ずっと、遠いところまで

 その柔らかな思いを受け止めたのは、金色に輝くボタン。あと数センチという距離まで彼女が近づいたところで俺はそれを唇にあてがった。彼女の唇はピンと立てた二本指に挟まれた金ボタンによって阻止されたのだ。

「……そーゆーのは、女の子からするもんじゃないよ」

 大きく見開かれた瞳と半開きになった唇があまりに愛らしくて、それを奪ってしまうのがあまりに惜しかった。みゆきちゃんの混乱が冷めないうちに、彼女の滑らかな頬に唇で軽く触れる。何でもないという風に軽く笑って頭を撫でてあげると、瞬く間にみゆきちゃんの頬が赤く染まっていった。

「ばっ……もう、やだっ!」

「いててっ!」

 頬をつねられて、おまけに女の子っぽく伸ばされた綺麗な爪が食い込んで本当に痛い。

 ああ、でも――これがみゆきちゃんだ。みゆきちゃんはやっぱり、こうじゃないと。

「キスなんてしたことなかったのになー、みゆきちゃんったら悪い女ー」

 俺の唇が触れたあたりをツンツンとついてからかうと、みゆきちゃんはブンブン首を振ってそれを嫌がる。これが照れだって分かるのは、そして何よりみゆきちゃんがこんな風に照れることを知っているのは、きっとこの高校で俺だけだ。

 ――俺だけだった。

「また会おう、必ず」

 そういう関係にはまだ遠くても、俺にとってみゆきちゃんが特別な存在であることには変わりない。でもそんなことを伝えたって変にみゆきちゃんを期待させてしまうだけだ。

 素直になるにはもう、遅すぎる。

「もう、待たないんだからね! 大学で彼氏できたらラブラブな写真とって紹介してやるんだから!」

「時間の問題っぽいよ、それ。……楽しみにしてる」

 もう少しの辛抱だ。もう少しでみゆきちゃんは、俺という初恋(たぶんそう)から解放される。みゆきちゃんに気付かれないよう、そっと金のボタンをポケットにしまった。これは俺だけの卒業記念品にしてしまえ。

 これから存分に羽ばたいてくれればいい。俺の手の届かない、ずっと遠いところまで。

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