スーちゃんは俺の嫁

赤砂多菜

一章 無限の供給炉

1.スーちゃんとの出会い

一章 無限の供給炉


1.スーちゃんとの出会い






 俺の名前は丸井マルイ正義マサヨシ

 16歳の高校生……のはず。

 なぜ、はずになるのかは思い出せないからだ。


 なぜ、思い出せないのか。

 なぜ、こんな所にいるのか。

 何も分からない。


 こんな所って?

 異世界と思われる鬱蒼と生い茂る森の中。


 異世界、そう異世界。大切な事だから二回言った。

 いや、別に見知らぬ所で目を覚ましたからって異世界だって言ってる訳じゃない。

 何かの事故があり、それが原因で記憶を失い、ここに放置された可能性だって考えたさ。


 ――でもね?


 ぽよんぽよん。そんな擬音が似合う動作を繰り返しながら、俺の周りを何度も周回している存在が、常識的な答えを許してくれねぇときたもんだ。


 それは半透明な緑色をしていた。饅頭を思わせるような形で、質感は粘質な液体を思わせるが、軽快に地面を弾む姿はとても液体とは思えないほどである。


 あー、うん。どう見てもスライムなんだ。ごめんなさい。

 俺には記憶がないのだが、少なくとも元の世界(?)にこんな生物はいなかったのは断言できる。


 さて、整理しよう。


1.俺には極々一部を除いて記憶がない。

2.ここは異世界である。

3.目の前にスライムがいる。


 ……で? 俺にどうしろと?


 なんというか、いきなり詰んでるとしか思えない状況に泣けてくる。

 まぁ、実際。目を覚ました時はあまりの事に泣き叫びかけた。だって、そうだろう? こんな異常な状況で正気を保てる程、俺は図太くない。

 そんな俺の正気を保ってくれている要因は、さっきから弾んでいるスライムにある。


「OK。とりあえず、なんとか落ち着いたよ、スーちゃん」


 そう呼びかけると、飽きずに俺の周りを回っていたスーちゃんが寄ってくる。ちなみにスライムの事である。俺が名付けた。本人(?)以外の苦情は受け付けない。


 俺は地面に腰を下ろしたままだったが、となりに寄ったスーちゃんの一部が盛り上がり触手となる。そして俺の腕に触れる。すると、俺の意識とは別の思考が流れてくる。


 実はスーちゃんは意思の疎通が出来る。


 いや、お前正気? とか思われそうだが、事実なんだ。俺だって初めて触手を伸ばされた時は食われると思って慌てたが。

 その時に説明を受けた。スーちゃんはまぎれもなくスライム。正しくはグリーンスライムという魔物の進化種なんだそうな。


 グリーンスライムはこの森のどこにでもいる魔物で雑食性。つまりはなんでも食べるのだが、基本的に雑草や死骸が主で、他の生物を食う事はあまりないそうだ。理由は面倒だからだとか。スライムの攻撃手段は相手を体内に取り込み、溶解し吸収するという段階を踏むので、たいてい逃げられてしまうそうな。まぁ、そりゃおとなしく溶かされてくれるわきゃないな。


 ちなみに通常、スライムは攻撃能力こそ低いが切ったり突いたりと普通の攻撃が効かない為、他の魔物や動物に襲われる事は滅多にないそうだ。おまけにグリーンスライムには毒がある為に、襲うどころか近づいてこない。

 実は俺が魔物のいるらしいこの森で、のんきにしていられるのもスーちゃんがそばにいるおかげである。


 で、話が少しそれてしまったが、なんでさっきからスーちゃんが俺の周りを周回していたかと言うと、何か俺に頼みたい事があるそうで。ただ、俺もさすがに頭がいっぱいいっぱいだったので、情報を整理する為に待ってもらっていた訳だ。で、落ち着いて考えて分かったのだが、こんな現状、早々受け入れられるかっての。俺は潔く、考えるのを放棄した。


 さてさて。スーちゃんと意思の疎通が出来るとは言ったが、会話が出来るかというとそれは違う。そもそもスーちゃん、喋られないし。ただ、スーちゃんの一部と接触してると、イメージというかニュアンスというか、そういったものが伝わってくる。これは普通のスライムには無理で、グリーンスライムの進化種だからこそ出来る事だ。

 まぁ、そもそも普通のグリーンスライムは知能が低く、もし気を失っていた時に現れたのがスーちゃんじゃなかったら、死体のように食われていたそうな。……見つけてくれたのがスーちゃんでよかった。


 一応、ここが異世界かどうかスーちゃんに聞いてみたが、そもそも異世界が何か分からないとの事。確かに、一介のスライムが別世界とか知ってたら、それはそれでびっくりかも。

 で、頼みごとというのは……。


 うん? 契約? スーちゃん。俺は魔法少女じゃないよ?

 ああ、元ネタが分からないか。いや、気にしなくていいよ。それで?

 ふむふむ。――ええと、どうなんだろ? わからないなぁ。


 スーちゃんの頼みごとを要約すると、どうも俺と主従の契約を結びたいとの事。それを結ぶと俺とスーちゃんの間で魔力の受け渡しが出来るそうだ。

 魔力という言葉があっさりと出てきたが、この世界では普通に魔力はあるそうな。というか、あらゆる物に宿っていて、スライム――というよりも魔物はそれを摂取する事で命を繋いでいるらしい。ただ、魔物によって摂取の方法は様々で、スライムの場合は溶解して吸収になるらしい。

 ただ、スーちゃんの場合、グレーターグリーンスライムという種族に進化してしまった事により、通常のグリーンスライムよりも多くの魔力が必要になってしまったとの事だ。強くなったから、より多くの――、まぁ納得出来る話だ。


 今まで雑草や死骸など食べてきたが、それでは足りない。もっと魔力の高い物を食べなければいけない。それは何か? 他の魔物や動物、――それに人間。

 ちなみにスーちゃんが進化したのは人間の魔法使いに燃やされそうになったので、反撃して食ってしまったのがきっかけらしい。たいていの攻撃は通じないスーちゃんであるが、さすがに燃やされるのはダメだそうな。

 人間を食べたの下りでスーちゃんは気まずそうだったが……、これって正当防衛だよな? 人間っていっても俺の知らない人だしな。ぶっちゃけ、それはどうでもいい。というか、魔法使いって事は当然魔法が使えるんだろうけど、それをあっさり返り討ちにするあたり。スーちゃんってかなり強いのではないだろうか。


 それはさておき、スーちゃんとしてはなるべく他種族を食うという事をしたくないらしい。――面倒なので。そこで出てくるのが主従契約。これは魔法の一種で、対価と引き換えに契約主に従うというもの。当然、この場合対価は魔力。


 ここで疑問が一つ。なぜに俺?


 答えはすぐに返って来た。どうも、俺の魔力はかなり高いらしい。

 おかしいな。元いた世界は魔力とか魔法とか無縁の、夢も希望もないところだったはずだけど。

 まぁいい。俺が今無事でいるのもスーちゃんのおかげと言える。俺としては恩を返す意味でも契約してやりたいけど、問題が一つ。


 ――主従契約って言ったって、どうすりゃいいんだ?


 そもそも、契約も魔法の一種。魔法、マジック、レディースアンドジェントルメーン。

 当たり前だが、俺の人生でそんなもの使った事もなければ見た事もない。

 さて、どうする? スーちゃんには悪いが他の人をあたってもらうか? 出来ないものは出来ないしな。というか、誰なら出来るんだ? さっき魔法使いってのが出てきたが、契約が魔法の一種なら、魔法使いの人に頼むのが適任なのだろうか。しかし、よく考えると魔法使いってなんだろう? 魔法が使える人? それともそういう職業? 俺は高校生だから学生だよな? いや、この世界では無職か? ……なんとなく響きが嫌だな。出来れば無職以外をお願いしたいところだが。


 そして、それは起こった。


 唐突なファンファーレ。プロジェクターに映し出されたかのような光のスクリーン。


「はい?」


 どでかいスクリーンの真ん中にはぽつんと一文。



 職業パックを実行しますか? Y/N



 ………………。

 唐突かつ非現実的な光景に、頭が真っ白になりかけるが――。よく考えると、現状が十分非現実的だったわ。


 Y/N


 これはパソコンでよく見かける、YesイエスNoノーの意味だろう。


「イエスとでも言えばいいのかな?」


 意図した訳ではなく、無意識に漏れた独り言だったのだが、瞬間爆ぜるように勢い良くスクリーンに文字が埋まっていく。


「な、なんだ!?」


 スクリーンの文字を読もうとしたが、読めなかった。日本語ではなかった。英語でもなかった。俺の人生で出会った事のない文字だった。


≪実績:職業パックを使用 を達成しました≫

≪アンロック:スキル【無:万能言語】を習得しました≫

≪アンロック:スキル【無:ステータス解析】を習得しました≫

≪アンロック:スキル【無:職業選択の自由あははん♪】を習得しました≫

≪アンロック:スキル【特殊:便利なヘルプさん】を習得しました≫

≪職業:無職から就活中に変更されました≫


 それは聞こえたというか、見えたというか。言葉には出来ないが、俺に無理矢理理解を押し付けていった。


 ……まぢで俺、今まで無職だったんかい。


 俺の思いはさておき、さっきまで読めなかったはずのスクリーンの文字が読めるようになっていた。勿論、日本語ではない。文字が変わったのではなく、変わったのは俺の知識だった。

 異常すぎる事態に俺は胸の内で呟いた。



 もう驚き疲れたよ。



 いい加減お腹いっぱいなので、スクリーンにならんだ一覧に目を通す。

 職業の一覧だった。たくさんある。それはいいのだが。



 板前と料理人って違うのか?

 セイバーとかアーチャーとかあるが、この世界に聖杯あったりするんだろうか?

 無職……またお前か。さすがに戻りたくはない。

 新幹線――もはや、職業ですらねぇ。



 つっこみどころ満載だったが、一応まともなものの方が多い。

 スクリーン外に流れたものもあったので、どうやって操作すればと思案していたら、勝手にスクリーンの内容が上下する。どうやら、俺の思考を読み取って動いてくれるらしい。ソート、フィルタ、検索、と思いのままだった。


 さて、一通り見終わって、これは何かと考える。

 先程謎お告げに【無:職業選択の自由あははん♪】というのがあったが、この一覧から職業を選べるという事だろうか?



 スキル【無:職業選択の自由あははん♪】

 望んだ職業に就くことが出来る。

 すでに職業に就いていても転職出来る。

 ただし、適性のない職業に就くことは出来ない。



 謎お告げが来た。まさか返答が来るとは思わなかった。これは字面からすると、【特殊:便利なヘルプさん】というのがあったが、それの効果か?

 するとまた謎お告げが来た。



 スキル【特殊:便利なヘルプさん】

 任意の事柄について説明してくれる。

 ただし、なんでも知っている訳ではない。


 うん、そのようだ。ちょっと、たよりない気もするが。



≪スキル【特殊:便利なヘルプさん】が拗ねました≫

≪ロック:スキル【特殊:便利なヘルプさん】は使用不可です≫



 おい!

 慌てて、さっきのように【無:便利なヘルプさん】を意識してみるが、謎お告げがこなかった。

 まじかよ……。

 職業名から具体的な内容を調べようと思ったのに。

 仕方がないので職業名が、魔法使いっぽいのを探す。うまくいけばスーちゃんと契約できるかもしれない。もちろん職業に就いたからといって、すぐに魔法が使えるとは限らないし、契約の仕方が分かるとも限らない。

 とは言え。他にやる事もなし。駄目だったらもう一度転職すればいい。【無:職業選択の自由あははん♪】はすでに職業に就いていても使えるようだし。


 だいたい絞れてきた。



 勇者

 魔王

 召喚師

 調教師



 少ねぇ。

 俺って魔法使いの適性ないのか? スーちゃんによると魔力が高いそうだけど。

 とりあえず、先頭二つはパス。候補に入れといてあれだが、何か面倒なしがらみがいっぱいついてきそうだ。

 となると残るは二つだが。召喚師はまぁ、分かりやすい。ゲームとかでも良くある、戦闘時に魔物を呼び出したりするあれだろう。調教師は魔法使いとは毛色が違う気もするが、魔物を手なずけて仲間にしたりする感じか?

 つくづく【特殊:便利なヘルプさん】で調べられなかったのが痛い。てか、スキルが拗ねるってなによ?

 まぁ、はずれだったらまた転職したらいいし、とりあえず召喚師になるか。



≪職業:就活中から召喚師に変更されました≫

≪アンロック:スキル【契約魔法:召喚契約】を習得しました≫

≪アンロック:スキル【召喚魔法:召喚】を習得しました≫

≪アンロック:スキル【召喚魔法:召還】を習得しました≫

≪アンロック:スキル【召喚魔法:送還】を習得しました≫

≪アンロック:スキル【召喚魔法:強化】を習得しました≫

≪アンロック:スキル【召喚魔法:守護】を習得しました≫

≪実績:召喚師 を達成しました≫

≪アンロック:スキル【特殊:無限契約】を習得しました≫



 お、なんか契約出来そうなスキルが。それに他にも色々あるな。



≪スキル【無:職業選択の自由あははん♪】が使用限度に達した為、削除されました≫



 ちょ、まてい!

 一回切りかよっ。説明文からは何回も使えそうな感じだったのに。


 まぁ、一応スーちゃんと契約できそうなので良しとするか。

 ヘルプが拗ねているせいで調べる事は出来ないが、今までの流れでスキルは使えそうである。わりと適当にスキル名を思い浮かべればいけそうというか……。



 スーちゃんに手を触れて【契約魔法:召喚契約】と思い浮かべてみる。ん、手触りがひんやりして気持ちいい。

 刹那、手のひらから光が瞬いた。強い光ではなく、すぐに淡く零れ落ちて消える。

 契約――出来たのか?


 どうやら、うまくいったようだ。スーちゃんから肯定の意思が送られてくる。

 とは言うものの……。本当に一瞬で終わったので実感がなかったのだが。


 ん? 何? スキル?


 スーちゃんに言われてそれらしいスキルがあったのを思い出した。



【無:ステータス解析】


 名前:丸井正義

 種族:人族

 職業:召喚師


 生命力:15/15

 精神力:20/20

 体力:15/15

 魔力:66466/66666


 筋力:8

 耐久力:8

 知力:10

 器用度:10

 敏捷度:10

 幸運度:5


 スキル

  【無:万能言語】

  【無:ステータス解析】

  【契約魔法:召喚契約】

  【召喚魔法:召喚】

  【召喚魔法:召還】

  【召喚魔法:送還】

  【召喚魔法:強化】

  【召喚魔法:守護】

  【特殊:便利なヘルプさん】ロック中

  【特殊:無限契約】


 召還契約:1





 ………………。

 この世界の平均ステータスがどれくらいかはわからないが、それでも俺のステータスが異常なのはよく分かる。

 魔力多すぎでしょっ。盛りすぎ盛りすぎ!

 少し魔力が減っているのは契約の影響か?

 とりあえず、契約は出来てるっぽいな。

 ふと、俺はスーちゃんに目を向ける。このスキルって俺自身にしか使えないのだろうか?


 使えるの? 相手が許可した場合のみ?


 使えるそうである。スーちゃんは物知りだ。

 というわけで。



【無:ステータス解析】


 名前:スーちゃん

 種族:グレーターグリーンスライム


 生命力:999/999

 精神力:200/200

 体力:500/500

 魔力:200/200


 筋力:80

 耐久力:99

 知力:60

 器用度:80

 敏捷度:80

 幸運度:70


 スキル

  【種族:吸収】

  【種族:溶解】

  【種族:分離】

  【種族:衝撃耐性】

  【強化:気配察知】

  【状態:毒】

  【状態:麻痺】

  【特殊:能力奪取】

  【特殊:収納】


 召還契約主:丸井正義



 ……どこのラスボス!?


 普通にスーちゃんは凄かった。というか、知力が俺の6倍。俺の知力はスライム未満らしい。

 この世界の事はよく分からないが、スーちゃんが本気だしたら街の一つや二つ、あっさり滅びそうな気がする。スーちゃんの温和な性格に感謝しよう。


 まぁ、色々あったが無事スーちゃんと契約を結べた訳だ。

 ただ、これでめでたしめでたしな訳じゃないんだ。なぜなら、俺にはあいかわらず前の世界での記憶がなく、この世界について何も知らない。

 実は俺の状況はまったく好転してなかったんだ、うん。




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