俺は思わずエドガー君の両肩に手を置いていた。


「いいかい。キミはそのまま、まっすぐに育つんだよ」

「え? あの? はい」


 困惑しながらも、頷くエドガー君。意味が通じたのか、エステルの視線が冷たいが知った事か。


「それで、マサヨシさんはこれから、どうされるおつもりですか? もう帰られるのですか?」

「帰ってもいいんだけど、エトムント村長のご厚意で数日滞在して良いと言われていてね、もう一泊するつもりだ。これから彼女に畑を案内してもらうつもりだけど」


 すると、エドガー君は目を輝かせて。


「僕もご一緒していいですか?」

「ああ、別に俺はかまわないけど」

「お姉ちゃん、いいですよね?」


 彼女も弟には甘いのか否とは言えなかったようだ。

 結局三人で畑見学に。

 俺は道すがら結界師の事について聞いた。


「二人とも、職業は結界師なんだよね?」

「はい。ただ、僕は結界の維持に問題があるので、胸を張って結界師と言える程ではありませんが」


 ショボンと肩を落とす、エドガー君。うん、お兄さんはそんなキミの顔はみたくないな。


「気にするなよ。まだ子供なんだ。これからさ。しかし、維持が問題? もしかして魔物に襲われたのって」

「はい、長時間の維持が出来ないので、短時間だけ結界魔法スキルをこまめに発動してたのですが、その合間に襲われてしまって」


 スキルの短時間連打か。それはそれで筋がいい気がするけどな。ただ、エトムント村長が、この子を結界の外へ出すのを禁じたのも分かる。


「あの森の魔物の中には相手の様子を伺ってから襲ってくる奴もいる。村の事を思っての行動だとは思うけど。まずは確実に森で自分を守る事が出来てからだな」

「はい、すみません」


 さらに落ち込みそうだったので、彼の頭に手を乗せて撫でてやる。


「キミ一人が気負う事なんてないさ。いずれキミが頼りにされる日がきっと来る」


 こんなにいい子なのだ。神明様に見捨てられたって? 馬鹿々々しい。こんな良い子が報われないはずがないだろう。


「あんたはずっと、そのスライムに頼りっぱなしだけどね」


 ……良い場面シーンを姉がまぜっかえす。お前、空気読め。


「いいんだよ、俺は。スーちゃんとずっと一緒だからな」

「一緒の藁で寝て、食事まで作ってもらってさ。夫婦じゃあるまし」


 馬鹿にしたように言う。ほぉ、そう来たか。


「ああ、そうだよ」

「はい?」


 エステルがポカンとした表情になる。こんなかえしは予想外だろ?


「スーちゃんは俺の嫁。それの何が悪い」


 ぴょこぴょことスーちゃんが俺の足元によりそう。うん、さすがスーちゃん。空気読んでる。

 エステルは暫く唖然としていたが、やがて諦めたようにため息をついた。


「変人」

「変人で結構だ」


 なにせ、別世界の人間だからな。





 そんなこんなで畑に着きました。


「ここから畑の区画になります」


 予想以上に広い。そして、野菜の種類も多い。元の世界にあったものもあるし、見た事もない実もある。

 水田らしきものは、ここからでは見当たらない。まぁ、ある程度予想はしていたのでそこまで残念でもない。


「なぁ、俺が朝食べた三角の奴。あれはなんていうんだ?」

「三角ってペイのおにぎりの事?」


 おにぎりが通じるとは思ってなかったので三角と表現したのだが。普通におにぎりでいいらしい。まぁ、【無:万能言語】がそれらしく翻訳した可能性も否定出来ないが。


「そのペイの畑が見たいんだが」

「じゃぁ、こっちだよ」


 一面緑の畑に案内されている。一部はすでに刈り取られ、今もなお村人達が大きな鎌で刈り取っている。

 色はともかく、見た目はイネ科っぽい。

 イセキか、さもなくばクボタかヤンマーあたりの営業所が欲しいところだ。普通にトラクターが使えそうだ。営業の人間がこの世界に来ないかな。こっちの職業も営業だったりしたら、普通に農機も持って来れそうな気もする。


 他にもトマトやキュウリ、キャベツ。たぶん、イモ系もあると思う。朝食のサラダに混じってたので。

 作業をしていた人に声をかけて、トマトを味見させてもらおうと思ったが、よく洗うように注意された。どうやら農薬らしきものまであるっぽい。


 その言葉の通りによく洗ってから口にする。甘酸っぱかった。後、なんというか野性味がある。トマトは剣の休息亭の食堂でも普通に使われるが、それとはまた違った味だ。

 品種が違うのかな?


 結局、俺は畑見学でその日を終えた。

 や、だって本当に広いんだもん。

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