3.色々と驚かれました

3.色々と驚かれました






 もうすっかり陽は落ちたが、アルマリスタの夜は明るい。

 道に等間隔に並んでいる街灯のせいだ。電気があるようには思えないが……。

 そんな俺に気づいたのか、カイサルさんが声をかけてきた。


「なんだ、魔光灯が珍しいか?」

「魔光灯……ですか?」

「ああ、明かりを灯す魔法具さ。さすがに田舎にはないだろうが。ランタンと違って油も火もいらないから便利だし安全だ。定期的に魔石の交換が必要なのがネックだが」


 魔法具ってのは字面から、魔法の道具……であってるだろう。しかし、魔石は分からないな。


「魔石って何ですか?」

「そんな事も知らないのか?」


 呆れたように言われるが、この世界に来てまだ三日程度である。知らない事の方が多い。


「魔石ってのは魔物が死ぬとその体内に出来る石の事だな。石には魔力が含まれているので魔法具の動力になるんだ。まぁ、それ以外にも色々な使い道はあるがな」


 言われて思い出す。たしかにスーちゃんが魔物を倒したときに妙な光沢を放つ石があった。


「あれですか」

「やっぱり知ってたか?」

「名前は知りませんが、近くの森で魔物を倒した時に出てきました」


 カイサルさんが軽く目を見開く。


「ほう。すでに魔物を倒した経験があるのか」

「え? あ、いや。実はスーちゃんに倒してもらったんですが」

「……スーちゃん?」

「あ、このスライムです。スライムだからスーちゃん……って」


 しばらく、無言が続いた。う、沈黙が重い。

 ややあって、カイサルさんは微妙に目線をそらした。


「契約魔物が倒したんならお前が倒したも同じだろう。そもそも召喚魔法とはそういったものだしな」


 絶対、さっきの事をなかった事にしようとしてるな、この人。

 いいじゃんか、分かり易くてかわいいよね? よね?


「まぁ、頼りっぱなしもよくないがな。新人の召喚魔術師や調教師が死ぬ原因の多くが、守りを契約魔物に頼りっぱなしにしてたって感じだからな」

「はぁ」


 と言っても。数日前まで普通の学生だったんですが。体を鍛えたほうがいいんだろうか?

 ただ、どう体を鍛えても、ラスボスステータスの持ち主であるスーちゃんのおまけから免れそうにないが。


「あの、どこに向かっているんですか?」


 カイサルさんの足取りは淀みなく、目的地は決まっているようだ。


「ん? 本来だったら冒険者ギルドで登録してもらいたい所なんだが、この時間だと登録業務は終了してるからな。俺が普段泊まってる宿があるからそこに泊まって、明日に案内するつもりだが」

「宿ですか……」

「ん? ほとんど冒険者用の宿でな。一応、格安の初心者ルーキー部屋もあるんだが。――もしかして、金がないのか?」

「実はないんです。森で狩った魔物の素材や魔石を売って、お金にする予定だったんですが。現物って無理ですよね」

「ああ、そういう事か。まぁ、魔石なら現物でも問題ないだろ。素材も毛皮とか食材とかなら、普通にありだな。といっても、通常は冒険者ギルドなり商人ギルドなりで買い取ってもらうものだが、この時間じゃな」


 そう言って肩をすくめる。

 とりあえず、現物OKという事で俺も一安心。ただ、スーちゃん情報によると魔石は魔物によって種類が違う。恐らくだが、一口に魔石と言ってもグレードがあるという事だと思う。当然、グレードが違えば価値も違うだろう。

 魔石の価値がどれぐらいかに不安があるが、初心者ルーキー部屋というからにはそこまで高いとも思えない。毛皮も合わせればなんとかなるだろう。


 ふと、カイサルさんが俺をじっと見ている事に気づく。


「なんですか?」

「いや、素材があるという割には何も持っていないように見えるが。それらしい魔法具も見当たらんし。マサヨシ、お前はもしかして収納スキル持ちか?」


 スキル【特殊:収納】を持っているのはスーちゃんなのだが、説明が面倒なのでそのまま頷いた。


「これはまた……。えらい大型新人ルーキーが来たもんだな」


 楽しそうに口角を吊り上げるカイサルさん。

 ええっと……。


「もしかして、珍しいスキルなんですか?」

「珍しいというか。収納ってスキル自体は様々な系統にあるし、召喚魔法にも【召喚魔法:収納】ってのがあるのは知ってる。ただ、実際に使える奴は一握り程だな」

「どうしてですか?」

「どうしてって。まぁ、習得が難しい……としか。スキル系統によって難易度は違うんだろうが。俺が今まで会った冒険者でも収納スキル持ちは片手の指程度だ。だいたいはこいつみたいな、収納の魔法具を使う」


 そう言って、カイサルはあごで背負い袋を示す。どうやらそれが収納の魔法具らしい。スーちゃんのお役立ち度がますます上がるなぁ。


 そんな事を考えていると目的地に着いたらしい。

 剣の休息亭。そんな看板がかかっている。


「まぁ、一流の宿って訳じゃないが、ここのメシはうまいぜ」


 そう笑いながら俺の背を押すカイサルさん。建物の中からは喧騒が聞こえてくる。宿屋兼御食事処といった所か?

 中に入ると、入り口すぐにカウンター。右手は食堂。左手には階段がある。二階から上が宿になってるのかな?


「よお、カサンドラ。相変わらず美人だな」

「はいはい。いつもそればっかりですね、カイサルさん」


 軽く受け流すのはカウンターにいた女の子だ。カイサルさんの言葉じゃないけど、確かにきれいな子だとは思う。口にする勇気はないけど。

 カウンターの女の子――カサンドラは俺に気付いて視線をこっちに向けてくる。


「そちらは?」

「おう、新人のマサヨシだ」

「あら、いらっしゃい。剣の休息亭へようこそ」

「あ、どうも」


 微笑みかけられて、反射的に頭を下げた。そして、大切な事を思い出して、カイサルさんの紹介に付け足す。


「この子は俺の契約魔物。スーちゃんです」


 カサンドラは小動物のように小首を傾げたが。


「ようこそ、スーちゃん」


 スーちゃんに向かって声をかけてくれた。スーちゃんが返答のようにぽよんぽよんと弾む。


「カイサルさんはいつもの部屋として。マサヨシさんは部屋をとりますか?」

「ああ、それなんだが。こいつ、今金がないらしくて、現物で頼みたいんだが」

「現物というと魔石ですかね。うちとしてはかまわないですが、ギルドで換金したほうが……、てもう換金業務は終わってますね」

「そういう事だ。俺が貸してもいいんだが。まぁ、これも経験の内という事で」

「分かりました。では、先払いになりますので魔石を拝見させて下さい」


 とんとん拍子に話が進んだ。まぁ、予定通りなのでいいけど。

 俺はスーちゃんに頼んで魔石を数個出してもらう。

 カイサルさんとカサンドラの表情が驚きに染まる。


「うおっ」

「って、なんでカイサルさんまでが驚いてるんですか」

「いや、まさかスライムの方が収納スキル持ちと思ってなくてな」


 だが、俺が魔石をカウンターに置くと二人の表情が真剣なものにかわった。

 ……何かまずかったのだろうか?


「マサヨシ。この魔石はどこで手にいれた?」

「え。どこって森で魔物を狩って」

「森……。確か毛皮もあるって言っていたな。見せてみろ」


 訳が分からないまま、スーちゃんに頼んで狼の毛皮を出してもらう。

 カイサルさんがため息をついた。


「森って、アルマリアの森の事だったのか。てっきりお前の村の近くにでもある森の事を、言っているのかと思ったんだが」

「森の名前までは分からないですが」

「街の北門。俺達が入ってきた門の近くの森の事だ。そこで狩ったんだな?」

「はい、そうですが。何かまずかったですか?」


 カイサルさんは再度ため息をついて、カサンドラに何かを放った。

 それは硬貨だ。色からして銀貨だろうか?


「マサヨシ、その魔石と毛皮はしまっとけ。今日だけはおごってやる」

「どうしてですか?」

「そいつは明日、ギルドで換金すべきだ。ここで現物払いできる代物じゃない」

「まぁ、無理ね。うちで一番高い部屋でも釣り合わないわ」


 価値が高すぎるという事だろうか? 街の近くの森で狩れるような魔物なら、そんなに価値が高いとも思えないんだけどな。

 二人の言いように首を捻るが、それ以上説明してくれそうにない。


「明日、冒険者ギルドで換金する時に教えてやるよ。それよりメシにしようぜ」


 これで話は終わりとばかりに食堂の方へと押しやられた。

 カイサルさんの仲間が先に来ていたようで、こちらを見て声をかけられた。当然のようにそちらのテーブルに向かうカイサルさん。そして、俺はその後をついていくしかない。さらに俺の後ろからスーちゃんがついて来る。

 スーちゃんが視線を集めている気がするが、いい加減ここまで来る道のりで慣れた。


「カイサルさーん! そっちの子誰ぇ!」


 そう言った糸目の女性がイェイ! とばかりにコブシを突き上げる。残った片手には木製のジョッキ――のようなものを手にしている。顔が微妙に赤いにので酔っているのが分かる。


「おう、ハリッサ。出来上がってるな」

「そんな事ないっすー。まだまだっ、じゃんじゃんばらばらいけるっすー」

「いいけど、明日に差し障りのない程度にしとけよ」

「えー、明日はオフじゃないですかー」

「お前が二日酔いになるとこいつらが迷惑するだろーが」


 あごで指名された男性陣数名がブーイングを起こす。


「カイサル。何気に自分は面倒事回避してないか?」

「いつもずるいよな。ハリッサの事、俺達におしつけてばかり」

「団長。たまには自分が動かないと下がついてこないですよ」


 そんな非難はどこ吹く風と言った感じのカイサルさん。


「俺は明日、用事があるんだよ。この新人ルーキーを冒険者ギルドに案内しなきゃならない」


 ハリッサと呼ばれた糸目の女性が首を傾げる。


「さっきも聞いたけど、その子誰っすか。新人ルーキーというと、クランの新人?」

「あー、違う違う。冒険者志望の少年だ。まぁ、クランには勧誘するつもりだが」


 手をぱたぱたと振って、テーブルの仲間達を詰めさせる。そして、手近にあった空き椅子を引き寄せ、自分も座りつつ俺にも座るよう勧めた。

 俺は従いながらも疑問を口にする。ちなみにスーちゃんは俺の足元にピトっとくっついている。


「クランってなんですか?」

「あー、それなんだが。ギルド登録済ませてから説明しようかと思ってたんだが。まぁ、いいか」


 ハリッサさんが、目ざとくスーちゃんを見つけて串焼きをあげている。一応、スーちゃんは魔物なんだが、警戒心がないように見えるのは酔っているからだろうか。それともこれが素なんだろうか。

 カイサルさんは近くを通りがかった給仕の人にいくつか注文をして、言葉を続けた。


「とりあえず、クランの前にギルドの説明を先にした方が良さそうだ。マサヨシ、ギルドについては何か知っているか?」


 俺は首を横に振った。おぼろげな記憶をたどると、ゲームにそんな単語はあった気がするんだが……。よく思い出せない。それに、そもそも同じ意味とも限らない。ここは素直に説明を聞くべきだと思う。


「ギルドってのは特定の分野の人材を管理する組織って言えばいいのかね? 冒険者ギルドなら、冒険者への依頼の管理、必需品の販売や素材の買取、情報提供。後、重要なのが冒険者の能力に応じたランク付けと、好き勝手な事をしないように目を光らせる事。

 ――ところでだ」


 ふいにカイサルさんが俺に顔を寄せてささやくように言う。たぶん、他に聞こえないように配慮したんだと思う。


「マサヨシ。お前さん、そもそも冒険者って何か知っているか?」


 一応、俺は冒険者志望という事になってるが。実際は冒険者が何をするかは知らないで成り行き的にカイサルさんについて来た。そこはこの人も分かって、こうやって聞いてきたのだろう。


「すいません。実は知りません」

「実に正直でよろしい」


 不器用なウィンクをして、カイサルさんが顔を離す。ちょうど、注文した料理が運ばれてきて、給仕がテーブルに乗せる。俺の分も注文されていたらしく、前に皿が置かれる。

 カイサルさんはソーセージをかじりながら説明を続ける。


「まぁ、食いながら聞きな。冒険者とは。まぁ、大そうに聞こえるが、実のところ何でも屋って所だな。元々はまだ大陸のあちこちに未開の土地があった頃、そこを探検する者をそう呼んでいたそうだが。

 今となっては、この大陸に未開の地なんてねぇしな。魔物や害獣を退治したり、素材の調達を頼まれたり、他にもトラブルの解決、傭兵まがいの事もする」

「冒険者って職業とは違うんですか?」

「んー、職業と言えば職業なんだが。冒険者ってのは生計を立てる方の職業だな。俺の魔装戦士やお前さんの召喚魔術師ってのは、能力としての職業。ややこしいのでクラスって呼ばれてた時期もあったが、結局廃れて元に戻っちまったな」

「能力?」

「例えば戦士系の職業の奴は戦士系スキルを覚え易いし、十全に使いこなせる。だが魔術師系スキルは、覚えられない事はないがどうしても威力は落ちる。魔術師系の職業だとそれが逆になる。

 まぁ、ちょっと極端な例だけどな。実際には職業にしろスキルにしろ色々あって、それぞれの相性はかなり複雑なんだが」


 確か、謎お告げ――もといヘルプさんによると適性のない職業に就く事は出来ないとあったな。しかし、生計としての職業と能力としての職業か。スキルの威力が落ちるだけで覚える事が出来るのであれば、別に召喚師になる必要なかったのかも。

 そう思ってスーちゃんの方を見る。ハリッサさん以外からも色々もらっていた。豪胆なのか、酔っ払いだからなのか、この人達も冒険者だからなのか。こころなしか、スーちゃんもご機嫌そうにぷるぷる震えている。


「ここまでで、何か質問はあるか?」

「ギルドって冒険者ギルド以外にもあるんですか?」


 カイサルさんがジョッキをあおってから頷く。ほとんど一気飲みした感じだが。酒に強い人なんだろうか。俺は未成年なのでジョッキには手をつけてない。


「あるぞ。まず街とよばれる規模の人の集まりには必ず2つのギルドがある。冒険者ギルドと商人ギルドだ。前者はすでに説明した通りで、後者は主に街での商売に関する事を管理している。それが大手2つで、次点が料理人ギルド。後は賢者ギルドと職人ギルドだな。これも余程小さな街以外はある」


 料理人ギルドはなんとなくイメージがつく。職人も同様だ。どちらもモノ作りに関する事と人材を管理するのだろう。が、賢者ってなんだ?


「賢者ギルドって何を管理するんですか?」

「ああ、管理つーか、学者、研究者の集まりだな。閉鎖的な連中なんであんまり関わる事もないんだが、ただ唯一こいつらが権益を占有しているものがある」

「それは何ですか」

「本だな。たかだか、紙切れと思うなかれ。中には禁書とされている魔術書や技術書なんかもあってな。そういった情報も含めて奴らの管轄だ。後、図書館の運営もしている」

「図書館なんてあるんですか」

「さすがに、どこにでもって訳じゃないな。それこそ余程大きな所にしかないが。アルマリスタはその余程大きな所に該当する」


 図書館があるのか。この世界の事をよく知らない俺にとっては重要な場所じゃないか?


「まぁ、他にもギルドはあるんだが、キリがないしあまり関わる事もないだろう。他に質問はあるか?」

「いえ」

「ま、何かあったら明日、冒険者ギルドで直接聞きな。さて、次はクランについてだが。これは冒険者同士の互助組合ごじょくみあいだな。ギルドはあくまで冒険者を管理する組織だ。基本的には冒険者の味方だが、時には厳しい要求が来る時もある。

 そこでまぁ、困った時があったら助け合うってのが基本的な趣旨だな」

「基本的と言うと?」

「各ギルドは街に一つずつだが、クランってのは一つじゃないんだ。同じ冒険者でもウマの合うやつ合わないやつもいるからな。クランによって、考え方や方針も違う。冒険者はどのクランに属していてもいいし、どこにも属さないやつもいる」

「ギルドには所属しないといけないんですか?」

「まぁ、お前さんの場合は、登録証の件があるからな。それに、冒険者ギルドは冒険者を管理する組織であると同時に権益を守る組織でもある。登録してないと、不利益な事の方が多い。犯罪歴があって登録したくても出来ないなんて場合もある。

 まれに有力者に伝手がある奴が無登録の時があるが。お前さんは新人ルーキーだ。素直に登録しとけ」

「分かりました」

「さて、問題だ。なぜ俺がここまで親切にしてると思う?」


 それは簡単だ。さっきも言っていた。


「俺をクランに勧誘する為でしょう?」

「当たりだ。改めて自己紹介だ。俺はクラン《自由なる剣の宴》のリーダーで、魔装戦士のカイサルだ」


 そう言って口角をつり上げるカイサルさんだが、口の端に食べかすが付いていたのでちょっと格好悪かった。



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