12.漁村へ行こう

12.漁村へ行こう






 冒険者は魔物を倒して終わりではない。依頼によってはむしろ倒してからが本番だって事もある。


 素材取り。魔物から魔石や素材となる部分を剥ぐのだ。


 その魔物素材自体が依頼の品であったり、依頼とは無関係な魔物なら冒険者の糧となる。また、討伐依頼なら証拠として魔石を持ち帰らなくてはならない。

 そんな訳で、スーちゃんがずるずると、倒したサーベルハウンド及びその親玉を一箇所に集めている。


「大したもんじゃないか」


 そんなスーちゃんを横目にカイサルさんが言った。そうです、大したものでしょう。スーちゃんは。


「本当、スーちゃんには助けられてばかりで」

「いやいや。違うって。お前さんだよ」

「え? 俺ですか?」


 思わず自分を指差してしまう。

 俺、何もしてないよな? やった事と言えば召喚でスーちゃんを魔物の上に転送しただけのような。


「普通は魔力を温存する為、一度呼び出したら戦闘が終わるまで召喚しっぱなしってのが、召喚魔術師の定石だ。ただ、新人ルーキーが死ぬ原因は、魔力の消費を気にして自分が襲われても呼び戻さない事が多いがな」

「普通はあれだけ召喚を短時間に連発すれば、かなり消耗が激しいはずなんだが、大丈夫なのかい?」


 ニコライさんも首を傾げてる。


「全然平気ですね。召喚ってそんなに魔力を使うんですか?」

「普通はそうなんだけどね、マサヨシは平気そうだね」

「あるいはそれがユニーク職業の特性かもな」

「そうかも知れませんね」


 本当は違うのだが、俺は適当に頷いた。単に最大魔力量が多いのと、回復量が多いせいだ。ステータスを確認するとすでに魔力は満タンになっていた。

 話題を変える意味も兼ねて、おれはニコライさんの件を振ってみる。


「それよりも。ニコライさんって、治癒魔術師じゃなかったんですか? なんか普通に近接で戦ってましたけど」

「ああ、それね。僕は杖術系スキルも使えるんだよ」


 杖術? でもそれって武器系のスキルだよね。

 俺が首を傾げる。それがツボに入ったのか、ハリッサさんが面白そうに笑う。


「確かに魔術師系の職業の人は戦士系スキルとは相性悪いっすけどねー。杖は魔術師系スキルのブースターになるっす。その関係か杖術は普通に魔術師系とも相性いいんっす。他にも似たような例があるっすねー」


 そして、彼女は首を傾げた。


「そういえば、マサヨシは杖を使わないっすか?」

「……ブースターの件は今初めて知りましたので」


 このダンジョン出たら買おう。

 カイサルさんがやれやれと肩を竦める。たぶん、俺の無知に呆れているんだろう。


「で、あれは何してるんだ?」


 あれとはスーちゃんの事だろう。普通に集めたサーベルハウンドの死骸を――。


「食べようとしてますね」

「ダメだろそれ!」


 カイサルさんに突っ込まれる。まぁ、確かに普通のスライムならそうだろうが。


「サーベルハウンドの素材って、皮と魔石以外にあります?」

「爪だね。小型の刃物に使われる。あと、暗器の類にも」


 暗器というと、確か隠し武器の事か。


「肉はどうです?」

「食えなくはないが、はっきり言ってまずいな。アークサーベルハウンドくらいなら別だが。まぁ、魔物の食材はランクに比例する事が多いからな。サーベルハウンドだとそんなもんだ」


 ふむ、アークサーベルハウンド以外の肉はいらない、と。


「じゃ、スーちゃん。お願い」

「って、おい! 止めろよ。なんか飲み込んでるぞ」

「ああ、大丈夫ですよ。スーちゃんは溶かすものを選べるんで」

「確かにギルドでそんな事言っていたが」


 そして、サーベルハウンド達の末路を見て、俺以外の三人は顔を引きつらせる。うん、グロいよね。


「スーちゃん。できれば収納の中にしまってからやって」


 スーちゃんの中の死骸が消えていく。スーちゃんは収納スペースの中にも体がある――というより表に出ている体よりも、収納スペースに入ってる体の方がよっぽど多い。ので、収納スペースに入れてから作業する事も出来る。


「なるほど。毛皮がやけにきれいだったのは、こういう訳だったのか」

「ううー、ちょっと気持ち悪いっすけど。でも、便利っすねー。素材取りに時間ほとんどかかんないっすよ」

「うんうん。団長は手伝ってくれないしねー。素材取り」

「うるせぇ。経験を積ませてやってるんだろうが」

「じゃぁ、たまには素材取りの見本みせて下さいよ」


 ニコライさんの言葉にカイサルさんは知らん顔。ニコライさんは諦めたようにため息をついた。


「では、さっさと漁村に向かいましょう。まだ距離があるし」

「漁村?」

「まぁ、そう呼んでるだけだがな。そこの渡しに魚がかかった網があるんだ。それが今回の目的だな」

「人が住んでいるんですか?」

「まさか。だが、行く度に網があるんだ。何度回収してもな。ただ、網の数は運次第なんだが」


 なんだ、それ。

 俺は呆れたが、すぐにダンジョンの性質を思い出す。ダンジョンは資源の供給元。漁業資源もそれと同じ。

 知識としては知っていたが、それでも改めて他人から聞かされると、この世界の常識とされるものが元の世界と違っていると思い知らされる。




 それから道なりに進んだ。途中にまた魔物に襲われたが、特に危険もなく撃退出来た。

 このくらいなら俺とスーちゃんだけでも対処できそうだ。

 とは言え、改めて思い知らされる事もある。かつて、冒険者ギルドでリガスさんが言った。知識と経験。あるいは単に口先だけで言っただけで、カイサルさんに嫌がらせをしたかっただけの可能性もあるけど。――確かに俺にはそれが足りてない。

 力だけならスーちゃんがいる。だけど、たぶん。それだけじゃだめだ。力だけじゃ解決出来ない事もある。

 ハウスさんの時だって、商人ギルドの担当さんが折れてくれたからこそ、なんとかなった。



 この世界での協力者が必要だ。

 俺の事情を理解し、俺の持ってる力を悪用しようとしない人が。



 その候補をあげるならもちろんカイサルさんだろう。彼のクランに入るのが手っ取り早い気がする。ただ、まだ踏ん切りがつかないんだ。

 まぁ、いい。慎重なのは悪い事ではないと思う。散々悩んでから決めよう。


「お、分岐が見えてきたぞ」


 カイサルさんの声に目を向ければ、道が二つに分かれている。分かれ目に立て札がある。近づいて見てみると、それぞれの道の行き先を書いていると思われる。


「なんですか? これ」

「これが分岐型ダンジョンの特徴だな。どちらかの道を選んで片方をある程度進むと戻れなくなる。一方通行なんだな」

「分岐型ダンジョン?」

「アルマリスタにある四つのダンジョンの内、三つがそれだな。ダンジョンの途中で道が何度か分岐して、それぞれ到達地点が違う。この立て札みたいに分岐点で行き先が分かるようになってる。

 分岐先によって魔物の強さが違うから、あらかじめ道順を調べておく事が肝心だな」

「なんで、こんな立て札なんて都合のいいものが?」

「さぁな。ただ、賢者ギルドの仮説では、ダンジョンってのは現実世界をコピーしたものが多いそうだ。この立て札の地名も両方とも過去に実在したらしい。ずいぶんと昔に無くなったらしいが」


 図書館の本でも、現実を模したものってのがあったな。


「じゃ、いくぞ。まだ分岐はあるからな。さっさと行かないと今日中には帰れないぞ」

「夕飯は外で食べたいっすー」

「では、急ごうか。僕もダンジョンで夜明かしは好きじゃない」

「はい」


 そして、俺達は分岐で道を選択しては先へ先へと進んでいく。一方通行になっていると言うのは事実だった。分岐の道を選んですすんだ後に振り返ると、分かれ道は無くなっており、延々と一本道が続いていた。



□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□-□



「見えたな」

「あれが……」


 漁村。たしかに海岸沿いに村らしきものがある。本当に人はいないのか?


「さて、住人の歓迎具合はどんなものだろうな」


 カイサルさんがそんな事を言う。


「人はいないんじゃ?」

「人はな」


 人以外がいるらしい。


「いるのはレッサーサハギンの群れっすね。武装してるから注意です」

「弓とか魔法も飛んでくるから、注意ね」


 今まで倒してきたようなのとは違うって事か。


「まぁ、レッサーサハギンも面倒だが、問題はサハギンリーダーだな。レッサーサハギンも油断していい相手じゃないが、正直俺達の力量なら問題ない。だが、サハギンリーダーだけは別だ」


 やけに慎重な物言いだ。Bランク冒険者なら、Dランククラスの依頼で遭遇する魔物くらい、どうって事ないように思えるけどな。

 表情に出てしまっていたのか、カイサルさんは説明してくれた。


「氷系の範囲攻撃をしてくるのさ。威力も高くて範囲も広い。遭遇位置が近ければ、速攻で倒すんだが、距離が遠かった場合、食らう覚悟がいる。だからこそ、ニコライを連れてきたんだけどな」


 運次第でダメージ確定な訳か。食らう事前提でも依頼ランクがDって事は、それで死ぬ事はないんだろうけど。……痛いのは嫌だな。


「今までみたいにスーちゃんを真上に召喚するんじゃダメなんですか?」

「有効だと思うよ。ただ、向こうがこっちに気付いていた場合は、最低一回は攻撃が飛んでくる。重装備の前衛の数をそろえれば、安全にいけるだろうけど――」

「それだと、赤字までいかないまでも割りにあわないっすね」

「まぁ、ここまで無傷だったんだ。怪我も経験のうちと思うんだな」

「出来れば遠慮したいですね」

「俺もだよ。ただ、冒険者やってれば怪我を覚悟しなきゃならん状況もあるって事だ」


 カイサルさんが歯をむいて笑う。

 ……この人、わざとやったな? 死なない程度に、だけど確実にダメージを負うような分岐を選択したんだ。


 俺に経験をつませる為に。


 ため息が出た。


「……おせっかいですね」

「後輩思いと言え」


 仕方がない。ここはおせっかいに素直に乗るとしよう。


「では、いくぞ!」


 カイサルさんの掛け声に頷いて、俺達は漁村へと向かった。

 しかし、どうも様子がおかしいようだった。


「見張りがいないな。なぜだ?」

「たまたまとかないんですか?」

「いや、そんな事は今まで一度もなかったんだが……」

「なんか、村の中央に集まってるっぽいっす。でも、なんか、様子が変。サハギン系っぽいんだけど、今までと何か違うような」


 ハリッサさんが首を傾げている。


 何か嫌な予感がするな。


 俺達は漁村の中に入り、そして俺は予感が的中した事を知る。

 鱗に覆われた人型の姿に、頭の部分が魚。スーちゃん情報によるとサハギンだ。レッサーサハギンではない。一つ格が上の存在だ。

 それが村のあちこちから、こちらを見ている。槍に剣に弓に、様々な武器を手にして。杖を手にしているのは魔術師系か。

 そして、村の中央。地面からわずかに宙に浮いているそれは――。


 カイサルさんが嘆息した。


「マサヨシ、喜べ当たりを引いたぞ」

「レア守護者って奴ですか」

「知っていたか」

「図書館の本に載ってました。確率は凄い低いそうですね」


 ダンジョンの奥には守護者と呼ばれる魔物がいる。いわゆるボスだ。そいつを倒す事により、ダンジョンの出口が開く。今回の場合、サハギンリーダーがそれにあたるはずだった。


 だが、まれにこの守護者と取り巻きが違う魔物に変わる事がある。記録は非常に少ない。理由は二つ。起こる確率が低い事。そして、もう一つは推測として書かれていたが、遭遇した冒険者が全滅して、その事実が伝わらない事。

 なぜなら、レア守護者は通常の守護者よりも強力な魔物になり、取り巻きも格上になるからだ。


 レッサーサハギンがサハギンになったように。そして、サハギンリーダーがサハギンクィーンになったように。


「マサヨシ。悪いがちょっと本気を出してもらうぜ。サハギンクィーンはBランクパーティ討伐対象クラスだ。お前がDランクの力のままだと分が悪い」


 カイサルさんの声に余裕がない。そして、手抜きもばれていたようだ。

 スーちゃんからも【召喚魔法:強化】の要請が来ている。つまり、それだけやばいという事だ。

 俺は無言で頷いた。まだ明かしたくはないと思ってはいたが、だからと言ってそれで犠牲が出たとしたら、俺は絶対に悔やむだろうから。


 クィーンが氷の槍を十数本飛ばしてくるのと、俺がスキルを使ったのがほぼ同時だった。



【召喚魔法:強化】



 目の前に緑の壁が出来る。氷の槍はそれを突き抜ける事が出来ずに取り込まれていく。


「クィーンは俺とスーちゃんが抑えます。周りのサハギンをお願いします」

「任せろ」

「了解っす」

「頼んだよ」


 目の前の異常な状況の事を何も聞かず、三人はそれぞれ散っていった。


 さて、と。


 俺の目の前にはスーちゃんの壁があるが、【召喚魔法:五感共有】によって、クィーンを見失う事はなかった。

 あの氷の槍に余程自信があったのだろう。悔しそうにこちらを見ている。だが、すぐにその表情を消して、スキルを使う。

 クィーンの周囲に氷の造形物がいくつも浮かぶ。

 先程よりも一回り大きな氷の槍。氷の円刃。氷の盾。氷の鳥。氷の――。

 それら全てが一斉に別々の方向へと飛ぶ。スーちゃんの召喚主が俺だと分かっているのだろう。直接俺を狙っている。

 いや、俺だけじゃない。カイサルさんを、ハリッサさんを、ニコラスさんを。


 させないよ。


 俺はスーちゃんに魔力を流し込む。イメージとしては蛇口を目一杯捻る感じで。

 砲弾のように放たれたスーちゃんの一部が氷の鳥を撃墜する。ハリッサさんを押しつぶそうとした氷の盾は、緑の触手に貫かれ砕け散る。氷の円刃を掴み、それで氷の兵士を纏めてなぎ払う。クィーンの作り出すはしからスーちゃんが潰していく。

 クィーンが後退すると、それだけスーちゃんは距離をつめる。奴は左右を見渡して、取り巻きを探すが、そんなものはカイサルさん達が倒していっているはずだ。そして、その邪魔をさせない為にも、俺は。俺達は、クィーンの相手をするのだ。

 スーちゃんの表面が凍っていく。氷の塊ではなく、冷気の攻撃に切り替えたようだ。確かにそれは確実にダメージを与えていた。


 だが、それがどうした。


 スーちゃんは凍った自らの体を破砕し飲み込みつつ進撃を続ける。

 元々、スーちゃんは強い。ここにいるのがスーちゃんだけなら、あるいは楽勝だったかもしれない。だが、実際は俺がいて、カイサルさん達がいる。

 俺達を守りつつ戦うのは、いくらスーちゃんが強くても難しかったかも知れない。


 だが、俺がいる。


 【召喚魔法:強化】を通して、膨大な魔力を延々と流し続ける。

 クィーンの表情が徐々に恐怖にかわる。

 通じない。何も通じやしない。

 お前の攻撃なんか、俺とスーちゃんの前には無力だ。


 そして、緑の津波がサハギンクィーンを飲み込んだ。


 いくらその姿が半漁人とは言え、水の中とは違う。水かきのついた手足を必死にバタつかせても脱出はかなわない。どうやら毒に耐性があるようだが、そんなもの。余計に苦しい思いをするだけだ。


 俺達を殺そうとしたんだ。当然、その逆の覚悟もあるんだろう?


 そして、サハギンクィーンの動きが止まった。

 瞬間、村の中心に魔方陣が現れる。

 あれはなんだろう?


「あれが、ダンジョンの出口だ。帰還石以外で唯一ここから出る方法だな」


 気付くと3人がそばに来ていた。どうやら、サハギンは全部倒したらしい。


「しっかし、すっげぇな。これ。本当にスライムか?」

「間違っても戦いたくないですね」

「小さいスーちゃんもぷりてぃっすけど、おっきなスーちゃんも頼もしくって好きっすよ」


 巨大スーちゃんを見て、それぞれが感想を述べる。いや、俺もこのサイズは予想外だ。たぶん、実サイズだけじゃなくて、【召喚魔法:強化】も影響してるんだろうけど。

 とりあえず【召喚魔法:強化】をオフにすると同時にスーちゃんは縮んでいった。オフにしたのと同時に収納スペースに体を収めたんだろう。


「全員無事ですよね?」

「くたびれたがな」


 カイサルさんが肩を竦めた。


「結局、治癒魔法の出番なかったですね」

「いいことじゃないっすかー。痛いのはやっぱいやっす」


 イェイとこぶしを振り上げるハリッサさんはいつも通りだ。

 出口は開いたけど、倒したサハギンの回収と、後は肝心の魚の入った網も手に入れないと。

 とりあえず、危機は去ったけど、依頼内容はまだ終わりではなかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る