第20話
歩哨や外哨というのは、味方を守るために全ての違和感や僅かな音、違和感を覚えるような物体の動きを察知して前哨長に伝え、敵襲や工作に備えるものである。
しかし、今の俺が察知している違和感はミラノだった。前までなら、厳しいことは言わないが傍に居させたがるような感じで、勝手な行動に対して怒っていたはずだ。なのに今のミラノは勝手な行動を許してくれる代わりに、マナーやモラル、貴族らしさというか――そう言うのをちゃんとしてないと怒るようになった。
前までは”何も分からないただの人”扱いだったからだろうか、貴族階級になってから本当に厳しくなったと思う。特に授業中や食事中は視線を良く感じるし、何も無い時でも変なことをすれば直ぐに注意される。それでも魔法を叩き付けられない上に肉体言語で張り倒されない分マシだが。
「貴様、それは気にしすぎというものだ」
「そうかなあ……」
ミナセとヒュウガが闘技場で現在模擬戦をしている。設定は”使用武器自由、攻性魔法のみ禁止として戦闘中に自己の治癒を可能とし、ノックダウンと降参、戦闘続行不可能をもって終了”という、ある程度現実味の有る戦いをしてもらうことにしている。
昼食を食べて少し休んでるとは言え、胃が痛まないのだろうかと心配してしまう。訓練された人でも一定の割合で運動に胃が付いていかずにわき腹が痛くなるものだが、二人ともその心配は無さそうだった。
「自意識過剰で、前と幾らか待遇が変わって落ち着かないのだろう?」
「……かもしれないな」
「――素直」
「悩んでも仕方の無い事にある程度適切な回答が貰えたんだし、それで納得するしかないだろ?
それで正解かどうかはさて置いてだけど」
最初はミナセとヒュウガだけの戦闘訓練だったが、三人で歩いている最中にも幾らか増え、そして闘技場で色々と講釈垂れたり何時ものように実践をしているうちに見学者が増えていた。暇なのか、それとも不安なのかは分からない。特に締め出したりもせず、妨害だけはしないでくれと言って自由にさせている。
マルコがちゃっかりと混ざりこみ、乾し肉を齧りながら見学している。ミナセよりも背が低いし細いくせに、食後に何を食ってるんだあいつは。前に”肉を食べると鍛えた時に筋肉が付きやすくなる”的な事を言ったからだろうか? だとしても文字通り鍛えないのならただただ太るだけなんだよなあ……。
「グリムは弓が得意なんだっけ」
「――ん。あと、ナイフ」
「言っておくがヤクモ、グリムはこう見えて隙が無いぞ。武器を隠し持ち、ナイフを投げさせても優秀なのだ。それに、言わなかったが剣も使えて素晴らしい部下だ!」
「なんでお前が我が事のように誇ってるんだよ……」
「む? グリムが優秀である事が誇らしいと思うのはおかしい事ではあるまい、違うか?」
「違わ、ないけど……」
こう、部下の手柄は自分の手柄! みたいなことを言うのかと思えばそうでなく、むしろ想像とは逆に部下が優秀である事を喜んでいる素直さに驚いてしまった。アルバートを直視できずに鼻を掻いてるとグリムがピースしていた。
「――私、優秀。けど、お姉ちゃん達の方がもっと優秀」
「姉が居るんだ」
「我らは三人兄弟、そしてグリムたちは三人姉妹だ。数奇な運命があるものよな」
数奇なのかどうか……。下手すると「人数あわせしないと」とかで追加で産んでたり、性別を対にするために間引いたりもしてそうで聞けない。そんな事を考えている俺が汚れきっているのか、それとも目の前の二人が純粋すぎるのか――。
まあ、俺が綺麗かと問われれば汚れきってる方がたぶん良いのだろう。立派なお題目を掲げたところで、やっていた事は綺麗な事柄ではないのだし。歴史に名を残す英雄も時代を間違えれば大量殺人者だ、それに近いものだろう。ゴブリンとオークの言葉は分からないにしても、奴等にも思考能力があり感情があった。考えようによっては殺人をしている訳だ、むしろこういう思考が出来た上で自虐し自分ですら疑えるような思考をしている方が良いのかもしれないと切り捨てた。
「そういえば、その――なんだ。貴様の言う”キントレ”という奴なのだが、あれはどうにかならぬのか?」
「ならないよ、楽して強くなろうとか甘ったれんじゃねえ。戦い方もそうだけど、何で知る必要があると思うよ? 将来お前らが人を率いる時にこういった苦労を知らない奴が無意味に人を死なせるからだ」
「それは分かるのだが。地面に両腕を付いて上下運動、仰向けになって上半身だけ上げ下げ、ぶら下がって身体を上げたり下げたり――何というか、サマにならぬのでな」
「けど、それで体が痛いんだろ?」
「そうだ」
「身体が痛いって言うのは、普段しないようなことを肉体にさせるからだ。槍の練習で腕が痛くなったことは?」
「腕と脚、それと背中が痛くなったな」
「けど、同じことをしても痛まなくなったろ?」
「ああ」
「つまり、それはその負荷に対して身体が鍛えられたから身体が痛まなくなったってだけの話だ。
身体が痛くなるまで自分を虐めて、その痛みと向き合いながら長い目で鍛えていかないと強くならないんだよ。
――兵士を雇い入れて、訓練で鍛え上げるのと同じだ」
「……そういえば、貴様は六年も鍛えたと聞いたな。そうか、なるほど」
「肉体的に、精神的に強くするには時間がかかる。それを無視して強い兵士は手に入らないし、自分達が苦労を知らないで無理を強いれば兵士には嫌われる。
俺だって美味しいご飯を食べて、ちゃんとした所で寝て、好きな事をしたい。それはどんな軍隊であれ、兵士であれおなじだ」
「分かった分かった、貴様の言うやり方をどうこう言うのはやめる! まったく、理にかなった事ばかり言いおって……」
アルバートはそう言うと、自身の両手を見つめ、そして腕を動かして見ている。コイツにはこの前筋トレというものを教え、そして実際にやらせてみた。しかし、なんと貧弱なことだろうか。腕立て伏せ三十二回、腹筋が四十六回、懸垂にいたっては五回でダウンしやがった。そして翌日上半身全て筋肉痛というお粗末さである。
アルバート、これでよくも兄貴達に引けを取らない人物になるとか言えたものだ。体力検定をやらせたら失格で継続不可能か班長指導が入るぞ……。今度走らせてみよう、その前に学園の城壁沿いに歩いて一周どれくらいかを調べる必要があるな。トウカかおっちゃんに頼めば縄や紐は手に入るだろうか? 小隊長が教えてくれた歩幅計測と簡易カウンターで何とかしてみようか。複歩を何回したかで距離を計測するやり方だが、覚えて置いてよかった。
「本当なら全員にやらせて基礎能力を上げたりしたいんだけど、絶対やってくれないだろうなぁ……」
「だろうな。我も嫌だ」
「お前ら強くなりたいくせに手段を選ぶのかよ!?」
これが特別階級という奴なのか、それともヴィスコンティだからなのか……。けど、ミナセとヒュウガを見てるとそこそこ戦えてるようには見えるし、たぶんお国柄なのだろう。ヒュウガはアルバートと違って走りこんだり腕立て伏せなどの見栄えの悪いといわれたトレーニングも粛々とこなしている、ミナセも回数こそパッとしないがアルバートよりも鍛えられていた。
――素の身体能力を重視しているのか、それとも身体能力を強化する割合を高めるのかの違いなのかもしれない。魔法に重きを置いているのか、それとも個人の能力に重きを置いているのか。
もしこれからも長く付き合っていくのだとしたら、これは考えていかなければならない事柄だ。得意な箇所ばかり伸ばしたところで、運悪く短所を突かれれば終わってしまう。長所を伸ばしつつ、短所を補っていかなければならない。それはアルバートから頼まれた”戦いを教える”という事柄のうちに入るんじゃないだろうか。
長所を見つける、或いは短所を見つけることは大事だが――その片方だけに固執したら無意味だ。じゃ無ければ、指導するなんてありえない。……なら、一手打つしかないだろう。
「ヒュウガとミナセ、一旦手合わせ中断。――ヒュウガは戻ってきて休憩、アルバートとミナセで手合わせ」
「ほう? 我と奴をぶつけると?」
「ただし、強化無しで」
「ぬ、ぬぅ!? しっ、しかしだな――」
「良いから行け、そしてノされて来い」
アルバートの背中を叩き、ミナセのほうへと押し出してやる。演武のように戦い続けていた二人だったが、俺の言葉に反応して一定の距離間隔を取ると、姿勢を正して礼をする。そしてヒュウガが戻ってくるのだが、その模擬剣は細かいヘコミが目立って見えた。
「それ、ミナセが?」
「ああ、そうみたいだ。前までならここまでならなかったよ。臆病からの遅れと、恐怖からの威力不足で打ちのめされる事の方が多かったりしたけど、成長したのかもしれないね」
手を守り、それと同時に威力を高める為のグローブ。それでもミナセは、以前までなら怖がっていた。早すぎたり、遅すぎたりしてヒュウガの武器が身を打つ事のほうが多かったのに、今ではその失敗も目に見えて減っていた。
ジャストタイミングでのガード、攻め手が弾かれたりしても痛くない勢いの乗る前のタイミングでもなく、勢いが乗り切って防ぐ側にとってやり辛いタイミングでもない。分水嶺を少しずつ理解してきてて、決して目を逸らしたりしない。
「――ヤクモ、もしかしてミナセとアルバートをぶつける事で何か企んでるだろ」
「ん? 何でそう思うし」
「食事の席で言ったろ。ミナセはアルバートに虐められてたし、アルバートはミナセを――私怨込みだけど――軽んじてた。それの解消の為にお膳立てかな?」
「いや、少し確かめたい事があってやらせてるけど――。あーあ~あ~……、アルバートの奴素の身体能力だとミナセより弱いのかよ……」
アルバートとミナセの戦いだが、ミナセは疲弊してきているはずなのにアドレナリンの影響か疲弊を無視してヒュウガの時のように良いパフォーマンスで戦えているようであった。逆にアルバートは武器をかわされ、いなされ、防がれている。弾かれたりするたびにムキになり、余計に乱撃をしていくが為に疲弊していく。
それでも、ミナセはアルバートに虐められてきた事が大分重く出ているのか、殴れない。傍から見ていて寸止めだと分かるようなギリギリで攻撃を止めているし、アルバートもアルバートでほんの僅かに遅れた回避行動や防御でそれらが互いに誤魔化されている。良い勝負に、見せかけられていた。
それでもミナセの自力とアルバートの自力の差が出てくる、無駄だらけの行動の中で体力が有り余っている方が長いスパンで戦える。アルバートの呼吸が大きく乱れてきた、ミナセは状況に適応して追い詰めながら適正化が図られている。
そろそろ良いかなと手を叩いて乾いた音を大きく鳴らした。
「アルバート、ミナセ。二人とも能力強化!」
「え、えぇ!?」
「ぬ? ――ふ、ふはははははは! 我が世、来たれり!」
慌てるミナセと行動制限による重石を退かされ喜ぶアルバート、そしてミナセの拙く長い詠唱とアルバートの素早く洗練された詠唱が行われてそのままぶつかり合う。ヒュウガとグリムに下がるように伝えるが、二人とも首を横に振ってそれを辞退した。もはや何も考えずに思い切り踏み込んでいくアルバートの蹴った地面が土を幾らか飛ばす、そして攻撃を受けて後ずさったミナセの脚が地面を滑るように削った。
……能力を強化すると、鍛え上げた人のような事になるんだなと顔に付いた土を落とす。
「――二人の弱い点がこれで見えたな」
「えっと、そう……だな」
「――アルは魔法を使うと強い、けどそうじゃないときは弱い」
「分かってるのなら進言しような?」
「けど、それは国の色に近いんじゃないかな。俺達なんかは”前線で戦え”って感じだけど、こっちのヴィスコンティじゃそうじゃないってだけの話だろ?」
それを言われたらおしまいなのだが、なんというか――頼まれたからには手を抜きたくない。脱落して、諦めてくれる分にはどうでも良いのだが、もしかすると俺もあのモンスター騒動でアルバートやミナセを失うかもしれないという思考から、厳しくしているのかもしれない。
――まあ、言い訳をするのなら『教え子に対して手を抜くな』という言葉を思い出すくらいだ。それはただたんに厳しくしろというわけじゃない、大事にしろという事だ。心血を注ぎ育てる、その分――失ったときの恐ろしさは計り知れない。それが戦いであり、戦争なのだろう。大事に育ててきた部下を失う、それによって恐怖も疲れも知らない兵隊になっていくのだと考えれば分かりやすいものだ。
戦友は数多く作っておけ、その分弾除けにも敵を攻撃する言い訳になるという米軍の言葉を思い出す、その通りなのかもしれない。俺も大事な仲間や後輩、上官が殺されたら冷静で居られないかもしれない。となるとそのやり方は正しいのだろう。軍隊によっては、だが。
「……いや、お国柄を考えるのはこの先だ。今やってるのは『個人の戦い方』の初歩で、これから学園を出た皆がやるのは部隊の指揮だろ、だったら尚更やるべきは戦い方を知り、学ぶということだと思う。今俺が言っている中で、使える部分は遠慮なくもっていって、使えないと思ったらそこはさて置いて良いと思う。
部隊を奮起させる為にアルバートが最前線で戦う事だってあるかもしれない、威容を見せ付けんが為にミナセ達が前には出ずに兵士だけで戦わせる事だってあるかもしれない。知らなくて出来ないのは論外だけど、知っていてやるやらないを選ぶのはまた違った話なんじゃないかなって俺は思う」
「なるほど、そう言う考え方もありか」
「――珍しい考え」
「じゃないと、みんな死んじまうからなぁ……」
俺がこの世界に来る直前では、中国が南シナ海を埋め立てて軍事施設を建設したり、海と空から挑発行為にも似た領域への接近、侵犯も頻繁に行われていた。俺はもう日本に戻る事は叶わないだろうが、あと何年で日本という国の平和が砂上で有った事が周知になるのだろうか。そして、小競り合いからの戦時体制も有り得なくはないだろうが――その時が来たとして、同期や後輩、先輩や上官が死んだとしたら俺は悲しい。今でも思い出せる営内での生活、訓練光景、作戦行動などなど。
――災害派遣、防衛出動。そのどちらも張り詰めながらも小さく軽口を叩けたのは良かった、勲章などの自分の誇るべき足跡に関わるものくらいは手元にあってもよかったかもしれない。それを言ったら階級賞や部隊章も欲しいのだが、どちらも過去の自分と一緒に置き去りにしてきてしまった。
今は我慢しよう、それでも我慢できなかったら使用しきっていない特典枠を使ってでも持ってきてもらおう。自分が少なくとも間違った道を歩んでない道標は欲しい、じゃなければ迷ってしまうから。
「俺が知ってる範囲でしか教えられないけれどさ。軍団や軍隊指揮はちと分からないが、分隊や班の指揮までならちょいちょい」
「”ブンタイ”と”ハン”って言うのがどれくらいの規模なのか分からないから、後学の為に聞いても良いかな?」
「分隊は十人程度で、班は五人程度。俺にとって馴染みのある規模では師団が最大で、それを更に大きくしていくともっと色々あったんだけど、そこまではちょっと理解が浅いからあんまり言えないかな」
師団の上は――方面隊とか、方面軍とか、なんかそんなだった気がするけど下っ端過ぎる自分にとっては師団、連隊、大隊、中隊、小隊、分隊、班ぐらいまでが良く聞いてきた単語だった。あとはもう想像でしか部隊編成の内容を思い描くしかない。
そして残念な事に、自分は普通科だ。クッソ重い背嚢を背負い、防弾チョッキや諸装備を身に付け、時には対戦車装備やら地雷やらを持ち、何十キロと歩いていく。そして再編し、装備のみで地を駆け、地面を這い、敵の攻撃に咄嗟にに対応しながら敵地占領、反攻への防御をしながら攻め進んでいく。
撃たれれば痛い、空砲の時のような痛みを遥かに越える痛みを味わう。けれども、そんなものは”戦う”と決めたときから誰もが理解しているはずだ。敵を殺せ、領分を侵すものを殺せ、奪うものを殺せ、失わせてくるものを殺せ。殺さなきゃ殺される、それを理解しなければ誰もが負け犬になる。個人レベルでの話なら、好きなようにしたら良い。けれども家族を、友人を、仲間を、近隣を、地域を、都市を、国民を、民族を、国家を殺そうとするものに対して立ち向かえないのなら――そこに正しさなんて無い。
逃げてしまえば、立ち向かえなくなる。逃げる事は、俺が良く知ってる。それは行動としての逃走ではない、精神的な逃走だ。だから殺せ、殺して、殺しつくせ――臆病で、卑怯で、怠惰で、逃げがちな俺が俺自身を殺すように。
「やっぱ、魔法を使わせるとアルバートは一流だな。さっきまではリョウもいけてると思ったんだけどな」
「ま、そこらへんは互いの課題だな」
「互いの?」
「二人とも、苦手分野を成長してもらう。たぶん、今ので幾らか分かっただろ?
アルバートは素のミナセの強さを知らなかった、ミナセはアルバートの強さが魔法のレベルの高さによるものだと理解できたはずだ。なら、アルバートは素の能力を、ミナセには魔法を勉強してもらう方が良い」
「うっへ、俺も大変だなぁ……」
「その前のヒュウガも魔法ちゃんと使えるようにしないとダメだろ」
ミナセは魔法がど下手糞なのだが、ヒュウガは魔法が一切使えないに近いらしい。魔力は存在する、けれどもそれが魔力回路を通ってくれないということらしい。メイフェンの言葉だが、教師をやってるのと研究をしている事から信頼のある発言だろう。
しかしヒュウガは頬を掻いて目線を彷徨わせていた。そしてどう言いだしたものかと切り出しあぐねているようにも見える、それを俺は「ん? どうした」と聞いてみた。
「それが、この前のモンスターの襲撃の時に――覚醒? したみたいで。
まだ中途半端だけど、能力強化くらいなら、出来るようになったよ」
「――おう、なんだこの覚醒祭り。もうここまで来ると全員に何かしら隠された要素があっても驚かないぞ。誰かが実は強化人間だったとか、誰かは実はかつての英雄の生まれ変わりだったとか、誰かは天賦の才を隠してて土壇場でそれを発揮したとか言われても驚かねえぞ」
「いやいや、そんなのあるわけないじゃないか。けど、今まで何で出来なかったのか分からないけど、やっぱり死に掛けたから使えるようになったのかな」
「いや、もう何でも良いよ理由なんて。じゃあヒュウガも魔法の練習だな」
「一応独学でやってるけど、何で今まで出来なかったのかが不思議なくらい動きが良くなったよ」
「そりゃおめでとうさん。じゃあヒュウガはミナセと仲が良いから相互成長の為にも二人で頑張ってくれ、俺は魔法に関してズブの素人だから」
嘘じゃないけど、本当でもない綯い交ぜの言葉。俺はあの手引書で魔法をサクサク使えるようになるが、それがミナセやミラノ達に扱えるのかどうかなんて分からない。そもそも杖を使わないために魔力の消費がデフォ五倍、そして消費量がどうなのか分からない以上下手に使わせて死に到られたら目も当てられない。
なので、”みんなの使う魔法に関しては素人”という点を重視した。下手に期待されるのも、変な思い込みで評価が上がるのは互いにとって致命的になる。という言い訳を、しておく。
「――なあ、ヤクモ。そろそろ止めなくて良いのか? ミナセは攻めあぐねてるし、アルバートはもういっぱいいっぱいみたいなんだけど」
「あぁ、そうだな。それじゃ、ヒュウガとグリムでやってみるか?」
「あぁ、ナイフ使いだっけ。宜しく」
「――頼まれる」
アルバートとミナセを下がらせる、二人とも息は荒いし汗だらけになっていた。けれども呼吸の回復はミナセの方が早く、アルバートは押せば転がりそうなほどに疲弊しきっていた。
「二人とも、今ので自分の弱いところは分かったかな?」
「……魔法が下手だから、最初は勝てそうだったけど勝てなくなった」
「――魔法を、使わなければ。負け、ていた――やも、しれぬ」
「……アルバートはグリムと一緒に日課で訓練してくれ、ミナセはヒュウガと一緒に魔法の練度を高めておいてくれ。それをやって、少しずつ進んでいこう」
「次って、何をやるの?」
「決まってるだろ。最初は数人規模の指示出しの訓練だよ。五人程度にアルバートが俺との戦いでやったみたいに、整列させたり、行動方針を適宜出させたりする」
「ふむ、なら――我の得意分野だな!」
そう言ってアルバートは笑みを浮かべた。確かにアルバートは以前の戦いで数名を整列させ、俺に向けて行進させて戦わせることに成功していた。指示の出し方までは覚えてないが、少なくとも従っていた奴が動けなくなるようなものでもなかったのだろう。
「まあ、アルバートとは違うやり方を俺も模索してみたいんだよ。俺の知ってるやり方が通用するのかどうかを」
「……敵に突っ込んで暴れる、とかじゃないよね?」
「貴様なら片っ端から敵をなぎ倒しても違和感はないな」
「個人の武なんて要素の一つでしかないだろ。だから前回俺は一度は死んだ、だろ?」
「確かにな。しかし、違うやり方とはどういう意味だ?」
「んと、ちょっと待ってろ。記憶を引っ張り出してみる。
……部隊で正面に展開してる部隊とは別に、横に弓兵とかって配置したりしないか?」
「あぁ、散兵か。主戦力が戦うのに援護をする、戦力としては細かいものだが」
「俺はそこから戦い方を研究してみたいんだ」
俺がそう言うとアルバートは唖然とし、そして呆れるような息を漏らした。ミナセは視線を彷徨わせてから一人納得した。
「貴様、そんな瑣末な部隊を率いてどうする」
「瑣末なって言ってるけど、その少人数が俺と同じ武装をしてたらどうする?
遠くから騎兵が近づく前に、弓よりも威力が高く、弓よりも連射が出来て、弓の三倍の遠くにも届かせ、弓よりも多くを倒せる武器を持っていたら」
「そ、それは――」
「まあ、そう言う武器があるかどうかは分からないけど、ユニオン共和国には似たのが有るって言うし、ユニオン共和国の武器で、ツアル皇国の精神で、ヴィスコンティのやり方と神聖フランツ帝国の宗教を取り入れて――ってなるのかな」
「それ、節操が無いんじゃないかな……」
「節操が無い? 何で? 誇りある死も無ければ、栄誉ある生も無い。生きるか死ぬか、そこにおいて優れた戦い方をしようとするのが悪いと俺は思わないし、アルバートやミナセのように魔法が使える人と違って兵士には栄誉ある死も無ければ、誇りや勇ましい戦いとやらは無縁だからな」
そう言って、アルバートが何かを言おうと口を大きく開いた。それに対して手を伸ばして制した。まだ語り終えてない、そう言う意味で伸ばした手なのだがアルバートは違う意味を拾い上げて黙ったようだ。
「俺がもし人を、兵士を率いて戦うのならそれは全て”志願制”だ」
「志願制?」
「自分からなりたいと思って兵士になり、軍隊に所属する人物のみでって事だ。
悪いけどミナセの国もこの国も、戦いになったら農民とかから一定人数徴発して使ってるだろ?」
「そう、だが――」
「よく知ってるね」
強気に攻めたけど、これで間違ってたらどうしようかと思った。貴族が台頭している時代なら、傭兵や徴発した人を軍隊に組み込んでいたのも同じ時代だったと想像しての発言だったが、間違ってたら恥ずかしいどころの話じゃなかった。
「そう言った徴発――以後徴兵制って言うけど――は、指揮と統制が如何しても低くなる。
指揮の低さは部隊速度の低さに繋がる、統制の低さは戦意の低さと瓦解率に繋がる。
それを何とかする為に敵地略奪や厳しい罰を取り入れてるんだろうけど、俺はそれをしない」
「……まるで、理解が出来ぬな」
「なんか、それで戦えるのかな? ヤクモには悪いけど、うまくいかなさそう」
まあ、理解されないだろうなとは思ったが、ミナセにまで否定されるとは思わなかった。とは言え、志願制――常備軍の辛さは徴兵制と違って高くつくところだ。そして国ではなく貴族に雇われる体なのだから、支出を嫌う貴族ならそんなペイをしたがるとは思えない。
貴族といえば、豪華な暮らし、圧政と高税、自分の為には金を惜しまないが下々の為に投資する考えを持たない上に身分を振りかざして神にでもなったか選ばれたかのように振舞う奴等というイメージの方が強い。
第二次世界大戦時もそうで、ヨーロッパの――自分の知っている範囲では英国だが――軍隊では、偉い人は大抵”ホワイト・カラー”である。そして下っ端は”労働者”だったのだと、父親の家系から聞かされた。五人兄弟、皆戦争に行き帰ってこなかったのは一人だと言うのだからそう言った
類の話は子守唄のように覚えている。
「まあ、もしその時が来たら試してみたいってだけで、うまくいくいかないが重要なんじゃない、どこまで適応できるかが大事なんだからさ」
「失敗しても構わぬ、みたいな物言いだな」
「事実、失敗して俺が何か不利益をこうむるか?」
「失敗は恥であろう」
「恥なもんか。新しい事を試すことは悪いことじゃない、それで得たものが小さなものでもそれを積み重ねていけば大きくなる。
一番悪いのは伝統だ、恥だと停滞することだと俺は思うけどね」
「――言葉を選ぶのだな、ヤクモ。いかに恩人であれ、功績が有るとは言え庇えぬ時がある。
今は目の前で派手な”演武”がされているからまだ良いが、フランツ帝国の者などに聞かれたら”冒涜”として異端者として始末されても仕方が無い」
そう言ってアルバートは神妙な顔をして真っ直ぐに俺を見ている。その発言は真面目なものであり、忠告であったのだろう。それが分からないほどに俺はバカをやっていないし、ここでもし察知できなければ警戒力不足でもあっただろう。
「なんだ、庇うつもりはあるんだ」
「はっ、貴様のやり方はそれこそ”新しい”からな。我も多くは手段を選んでおれん、三男ではあれどもアルバートの家に名を連ねるものとして大成せねばならん」
「なら、その気遣いと今の発言に感謝しつつ言葉をもう少し選ぶようにするさ。
――ついでに聞きたいけど、どういう発言だと危ないかもこれから教えてくれると助かる」
「あぁ、そうか。なにも知らぬから危ういのだな……。なら、グリムにそこらを教えてもらうと良い。
常に眠そうな顔をしてはいるが、ああみえて頭は良い。我もよく勉強での不理解があれば頼りにしている」
「グリム休ませてやろうな!? いや、それがグリムのお家柄であり仕事である事は理解してるけど! なんで勉強が苦手なんだよ!」
「我も度々言うのだがな、やはり『見てないと不安だから』と言われてしまうのでな。それと、勉学が苦手なのは……我は、悪くない」
「お前どんな幼少期過ごしてきたんだよ……」
「聞きたいか?」
アルバートがそう言ってきたのに対し、俺は遠慮しとくと返した。こういう時は大抵語り手はなんでもないように語るのだが、それをそばで見てきた人のことを加味すると「そりゃ過保護にもなるわ」と思うような場合が多いからである。
俺の発言に「ん、そうか?」と言ったアルバートに対して、幾らなんでも互いの友好度が上がりすぎなんじゃないかと思った。最初は嫌われ、次にはその腕を見込まれ、今ではもう気安い感じになりつつある。こいつ、もしかしたら貴族であるけれども感覚は庶民に近いのかもしれない。グリムが危ういと言っていた理由に、三男であるが故の抜け出しとかが有ったんじゃないだろうかと考えてしまう。何とも壁が薄く、踏み込み安い奴か……。
「友、というものは。こういう間柄なのだろうな」
「――どうした。お前が友情とか、俺にはちょっと理解が及ばないんですけど」
「きっ!? ――い、いや。忘れろ、気の迷いだ」
「アルバートって、そう言う人柄なんだね。全然知らなかったよ……」
「――貴様を小突いて遊んでいただけだからな、相互の理解が無かったのは事実だろう」
あ、こいつ。虐めてたのを小突いてたという、自分のしてきた行為を小さくする事で罪を小さくしてきたぞ。滅茶苦茶ちっさい男だな、おい! むしろここで「虐めて悪かった」と言ってくれたなら潔い男だなと評価を改めていたかもしれないのに、なんて野郎だ。
しかし、ミナセもミナセで「あ、え? あ、あれ虐めじゃなくて遊びだったの!?」と本気で驚いてるし、その反応にアルバートも「お? あ、おう。そうであるとも」などと驚いている。何だこいつら、天然の集まりなのか、それとも素直すぎるのか。
どうしたものかと考えるが、たぶん二人ともこのままじゃ指揮官とかあまり向かないかもしれない。相手が騙された事に驚いて、騙されたとも知らずに驚いてる。たぶん、少しでも頭を使われたら全滅してしまいそうだ。
「――そうだな。アルバートの疑念や、ミナセの評価も分かる。だからこうしよう、アルバートと俺で指揮能力で競ってみるってのは」
「ほう」
「またなにかやるの?」
「実際に試してみた方が良いだろうし、それは未来じゃなく出来るだけ早いうちに試してみる方が良いと思っただけだよ。
人数に制限つけて、一定期間の訓練時間を儲けて、実際にここで指揮をする」
「は、待て待てヤクモ。貴様が飛び込んで、武器で薙ぎ倒せば全て終わってしまうではないか。
それは指揮ではない、ただの闘技だ」
「いや、俺は戦わないよ。宣言する、俺は直接攻撃をしないし攻め込まない。
完全に、指揮をするだけに徹する。もしそれを破ったと言うのなら、素直に負けを認める」
その発言にアルバートは目を見開き、ミナセは驚いていた。当たり前だろう、大将が居座る宣言をしたのだから。悪く言えば、部下に戦わせはするが自分は動かないと宣言したも同然である。アルバートは一瞬笑みを浮かべかけたが、直ぐに「いやいや」と首を横に振った。
「どうせあれであろう。直接戦わないと言いつつ『間接攻撃だから』とか抜かすのであろう?」
「やらないやらない」
「では魔法か?」
「使わない使わない」
「――では条件を話せ、それからやるかどうか決めようではないか」
「おっ、乗ってくれたか。条件は――そうだな、お互い五人程度の仲間を決めて競わせる。
そして――そうだな――着色できるものも準備して、実際にそこに攻撃を受けたら戦えなくなるという判定で脱落させていく。そして指揮者が脱落したらその場で無条件終了。
指揮者は戦闘が開始したら変更不可、武器は自由、場所はここで持ち物とかは自由ってのでどうだ?」
「――持ち物自由というのが些か引っかかるが、まあ良いだろう」
「んで、宣告どおり俺は直接戦ったりはしないけれども頭数に入ってるからまず一人。
アルバートはどうする? 五人集めて指揮だけをするのか、それとも自分も動くとして他に四人を集めるのか」
「無論、貴様と同じ条件でやる。我も同じように指示を出し、攻撃をせずに他の四名を指揮して見せるわ!」
「じゃあ、他の四名だけど――。アルバートって、ヒュウガとミナセって使う?」
「――いや、使わぬな」
「酷いッ!?」
ミナセがショックを受け、ヒュウガが意識を割かれた。それによってグリムがナイフを投擲して間合いを詰め、ドロップキック。そして地面を滑って行ったヒュウガにトコトコ歩いていってチェックメイトをかけていた。ミナセの声に反応したあたり変な条件付けでも出来ているのか、それか彼なりの何らかのトリガーでもあるのかもしれない。
ヒュウガが降参と言って負けを認め、グリムに助け起こされてこちらにやってくるのに時間はそうかからなかった。
「グリム、勝ったようだな」
「――ん、勝った」
「凄いな、でかしたぞ。褒美は何が良い?」
「――本が欲しい」
「お、おう。本だな。高い奴か?」
「――アル、お小遣い無くなる」
「ぐ、ぬぅ……。だが、褒美は褒美だ。褒めてやらねば軽んじられるからな」
まあ、やり方があってるかどうかは分からないけれども、部下を適切に褒めてやるのは悪いことじゃあない。とは言え、やり過ぎれば褒美目的の輩が集まって指揮統制は下がるし、かといって御大層な理想や目的の為だけに命を賭ける兵士もそうそう居ないだろう。
しかし、それで「やった」とか言って万歳してるグリムも満更では無さそうなので良い事なのだろう。どのような本を読むのか気になるが、最近までの怒涛のフラグラッシュを見ていたが為にグリムもどうせアルバートの事が好きなんだろ? と思ってしまう。……ダメだ、今まで女性との接点が有ったのが学生時代までだから、カティア含めて女の子だらけで変な期待が止まらない。こう、なんというか――チャンス有るんじゃないか? みたいな、淡い期待。
けれども現実が残酷だと、この前までで思い知った。メイフェン先生に、エレオノーラ、白羽黒羽の二人と、なんか幸が薄そうな女の子。既に五人もフラグ立てている、これだけで俺は不公平さを嘆きたくなる。
だが、そんな事を嘆いてる暇は無い。もしかすると、誰か一人くらいは……フラグが立ってくれる子が居るかもしれないからな。合コンとか一度は言っとけば良かったかな、何か参考になったかもしれない……。
「あと、カティアは入れるだろ」
「そ、それは卑怯だぞ!? 貴様を容易く蹴り転がす子女を入れて何が公平だ!」
「じゃあ強化魔法使わせないから、それで良いだろ?」
「では、我はグリムを入れさせてもらう!」
「好きにしなって……あと一人は、そうだな――」
ここに来て後一人をどうしようかで悩んでしまう、良くも悪くも有名になった俺だが知己の間柄という人物は嫌というほどに少ない。それもこれから解消される問題ではあろうけれども、やはり特別階級という壁がでかい。或いは溝とでも言おうか、近寄る事が容易くないのだから。
少なくとも、身分という差が俺にとっては大きな壁になる。騎士になって貴族の仲間入りしたとは言え、末端も末端だ。口の悪い言い方をするなら”ようやく人間扱い”である。それでも家柄も無く、歴史も無い俺に対して友好的になってくれる人はそうそう居ないだろう。アルバートやミラノ、ミナセやヒュウガが特別なんだと思う。
しっかし、アルバートもすっかりカティアに対して怯えてしまった。まあ、実際に暴力を振るわれたり、日常的に俺が蹴りで吹き飛ばされてるのを見ていれば参加に意義を唱えたくなるのも判る気はする。判る気はするが、それに従う気はさらさら無いがな! それに、カティアは強化魔法を使わなくても俺を蹴り飛ばせるので気休めの嘘を吐いた俺が少し有利だ。
「――ああ、なるほど。あと三名、好きに決めても良いのだな?」
「流石に教師とか、家の兄を呼び出してきたりとかは無しだぞ~。
学生とその使い魔までで限定しといてくれ」
「ふっ、ならば異論は無い。見ているが良い、我は貴様に負けぬ部隊を作り上げる!」
そう言ってアルバートは高笑いをしていて、戻ってきたヒュウガは何事だろうかと疑問を浮かべているし、ミナセは青ざめた表情を手で覆った。まあ、現段階で四人は決定してるわけだし、あと一人はのんびり探せば良いだろう。
そう考えながら、頭の中ではどのように全体を纏め上げ、どのように個人個人の意識の方向性を同じにし、どれだけ纏め上げられるかばかり考えていた。少なくとも部屋長をやったり、最先任陸士長になったりと色々経験してきた事は有るはずだ。そこからどうやるかを、曹候補やらそこでの生活やらから引用していけば出来なくはないはず……。
「えっと、これはどういう状況なんだい?」
「僕は何も喋りたくないよ……」
まあ、頑張りたまえミナセくん。何も喋りたくないではなく”何も喋れない”ようにしてあげるから――
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