7

 翌日の金曜日は、四ノ倉さんと紺崎が話をする約束になっていたらしく、俺は新しい週が来るのをじっと待っていた。

 翌月曜日の昼休み、俺は紺崎の行く手を阻んで宣言した。

「放課後、話がある」

 俺の真剣な顔がよほど珍しかったのだろうか、少し意外だ、という顔をしたものの、「ああ、いいぜ」と快諾してくれた。

 奴は、俺が言おうとしていることを、知っているのだろうか。




「それは、本当なんだな」

 やはり、四ノ倉さんから聞いていないみたいだな。

「ああ、この前俺は四ノ倉さんと話した。そして好きだと告白した」

 正確には「好きだ」とは言っていないけれど。

 そして、これが本題。

「彼女は、『考えさせてほしい』と言ってくれた。受け入れてはくれなかったけど、拒まれもしなかった……そう、解釈している。

 そこでお前に聞きたい」

 俺がお前をだましてまで聞きたいこと、プライドよりも大切なことが、分かりそうなんだ。

 教えてほしい。

「お前は、四ノ倉さんのことどう思っているんだ」




 彼女は確か、こいつの事をこう言っていた。

「――最近ちょっと賢くなったかな――」

 それはまんざら嘘でもないようだ。黙って少し考えて、じろりと俺を睨んで言った。

「……本当なんだな」

 どうして俺はこいつを二回も欺かなくてはならないんだ。自身の愚かさと罪悪感に胸が締め付けられる。

「ああ」

 奴は、話を整理しているらしかった。そして、

「自分のことは、一番良く知っているつもりだった」

 と切り出したのだった。




 自分のことは、一番良く知っているつもりだった。そんな自分だから、自分が好きになれなかった。弱くて意地っ張りで、不器用な自分だった。本当に嫌だった。

 生きていることに、疑問を感じるようになったんだ。きっかけは、つまらんことだ。自分と世界とがまるで双眼鏡のあっちとこっちみたいに、違いすぎていることに気づいてしまったんだ。自分があまりにも小さくて、もう悔しいっていうか、情けないっていうかさ。

 そんな自分、要らないな、って思った。

 でも、死んでしまうのは怖かった。それは、自分が弱虫だからだと思ってた。いざ自分の存在を自分で消してしまうとなると、覚悟のいることだった。

 そんな覚悟もない不安定な俺は、それでも生きている証が欲しかった。偶然だったのかな、手元にはカッターナイフがあった。それを使って少し、腕をなぞってみた。簡単には、皮膚は裂かれなかった。もう少し、もう少しだけ力を入れた。スウッと刃が入り込んで、赤い筋が一本できあがった。プツッと血の雫が線上に三、四粒浮き出てきたのが見えた。俺は、何となく思ったんだ。生きている俺の体には、確かに赤い血液が流れているんだ。これが、俺が生きている証なんだって。

 分かるか? 俺は今まで、死のうとすることで、生きていることを確認していたんだ。

 でも、柚希に会って、俺は変わった。俺はあいつを好きになっていたし、あいつも俺に、生きていてほしいと思ってくれてる……多分な。

 死ぬことはさ、誰にだって起こりうることなんだ。待ってさえいれば、遅かれ早かれその日はやってくる。死は、この世の摂理で、宿命なんだ。それを自分の手で導いてやろうだなんて、厚かましくて我が儘なことこの上ないと思わないか?柚希はあれで、強い人間ってわけじゃない。頭もいいし、純粋だが、いつも何でも一人でやろうとする。あいつは優しすぎるんだ、俺と違って。

 俺は、柚希が見つめる世界を、傍で一緒に見ていたい。柚希のことだけでも守ってあげられるのなら、俺はそれだけでいい。

 柚希は、俺の人生のすべてだ。弱い俺の、たった一つの強みなんだ。死ぬなんて、もう二度と言わない。生きることを諦めんのはもう、やめだ。

 俺は変わったんだ。くたばるまで、生きてやるよ。

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