2.不審者扱いされました

2.不審者扱いされました






 とにかくいつまでも森の中にいても仕方がない。


 俺たちは森の外に――向かわなかった。

 人のいるところは、スーちゃんが知っていた。

 なぜ森の魔物であったスーちゃんが知っているかというと、スーちゃんが持っているスキル【特殊:能力奪取】のおかげだ。このスキルは吸収した相手の能力をランダムで奪うというものらしく、返り討ちにした魔法使いの知識の一部を取得しているそうだ。

 そして、だからこそ俺が森から出ようと言った時に尋ねてきたのだ。


 お金はあるの? と。


 人にとってお金は重要だ。人生はお金が全てではないが、お金がなければ全てではない。これこそまさに金言だ。人にとって重要な事をスライムのスーちゃんに指摘されるあたりどうかとも思うがいまさらだ。相手は俺の6倍賢いのだ。


 と言うことで丸二日ほど森をうろつく事になった。

 別にこの世界の魔物を倒したら、お金を落とすというゲーム的なものを、期待した訳じゃない。スキルとか職業とか十分ゲームみたいなので、落としても驚かないが。


 スーちゃん曰く、魔物や獣から売れそうなものを集めよう、との事。まぁ言葉ではなくイメージ的なものでやりとりしてるので多少の齟齬はありそうだが、そんな感じだと思う。毛皮とかは、元の世界でも物によっては高値で取引されていたと思うし、ゲームとかで魔物を倒して素材をゲットなんてのがあったと思う。

 魔物がお金を落とす説よりは現実的だと思ったので、実行に移した訳だ。


 とは言え、俺に魔物や獣を倒せるのかといえば否である。ぶっちゃけ、野犬にすら勝てるとは思えない。それに武器もない。

 そこはまぁ、スーちゃんにおまかせするとして、俺はただ襲われる為に森をうろちょろしていた。ようはルアーのようなもの。囮である。


 スーちゃんが近くにいると魔物や獣が近づいてこないので隠れてもらっている。近くにいないと最初の内は不安だったが、それはすぐに解消された。

 その理由の一つは契約した事により、接触しなくても意思のやり取りが出来るようになったからだ。相変わらず会話は出来ないままだが、まぁ問題はない。

 獲物が近づいて来るとスーちゃんが教えてくれる。スキル【強化:気配察知】で相手が隠れていても分かるそうだ。便利だな。


 そして、獲物が姿を現す。灰色の毛並みの狼。スーちゃん情報によると獣ではなく魔物だそうだ。魔物と獣の違いはいまいちよく分からないが。


 狼の数は三匹。あっさりと姿を現したのは奇襲する必要がないと思ったからだろう。

 うん、あってる。例え一匹でも勝てる気がしねぇ。人の体長ほどある狼だ。俺一人じゃどうしようもない。拳銃があっても不安だ。サブマシンガンぐらいでようやくといったところかな。だが、これはFPSファーストパーソンシューティングじゃない。どこにも銃器はおろかバールのような物すら落ちてないので、俺は素手のままだ。

 狼が三匹別々の方向から突っ込んでくる。


 俺、ピンチ!!


 嘘です。

 狼は俺に触れる事すら出来なかった。木の上に待機していたスーちゃんによる、必殺ダイブからの取り込みによってあっさりと無力化されてしまう。


 出会った時のスーちゃんのサイズだと、一匹でも完全に飲み込む事は難しかっただろうが、今のスーちゃんの体積は10倍以上になっている。実はスーちゃん、進化してかなりサイズが大きくなったらしい。本当のサイズは俺もまだ知らない。しかし、10倍以上も急に大きくなったら、そりゃ今までの食生活を維持できなくなるわな。


 まぁ、これが俺の不安解消のもう一つの理由。スーちゃんがその気になれば俺を包みこんで完全防御とかも十分に可能なのだ。このサイズに加え、パワーもスピードもある。反則だろう。なぜスーちゃんが魔王じゃないのか、不思議でならない。スペックだけなら十分にラスボスなのだが。


 普通に魔物の捕食が可能なら、俺と契約する必要はないように思えるが、スーちゃん曰く面倒との事。面倒の定義を知りたい所だ。


 そして、スーちゃんのお食事タイム。ちょっと視線をそらす。これが最初ではないのだが、生き物が溶かされていく様子はちょっとグロい。ちゃんと獲物が苦しまないよう、先にスキル【状態:毒】で殺してからというのが、唯一の救いか。


 そらした視線を頃合を見て戻すと巨大なスーちゃんの中に毛皮が三つと、独特の光沢を放つ石が三つ。

 スーちゃんは溶かして吸収出来るものを選択出来る。毛皮は俺が売ってお金にする為に残してくれたのだ。

 そして、石。これは魔物が死ぬと体内に出来るものだそうだ。なんという石なのかは言葉のやり取りが出来ないので分からないが。魔物の種類によって石の種類も変わるらしい。

 スーちゃんが返り討ちにした魔法使いの知識によると、これも売れるらしい。その魔法使いがスーちゃんを攻撃したのも、この石狙いだったのかな? スライムって素材になりそうにないしな。


 スーちゃんの中の毛皮と石が消える。溶けた訳じゃない。そして、スーちゃんのサイズがあっという間に最初にあった頃に戻る。一抱え程のサイズだ。

 残りのスーちゃんの体はどこに行ったのか。毛皮も石も実は同じ所にある。スキル【特殊:収納】である。これはいわゆる四次元ポケットと言えば分かりやすいだろうか。


 スーちゃんが取り込めるサイズまでなら、異次元空間に物を出し入れ出来る。スーちゃんの先程までの大きさを考えるなら、実質フリーサイズと言っても過言ではないと思う。

 ただ、意思を持つものは入れる事は出来ないらしい。意思を持つもの=生き物かどうかは今のところは不明だ。そこら辺の微妙な差異は意思のやりとりだけでは難しい。会話が出来ないってのは意外と重要なのだと思った。まぁ、出来ない事を考えても仕方がない。


「そろそろいいんじゃないか?」


 食後の運動に、ぽよんぽよんしているスーちゃんに声をかける。

 この二日で素材やら謎石やらがかなり集まった。


 ちなみに、獲物を狩る以外どうしていたかだが、食事は摩擦熱で火をおこし、イノシシ――のような何かの肉を焼いたものに、川で洗った野草を巻いて食べた。火をおこしたのも肉を焼いたのも、野草を洗って巻いたのもスーちゃんね。俺は食べただけだ。ダメ人間の見本のようだが、俺に出来る事がないので仕方がない。

 夜は売り物用の毛皮を毛布代わりに敷いて寝た。横になる前にスーちゃんが周囲の虫取りをしたので、虫にかまれる心配もない。夜通しの見張りと警戒もスーちゃんだ。


 ……スーちゃんのかいがいしさに思わず涙。ダメな夫に尽くす妻ってこんな感じか?


 落ち込む前にスーちゃんからの返事が来た。

 OKらしい。


 途中に何度か休憩を挟みつつ森の外を目指す。スーちゃんも森の外には出た事ないらしいが、返り討ちにあった魔法使いの知識に、森の近くに大きな街がある、というのがあったらしい。ただ、近くとか大きなとかはその魔法使いの主観になるので、実際の距離や大きさは不明だそうだ。

 まぁ、多少の差異はあっても、同じ人間の所感だからまぁそこまで違いはないだろう。これがスーちゃん自身の尺度で測った事なら慎重になるべきだろうが。スーちゃん、色々な意味で人間とは規格が違いすぎるから。


 森の外へ歩き始めたのが、陽が真上に上る前。そして、森を出たのが陽がだいぶ傾いた頃だった。あ、一応この世界の太陽と月は一つずつだ。


「あれが街か」


 森を出て少し先に道があった。道といっても元の世界のアスファルトで舗装されたようなものでなく、土の道だ。雑草が生えているか否かの違いぐらいだろう。だが、ずっと獣道を歩いてきた俺にはありがたい。

 その道の先には確かに人の手によるものと思われる建築物群が見えた。遠目なので詳しく分からないが、元の世界のものとは趣が違うそれに、改めて自分が異世界にいる事を思い出させる。

 そして、街に向かって歩き始める。しかし、一向に街につかない。


「変だな?」


 歩いて歩いて歩いて歩いて。

 延々歩く。


「?」


 何かに化かされたような気分になりつつ、それでも歩くしかないのでただ歩く。

 やがて、他の道が合流し、馬車が追い抜き、前を歩く人が見え始める。そこでようやく気づく。

 俺が思った以上に大きな街だったらしい。街をぐるっと囲む石壁。道がつながっているところに門があり、そこの門番らしき人が数名、出入りする人とやりとりしている。

 時刻はすでに陽が落ちかかっていた。


 俺、このまま入って大丈夫か?


 何しろ、丸二日野宿である。着替えてないし、当然、風呂に入ってない。まぁ、中世風ファンタジーっぽい雰囲気なので、風呂ではなく水浴びが一般的かも知れないが。

 どちらにしろ、あまり清潔っぽい感じじゃない。

 そのせいか、道行く人達から注目を集めている気がする。

 ドキドキしながら、門の前に出来ている列に並ぶ。


「おい、お前!」


 門番の一人に怒鳴られる。


 うわっ、剣下げてるよ。本物だよ。怖っ! やっぱ、この格好はまずかったか?


「そのスライムは何だ!」


 あ、そっちか。

 よくよく辺りを確認してみると、さっきから感じる視線は主にスーちゃんに対するものだった。


 ……あー、良く考えるとスーちゃん魔物だったっけ。そりゃみんな注目するね。


 とは言え。俺としてもスーちゃんと引き離されるのは困る。もう俺スーちゃんなしでは、(この世界で)生きていけそうにないし。

 ゲームとかだとモンスター召喚なんて戦闘時だけのイメージだけど、スーちゃんもそんな風に出来るのかな? でも、いまさらだしな。


「あの、この子は俺の契約魔物なんですが……。ダメですか?」

「契約魔物? お前冒険者か何かか?」


 冒険者? たぶん職業にそういうのがあるんだろうけど、俺は違う。ここは正直に答えておくか。門番が怖い。特に腰に下げている剣のプレッシャーが半端ない。


「いえ、違いますけど。俺、召喚師なんで」


 対応した門番は一瞬首を傾げたが、すぐに納得したのか頷いた。


「召喚師? ああ、召喚魔術師の事か。……しかし、スライムの契約魔物は珍しいな」

「そうなんですか?」

「そりゃ、お前。いくら魔物といったって、スライムと契約する奴はいないだろう。普通はもっと戦えるのとか、移動に便利とか。それ以前に知力が低くすぎて契約が難しいだろう? 調教師ならまた別だが」


 あ、調教師なら問題なかったのか。職業選択ミスったかな。と言ってもいまさらどうしようもない。


「この子は普通のスライムじゃなくて、進化種なんです。なので知力が高いです」


 そう、俺よりも知力高いです。というか、人間の平均知力っていくらだろう。気になる。


「進化か。確かに魔物には時折そう言ったものがあるというが……。まあいい。このスライムが問題を起こせば契約主の責任になるぞ、分かったな」

「あ、はい。それはもう」


 社員の責任は、雇用主の責任ですから。……俺、元の世界では高校生だったんだけどなぁ。


「じゃ、登録証を出して」


 へ?


「あの、登録証って何ですか?」

「はぁ?」


 途端に門番の視線が胡散臭いものになる。そして、俺の姿を上から下までじろじろと見る。


「お前、どこの出身だ?」

「どこって……。かなり遠くの……。たぶん、名前も知らないようなところから。ニホンというんですけど」


 さすがに別世界から来ました、とはいえない。余計に怪しまれる。


「ニホン……。俺も今の仕事に就いて長いが聞いた事がないな。それにその服も見た事がない。どんな田舎から来たんだ?」


 うーん。俺が住んでいたのは都会だった気がするんだが。地名は記憶に霞がかかって思い出せない。まぁ、思い出せたところで言っても通じないだろう。

 仕方がないので、超田舎者の振りをして誤魔化す事にする。


「すいません。本当に僻地で外の情報が入って来ないんです。だから、もっと都会に出たいと思って」

「都会かぁ。まぁ、このアルマリスタは確かに大陸で五指に入る街だから、都会と言えば都会になるのか?」


 アルマリスタ。それがこの街の名前らしい。


「それで、登録証の事だったな。普通、街に入るには住民登録証かギルド登録証。つまりは身分証が必要なんだ。一応、こういうのだが、本当にもってないのか?」


 門番が懐から取り出して見せてくれる。恐らく、金属製と思わしき一枚の薄い板。クレジットカードの類よりも一回り大きい。表面に色々と記載されているが、一番上には住民登録証と書かれている。

 俺が首を横に振ると、門番は眉を寄せる。


「普通は登録証なしで街で入ろうとする輩は、犯罪者の類を疑うのだが……」


 門番は俺をもう一度上から下まで見る。


「お前はどう見てもその類に見えないなぁ。ヒョロッコイし、どんくさそうだ」


 悪かったですね。どうせモヤシっ子ですよ。

 しかし、困った。要は街に入るには身分証明が必要って事だ。


「あの、この場合はどうすれば良いんですか?」

「通常は、村長なりに紹介状を書いてもらった上で、町役場で住民登録したり、冒険者ギルドなり商人ギルドなりで登録するばいいんだが……。お前の村って遠いんだよな」

「遠いですね」


 それはもう、帰れそうにないくらい。


 門番は額に手を当ててため息をついた。この人、怖そうだけど、人は良さそうだ。と言っても、たぶん規則ってものがあるんだろうなぁ。

 むしろ、不真面目そうな人の方が良かったかも知れない。賄賂(現物)が通じそうだし。

 二人して悩んでいると、渋い声が割って入った。


「よお、フランク。どうしたんだ、何かトラブルか」


 俺と門番がそろってそちらに顔を向けると、そこには30代半ばから40代前半くらいと思われる男性がいた。

 燃えるような赤い髪。沈みかけた夕日に照らされ赤く反射する黒がねの鎧。背には盾らしきものを背負い、腰には一目で門番の下げているものとは違うオーラを放つ剣。

 歴戦の戦士という言葉を使うなら、まさしくこの人に相応しい。そう思わせる。


「ああ、カイサル。戻ってきたのか。商隊の護衛は終わったのか?」

「ついさっきな」

「他の連中はどうした?」

「先に街に入ったよ。俺は単にみやげを渡しにきただけだ。ほらよっ」


 カイサルと呼ばれた男が手に持っていた背負い袋に手をやると、複数の竹筒を縛ったようなものを投げ渡した。

 フランクという名前らしい門番が慌ててそれを受け取る。


「酒か? 勤務中なんだが」

「終わってから飲めよ。で、なんだ? そこの坊主が何かしたか?」

「ん? ああ。こいつが登録証無しで街に入ろうとしたのでな」

「登録証無し?」


 カイサルさんが怪訝な表情で俺――ではなく、スーちゃんを見る。


「そいつは契約魔物だろ? スライムの契約魔物なんてレアだが。登録証を紛失でもしたのか?」

「いや、どうも田舎の出身らしくて、身分証の事を知らなかったらしい。それもかなり遠い所から来たらしくてなぁ。紹介状をもらってまた来てくれというのも酷な話だし、どうしたものかと」

「ほうほう」


 カイサルさんは目を面白そうに細めて、今度こそ俺を見て、うんうんと頷き始める。


「坊主。アルマリスタには何しに来た」


 何しに? とりあえず人がいるところにと思っただけで深い理由はないな。強いて理由を挙げるなら。


「お金を稼いで、生活する為に」

「ふむ、簡単に言ってるが、身一つでそれを成すって大変だぞ」


 身一つならその通りならそうだけど、スーちゃんがいればどうとでもなりそうです。――などと言えるはずもない。


「とりあえず、この子もいるし。大変でもやるしかないかな、と。入り口で躓いててなんですけど」

「坊主は冒険者志望か?」


 さっきも冒険者かって聞かれたな?


「いえ、召喚師です」

「ん? いや坊主の職業ではなく、冒険者になる気はあるのかって事だが」


 怪訝な表情をするカイサルさん。

 もしかすると、冒険者って職業とはまた別枠なのか?

 冒険者って何するのか分からないけど、ここで色々聞くと、さらにややこしいことになりそうな気がする。

 スーちゃんも同意している。うん、つまりイエスが正解って事だな。基本、スーちゃんの意見に従っていれば、問題ないだろう。


「ええ、出来れば。ただ、どうやったら冒険者になれるか分からないです」


 カイサルさんはおとがいに手を当て、しばし思案していたが。ふいに手を叩いて。


「よしっ、フランク。俺が坊主の身元保証人になる。それでいいだろう?」


 フランクさんが呆れたように半眼になった。


「また、お前さんの気まぐれが始まったか。昔と違ってもう大手クランの頭なんだ。もうちょっと慎重に行動したらどうだ?」

「ん? 何がだ? この坊主が冒険者になるのなら、俺の後輩になるって事だろ? 世話をやいて何が悪い?」

「分かった分かった。手続きはこっちでしてやるから、その子をつれてさっさと入りな」

「いいのか? 俺がいなくて?」


 フランクさんは肩をすくめて背を向けた。


「みやげも貰った事だしな。ま、《自由なる剣の宴》のリーダー様が身元を引き受けるってんだ。誰も表立って文句は言わんさ。証書は作っとくから、暇な時に取りに来てくれ」

「あいよ、愛してるぜ、フランク」

「気色悪いこと言うなっ! ほらっ、後続の邪魔だ」

「だそうだ。じゃ、いくぞ坊主。と、名前を聞いてなかったな。俺はカイサル。職業は|

魔装戦士まそうせんしだ」


そういって、不器用なウィンクをしてくる。その仕草がいかつい顔と不釣合いで不思議な愛嬌がある。


「俺は丸井マルイ正義マサヨシ。マサヨシと呼んで下さい。職業は召喚師です」

「召喚師? さっきもそう言っていたが」


 カイサルさんは首を傾げるがやがて納得した顔になる。


「ああ、召喚魔術師か。どこのギルドにも属さずに魔術師系の職業になる奴も珍しいな。ますます面白い」


 愉快そうに背中を叩かれながら、俺とカイサルさんはアルマリスタの門をくぐり街に入った。




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