24.隠れた宝

24.隠れた宝






 村にはむせ返るような血の匂い。

 地にはすでにもう事切れているのがわかる村人達。


 手遅れ・・・だった。


 いや、そんな事は始めから分かっていたはずだ。

 ニーナさんが冒険者ギルドに来た時には、すでに事は起きていた。

 どれだけ急ごうが、辿り着けるのはどうあっても事後になる。



 それでも。それでも間に合って欲しかった・・・・・・・・・・


 今度は見捨てない選択をしたんだ。なのに。



 俺は事を起こした男を睨み付ける。

 そいつがこちらを見て目があった瞬間、頭の中が真っ白になった。



 コロシテヤル



 足が勝手に奴に向かって駆け出していた。喉から自分のものとは思えない雄叫びを上げながら。

 俺はイージスの杖を両手に握り締めて振り上げた。奴の頭を殴り砕く為に。


 だが、視界が暗転した。


 俺は地面に伏していた。訳がわからない。

 頭だけ上げると視界が揺れた。

 遅れてこめかみが痛む。それでようやく攻撃を受けたのだと理解した。


「お前、同じ冒険者に武器を向けたんだ。殺されても文句が言えない所だぞ。ものを知らない新人ルーキーだからこそ、手加減してやったんだ。せいぜい感謝しな」


 嘘だな。奴の目を見れば分かる。

 本当は殺したくて仕方ないんだろ。人前で面子が潰されたもんな。

 俺を殺さなかったのは後ろからカイサルさんが来てるのが見えたからだろ?


 しかし、カイサルさんの言葉が正しかった事を認めざるを得ない。

 カイサルさん曰く。奴の切り札は正体を知っていても、初見では絶対に防げない。


 ああ、確かにその通りだ。反則に近い。あのスーちゃんですら、反応出来ないでいた。

 もはやそれは権限に近い。絶対的な先制攻撃能力。

 そんなものをたかだか腹いせに使うあたり、カイサルさんと違って三流だが。

 それでも、だ。確かに奴はBランクだけの事はあった。

 これが三剣。双剣に加わる三番目の攻撃。奴の二つ名。


「リガス。この状況の説明はしてもらえるんだろうな」


 追いついたカイサルさんが、まだ自力で体を起こせない俺に手を貸しながら、奴の名を口にした。

 奴は笑っている。馬鹿にするように。どこに目を向けても死体があるような、そんな状況を作り上げておきながら、なぜこいつは平然と笑えるんだ?



 オレには無リだったノニ。



「あん? 何か勘違いしてないか? オレはたまたまこの森で狩りをしてて、この村に辿りついただけだぜ? ここに来た時にはもうこんな状況だった」


 そして、リガスは。奴は背後を振り返った。


「なぁ、お前ら」


 肯定の声を上げるのは、やはり冒険者といった風貌の男達だった。皆がリガスと似たような嫌な笑顔を浮かべている。


 いや、違う。一人だけ。たった一人だけ。俺達から目をそらした奴がいた。そいつだけ、毛色が違った。冒険者には見えない。


 嫌な笑いを遮ったのは、底なしの闇から這いずりだしてくるような声だった。


「それは嘘ですね」


 ニーナさんだった。さしもの彼らもニーナさんの纏う空気を笑いで流せなかったらしい。


 リガスが心外そうに眉を潜める。


「おい。そこの薄気味悪い女。証拠も無しに嘘つき呼ばわりか。事と次第によっては――」

「証拠はともかく、証言なら」

「あ?」


 ニーナさんは村人達の死体が転がる村を見渡した。


「彼らが言っています。あなた方がやったと」

「面白いこと言うな、お前」


 言う程には面白くなさそうな表情でリガスは言う。


「お前は死者の声が聞けるとでも?」

「はい」


 ニーナさんは即答した。

 そう、間違いなくニーナさんは死者の声を聞く事が出来る。

 俺がニーナさんの言葉を信じたのは、彼女がエステルとエドガーの名前を出したからだ。



 俺が村を出て、少し後に人族の男達が村を襲った。助けて欲しいと。

 二人の霊がそう言っているのだと。



 ニーナさんは続ける。


「私の持つスキル。【特殊:死者カラノ言葉】は死者の魂の声を私の耳に届けてくれます」

「死者の声を聞くスキルだぁ。聞いた事ねぇぞ。そんなもん。適当言ってんじゃねぇよ」


 リガスはどこまでも惚けるつもりらしい。この状況を見れば、そんなモノは明白だと言うのに。


「知らなくても仕方ありませんね。このスキルは私の所属する賢者ギルドの記録にすらなかったものですから。私の職業は霊能者。死者の魂を感じ、その声を聞く者」

「霊能者……だと?」


 リガスが不可解そうな表情になる。


「それも知らなくて当然です。これも賢者ギルドの記録になかったもの。つまりはユニーク職業なのですから。ユニーク職業はその希少さと特殊さ故に時には危険にさらされる為、秘匿されてきましたが。それでも賢者ギルドに問い合わせれば、答えは返って来るでしょう。ニーナの職業は霊能者である、と」


 ニーナさん。ユニーク職業だったのか。

 確かに俺と違って戦闘向きではないユニーク職業の場合、うかつにばらすと狙われる事だって十分にありえる。


「こちらのお嬢さんがユニーク職業ってのは、俺もびっくりだが。再度問うぞ、三剣のリガス。この惨状をどう説明するつもりだ」


 カイサルさんの問いは、先程よりも重みを増した。

 リガスは不快そうに顔を背け唾を吐く。


「ああ、そうだ。俺達が殺した。だが、それがどうした? 魔物を狩るのとかわらねぇ。たかがゴブリンを殺しただけだ。蛮族を駆逐したにすぎねぇ」


 てめぇ……。


 少し冷えかけた頭に再度血が上る。

 蛮族? 街の人々に怯えながら暮らし、農を研鑽して大いなる実りを実現し、独自の文化を築いてきた彼らを。蛮族だと言うか!?


「正気で言ってるか。リガスよ」


 気怠そうなカイサルさんの言葉は、しかし一触即発の空気を孕んでいた。思わず、リガスの仲間達が得物に手をやる。

 しかし、リガスは片手を上げてそれを制す。


「それによ。ここは俺の土地・・・・だぜ。人の土地で好き勝手やってる連中を、所有者が罰して悪いのか? アルマリスタの法ではそうなっているのか?」


 ……何を言っているんだ、こいつ。

 俺の土地?

 カイサルさんの言葉じゃないが、正気で言っているのか?


 カイサルさんはリガスから、その後ろの男達に視線を移す。その先にいるのは一人だけ毛色の違ったあの男だ。


「なぁ、ブラート。説明してもらえるか? リガスは何を言っている?」


 カイサルさんはあいつの事を知っているのか?


 ブラートと呼ばれた男は観念するかのように、言葉を選びながら口にする。


「リガス氏は――確かにこのアルマリアの森。その土地の……権利保有者です。……申請は正式に受諾をされています」

「おいおい。商人ギルドはいつからアルマリアの森の管理をまかされたんだ? 土地の管理を任されているのはアルマリスタだけだろう」

「それについては……。次のマスター議会の議題に上がる予定になっています。そして、その管理者としてリガス氏の内定は……決定されています」

「管理者? つまりは保有者じゃないんだな?」

「法上ではそうです。ただし、リガス氏は多額の保証金を納めてます。つまり――」

「仮所有者扱いになるって訳か。なるほどな」


 カイサルさんはため息をついた。そして、ブラートをねめつける。


「ところでよ。お前さんはこの虐殺を止めなかったのか? お前、この事を奴が知ったら深く失望するだろうよ。それとも、あれか? 奴もご承知って訳か?」

「ちがっ――」


 大声で叫び返そうとし、だがブラートは一度小さく首を振って、小さな声で言った。


「あの人はこの事を知りません。ですが、例え知っていたとしても反対しないでしょう。出来ないのです」


 そして、震える手で顔を覆った。

 カイサルさんは再度ため息をついて、そして俺の腕を強く引いた。


「立てるか? マサヨシ」

「ええ。あの?」

「帰るぞ」

「は?」


 何を言っているのだろう、この人は。

 この男をこのまま放置しておくつもりだろうか?


 いや、いいんだ。かまわない。

 元より一人で来るつもりだったんだ。

 カイサルさんがどういうつもりなのか分からないが、俺一人でやれば済む話だ。

 法がどうとか、俺の知った事か。


 俺がカイサルさんから離れようとした瞬間、強い力で襟首を掴まれた。窒息しそうなほど強く強く。

 だが、それ以上に。カイサルさんの。この男の気迫にのまれた。


「いいか、初心者冒険者ルーキー君。先輩からの忠告だ」


 ささやくような、しかし強く響く声。


「俺達は法にのっとって生きている。それはアルマリスタの法であり、人として、神明様の子としての法だ。それを捨てたらどうなる? 法を捨てた無法者になる。奴と同じだ。お前は奴と同じ存在になりたいのか?」


 そして、襟首から手を離し、俺の頭を抱き寄せた。


「安心しろ。奴は捨ておかねぇ。十装の名に誓って必ず下す。ただ、奴は間違いなく商人ギルドを抱きこんでやがる。体勢を整える必要がある」


 そして、俺を突き飛ばす勢いでニコライさんの方へ押しつけた。


「恐らくただの脳震盪だろうが、念のために治癒魔法使ってくれ」

「了解です、団長」


 片手で俺を抱えながら、ニコライさんが杖をかざす。同時にふらついていた感覚が消えていく。

 カイサルさんは視線をリガスに戻す。


「俺達は退散する。ま、一時撤退だがな」

「ケッ。負け犬が」


 言ったのはリガスではなく、その後ろの仲間。

 だが、瞬間肌がヒリついた。その男も周りも。あのリガスですら凍りついた。殺気というものを、俺はこの時知ったのだと気付いた。


 俺の文字通りの桁外れな魔力。スーちゃんのラスボスステータス。持ってる力だけなら、カイサルさんとは天と地程の差がある。だが、冒険者としては間違いなくその逆。

 Bランクは一線を越えた存在。それを肌で思い知らされた。


「帰るぞ、お前ら」


 ハリッサさん、ニコライさんに声をかけ、カイサルさんはリガスに背を向けた。

 むろん、それはリガスを信用している訳じゃない。奴は手を出さない。手を出せない。同じBランクでありながら、覆しようのない格の差がそこにあった。



□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□



「さて、マサヨシ。いったいあそこには何があった?」


 ハウスさん家に戻った俺達は、ありあまる空き部屋の一室を会議室代わりにして、作戦会議に入った。


「ゴブリン族の村です。何も見なかったっていうのは嘘です」

「気にすんな。確かに目と鼻の先にゴブリンが暮らしてるってのを広めるのは問題だからな。だが、この事は冒険者ギルドの上は知っているのか?」


 俺は頷いた。


「シルヴィアさんを通してギルド長に直接報告しました。当然、シルヴィアさんも知っています」

「そうか……。その様子じゃ、ギルド長もお前の報告で初めて知ったって事だな。

 という事は奴は冒険者ギルドには手を回していない、か。吉報でもあるが、凶報でもあるな」


 カイサルさんが顔に手を当てる。

 ハウスさんが、全員のテーブルの前にカップを置いて、順にお茶を入れていく。

 それを待ってから、俺は疑問を口にした。


「どうしてですか? 冒険者ギルドは敵じゃないって事ですよね?」

「マサヨシ。それはね、リガスが冒険者ギルドから縁を切るつもりだって事だよ。ですよね? 団長」

「正解だ、ニコライ」


 指を鳴らすカイサルさん。


「確かにゴブリンは街の住人から恐れられてる。戦争は昔の話だってのにな。だが、だからといって皆があの惨状を許すのかと言えばそうでもない。恐れる奴は確かにいる。そして理性的な判断が出来る奴もな。

 そして、後者の糾弾の行き先を冒険者ギルドに向けさせるつもりだろうな。なにせ、奴はまぎれもなく、Bランク冒険者だ。いまさら、除名や制裁をしても間に合わんし、意味もない」


 冒険者ギルドを切る? しかし、それって……。


「冒険者じゃなくなるって事ですか?」

「まぁ、そうなるな」

「でも、それじゃ冒険者ギルドから庇護を受ける事が出来なくなるんじゃ――」

「そのかわり商人ギルドから庇護を受けるつもりだろ」

「商人ギルドから? あいつ商人に鞍替えするつもりですか?」

「ああ、違うんだ。あいつは――」

「マサヨシ。リガスは商人でもあるっす。クラン《オモイカネ》は冒険者であり商人である者の集まりっすよ」


 カイサルさんの言葉を遮ってハリッサさんが教えてくれた。

 遮られたカイサルさんは眉を潜めながらも同意する。


「《オモイカネ》は金の亡者だって言った事があっただろ。つまりはそういう事だ。商人としての顔も持つ冒険者。どうやらこれからは商人一本に絞るつもりだろうな。だが――」


 そこでカイサルさんが疑問を呈する。


「奴の狙いはなんだ? 殺しは金にならない。わざわざアルマリアの森に出かけて、あんな真似をしでかして、奴になんの利がある? 奴は金の亡者ではあっても快楽殺人者では決してない。理由はあるはずだ」


 そして、俺を見る。


「なぁ、マサヨシ。あそこにゴブリン達の村がある。それは分かった。他に何かなかったか? 別にそのものズバリでなくていいんだ。リガスの狙いが何なのか。ヒントが欲しい」

「何かと言っても……」


 俺はあの村の光景を思い返す。あの村に何かあったか?

 あの村は貧しくはなかったが、富に溢れていた訳でもない。

 当たり前だ。隠れ住んでいたんだ。金目になるモノなんてない。普通の農村だ。



 待て。普通の農村――普通?


「村には畑があります。彼らは農業で暮らしていたんです」

「畑。その作物をお前は食ったか?」

「はい」

「うまかったか?」

「個人の好みの差はあると思いますが……。俺はおいしく思いました」


 カイサルさんは一度、お茶に口をつけ黙った。自分の考えを纏めているみたいだ。

 ハリッサさんもニコライさんも俺の言葉に目を丸くしている。ニーナさんですら、だ。


 俺は考え違いをしていた。この世界に普通の農村なんて早々ない。

 農業なんて、ダンジョンから遠い田舎で行われている程度。それも食えなくもない程度の味だ。その証拠に行商人からのダンジョン産の野菜が売れるのだから。


 俺はカイサルさんの目を見た。彼は俺の推測を肯定するように頷いた。


「それだな。奴の。いや、あえて奴らと呼ぼう。――奴らの目的はあの村の畑。その独占だ」


 そう。あの村には宝が眠っていたのだ。金銀財宝よりも価値のあるものが。


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