13.お魚を持ってかえろう

13.お魚を持ってかえろう






 海へと長く続く木製の渡しの先に、網があった。数は7つだ。


「さすがレア守護者だ。新記録だな」


 普通は3つ前後なんだそうだ。

 しかし、不思議だな。網には確かに魚が入ってる。しかし、網に口がないのである。どうやって網に入れたんだ?

 俺は首を傾げるが、カイサルさんにそういうものだと言われてしまうと納得するしかない。ただ、口がないせいで、中身を減らして渡す。という不正が出来ないそうな。

 ダンジョンというのは本当に都合の良いシロモノである。


 さて、倒したサハギンは現在、スーちゃんが回収中である。渡しに3人いるので、スーちゃんだけがやってる訳だが。

 いや、酷使してる訳じゃないよ。ただ、スーちゃんの力がばれてしまった今、まかせてしまうほうが早いのだ。実際、【種族:分離】で数体に分裂して、【強化:気配察知】で魔力の残り香を頼りに、凄いスピードで回収作業に勤しんでいる。俺達3人がそこに加わったところで大して変わらないのである。


「で、どうする? 依頼は網一つからで数によって報酬が上乗せされる訳だが」

「どうするって、持って帰る以外にどうするんですか?」

「来る前に言ったろ。自分達の分も確保するって。お前も魚が食いたいから、この依頼に乗ったんだろう?」

「とは言ってもね」


 俺は透き通るような、透明度の高い海につかった網を見下ろす。様々な魚がぎっしりである。もはや、生き物に対する虐待じゃないかと思うくらいにつまってる。


「網を破っちゃったら、それは依頼に使えないんでしょ? だからと言って網一つを丸ごと貰ってもね」


 俺達全員でも、食べつくすのに何日かかるのやら。それ以前に確実に腐る。


「保管屋で預かってもらえばいいのさ。どの道、この網は直接ギルドに持ち込むんじゃなくて、保管屋で預かってもらってから、預り証をギルドに渡す手順になってる」


 なるほど。まぁ、確かに網を直接持ち込んだら、素材部門がすごい魚臭くなるな。


 ……ん? 待てよ。


「これ、どうやって持って帰るんですか?」


 収納スキルにしろ、収納の魔法具にしろ生きているモノは入れる事が出来ない。その意味ではスーちゃんが自分の体を部分的に入れているのは不思議ではある。スーちゃん自身のスキルだからか、特殊系統のスキルだからか。だが、そのスーちゃんの収納スキルにしても、スーちゃんの体以外は生き物は入れられない。


 もしかして、これ担いで帰るの?

 俺が恐れおののいていると、カイサルさんが笑った。後ろの二人も笑いをこらえるように口元を押さえている。


 なんだろう?


「心配するな。ちゃんと用意はあるから。で、どうする。俺達三人は1つもらっていくが」

「じゃぁ、俺も1つで。でも、三人で1つなんですか? 一人1つじゃなくて」

「さすがにそんなに魚ばかりあってもな。正直飽きる」


 カイサルさんは肩を竦めた。

 という訳で網の割り振りは、俺が1つ、カイサルさん達が1つ。残りの5つは依頼品として納める事になった。


「じゃぁ、後は帰るだけですか?」

「いや、重要な事が残ってる。ハリッサ」

「はい! 分かってるっす」


 言うが早いか村の方へ走って戻っていった。


「えーと、何でしょう」

「まぁ、いいから戻るぞ。ハリッサなら確実に見つけられるからな」


 意味有り気な事を言うカイサルさん。

 俺は意味が分からず、二人と一緒に村に戻った。

 と、村の一つの家の出入口から、ハリッサさんが顔を出して手を振っている。


「さすが、ハリッサ。早いな」

「ハリッサさんならではですねー」


 二人は頷きあっているが、俺には相変わらず分からない。気が急いて、気付けば二人より先に家の中に入っていた。

 そして、その意味を理解した。


 宝箱!?


「おお、さすがレア守護者なだけあって、箱も立派だな。持って帰りたいくらいだ」

「無理ですよ。箱はダンジョンから出たら消えるんですから」

「知ってるよ、んなもん。言ってみただけだろうが」


 二人の軽口が俺の頭を通り過ぎていく。まじで宝箱? まぢで?


「なんでこんなものがあるんですか?」

「うん? 運がからむけど、ダンジョンの守護者を倒したら出る時があるんだよ。ただ、どこに出るか分からないから、見つけられないケースもあるだろうね。ハリッサなら、確実に見つけられるけど」

「まぁ、冒険者の依頼報酬以外の役得みたいなもんだ。ニコライの言うように、あるかどうか運がからむが、今回はレア守護者だ。まずあると踏んでいたんだ」


 当たり前のように言う二人。また、俺の常識が一つ覆ったよ。


「んー。もう開けていいっすか? 待ってるんですけどぉ」


 ハリッサさんはうずうずして待ちきれないようだ。


「罠の心配はないな?」

「気配がないっす。開けていいっすよね? ね?」

「分かった分かった。開けろ」


 ハリッサさんの様子に苦笑しながら、カイサルさんが許可を出す。すると次の瞬間には勢いよく宝箱のふたが開けられた。

 もし、ゲームでよくいるミミックの類だったらやばかったんじゃないかと思ったが、そこも【特殊:第六感】で分かるんだろう。まぁ、スーちゃんの【強化:気配察知】でも分かると思うが。

 ハリッサさんが宝箱から取り出したのは先端に宝石らしきものが埋められた杖だった。


「やっぱ、レア守護者産だから、魔法具っすよね。なんだろー」

「貸してみな、ハリッサ」


 ハリッサさんから杖を受け取り、カイサルさんが杖を凝視する。


「確かに魔法具だな。銘はイージス。イージスの杖ってところだな」


 恐らく、魔装戦士としての能力なんだろうな。魔法具を解析するスキルかな?


「能力は、魔術師系スキルの増幅。これはまぁそこらの杖と同じだな。後は――、ほう、面白い。ニコライ、ちょっと俺に攻撃してみろ」

「え? 何を突然。団長、新しい扉を開いちゃったりしてないですよね。戻ってきて下さいよ」

「いいからやれっての。この杖の能力を実演してやるから」


 ニコライさんはそう言われてしぶしぶと、その割りにはかなり勢いよく杖を振り下ろした。

 刹那、光の壁が現れてニコライさんの杖をはじき返した。光の壁はすぐに消えた。



 今のなんだ? もしやATフィールド!? あるいは光鷹翼 こうおうよくか!?



 カイサルさんは満足したように頷く。


「これがこのイージスの杖の能力。【盾】の力だな。盾系スキルの【盾:防壁】が近い感じだな」

「それって誰でも使えるものなんですか?」

「基本的にはな。ただ、【盾】の強度は魔力次第だ。今の一撃でかなり魔力をもっていかれたから、相当魔力を食うな。それにあくまで杖だからな。基本的には魔術師系の装備なんだろうな」


 そう言って、カイサルさんは俺にその杖を手渡した。


 はい?


 俺は思わず受け取ってしまったが、意図が分からない。


「あの――」

「まぁ、普通は売って金にして分配とか、パーティ内で欲しい奴が金を出して買い取るってのが妥当なんだろうがな。今回の功労者は間違いなくマサヨシだからな」

「って、ちょっと。あれはスーちゃんのおかげだし。みんなも戦ってたじゃないですか。魔術師系の装備なら、ニコライさんだって」


 俺の抗議にカイサルさんは面倒そうな顔をする。


「よし、それじゃ決を取るぞ。マサヨシに渡すのに賛成の奴は手を上げろ」


 3対1だった。誰が賛成で、誰が反対したかは言うまでもない。


「まぁ、気にするな。そのかわり、別のおいしいところはもらっていくから」

「別の? なんですか?」

「そりゃお前、決まってるだろ。サハギンクィーンを倒した名誉さ」

「………………」


 つまり、カイサルさん達が主に活躍した。そういう事にして、スーちゃんの事をごまかしてくれる、と。そう言う事だよな。


 あー、もう。何から何まで。


「ありがとうございます」


 そう言って頭を下げた。下げるしかない。


「ま、ウチのモットーは新人ルーキーには優しく、熟練者ベテランには敬意を、だ。気にすんな」

「そうそう。それにまたパーティを組んだ時、心強いしね」

「誰かとパーティを組むなら、まず僕達の事を思い出してくれると嬉しいね」


 みんなの優しさが心に染みた。俺の冒険者ギルドのランクはDだけど、やっぱ新人ルーキーなんだって実感した。




 それから、魚の入った網を運ぶ事になったが、どうやって持ち帰るのか。その手段が判明した。なんと、カイサルさんの収納背負い袋に、組み立て式の荷車が入っていたのだ。

 みんなでそれを組み立てつつ、スーちゃんに網を運んでもらう。収納スペースに入れる事が出来ないだけで、網を取り込んでの移動は普通に出来るのだ。ついでに寄生虫を除外したとの事。さすがスーちゃんだ。やる事にソツがない。


 組み立て終わった荷車に網を乗せて、荷車ごと魔方陣へと移動する。入って来た時と同じように光の壁に覆われ、そして光が消えて視界にはアルマリスタの街並みが目に入った。ただ、入口があった場所とは違う場所だった。


「ダンジョンの入口と出口は別なんですか?」

「ああ、混雑しなくていいだろ」


 そういう問題なのだろうか?


「まぁ、それに入口近くにはダンジョンで使う消耗品を取り扱う店が多くあるし、出口には保管屋や、怪我人用の医療施設が集まっている。この方が便利なんだよ」


 あいかわらず、ダンジョンは都合の良いシロモノのようだった。



□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□



 冒険者ギルドに依頼報告を終えて、保管屋の預り証を渡してきた。後はその魚を買った人が保管屋まで取りに行く寸法だ。料理屋や食材屋が買ったり、商人ギルドが買って販売する事もあるそうだ。そう言えば、商人ギルド前でおばさんが魚を売ってたな。


「おかえりなさい」


 剣の休息亭に戻ると、カサンドラが笑顔で迎えてくれた。

 なんというか、まだこの宿に住み始めて一週間もたたないのに、おかえりなさいと言われるのが照れくさい。


 元の世界では、俺は鍵っ子だったのかな? 記憶はないのだが、おかえりなさいと言われたような感じがしない。


 まぁ、いいか。ここは元の世界とは違う異世界だ。今のところ生活に不満はないのだ。


 俺は収納ポーチから一枚の紙を取り出し、カウンターの上に置いた。


「良かったら、使ってもらえるかな」

「なんですか? 保管屋の預り証?」


 小首を傾げるカサンドラ。


「〈海岸〉の漁村でとってきた網を一つ預けてあるから。暇な時に取りにいって」


 彼女は目を見開いた。そして、口をぱくぱくさせている。

 うん? 喜んでもらえると思ったんだけどな。


「それって、高い食材じゃないですかっ!? 網一つなんてウチで買えませんよ!」

「いやいや。お金は取らないから。あげるだけだから」

「あげるって、そんな簡単に」

「依頼のついでにとって来ただけだから。冒険者なら良くある事でしょ」

「そういうのは普通、材料の持ち込みするだけですよ。あげるなんてありえませんよ」


 何か裏があると思われているのか、カサンドラは半眼で俺をにらみつける。

 困ったな。一人では食べきれないからであって、他意はないんだけど。

 そもそも保管屋にある保存用の収納の魔法具は、言うなれば冷凍庫だった。たしかに長持ちはするんだけど、日がたつとどうしても鮮度が落ちて、味も落ちるそうだ。

 それぐらいなら、食堂でたくさんの人に海魚の味を堪能して欲しい。そう思っただけだ。そもそも、独り占めしたところで食事はおいしくはならない。

 〈海岸〉はどこの分岐先も最終的にはそこそこの難度のエリアにたどり着いてしまう為、そこでしか入手できないものの供給量は多くないそうだ。まぁ、今日みたいなサハギンクィーンは例外中の例外だとは思うけど。

 そんな訳で食堂のメニューに海魚の料理がない事を思い出して、こうしている訳だ。


「うん。じゃぁ条件を出そう」

「条件……ですか?」


 まだ疑ってる目をしてる。微妙に傷つくからやめて欲しいな。まぁ、このまなざしが心地よくなるようなら一流の紳士へんたいなんだけど。


「その魚を使った料理の値段は、他の料理と同程度の値段で提供する事」

「原価と釣り合いがとれませんよ」

「原価って無料ただでしょ?」

「それはそうですけど。でも、一網とはいえ材料はそのうち切れます」

「それは仕方がないね。どうしても、要望が絶えないようなら、また取りにいってくるよ」


 さすがに今日みたいに網の数は多くないだろうけど、依頼の難易度的には問題なさそうだし。さっきも触れたように、〈海岸〉は全体的に高めの難易度のエリアが多い為、そこでしか手に入らない食材系の依頼は、なくなる心配はない。

 生活費を稼ぐついでにとって来る程度ならやってもいい。お世話になった宿うちだし、これからもお世話になる予定の宿うちだしね。

 カサンドラは何度か深呼吸をして、最後に大きくため息をついた。


「分かりました。有りがたく頂戴します。これからマサヨシさんの食事代は値引きさせて頂きますので」

「いや、それは悪いから――」

「いいえ。それくらいはさせて下さい。お願いします」


 ちょ、目がすわってない!? 何か変なスイッチが入った!!?


 俺は退散するように食堂へ。

 そして、先にテーブルを確保していた、今日のパーティの面子と合流する。


「おう、どうだった」

「どうって。ちゃんと、受け取ってもらえましたよ?」

「え、うっそ」

「本当ですか」


 ハリッサさんとニコライさんが額を押さえる。


 ん? なに? どういう事?


 カイサルさんはしてやったりといった表情だ。


「ほら、言ったろ。最終的にマサヨシが押し勝つって。さぁ、俺の勝ちだ、とっとと銀貨だせ」


 ……俺で賭けをしていたらしい。

 負けた二人は俺を恨みがましい目で見てるが、自業自得だ。だが、別にカイサルさんが正しいとは言ってない。


「サンマはもう渡したんですか?」

「おう、食堂に入った時にな。しかし、良く魚の名前なんぞ知ってたな」


 まぁ、この世界ではともかく、元の世界では庶民の味でしたし。


「また、〈海岸〉に行くかも知れませんから、その時はお願いするかも知れません」

「かまわねぇけど、今度は別のエリアにしようぜ。お前なら、もっと難易度の高い奴でも大丈夫だろ?」

「ギルドに目をつけられない範囲でお願いしますね」


 サハギンクィーンもぎりぎりセーフだった。カイサルさんというBランクがいたからこそ、ごまかしが効いたのだ。


 しかし、カサンドラに安請け合いしてしまったが、魚をとってくるには荷車がいるし、それを引っ張ったり押したりする頭数がいる。一人じゃ無理だ。

 荷車と言えば、スーちゃんに荷車を買って欲しいとねだられてる。どうも、網を運ぶ役割を荷車に取られて、いたくプライドが傷ついたようだ。荷車とはりあって欲しくないのだけどな。

 荷車を買ったとしても、重いものを乗せたら俺一人じゃ運べないし、スーちゃんが動力になるには力的にもサイズ的にも問題がある。出来ないのではなく、出来る事に問題があるのだ。ダンジョン内ならまだしも街中でスーちゃんに荷車を引かせる訳にはいかない。

 一応、スーちゃんから代案として、荷車を引く魔物を探して契約すればいいと言われている。スーちゃん的には自分でなくても、同じ契約魔物ならOKらしい。


 ……基準が良く分からない。


 まぁ、まず荷車かな。買ってもいいんだけど、ハウスさんには【工芸:家具作成】ってスキルが確かあったはず。それで作れないかな? ハウスさんのステータスを考えるとかなり丈夫なものが出来上がりそうだけど。部屋に戻ったら相談してみるか。どうせ、いるだろうし。


 今日の冒険を話のタネに。出された料理をつつきながら、夜は更けていく。これが俺のこの世界での日常になりつつあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る