第19話

 平和とは戦いの間に挟まれる猶予期間である。

 備えよ、常にと言い換えれば話は早い。第二次世界大戦後の日本も、言ってみれば長い長い平和な時代が有ったものだ。しかし、それが良い平和かと問われれば首を傾げたくなる人は少なくないだろう。

 長すぎた”悪い平和”が国を蝕み、海や空、しまいには陸でさえも他国に踏み躙られてもなお『自衛隊反対』というコールと『軍国に回帰しようとしている』等という内外からの言葉によって、自国を守る事すら許されなかったからだ。本来であれば自分の国を守る、或いは大事にするという思想が敗戦後に歪んでしまい、「侵攻してきたら酒を持っていって話して解決する」という輩まで出現する始末だ。

 そんなクソみたいな展開、あるわけが無い。侵攻されたとしたら、それは個人の意志ではなく国の意志なのだ。前線に来た兵士に「まあま、話し合おうぜ」なんて言った所で無意味でしかない。運が良ければ殺してもらえる、運が悪ければ丸ごとさらわれて肉盾か交渉材料に使われるだけだ。

 だから、平和はそれ単独で成り立たせるものじゃないと思っている。常に”次に在る戦いのために備える期間”だと思っている。


「ふぁ……」

「おはよ~、ヤクモぉ~……」


 しかし、学生の大半は徐々に緩んできている。その中には俺も含まれていた。理由として、学園の防御に不安が出たため、前倒しをして長期休暇を取る事が学園長が発表したからだ。実際、街の壁は崩壊したままで、土魔法で即席の壁を作り上げたもののしっかりと修理しなければならないとのことらしい。

 この件に関して、様々な国から魔法を使える人が来ているということや、その人物の親が大体特別階級だからということでの措置らしい。そして多くの生徒は家元に帰る事を許されたが、それでもツルマ皇国のように現在進行形で激戦をしている上に遠い国だったり、ユニオン共和国のように一人前になるまで帰ってくることを許されない風習が有る国の魔法使いたち、それと家に帰らない生徒は学園に残るようであった。

 ミナセとヒュウガはツアル皇国の人物なので帰れず、エレオノーラはユニオン共和国の人物なので帰る事は考えていないようだ。急遽決まった前倒しの休みに対して、学生は帰郷なり帰宅準備などで忙しそうにしているし、アルバートは前倒し休暇を祝って先日俺と酒を飲んで潰れたまま朝は起きていないようだ。授業がないと人はここまで怠惰になるのかと、俺も主人無しでの朝食であくびをかみ殺す。食事が出てくるまで時間がかかる、それを意識すると眠い……。


「眠そうだな、ミナセ」

「ん~……。ちょっと、疲れてて……」

「最近、頑張ってるってヒュウガから聞いてるけど。無理はするなよ~。

 大事なのは詰め込むことじゃなくて、確実に覚えてく事だからな~」

「ヤクモは、何年かけたの?」

「六年、かな」


 基本教練に始まり、号令や掛け声も行い、肉体を苛め抜き、団体生活や助け合いなどを叩き込まれ、そしてようやく渡されるのは六十四式という重い銃。何かあれば反省で、時にはハイポートや空気椅子だのとやらされて前期教育終了。後期教育では普通科として練馬にやって来て、元レンジャー+レンジャー教官だった人が隊長と副隊長やってたし、班長もレンジャー候補生だったりと真面目に地獄だった。班付なんてバリバリの格闘に行ってる人だったし、後期教育終了祝いに全員でかかって来いと啖呵をきって無事に隊員たちを全滅させたくらい凄かった。

 六か月の教育を終えて、中隊配属されたら行軍だの演習だの支援だの検閲だの練習だの観閲式だの射撃だの競技会だのと忙しかったが――少なくとも鍛えられたのは確かだ。


「凄いぞ~。俺よりも長くやってる上の人が、俺らの事をポイポイバッタバタ倒してくんだぜ?

 俺も褒められはしたけど、勝てる気はしなかったなぁ~……」

「その人、凄いんだね。上手く肉体強化をして、それで――」

「あぁ、俺達もその人も肉体強化はしてないぞ。だから、完全に技術と知識と判断力と鍛えかな」


 そう言うと、ミナセは「ほえ!?」と驚きの声を上げるが、なんかこの世界では相手の能力を下げたり、自分の能力を上げたりするのが常識のように行われているので肉体を強化しないで普通に人をなぎ倒すというのが信じられないのだろう。


「その人、ドワーフ?」

「いや、俺と同じ人だけど」

「じゃあ、異様に大きいとか」

「それも違くて、鍛え上げられた普通の人。この前俺が言った訓練メニュー覚えてるか? 兎に角走り、兎に角身体を鍛え、兎に角後だろうと先だろうと素早く鋭く行動できるようにって」

「そ、それだけでそんなに強くなれるの? え、えぇ~……」

「だって、俺も魔法は使えるけど今の所強化なしで”本気で良いぞ”って言って、全部下してるじゃん。経験、経験だって」

「そ、そっか……」


 男二人の食事だったが、時間経過で徐々に食事をする人が増えてくる。基本的に食事の時間は一時間ほど取られているので、早く行って待とうが、ギリギリに行こうが食べることはできる。ただし、配給時間を過ぎると一切貰えないし、逆に早すぎても貰えないどころか入れないあたりしっかりしている。

 突然のモンスター、突然の休暇で戸惑いは有るだろうが食事を終えて出て行くよりも入ってくる人のほうが増えて、幾らか賑やかさを増したようだ。そして朝に弱いカティアや、後で行くと言っていたミラノにアリアも別の席に座って食事をしていて、目線を合わせるとカティアとアリアが手を少しばかり上げて反応してくれたのでそれに返す。


「ヒュウガは?」

「タケルはヤクモの言ってた訓練を、朝からやってるよ。だから、もう少ししたら入ってくるんじゃないかな」

「真面目だなぁ……。朝じゃなくて、身体が起きて来た午後にやれば良いのに」

「身体が起きるって、どういうこと?」

「それはな――」


 こういうことだよと、俺は出来るだけ分かりやすく言う。愚者は知識を学べども理解はせず、賢者は知識を理解し広める事が出来ると教育隊時代の班長に言われた。なにかを習得した人であっても、それを他人が理解できる形にして教えられる人は少ないと言う事が言いたかったのだろうが、良くも悪くも文学を齧った人だったので時折理解できないと不評だったりもする。

 けれども俺は今はそれを小さく笑い、その通りだなと思うしかない。幸い、ミナセに理解してもらえる説明が出来たようでよかった。理解と納得を示したミナセは腕を組んでうんうんと頷いている。それを見ていて、まるで新隊員を教育しているようだと思った。

 そして言われたとおり、ヒュウガがやがて現れて席に着く。そしてメイドに食事を頼むと先に出てきた水をグビリと飲んだ。汗がまだ乾ききっておらず、イケメンが映える。そういえばヒュウガは女の噂とか聞かないんだよな……なんでだろうか?


「はぁ、良かった。食事に間に合った……。

 いや~、おはよう二人とも。元気――そうには見えないな」

「大絶賛二度寝を希望してるとこだよ」

「僕も、出来ればまた寝たいかな……」

「朝から疲れてるねえ、お二方……」


 そしてグデーッとしていると出てくる朝食、それを持ってきた見覚えの有るメイドに少しだけ目が覚めた。トウカだった、基本的にあまり表に出してもらえない子なのだが、こうやって遭遇すると珍しさが実感できる。


「は~い、こちらだよ~。どうぞ~!」

「いや~、朝から元気で良いね。俺まで朝から元気一杯、今日を頑張れそうだよ」

「二人はお疲れ様ってかんじかな~?」

「はは、大目に見てよ。最近頑張ってるみたいだし、美味しいご飯とトウカさんの元気さで二人も元気になるって」


 ――俺は、もしかしたら来る場所を間違えたかもしれない。ミナセと言う既にフラグ乱立してる野郎の傍には女たらしというか、イケメンが居る。俺はそんな二人に挟まれ、居心地が悪かった。ミナセはこう、守ってあげたくなるようなキャラで、ヒュウガは純粋に性格までイケメンでその面も爽やかだ。じゃあ俺は何だろう? やさぐれ学生? やだ、絶対もてなさそう。

 歯軋りと嫉妬でヒュウガを睨みつけていると、トウカが俺を見る。


「ねえね、あの後大丈夫だった~?」

「大丈夫だったけど、滅茶苦茶疲れてる」

「お? なんだヤクモ、まさか懇意の中だったかな?」

「いや、井戸に突き落とされたんだよ――トウカに」

「ごめんね~? けど、大丈夫そうで良かったよ!」


 トウカの謝罪とは別にミナセとヒュウガの驚いた表情が凄い。むしろ「なんで生きてるの?」ってレベルで驚かれていて、それはそれで居心地が悪い。


「あ、うん。まあ、なんだ。強く生きてくれよ、ヤクモ」

「ヤクモ、よく生きてたねぇ……」

「まあ、何だ。トウカと厨房のおやっさんが適切な処置をしてくれたから――」

「あれ、パンって破裂しなかったっけ?」

「し、してたら生きてませんし!」


 誤魔化す。タダでさえモンスター騒動の後にグール扱いされて黄泉帰り扱いで殺されかけたのだ、まさか新米女神のアーニャが毎回治してくれて生き返ってるんですとか言える訳が無い。そんな事を言えばどうなるか? 宗教色が濃い場所だと神の使いか、神に愛されたもの、或いは異端扱いされるのがオチだ。どれにしても俺の望む道じゃないし、それで制限が課せられる可能性が高いと踏んでいる。

 それに、今の所アーニャが蘇生してくれているのだが、それもいつまでオッケーなのかも分からないので、不確定未定要素として隠しておいた方が良いだろう。最初の一ヶ月間だけ初心者サービスとか、オンラインゲームあるあるみたいな保護がされてるだけかもしれないし、死にたくて死んでるわけじゃないけど、気をつけたほうが良いだろう。


「ってか、トウカ。メイドの仕事は?」

「ん~、人が来ないから暇なんだよね。だから、来ちゃった♪」

「場面が場面ならちょっとドキリとしそうな言葉だけど、暇なので面白そうな方に来ましたって言われたら別の意味でドッキリするわ」

「たとえば?」

「例えばトウカの戻りが遅いのを不審に思ったおっちゃんが厨房からのっそり現れて……」

「人を熊みてぇに言うんじゃねえ」

「ふぉーっ!?」


 大きなその手で頭を鷲掴みにされ、文字通り心臓が止まるかと思った。例えるなら「悪い、閃光手榴弾落としちまった!」と言われて、振り返った瞬間に炸裂された時のような感じ。或いは防弾チョッキ着てるときに近距離誤射でよろけて尻餅をついた時のような感じともいう。

 ある意味”あぁ、死んだわ”と思わされた位だ、そして俺と同じように頭をつかまれたトウカが「ぎゃ~っ!?」と悲鳴を上げている。固定された頭で、視界のみで彼女を見ると足が地面についていない。しかもトウカは抵抗できないのか、それとも恐怖で硬直しているのか微動だにせず悲鳴を上げているだけだ。


「トウカ、手前ぇ。仕事ほっぽって遊んでんじゃねえ」

「遊んでない! 遊んでないよ! ヤクモ大丈夫かなって気になったんだよ~!?」

「――ふん、無事そうだからもう良いだろ。戻るぞ」


 頭から手を離され、おっちゃんがトウカを”ぶら下げながら”厨房に戻っていく。周囲の皆はチラリと見ると、直ぐに触らぬ神になんとやらと目を背けるか会話に勤しんでいるふりをしだした。


「おっちゃんおっちゃん」

「あん? なんだ」

「また時々厨房行っても良いかな」

「”お友達”と仲良くやりな」

「――友達は複数居ても、おっちゃんは一人しか居ないじゃんかさ。

 俺、おっちゃんとまた馬鹿な話がしたいんだよ」


 話した内容はそう多くは無いが、貴族階級や特別階級を馬鹿にしてやれという内容が凄い印象に残っている。そして、残念ながら俺も”特別階級”とやらは好きじゃない。二転三転と掌や主張を変える政治家を見て来た事もあるし、やはりかつて”暴力装置”と自衛隊に居た頃に言われた事も大きいだろう。政治家は好きな事を言うが、前線で死ぬ事も無ければ好きに逃げられる。責任の介在しない、汚職と腐敗に塗れた出来事ばかりを思い返せば嫌気が指すのも当然だ。

 俺の発言におっちゃんは足を止め、大きなため息を吐いた。そしてこちらを見る事無く肩越しに「――邪魔しねえってんなら、勝手にきやがれ」と言ってからまた遠ざかっていった。その間も許される事なく頭をわし掴みされていたトウカはやはり身動きせず、けれども悲鳴と恐怖の表情をあいも変わらず見せ付けている。

 二人が去っていくのを見届けると、傍に居るヒュウガは口笛を吹き、ミナセは緊張が解けたかのように机に突っ伏した。


「あの人が普通に話をしてる所、間近で見るなんてレアだなぁ」

「ぼ、僕は野菜残してる事で怒られるのかと――」

「ミナセはいっぺん怒られろ。それと、あの人はそこまで偏屈でも無いぞ?」

「いやいや、基本的に学園長とか教師以外の人を除いてこの学園でまともに会話をしてる所ってあんま見られないんだって。

 あの人、魔法使いが嫌いっていうかさ、そう言う話を良く聞くんだよ」

「昔、厨房に乗り込んでメニューに注文をつけた学生が居たらしいけど、その人は何も出来ずに叩きのめされて一ヶ月休む羽目になったって聞いたよ」


 その学生も馬鹿だなと思った。それが学園外部の店や、お屋敷の中であれば問題は無かっただろう。しかし、学園に居るという事は”学園において一番偉い人”に雇われているということだ、そして学生は”客ではない”。もし厨房のおっちゃんのやる事に問題があるのなら分かるが、自侭の為に好きな料理を出させようとするのは間違ってるし、間違っていないおっちゃんが怒るのも無理は無かった。


「……怖いんだな」

「いや、だって人の頭を片手で掴んでぶら下げられるくらい凄いの見たでしょ?

 あんな力で投げられたり、殴られたりしたらって考えると怖いよ……」

「いやいや、この前死にかけた事の方が怖いだろ、リョウ――」


 どうやら噂という名の伝説のようなもので、完全に恐れられているらしい。さっきのように知己の間柄の人物とは言え、頭を引っつかんでぶら下げたまま動ける巨体とか怖すぎて仕方が無い。もし何も考えなければ”タイラントかな?”と思うだろうし、タックルで壁を打ち破ってきても違和感を覚えないくらいに外見からして恐ろしい。


「――やめよう。朝一番から落ち込んだ気分のまま始まりたくない。

 なにか、何か他の話題は無いか?」

「そうだな~。二人が病室に居る間にちょっとした噂を街で聞いたんだ」

「お、何それ面白そう。」

「何でも、モンスターの襲撃が発生してから人が少しずつ消える不可解な現象が起きてるんだってさ。あと不審死。数分前まで話をしていた人がミイラになって発見されたとか、さっきまで調理をしていたような状態のままに一家丸ごと行方不明とか。あと、惨殺されてるって言う話も聞いたかなあ」

「そういうのもやめようぜ!? しかも食事中にする話題じゃないだろ!」

「ん、そうかな? ――あぁ、そっか」


 人が居なくなるとか、ミイラになってるとか明らかに食事の場でする話題じゃないだろう。いや、俺個人としては別に食事中だろうが聞く分には良いけれども、場を弁えては欲しい。

 ミナセが顔を青ざめ、そして即座に口を抑えた。想像してしまったのかは分からないが、吐きそうになってるのは分かった。その背中をさすり、水を差し出して少しばかり介抱してやる。さすがに食事の場で吐かれたら俺とて貰いゲロしかねない、保身の為でも有るその行動だが自覚で嫌気は差したが他の人は何とも思ってないようだ。

 ヒュウガは腕を組み、他の話題を探していたようだが、指を鳴らしてそういえばと何かを思いついたようだ。


「そうそう、リョウに護衛がつくんだってさ」

「う゛ぇ゛……」

「小さく、ゆっくり呼吸をしな。――で、護衛って?」

「天界と魔界の使者って事で、可愛い子が二人来ただろ? んで、国王様がこの前の件もあって一人護衛をつけるんだってさ」

「――お前、本当に凄い厚遇なんだな」

「うっぷ……」


 しかし、その厚遇の理由は分からないし、聞いても答えてもらえるものじゃないだろう。下手に聞いてしまった場合の恐ろしさがあるし、最悪罰せられるのは彼らで消されるのは俺なのだから。

 どこが凄いのか俺には一切分からない、けれどもミナセが庶子だとかそう言う理由であれば分かる。ただし表立ってその存在を公に出来ないとか、そんなのも有るかもしれないが。


「どういう人が来るの?」

「俺達の国からだよ。”フトコロガタナ”と呼ばれる一族が居て、何かしらの才能で長を助けてるんだってさ。

 その中から、歳の近い奴が送られてくるんだとか」

「ふ~ん? ……それって、天界と魔界の二人に対する牽制もあるのかな」

「それもあり得るかもな~。天界と魔界って、伝承のレベルの話らしいし。最後に交流があったのは十二人の英雄が活躍した時代だから、警戒してるのかもな」

「それが何で今更? というか、天界と魔界と人間となんの関係があるんだ」

「天界は世界を飲み込もうとした魔界の王に対抗して人間を支援してたって事らしいけど、魔界は魔界でそもそも一枚岩じゃなかったらしい。

 魔界の王と呼ばれる奴が現れるまでは、人間とは争いはしなかったものの不干渉だったんだと。それが魔界の王が登場した事で魔界の大半が人間世界の侵略と天界の陥落を望んだらしいけど、そうじゃない派閥もいたって事らしい」

「……ん、というか。あれから大分時代が移り変わったはずなのに、魔界の王派閥がまだ居るってのおかしくないか? それと、今ツルマ皇国と一緒に戦ってる――えっと?」

「ヘルマン国だな。ヘルマン国は、無理やり従わされていた一部の魔界の人々って事で、今魔界で争い続けてる勢力と一緒なんだってさ。

 けど、魔界の王が増やしたモンスターが産めや増えよやで増えすぎたせいで、統率されてない奴等とかも居る始末で、結局内乱状態の魔界にモンスターという第三勢力が出来たって感じらしいけど」


 なるほど、そもそも魔界は人間と反発はしていたものの、支配だとか侵攻だとかそんな事はしていなかったと。けれども魔界の王と呼ばれる人物が現れて、暴力的に支配的に恐怖なども用いて大半を纏め上げて人間と天界に向けて進行開始。従わなかった人と無理やり従わされていた人は今も魔界の王亡き後も目的を果たそうとする勢力と交戦中、魔界の王が亡くなった事と度重なる戦いでモンスターを束ねるものが減って敵味方関係ないモンスターがある意味第三勢力になったと。

 軍用犬が部隊壊滅で野放しになり、反映していった結果人を襲って喰らう野良軍用犬軍団が出来たようなものか。誰にでも噛み付く時点で厄介でしかないわな……。


「よく知ってるな。ミラノに聞いたけど、文献とかそう言ったのって残ってないんだろ?」

「アイシャさんに聞いたんだよ。何で魔界の人物と天界の人物が一緒に居るのかとか、色々聞いた結果聞けたんだ。――あぁ、アイシャさんってのは天界から来た白い羽の方で、魔界から来た黒い羽のほうはレムって言うんだ。まだヤクモは二人と話したこと無いだろ?」

「話したことが無いどころか、闘技場でミナセに手を出すと一方的に吹き飛ばされてる状態だよ」


 そう言いながら周囲を見て、その二人が居るのかどうかを見てみた。すると、発見は出来たのだが、二人とも一人で食事をしているようだ。周囲に寄り付く人は居ない、それでもアイシャは優雅さで”近寄りがたい”というイメージがするのに、レムは”ボッチ”という感じがする。あんまり、余裕が無さそうな感じに見えるからかもしれないが……。


「あの二人って、何をしに来たんだろうな」

「使者とは聞いたけど、どういう用件なのかは聞けないんだよな~。リョウはなにか聞いてないか?」

「僕は、特に何も聞かされてないかな……」


 そう言って水を飲みながら落ち着きを見せるミナセ。ミナセも知らないとなると、これは国王に聞くしかないだろうが、騎士風情が会える相手でもないのでそれを知るには二人と仲良くなる方が手っ取り早いだろう。

 だが、闘技場では吹き飛ばされるし、名前のやり取りもした事が無い、そして会話の切欠すら分からない俺には遠い話だ。下手するとミナセを痛めつけて吹き飛ばされるたびに嫌われてるかもしれない、俺は手加減してる上に戦い方を教えてるだけなのに酷い話だ。


「ヤクモは最近どうだ? お前だけ女子寮に居るから授業の時以外じゃあんまり会えなくて、何か変わった所が無いかな~とか気になるんだけど」

「女子寮に居るけど、基本的に部屋に入ったら出歩かないようにしてるよ。というか、マジで疲れる。トイレが各部屋にあって良かったと心から思ってる。それでも、やっぱ廊下歩くだけでも奇異な目で見られるよ……」


 女性寮と謳われ、時間や規則さえ守れば幾らか出入りは許されているのだが、その女子寮に突如として現れた男の俺が住んでいる。それだけで内心穏やかじゃない生徒は多いだろう。聞いた話によると女子寮の生徒は今や二種類に分けられる。施錠をして安全を確保する人と、気にしていない人――それとミラノ関係者だ。

 ミラノの後ろに付いてる時も、やはり驚かれる事はあるし、あまりにも驚かれすぎて女子寮に居る間は精神的にも体裁的にも保全を図る為に出歩かないようにしている。こう、間違えて朝の時間帯に女性専用車両に乗り込んでしまって周囲から向けられる目線にも似たところがある、虐めか。


「はは、ヤクモも苦労してるんだね……。タケルがちょっと羨ましいよ」

「いやいや、俺も大変だぞ? なにせ、傍には女の子に言い寄られてる親友が一人と、もう一人は英雄になった最近出来た友達が一人。なんかこう、張り合える何かが欲しいと思うんだ」

「お前はイケメンな上に性格までイケてるからこれ以上立派になられると俺が困るんだが」

「そうだよ! 授業とかで比べられて僕は悲しい思いを何度したことか……」

「「お前はもっと勉強しろ」」


 自分の不出来を他人のせいにするのは良くないと、ヒュウガと二人で畳み掛けた。それに対してミナセは何か言いたげにしていたが、結局吐き出す言葉が見つからずに断念したようだ。そして駄弁っている内に食堂の出入り口に”終了”の札が出される、これ以降にはどんな人物であろうと食事が出ないということだ。


「アルバート、結局食事には来なかったな」

「こ、来なくても良かったと思うけどね……」

「リョウ。恨み過ぎだろ」

「だって、この学園に来てからヤクモが来るまで、何度も虐められたんだよ?

 ほんと、ヤクモが来てくれたおかげで僕は助かったよ……」

「いや、だから、リョウ? お前、アルバートが入学当時誰が好きだったか覚えてるか?」

「えっと、エレオノーラだっけ?」

「その次は?」

「メイフェン――先生だった気がする」

「その二人に告白したアルバートはどうなったか知ってるか?」

「フラれたのは知ってるけど、それと僕は関係ないんじゃないかな……」


 いや、思いっきり関係あるよバカ野郎。あとアルバート、お前どれだけ目移り激しいんだよ。当時からグリムは大変だったろうなと思わないでもないし、自分が好きになった女性が勉強も魔法も不出来で臆病な奴を好いているという理由で虐めたというのも器が小さいなと思わないでもない。

 まあ、それでもアルバートの気持ちは分からないでもない。俺も好きになった相手がいたり、気になる異性が居たことぐらいはあった。しかし、そう言う子に限って既に彼氏が居たり、結婚が決まってたりと目も当てられなかった。しかも何度も繰り返してるのに、ガチヘコミをして一週間から一月は絶対に気分が落ち込んだままになる。一度それで怒られた事もあるし、思い切り慰められたこともあるが。

 ミナセの言葉にヒュウガは俺を見て小さく肩をすくめ、首を横に振る。それを見て俺も視線を彷徨わせてから息を吐いた。やれやれだぜ、って感じだ。とは言え、メイフェンに靡きかけたりした自分も居たわけで、数時間とせずにフラグがたってるのを知れて良かったと思ってる。

 ――俺、帰ったら告白するんだ。などというフラグを抱えずに済んだからだ、あれはマジで死ぬかもしれないから絶対自分では立てたくない。


「もし今日、時間が空いてたら午後にでも戦い方とか、鍛え方を教えてくれよ。午前はミナセの勉強見たりとかで忙しいからさ」

「あ、僕も行って良い?」

「そこらへんはミラノに掛け合ってくれ。俺も何も無ければそうしても良いけど、ミラノお付の騎士扱いだからなあ……」


 食事を終えた俺達は、そのまま食堂を後にする。そして二人と別れてから部屋に戻ると、そのままあくびをかみ殺してベッドに隠したワインをちびちび飲みながら読書にふける。メイフェンに教えてもらった”魔力回路”というのを拡張し、高い負荷や長い時間での負荷に耐えられる状態にしておきたいと思ったからだ。

 前回の俺は魔力を弾にして銃でばら撒いていたが、魔法慣れしてないが為に消費で高摩擦が発生し、魔力酔いが発生して不要な死を迎えたとも言える。だから暇さえあれば読書をしながら片手で魔力を出し続けるなどをして、魔力を消費するという事に身体を慣れさせる事をしていた。

 そうやって時間を過ごしていると、ミラノが部屋へと戻ってくる。扉を閉ざした彼女は俺を一瞥し、そのままベッドに倒れこみ、勉強に使っていた本を開いた。


「――食後の紅茶は必要かな」

「いえ、特に必要としないわ。あなたは何をしてるの?」


 ……アンタって呼んだり、あなたって呼んだりと呼称が安定しないな。これも俺の待遇の変化だろうか? 気にはなるが、別に拘る必要は無いだろう。なぜなら彼女は俺の主人であり、主人である事はすなわち立場が上の人物であるということ、そこにどんな思惑があるのかまで考えはすれども、呼び方一つで食って掛かることも無いだろう。


「前の戦いで魔力酔いを起こしたから、魔力を消費しながらお勉強。

 勉強内容は魔法の種類とか、かな。魔法が使えるのと知ってるのは別だし、知ってれば対策も取れるし、また俺が戦うことになった時に使える手段が増えれば良いかなって」

「――そうね。出来る事が増えれば、失うことを防げるし戦うことも出来る。

 けど、礼儀やマナーとかを学んで欲しいのだけど」

「それが指示ならそうするけど、それは至急なのか?」

「至急ではないけど、出来れば早めに覚えて欲しいかしら。

 あなたが兄に似てるって言うことと、生きてるって事が父に知れたから」


 おぉん、滅茶苦茶面倒くさい。そういえば俺がほぼ死んでたときに葬儀に来てたんだっけ? 恩賞とかは使いのものが来て渡されただけだし、もしかすると叙任の時にもチラと顔出ししてたかもしれない。


「もしかすると、俺は兄のフリしなきゃいけない展開とかもあるのかな?」

「もしかすると、ね。だからその最悪の事態が来ないように祈りながら、それに備えて」


 そう言われて、面倒だなと思いながら覚えるべきマナーが多いだろうとゲンナリする。むしろマナーとは縁遠い、泥臭く緑の臭いと血汗に塗れた事ばかりしていたから「缶飯も温めるといける」というレベルまで許容できる。地面に座りながら、或いはチェアバッグに腰掛けながらモリモリと食事をしていたくらいだ。椅子に腰掛けてテーブルに向かって食事をすると言う事のほうが不慣れな気がしないでもない、短時間で気軽に出来る食事の方が好きだから!


「じゃあ、今日の夕食の時に教えてくれるか?」

「本を教えてくれ、じゃなくて?」

「ミラノやアリアのほうが”二人の知ってる”マナーを知っている、それを覚えて行った方が短時間で最大効率で無駄が少ない。細かいのは後から補足していけば良いだけの話だし。

 それに――」

「それに?」

「やっぱさ、分からない事で不安になれば頼りたくなる時だってあるよ」


 俺がそう言うとミラノの方から聞こえる定期的なページをめくる音が途絶えた。人は不自然な事が起きるとその事が気になるという、俺も何の脈絡も無しにページが捲られなくなった事で違和感を覚えてそちらを見た。

 ミラノは本を見ている――というよりも、睨んでいた。その横顔を見ていたが、ため息を吐いたミラノが本を閉じ、ベッドに腰掛けた。


「――良いわ。ただし、ちゃんと覚えなかった場合は怒るからね。わたしから学ぶんだし、それくらいの意気込みでやりなさい」

「ん、了解。そういえばカティアは?」

「カティアならアリアと一緒にお屋敷に戻る準備の手伝いをしてるわ。

 休みだし、父も休みなら一緒に居ようって言ってたから」

「……俺達も荷物纏めた方が良いんじゃね?」

「私達は良いのよ」


 そう言うものなのだろうか? けれども、ミラノが良いと言うのなら良いのだろう。俺は何の疑問も抱かず、再び勉強に戻ったミラノを見て俺も魔法を維持しながら魔法の勉強をする。この前レムにデバフ……能力低下をかけられたから、抵抗や回復方法を覚えておこうと思ったのだ。

 千里の道も一歩から……、確実に進んでいくとしますかね。

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