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「……俺は、柚希が生きてくれさえすればいいと思ってる。柚希の命を守るためだったら、俺の命に代えてでも、あいつを死なせるわけにはいかないんだ。
もし、もしだけどな、あいつを守らなきゃいけなくなった時、俺があいつのためにできる一番いいことって何なんだろう。あいつが俺に、一番望んでいることは何だろう。
俺は、頭がよくない。だから、あいつの隣にいることに疑問を感じて、悩んだこともたくさんあった。でもあいつは、そんな俺でも心から愛してくれた。……嬉しかったな、俺の告白を受け入れてくれたときの、あいつの表情。なかなか笑ってくれないんだけど、あん時はあいつ、心から喜んでくれた。その時思ったよ、俺でも、誰かのために生きることができるんだって。本気で誰かを愛して、愛されることができるんだってさ」
なに言ってやがんだ、コイツは。
「ただ、やっぱりお前みたいに頭のいい奴のほうがいいのかもしれないな。人望もあるし。……俺だってあいつを一番に思ってくれている奴が隣にいるべきだと思ってるし、その点では俺はだれにも負けないと思っていたけど……」
思い上がりだったみたいだ。奴は笑った。はたから見れば、自嘲しているように見えたかもしれない。でも、俺には……。
今、奴の振りかえる過去は奴の人生の全ての幸福だ。その幸せを、奴は今、手放そうとしている。
四ノ倉柚希という、ただ一人のかけがえのない人の幸せのために。
それが彼の、最後の幸せだと言わんばかりに。
「……そうか、じゃあそう、四ノ倉さんに言ってこいよ」
俺には、敵わないや。
「は……?」
「『考えさせてほしい』なんて、嘘に決まってんだろ。疑えよ。よくそんな恥ずかしい事真顔で言えるよな」
俺にはここまでのこと、できない。二人の間の濃い時間に割って入るほど、俺は愚かで馬鹿じゃない。それに。
「四ノ倉さんの隣は、今のところお前が一番お似合いだ」
彼女は心から奴を愛しているに違いない。そして、奴の思いも、それに寸分違わない。それに気づかず悩んでばかりいる奴は、確かにあまり賢くはないわな。彼女はただ純粋に奴と一緒にいたいだけで、もう生き死にのことは考えたくないはずだ。
まあ、それに奴が気づくのに、そう時間はかからないとは思うけど。奴の心の脆さを一番理解してやれるのは、この世でおそらく四ノ倉さんだけだろう。
奴は自分の両手を見つめ、二つの拳を固く結んだ。
「ありがとう……もし俺に何かあったら、柚希を頼む」
それはちょっと、ごめんこうむる。
俺は先日フラれたばかりなんだ。
駒浦小径一七歳、高校二年生も、あと数カ月。
ここまで語っておいて、ここで言うのもアレだが、俺の四ノ倉さんへの恋心は、俺の人生最初の恋だった。情報屋が情報に恋をしなくなったらオシマイだということだ。それだけに俺には分からないことが多すぎ、不手際なところも多くあった。何より、人を傷つけすぎた。
俺は確かにフラれたけれど、紺崎がいつヘマをしでかすか分からないから、好機が訪れるのを今もひそかに待っている。
ただ、同時に、あの二人にはいつまでも一緒にいてほしいとも思っている。矛盾している。これは一体どういうことなのだろう。
分からない。
恋愛には、分からないことがありすぎる。ありすぎて、なんだか泣けてくる。
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